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124. 温かなスープ

「……で、その後どうなったの?」

「倒せました。これがもう、拍子抜けするほどあっさりと」


 帰宅した新居の食堂にて。〈ペルテバル地下宮殿〉の地下一階のボスであるヘッドレスホースとの戦闘に関し、事の顛末を聞きたがったカエデにシグレがそう話すと、カエデは少し落胆したような表情をしてみせた。

 カエデが抱く、その気持ちも判らなくはない気がして。夕食用に作っていたものから一足先に彼女が分けてくれた温かいスープを飲みながら、シグレも内心では密かに頷く。自分としても多少物足りない気持ちが無くもないからだ。


「八咫の話を聞く感じだと、絶対強いボスだと思ったのになあ」

「何しろ、頭が無いものだから……明らかに異形の魔物なので、見た目はそれなりに怖かったのだけれどね。結局、頭が無いから噛み付いても来ないし、角がないから突進もそんなに怖くないし。怖いのは蹄だけだって判っていたから、私でも避けるのはそんなに難しく無かったのよ」

「なるほどねえ……。何かスペルとか変な能力とかも、使ってこなかったの?」

「一切使ってきませんでした。やってきたのは物理攻撃だけですね」


 結局ヘッドレスホースは、ボス・モンスターであることと相応に高いレベルに裏付けされて、ステータスが高かっただけの首無し馬であったらしい。

 戦闘中に一度、ベルがヘッドレスホースから後ろ脚で蹴られる機会があったが。その時にベルのHPバーが3割近く一撃で奪われた状況から察するに、攻撃力なども充分に高い相手ではあったのだろう。―――だが、いかに攻撃力などが高くとも、攻撃自体が当たらないのではあまり脅威とはならない。

 馬の脚はそれほど攻撃角度が広くはないし、届く範囲だって広くはない。疾駆すれば機動力はあるのかもしれないが、相手も急には曲がれないし突進から狙ってくる踏みつけも躱すのは難しく無い。

 リーチの長い得物を持ったベルは終始ヘッドレスホースを圧倒しっぱなしであったし、黒鉄に至っては口に咥えた短刀を武器に上手く跳躍を繰り返しながら戦い、とうとう戦闘が終わるまで一度もその蹄には触れさせなかった。


「このスープ、とても美味しいわ。カエデが作ったの?」

「うん、メインの料理はシノちゃんに任せて、スープだけ作らせて貰ったの。これでも一応、私も〈調理師〉の天恵を持っていたりするからね」

「ああ、そうでしたね。―――懐かしい」

「あはっ。昔は一緒に、食材目的で狩りに行ったりしたもんねえ」


 カエデと共にドロップの食材目当てにウリッゴを狩りに行った日のことを思い出す。実際には〝昔〟というほど時間が経ったことでもないのだけれど。不思議とそれは、随分と前のことのようにも思えた。

 一緒に狩りに行ったあの日も、そして今でもカエデの〈調理師〉のレベルは1のまま成長してはいないけれど。ミルクをベースに作られ、白菜とカブ、それに何かの茸が入ったこのスープは、思いのほか疲れていたらしい身体に染み入るような温かさと味がしてとても美味しい。

 現実世界で用いられる多くの食材自体は、こちらの世界でも比較的容易に手に入れることができるとはいえ。調理環境の方には小さくない差があるだろうに、こうした美味しいものを作れてしまうのは、おそらくは現実世界でも相応に料理の経験が有ればこそのものなのだろう。


「でも倒せちゃったってことは、〝死〟を経験することは出来なかったんだ?」

「ええ。宝箱の罠であるいは―――とも思ったのだけれどね」


 ボス・モンスターであるヘッドレスホースを倒した後に得られる金色の宝箱。その箱に掛けられていた罠は『爆弾』であり、被害を受ければ毒による死というのも充分に有り得た。

 しかし、死ぬを覚悟の上でベルがひとりで臨んだ解錠と罠解除の作業に、彼女はあっさりと成功してしまう。「案外死のうと思うと上手く行かないものね」とは、ベルがその時に漏らした台詞だった。


「宝箱の中身は回収してあるけれど、見る?」

「おー! 見る見る!」


 カエデの言葉を受けて、食堂のテーブル上に所狭しと並べられる戦利品たち。

 とりわけ、ベルの〈インベントリ〉から取り出されるや否や、テーブルの面積の大半を占拠した大盾は、カエデの興味を大きく惹いたらしく。重そうなそれを容易く持ち上げてみせると、カエデは真剣な眼差しでそれを検分している様子だった。




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 指導者の大盾/品質69


   物理防御値:32 / 魔法防御値:20

   〔被回復スペル効果+20%〕


   リーダー格の者に相応しい、堂々たる風格の大盾。

   回復スペルを受けた時、その効果が向上する。

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 知性のタック/品質65


   物理攻撃値:14

   〔知恵+3〕


   細身の剣。斬撃よりも刺突に向く。

   装備者の[知恵]が向上する。

-

 隙のない速度のフラニク/品質64


   物理防御値:4 / 魔法防御値:6

   〔敏捷+2〕〔被クリティカル無効+20%〕


   細長い水晶形の赤い宝石が幾つもあしらわれた首飾り。

   一定確率で装備者への致命打を無効化する。

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 火吹きの宝石/品質55


   〈付与術師〉が扱える宝石素材。

   既存の装備品に『炎ダメージ』を付与する。

-

 猟師の宝石/品質55


   〈付与術師〉が扱える宝石素材。

   既存の装備品に『対魔獣ダメージ』を付与する。

-

 勇士の宝石/品質53


   〈付与術師〉が扱える宝石素材。

   既存の装備品に『全状態異常耐性』を付与する。

-

 封印された秘術書(3個)


   〈秘術師〉が解読可能な秘術書。

   ランダムな1種類の秘術が記されている。

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(相変わらず、付与の宝石が良く出るなあ……)


 改めて戦利品の数々を見ながら、シグレはそう思う。〈ペルテバル地下宮殿〉の中では、魔物のドロップからも宝箱からも、度々として付与に用いる宝石を手に入れる機会がある。

 利用可能なアイテムが出てくれるのは有難いことではあったが、こと付与用の宝石となると皆がシグレに優先的に回してくれるものだから。躊躇なく換金し、分配することで皆の財産に変えられる通常の宝石のほうが、正直有難いのに、と思ったりすることも間々あったりするのだ。


「いい盾ね。防御力も申し分ないし、これならユウジも喜ぶんじゃない?」

「―――いや、残念だがその盾は俺には不要だな」

「おかえりなさい、ユウジ」


 不意を突いての登場にシグレとカエデが驚かされている中で。帰宅に気付いていたのか、ベルだけが何でも無いようにユウジを挨拶の言葉で迎えた。


「おう、ただいま。〝おかえり〟って言われるのも―――なかなか悪くねえなあ。あっちでは一人暮らししてたせいか、しみじみとそう思うぜ」

「確かに、良いものですよね……」


 シグレもまた今日、新居に帰宅した際にカエデが迎える最中に掛けてくれたその一言に、随分と嬉しい気持ちを抱いたのを覚えている。

 そもそもあちらの世界では、シグレ自身がどこか外部に出掛けるという機会が殆ど無かっただけに、言われ慣れていない言葉なだけに。カエデの言葉は不意打ちのように、胸の裡に響いたのだ。


「防御力高めで良い盾なのに、要らないの? シグレもベルちゃんも、たぶんユウジに渡すつもり満々で持って帰ってきたんだと思うけれど?」


 それは、もちろんその通りだった。


「確かに性能はかなり悪くないみたいだが……。生憎と今使っている盾が、MPの自動回復能力付きで気に入ってるんでなあ。パーティでの狩りだとそうでもないが、ソロの時なんかはMPがすぐカツカツになっちまうんで、この〔MP回復率〕増付きの防具は手放せんのよ」

「む、なるほど……。確かに同じ前衛として、MPに苦慮する気持ちは正直判らなくも無いかも……」

「だろう? それに、その盾はどっちかというと俺よりカエデ向きじゃないか?」

「―――え。あたし?」


 確かに〔被回復スペル効果+20%〕という追加効果は、味方へのダメージを《庇護》で守護する関係上、カエデが持っていてくれればユウジ以上に活かせるかもしれない。

 カエデが盾を装備しているのをシグレは今まで見たことが無いが。〈騎士〉の天恵を有している以上、彼女にも扱えないことはないだろう。


「でもこういう大きい盾を持つと、機動力が犠牲になるからなー……。《突撃》のスキルとかは真っ先に使えなくなっちゃうだろうし」

「だが、カエデも地下迷宮の探索時には金属鎧を装備しているし、槍も片手用の短めのものに変えているだろう?」

「う、それは確かに……」


 地下迷宮の中は地上(フィールド)とは違って狭いことが多くて走り回るには向かないし、後衛のために魔物を食い止める必要が生じる状況も多いから、いつもカエデは機動力よりも防護性能を取って重たい金属鎧を装備している。

 いつかのウリッゴ狩りのように、軽装で《突撃》を多用する戦闘スタイルの時には、盾など無用の長物だろうけれど。迷宮探索などの重装備時限定の伴として、大盾を装備してみるのは決して悪い選択ではないように思えた。


「ユウジが要らない以上は、他に使う人も居ませんし。とりあえずカエデの物にしてしまって良いと思いますよ?」


 一応ナナキも〈騎士〉の天恵を有しているから装備可能ではあるが、細めの剣で手数を武器に戦う彼女にとっては、大盾など全く不要なものだろう。


「うー……。じゃあ、有難く頂いちゃう。とりあえず今度、試しに一度使ってみようかな」

「ええ。それがいいと思うわ」


 もちろん最終的にはカエデの戦闘スタイルや好みの問題であるから、合わない武具を無理に使うことはない。彼女も不要なのであれば〝エトランゼ〟の商品のひとつとして並べてしまえば済む話だ。

 けれど、折角戦果として手に入れたものであるので。見知らぬ誰かに売るよりは、身近な誰かが使ってくれた方が嬉しいというのもまた、正直な気持ちのひとつではあった。


「ところで。カグヤは今、この自宅の中に居ますか?」

「いや、居ないな。確か嬢ちゃんは〝エトランゼ〟地下の鍛冶場を試しに使ってみるってことで、そっちに行ってると思うが?」

「なるほど、ありがとうございます。……ベル、付いてきて貰っても?」

「ええ、勿論」


 出掛ける前にスープの器だけは洗おうと思ったのだけれど。ベルのぶん共々、それはカエデの手によってすぐに回収されてしまう。


「カグヤに用事って事は―――もしかして、貯まったの?」

「ええ。どうやらボスの魔物が大量に貢献度をくれたようでして」

「ほほう、そいつは目出度い。これでパーティに〈侍〉の参加を期待できそうだし、火力の方は随分と底上げできるかもしれんな?」


 ユウジはそう言って、愉快そうに笑ってみせる。

 気楽そうに笑うユウジとは対照的に―――貢献度の報奨として早速ライズさんから受け取ってきた〝連繋の指輪〟を、果たしてカグヤが受け取ってくれるかどうか。正直シグレには、あまり自信が無かったりもした。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4656字

文字数(空白・改行含まない):4408字

行数:146

400字詰め原稿用紙:約12枚

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