123. ヘッドレスホース
《気配探知》の範囲内にボスの反応が現われたのを確認してから、シグレはすぐに《千里眼》で視界を飛ばす。
八咫の情報通り部屋の中には金色に輝く宝箱がひとつと、そして頭が無く、首も殆ど根本の部分しか存在しない黒馬が三体。それなりに広い部屋の中央で陣取るように三体とも立っていて、頭が無いせいか一見しただけではそれぞれの魔物がどちらを向いているのか案外判りにくい。
「……やっぱり、各個撃破は難しいようね」
シグレの隣で、ベルもまた視界を飛ばしてその様子を確認している。彼女もシグレと同じく〈斥候〉の天恵を有しているから、各々が直接《千里眼》のスキルで視認することで互いに正確な魔物と地形のビジョンを持って戦闘に臨むことができるのは、このペアならではの利点なのかもしれなかった。
斥候の天恵があることで《気配探知》も二人分機能するから魔物に不意を打たれる危険をより避けることができるし、その気になれば《隠密》を駆使して魔物の傍をこっそり擦り抜けるような荒技もできるかもしれない。
ベルが〈騎士〉のスキル《庇護》でシグレを護ってくれていることもあり、被害が二重化することを嫌って今回発見した宝箱への《罠解除》などはシグレ一人で対応しているが、リスクを恐れないのであればその作業も二人共同で行うことが可能だろう。〈斥候〉二人というのも、なかなか面白い組み合わせかもしれない。
「レベルは15、か……。流石に高いわね……」
《魔物鑑定》のスキルで相手のレベルを読み取り、やや苦笑気味にベルはそう漏らす。
シグレからすれば(地下二階の魔物とあまり変わらないのだな)と思うだけであったが。ここまでレベルが4から6の魔物としか戦っていないベルにしてみれば、その圧倒的なレベルは絶望的なものにさえ映るかもしれない。
《千里眼》を用いればかなり近い距離から魔物を視認することができるが、ボスという割にその外見からはあまり迫力のようなものが感じられない。馬としてはたぶん普通のサイズなのだろうけれど、首の大半と頭が無いせいか、まるでポニーのように魔物の体躯全体がどこか小さめに見えるのが原因だろうか。レベル15と言われても、正直そこまで恐ろしそうな印象は抱けなかった。
頭が無い以上、噛み付いて攻撃されることは無いだろう。脅威となるのはやはり蹄による攻撃だろうか。重量自体は充分あるだろうし、元よりHPに乏しいシグレでなくとも、飛び掛かられれば致命的なダメージを負う可能性がある。特にベルは体躯が小さいだけに尚更だ。
もちろん、普通の物理攻撃意外に何か特殊な能力を有している可能性があるし、もしかするとスペルの類だって使ってくる可能性がある。まだ〈斥候〉のレベルが低いせいか、《魔物鑑定》は魔物の名前とレベルぐらいしか情報を与えてくれないため、結局の所はまず何も判らないままに戦ってみるしかない。
『ベル、構いませんか?』
『いつでも大丈夫よ』
念話のあと、一度だけ頷いてから。ベルと黒鉄が二人静かに駆足で魔物が存在する部屋のほうへと駆け寄って行き、シグレが僅かに遅れてその後を追う。
魔物のうち一体がこちらを察し、その向きを変える。こちらと同様に敵もまた足並みを揃えるようにしながら、三体全員でこちらのほうへと駆け寄ってくる。
「《魔力矢》!」
「《衝撃波》!」
ベルの身につけている腕輪―――〝術師の腕輪〟が淡く輝き、二本の矢が撃ち放たれる。シグレがほぼ同時に《衝撃波》のスペルを行使して大きく弾き飛ばしたヘッドレスホースの一体に、それは追撃のように二本とも突き刺さった。
二人のスペルの合計ダメージで魔物のHPも15%程度は削られたようで、ボスという割に想像していた程にはそのHPも高くは無いようだ。もちろん通常の魔物に比べれば充分過ぎるほどにタフではあるのだが、ボス・モンスターとはいえ三体という複数構成であるせいか、各個の耐久力はそこまで突出しているというわけでもないらしい。
(それなら、勝機はあるか―――?)
相手がどんな特殊な攻撃を持っているか判らないから、油断は出来ないが。まずは三体の内の一体だけでも、先んじて倒すことが出来ればそれだけで勝率を少なからず引き上げることができる気がした。
「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――《捕縛》!」
無傷のヘッドレスホースのうち一体を銀のロープで絡め取り、足並みを崩す。
最終的に一体だけ突出してくる魔物を、ベルと黒鉄が迎え撃つように突撃する。
「纏え、大地の精霊―――《縛足》!」
ベル達が接触するのに先んじて、シグレはさらに追撃のスペルを撃ち込む。短い詠唱が大地の精霊を喚起させ、突然一部だけ隆起した迷宮の地面がヘッドレスホーンの脚を掬う。
四足で安定して駆けるその馬体を転倒させることこそ出来なかったが、バランスを失わせてその走りを瞬間的に阻害するのには充分に役立つ。
「―――破アァッ!」
注意が逸らされたヘッドレスホーンの肉体に、ベルが持つ本来の[筋力]を遙かに超えて繰り出される強烈な大振りの一撃、《豪斬》のスキルが撃ち込まれる。
力量を超えたその一撃に使い手である彼女自身も振り回されることになる為、非常に大きな隙を晒してしまうリスクの大きな一撃は、まさしく〈狂戦士〉らしい攻撃スキルと言えるだろう。
ベルが食い込ませた刃面から大きく引き裂き、黒鉄が最近は口に咥えた匕首で無数の刺し傷と斬り傷を加えていく。少し前までは噛み付きが主な攻撃手段であった筈なのに、最近ではすっかり懐剣の扱いに慣れてしまったようだ。
「不浄を鎮縛せし一矢となれ―――《御鳴矢》!」
ダメージを与えるのは二人に任せて、シグレが今できる最大の貢献は他の二体のヘッドレスホースがベル達に接敵するのを食い止めることだろう。そう考え、シグレは練魔の笛籐に新たな一本の矢を番える。
スペルにより引絞る弦の内に現われたのは、白い光を湛えた一本の鏑矢。シグレが撃ち放ったその矢は、ベルと黒鉄、そして三体の魔物達の頭上を逸れるように飛びながら、狭い迷宮の中に甲高い音を響かせた。
《御鳴矢》は蟇目の鏑矢を生成して撃ち放つ射弓スペルであり、〈巫覡術師〉のスペルである。《破魔矢》と異なり魔物にダメージを与える能力は一切無いが、代わりに射放つことで笛のような甲高い音を響かせることができ、この音で不浄の魔物を竦ませることができる。
ヘッドレスホースには頭が無い為に、当然耳もない。だから効果があるかは判らなかったが―――ベルと黒鉄の目の前で一体、そして彼女達より奥で二体のヘッドレスホースがいずれも硬直している様子から察するに、充分な効果を得ることが出来たようだ。
『ありがとう、シグレ!』
動けない魔物の身体に、ベルが勢いに任せた更なる大振りの一撃を加える。
硬直は長くは続かないし、《御鳴矢》のスペルは再使用時間がかなり長めに設定されているから、もう当分使うことはできないが。それでもアンデッドなどの魔物相手限定とは言え、時間を稼ぎたい時に一気に敵全員の動きを止められるスペルというのは、かなり使い勝手が良い。
まして、短時間の硬直効果もベルという火力の高い前衛が居てくれれば、その価値も飛躍的に高まろうというものだ。
「名も無き万象の荒ぶる力よ―――」
もちろん敵の動きが止まり、その脅威を停止させることができればそれだけ、シグレ自身もある程度の詠唱時間のあるスペルを使い易くなる。
《業火》のように極端に詠唱が長い呪文は、カエデやユウジといった堅牢な仲間が居なければ使う機会も無いのは判りきっていた事だ。〈秘術師〉のスペルはわざわざギルドを訪ねずとも秘術書を読むことで変更できるのだから、もちろん事前に利用可能な範囲の攻撃スペルに入れ替えてある。
「―――集いて総てを貫く雷となれ、《槍雷》!」
蒼い雷が集って出来上がる、一本の青白い槍。
幾重もの放電を纏っているその槍が高速で撃ち出され、《槍雷》は的確にヘッドレスホーンの身体だけを貫いた。
頭がないせいで《槍雷》の直撃に際しても嘶きのひとつも上げはしないが、強烈な電撃のショックに打たれ魔物は身体を痺れさせる。その隙を利用してベルと黒鉄が更なる集中攻撃を浴びせるうちに、とうとうその一体は光の粒子となって空間に掻き消えた。
(……あと二体!)
シグレは《霊撃》のスペルを行使し、残る二体のうちの片方に向けて放つ。
ノックバックが充分に有効であることが既に判っている以上《霊撃》と《衝撃波》の吹き飛ばしと、それに《捕縛》や《縛足》といった足止めのスペルを絡めればシグレだけで一体を封じ込めることは可能だろう。
そしてベルと黒鉄の二人は、一体相手であれば多分負けない。
当初は、半ば負けるつもりで挑んだ強敵であった筈なのだけれど―――気付けば思いのほか善戦できてしまっていることに今更ながら気付かされて。
それが何だか可笑しくて、シグレは頬に僅かな笑みを浮かべるのだった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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