120. ペア狩り
〈ペルテバル地下宮殿〉の地下一階で現われる魔物というのは四種類に限定される。即ち、スケルトン・ウォリアーとゾンビドッグ、そしてレイス・ウォリアーとレイス・マジシャンの四種類だけだ。同じスケルトンであっても、武器を弓矢に持ち替えたスケルトン・アーチャーは地下二階に降りなければ確認したことがない。
地下一階に巣くう魔物を、ユーリの使い魔である八咫が網羅した結果でそうなのだから、おそらくこの四種類以外の魔物というのは基本的に存在しない。―――〝基本的に〟と僅かな例外を認めなければならないのは。ただの一例、ただの一体だけ例外が確認されているからだ。
八咫の報告に拠れば、周囲の魔物に比して際だってレベルの高いその〝例外〟の魔物の傍には、金色の宝箱が設置されていたということだったから。その魔物は〈ペルテバル地下宮殿〉地下一階のボスと考えて、おそらく間違いは無いだろう。
つまりボスを除けば魔物は四種類だけであるから、その四種の魔物に対してそれぞれ対策法を明確にさえしていれば地下一階はそれほど脅威の大きいフロアではない。
『黒鉄、右の一体を引き受けてあげて』
『―――承知した!』
最初に遭遇した魔物は四体。スケルトン・ウォリアーが三体にレイス・ウォリアーが一体という前衛で固められた集団だ。
初戦であるベルに、いきなり魔物四体との戦いを経験させるのは酷かもしれないが。背の高さの違うゾンビドッグや遠距離攻撃を行うレイス・マジシャンを交えた集団を相手にするよりは、対処しやすい部分もあるだろうと考えてのことだ。
どのみち〈ペルテバル地下宮殿〉に於いて魔物の集団というのは大抵が五体以上であり、多い時には十体を超えている場合も少なくないので、八咫の支援を受けられない以上はある程度の妥協も必要である。斥候の天恵による《気配探知》は探索範囲がそれほど広くないから、与し易い相手を迷宮の中で捜し回るのはあまり賢い遣り方とは言えないのだ。
「準備はいいですか?」
「―――ええ。いつでも」
僅かに緊張が入り交じった声色ではあったものの、はっきりとベルはそう言葉を返してくれる。
初めての戦闘、それも見た目からして畏怖を覚えそうなアンデットの集団相手であるというのに、大した胆力だとシグレは感心させられた。
先の部屋の中に陣取っている魔物の集団へ敢えて姿を晒し、相手を自分たちの側へと誘い込む。《気配探知》の探索範囲があまり広くない以上、自分たちから魔物のほうへと突撃を仕掛けるのは得策とは言えない。探知範囲の外、魔物達のさらに後ろに別の魔物集団が控えていて、戦闘の音を感知するなどして増援として駆けつけられれば面倒が増えることになるからだ。
魔物をより多く倒さなければならないとはいえ、望まぬ形で敵を増大させるのは好ましくない。イニシアティブを自分たちの側で握り続けることは、戦闘の勝ち筋を安定させる上で何よりも重要なことだからだ。
「―――《破魔矢》!」
レイス・ウォリアーに狙いを定めて射型を構えた練魔の笛籐の弦に、スペルによって自動的に番えられた矢をそのまま放つ。
《破魔矢》の弾速はあまり早くないが、練魔の笛籐により撃ち出された射弓スペルは強い誘導性を得ることが出来る。走り寄る軌道を僅かに逸らして回避を試みたレイス・ウォリアーの朧気な肉体へと光の矢が違いなく命中し、瞬く間にそのHPの7割近くを奪い取った。
「―――《軽傷治癒》!」
さらに《破魔矢》の着弾から殆ど間を置かずに、シグレは《軽傷治癒》のスペルをレイス・ウォリアー相手に撃ち込む。
即時に効果を及ぼす回避不能な癒しの力が、けれど負の存在であるレイスには大きなダメージを与える。《破魔矢》で大半を奪われていたレイスのHPバーが瞬く間に失われ、レイス・ウォリアーは光の粒子となって掻き消えた。
「あとは頑張ってください、ベル」
「……任せて!」
ベルの持つ大鎌に《理力付与》と《炎纏》 のスペルを付与し、シグレは彼女の後ろから今回の戦闘を見守ることに決めた。もちろん、彼女がダメージを負った時の為にいつでも《小治癒》を行使する準備だけは忘れない。
残るスケルトン・ウォリアー三体のうち、向かって右側の一体を黒鉄が引きつけて受け持つ。当然、残る二体の両方がシグレより前に立つベルへ向かうことになるだろう。
こと〈迷宮地〉での戦いに於いては、敵と一対一で戦える状況のほうが稀なのだ。ペア狩りであれパーティ狩りであれ、前衛は複数体の相手を同時に受け持つ状況のほうがずっと多い。一対二は当然不利ではあるが、早い内に慣れて貰う方が良いだろう。
「―――《魔力矢》!」
そのスペルはシグレが放ったものではない。今も両手武器である大鎌を構えながら、ベルが〝術師の腕輪〟を駆使して〈伝承術師〉のスペルであるそれを行使する。
ベルの正面に生み出された二本の青白い矢が、二本とも確実にスケルトンウォリアーのうち一体を射貫く。威力こそ然程高くはないものの、距離が離れているうちから攻撃スペルを駆使できるというのはベルの強みでもあるだろう。
「破ァッ!」
スケルトンを迎え撃つ相対の短距離のダッシュから、ベルはその大きな鎌を力一杯に横薙ぐ。
スケルトン・ウォリアーは片手剣と盾を装備しているが、ベルの速い軌道から繰り出された一撃に反応することはできず、大鎌の刃をその身に―――もとい、その骨身に。思い切り撃ち込まれる。
(……おお)
その光景をしかと見ていたシグレは、内心で再びの感嘆を覚えていた。
まだレベル1に過ぎない彼女の抉るような一撃が、レイスのHPを実に四割近くも奪っていたからだ。ダッシュの加速を利用し、大鎌の重量を利用し遠心力を稼いだ一撃が、それだけ重いものであったということだろう。
しかも、力一杯に武器を振るったにも拘わらず、一撃を入れた後にすれ違うようにしながら二体のスケルトン相手にしっかりと距離を取っている。
大鎌は重量がある上に柄が長く、連撃を繰り出せるような武器ではない。攻撃後の隙を補う意味でも、一撃の勢いそのままに距離を稼ぐヒット&アウェイの動きは賢い戦い方だと言えるだろう。
その後もベルの戦闘をシグレは眺めていたが、結局彼女はスケルトンから一度のダメージさえ負うことなく、容易く二体ともを斬り伏せてしまった。高威力の一撃と、相手の片手剣よりずっと長いリーチ。更に迷宮の部屋内を縦横無尽に駆け回る高い機動力を活かした戦い方は、レベルの上ではベルより格上であるスケルトンを終始圧倒し続けていたのだ。
よく動き回ったせいか、さすがに戦闘後は幾分か呼吸を見出している様子だったが。戦闘に慣れた身体がまだ出来ていないことを考えれば、それは当然のことだろう。寧ろ初戦でこれだけ動ける彼女に、シグレは驚かされっぱなしだった。
「その戦い方は、誰かに手解きを受けたのですか?」
シグレの問いに、ベルは頷く。
「昨日の夕方から夜まで、ユウジに手解きをして貰ったのよ。採取行の途中で戦闘になったとき、足手纏いにはなりたくなかったから。狭いけれど、あの家には庭も一応あったし、場所にも困らなかったしね」
「ああ、道理で―――」
昨晩、シグレは自室に籠ってまだ写本を製作できていない秘術書の山と格闘していた。地下迷宮のドロップとして今までに獲得した分と、先日の杖益会で新たに買い求めた分。それらを合わせると、結構な冊数の秘術書が貯まってしまっていたからだ。
ベルは〝累奴の首輪〟の制約によりシグレから離れることはできないが、その制限距離は案外狭くなく、五十メートル超程度までなら大丈夫だと説明を受けている。少なくとも同じ邸宅の敷地内であれば充分に許容範囲内であり、シグレが自室に籠っていても彼女は庭で戦闘の訓練を受けることが出来たわけだ。
ユウジはかなり熟達した冒険者であるから、彼に指導を受けたのであれば、とても素人とは思えないベルの動きも理解出来る。―――そう、シグレは一瞬納得しかけるが。しかし彼女の武器である機動力は、付け焼き刃のそれとは思えない程に洗練されているようにも思えた。
「それだけ動き回ったのだから、疲れてはいませんか?」
「全然。すぐに連戦しても大丈夫よ」
実際、ベルは呼吸さえ乱すことなく、シグレにそう言葉を返した。
(……体幹が充分に洗練されている、ということなのかな)
彼女は累奴となる際に記憶を失くしているが。もしかすると記憶を失くす以前の彼女もまた、身体を動かし機動力を活かすような何かを嗜んでいたのかもしれない。
いや―――そのことは、あまり深く考えるべきでは無いのだろう。彼女にとって重要なのは今であり、彼女の過去のことに勝手に想像を巡らせるものではない。ベル自身が望めば別だが、シグレの側から彼女の過去を詮索しようとするのは良いことでは無いだろう。
「とても頼りになりそうで、助かります」
―――何にしても。彼女がシグレが想像していた以上にずっと、確かな戦力になってくれそうなことは。素直に喜ばしいことでもあった。
今日から三日間だけは、ある程度効率を重視しながら魔物を殲滅していかなければならない以上は。シグレもまた彼女の力がより適切に振るえるよう、頑張らなければならない。
「……いい買い物をしたな、って。シグレにそう思って貰えるよう、頑張るわ」
卑屈さを全く感じさせない笑顔で、ベルはそんなことさえ言ってみせる。
「そんなことは、もう充分過ぎる程に、思っていますよ」
彼女を競り落とした金額は〝16万gita〟に過ぎない。無論、決して安い金額では無いのだが―――まだ僅かな時間しか共にしていないにも関わらず、自分に向けてくれている彼女の信頼が伝わってくるような、その無垢な笑顔ひとつだけでも。
充分以上に、その金額だけの価値があると。そう、シグレには思えた。
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