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122. 狩り放題

「あら」

「―――うん?」

「シグレ。私、いつの間にか上がっていたみたい」


 暫く狩りを続けたあと、唐突に。

 何が、という主語を置き去りにして、あまりにも何でも無いことのように言うものだから。ベルの告げたその言葉の意味を理解するまでに、シグレはたっぷり数秒は要しただろうか。

 パーティを組んでいる彼女のステータスを〝意識〟して確認すると、確かにレベルを示すその数値が〝2〟に上昇しているのが見て取れた。


「おめでとう、ベル」

「ええ、ありがとうシグレ。……案外、あっけないものなのね」


 ベルのレベルは天恵の再設定をする前も1だったから、これが彼女にとっては初めて経験するレベルアップの機会と言うことだろう。少しだけ淋しそうにそう告げるベルの気持ちは、シグレにも理解出来るような気がした。

 大抵のRPGでは、レベルアップの表現というのはその喜びを率直に示すかのように、少しぐらい大袈裟になっているものだが。この〈リバーステイル・オンライン〉の世界では何一つレベルアップをアピールする表示などはなく、ただひっそりとレベルの数値が上がるだけでしかない。

 レベルアップによる能力値の増加量自体は結構大きいので、HPやMPなどの全体量が増えていることから、程なく自身のレベルが上がっている事実に気付かされることは間々あるが。レベルが上がった瞬間というものは、経験値のバーが充填されていく様子をそれなりに意識していないと、まず見逃してしまうものなのだ。


(まさか、初日のうちに丸々1レベル上がるとは……)


 格上の魔物ばかりを相手にしているとはいえ、シグレと同様に最大数の天恵を選択したベルには、やはりシグレと同じくレベルアップに際し100倍の経験値が要求されている筈なのだが。―――でも確かに、気がつけば結構な時間、没頭する儘に狩りを続けてしまっていたような気もする。

 ベルという火力が居てくれるお陰で、魔物をテンポ良く狩れすぎてしまうものだから。これなら獲得できる値が二人で分割されることを差し引いても、結構な量の貢献度のほうも稼げたのでは無いだろうか。


「―――うわ」

「うん? どうしたの、シグレ?」

「すみません。ちょっと……やりすぎてしまったみたいです」


 視界に表示させた貢献度の値を確認して、シグレは思わず愕然とする。

 自身が獲得している貢献度は、本人自身でなければ確認出来ないのだから。シグレ自身が気に掛け、チェックしておかなければならないことだった。




--------------------------------------------------

 大聖堂貢献度


   総獲得値 - 3,960 pts

   未使用  - 3,710 pts

--------------------------------------------------




 現在の所有貢献度は下段に記された〝未使用〟の値であり、つまり3,710。既に250だけ使用してしまっているのは《帰還》のスペルを新たに修得する為に、〈聖職者〉のスペルスロットを4から5へと増やした時に支払ったものだ。

 今朝、ベルと共に地下迷宮へと潜った次点で有していた貢献度の量は3,404。増加量は306だから、これはベルと共に既に612体もの魔物を討伐した換算になる。

 狩りを始めた序盤こそ魔物の数が5~6体以下の小規模な集団ばかりを狙っていたが、すっかり戦闘が安定してきた途中からは10体近い集団であろうと気にせずに挑んでいたから。いつの間にか討伐した個体数は、かなりの数に膨れあがっていたようだ。


「今日のノルマの1.5倍を、既に達成してしまっていますね……」

「……言われてみれば、ちょっとお腹が空いたような気がするわ」


 意識して視界に時計を表示させると、時刻は既に『14時21分』となっている。

 ベルが空腹感を覚えるのも当然のことだろう。


「もう充分過ぎるぐらいに稼げたようですし、今日の狩りは終了にしましょうか。《帰還》のスペルで地上に戻って、今更ですが遅めの昼食をどこかのお店で頂きましょう」

「シグレのスペルがあれば、街のそばまで一瞬で戻れるのよね。それを体験してみたい気もするけれど―――シグレにひとつ、我儘を言ってもいいかしら?」

「我儘、ですか?」


 こんな地下迷宮の中で、一体それはどんな我儘なのだろう。

 けれどもちろん、こんなにも力を貸してくれている彼女の頼みを拒むつもりは、シグレには毛頭無かった。


「ええ、自分にできることでしたら」

「ありがとう、シグレ。―――私ね、一度魔物に殺されておきたいのよ」

「……ああ、なるほど」


 彼女の言わんとすることは、なんとなくシグレにも理解出来た。

 ともすれば〝一度殺されておきたい〟と口にする彼女の言葉には、一種の狂気のような物を感じそうにもなるが。今の彼女にとっての死は、恐れるべき対象では無くなっている。

 というよりも、寧ろそれは―――恐れない為に経験しておきたい、ということなのだろう。


「魔物と戦えば、いつだって死の危険はあるものでしょう?」

「それは、勿論そうだと思います」

「だったら私は、ちゃんと身をもってそれを理解しておきたいのよ。ある程度の傷みはあっても、一時的なものであって恐れるべきものではないって」

「ん……」


 ベルが言わんとしていることは、判る。

 彼女にとってはつい数日前まで、死とは絶対的なものであり、何より忌避すべきものだった筈だ。それが急に〝大丈夫になった〟からといって、理解の形がすぐに変えられる物でもないだろう。

 もし死への恐れに足を竦ませることがあれば、それは前衛を務める彼女にとって致命的なミスとなりかねない。死んでも大丈夫―――そのことを最も手っ取り早く理解する方法は、確かに彼女の臨む通り、実際に経験してみることでもあるのだろう。


「……正直を言えば、ちょっと嫌ですが」

「ふふ。シグレはそう言うでしょうね。……あなたは優しいから」


 でも必要なことなのよ、とベルは続けて語った。

 シグレが強く嫌だと言えば、彼女の希望を拒否することはできるだろう。

 けれど、彼女の首に枷が掛けられているとはいえ。命令ひとつで彼女のことを好きにできる権利を有しているとはいえ。それはシグレがベルの意志を無下にして良い理由にはならない。


「……判りました。ですが、自分からも提案をひとつして良いですか?」

「ええ、もちろん」

「最初から殺されるつもりで魔物と戦うというのは、ちょっと面白くない気がするんですよね。なので、どうせなら―――自分たちよりずっと格上の相手に、全力で戦ってみるというのはどうでしょうか」




    ◇




 シグレの頭の中には、以前ユーリの使い魔である八咫から提供された、地下一階に於ける魔物と宝箱の位置情報がしっかりと記憶されている。

 とはいえ、後者の宝箱に関する位置情報はともかくとして、前者の記憶については今日の探索では殆ど活かされることがない。地下迷宮内に巣くう魔物達はゆっくりとではあるものの気まぐれに部屋間を移動する為に位置が変化し、特定の集団が分散してより小規模なグループになったり、あるいは逆に集合してより脅威の大きな集団となったりするからだ。

 しかし、そうした中であっても唯一〈ペルテバル地下宮殿〉の地下一階に於いて〝移動することがない〟魔物も存在する。その魔物は討伐した報酬として金色の宝箱を冒険者に与える、という設定の都合上からか、マップの中に設置された金色の宝箱の位置からあまり離れることができないのだ。

 ―――つまり、ボス・モンスターのことである。


「ヘッドレスホース? それが魔物の名前?」

「ええ。頭が無い馬の形をしているといのことです」


 ボスの存在する区画へ向かいながら、隣を歩くベルに説明していく。

 八咫から提供されている情報に拠れば、〈ペルテバル地下宮殿〉のボス・モンスターは〝ヘッドレスホース〟という名前らしい。頭が無いというのは、単純に名前の通りということだろう。

 おそらくはアイルランドの伝承である〝デュラハン〟を元にした魔物だろうか。何故か日本の小説やゲームなどでは馬のほうは立派な黒馬であったりして、それに跨っている騎士のほうの頭が無かったりするが。あれは元々、首無しの馬が牽引する馬車に乗った妖精の話だった筈だ。

 八咫の情報に拠れば、金色の宝箱の周りに居る魔物はそのヘッドレスホースだけであり、デュラハンが近くに居たりはしないし、馬車なども当然存在しないらしい。―――但し、その首無し馬の魔物自体は3匹もいるらしいが。


「3体……。同時に相手をするのは辛いわね」

『一斉に主人の方へ突撃されれば、我等ではまず止められんだろうな』

「でも、おそらくは連携した魔物でしょうから、上手く一体だけ誘い出すというのも……難しいのでしょうね」


 ベルと黒鉄の二人が、前衛ならではの話に頭を悩ませている。ベルにも黒鉄にも攻撃で敵の注意を多少引くことは出来ても、敵を食い止めるような力はないから。後衛であるシグレの側へ押し寄せる敵を、受け止める壁になることはできない。


「自分も、できる限りのことはしてみます。レイスのように霊体というわけで無い限りは、ある程度有効な手札も少なくないと思いますしね」


 物理攻撃が通用する相手であれば、《衝撃波》や《霊撃》といった衝撃ダメージと共に強いノックバックを生じさせるスペルは充分に有効だろう。刃物を持っているわけでもないだろうから《捕縛》も通用する可能性が高い。

 アンデッドだろうから《眠りの霧》は多分通用しないし、頭が無い以上《目眩まし》もおそらく意味が無いだろうけれど。怯ませて一瞬足止めする《狐火》や、転倒を誘発させる《縛足》なども通用する可能性があるし、ある程度なら対処も可能かもしれない。

 結局の所、術師系の天恵を揃えているシグレの強みというのは、スペルの手札の多さ連打力なのだ。通用しない可能性が高いスペルに見切りを付けて、通用する可能性が高いものから片っ端撃ち込み続けてみるしかない。


「ま、やってみよう。全力でやってみて、それで負けちゃうなら悔いは無いしね。……こんなことに付き合わされる黒鉄には申し訳ないけれど」

『何、我も楽な相手ばかりで退屈し始めていた所だ。―――格上の相手に全力で当たってみるというのは、何とも血が沸き立つもの。命を賭して臨むぐらいは、なんでも無かろう』


 相も変わらず、少しばかり戦闘狂の部分が垣間見える黒鉄の台詞ではあったけれど。

 今はその言葉も何とも頼もしく、強く鼓舞されるような思いがした。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4412字

文字数(空白・改行含まない):4234字

行数:119

400字詰め原稿用紙:約11枚

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