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119. ベルと共に

前回の投稿から随分と間を空けてしまいました。

申し訳ありません。

 〈ペルテバル地下宮殿〉、その地下一階。

 ここ二日ほど疎かにしていたとはいえ、普段は毎日のようにパーティでより深い地下二階で戦っているのだから、一階の敵などもはや敵では無い―――かといえば、勿論そんなことはなく。

 始めてこの場所に潜った時に、レイス・ウォリアーから一刀のもとに斬り殺された記憶は、まだ当分は忘れられそうにない。あれから死亡回数こそ積み増してはいないものの、相変わらずソロでこの場所に潜る際にシグレが抱く緊張感もまた変わることが無かった。

 何しろレイスを初めとしたこのエリアの魔物から一撃でも貰えば、忽ち死亡のリスクを被ることに関しては全く変わっていないのだ。あの時よりもレベルが1つ上がっているとはいえ、シグレの最大HPは殆ど誤差程度にしか増加してはいない。

 せめて一撃だけでも耐えられたら、随分と余裕を持って望むことができそうなものなのだが……。一方でシグレと殆ど同じ術師系の天恵ばかりを揃えているユーリはといえば、これが自分よりもずっと余裕のある最大HP値を有していたりするものだから。おそらくはシグレの種族である〝銀術師〟というものが、最大HPなどに対して大きなペナルティを背負わせていることは想像に難くなかった。


(……緊張感がある戦闘自体は、割と嫌いではないのだけれど)


 一撃貰えば終わりなのだから、攻撃を一度も受けずに済むように戦う。ソロに於けるシグレの戦闘方針は常に、これ以上なく明瞭なものだ。

 HPも防御力も皆無な脆弱極まりないこの身で。敵に近寄らせないよう、MPと再使用時間(クールタイム)を睨みながら、使用可能な手札に頭を巡らせて戦うというのも、これはこれでなかなかスリルがあって楽しい物でもあったりする。

 ―――とはいえ、必要以上のリスクは避けなければならない。

 死の痛みは案外軽微なものだった。少なくとも数度の実体験を経た今でさえ、シグレにとっては恐れるようなことでもない。しかし、だからといってリスクを省みず無謀な戦いに身を委ねれば―――きっと、いつかの日のように、カグヤに怒られてしまうから。


(自分のことを、自分以上に気に掛けてくれる人がいるというのは……)


 なんとも変な感じだな、とシグレは不意に思う。

 けれど、それは擽ったいが嫌ではなく、嬉しいことだとも思えた。

 必要以上のリスクは避けなければならないが、必要であればリスクを厭う気持ちは無い。ただリスクに怯え、忌避することばかりを考えるというのは、それはもう冒険者とは呼べないだろう。

 〈ペルテバル地下宮殿〉のソロ探索も、必要だからやっていることだ。ソロでの探索はリスクが高いが、そのぶん得られる〝貢献度〟については見返りも大きい。

 地下迷宮内の魔物の討伐に応じ、ペルテバル大聖堂から付与される貢献度。パーティでの狩りでは人数割りされてしまうこの貢献度を、ソロでの狩りであれば総て自分のものとすることができる。

 地下一階の魔物からは1体討伐する毎に1点だけしか得られない貢献度も、地下二階の魔物からであれば2~3点を獲得することが可能だが。6人程度のパーティで後者を狩るよりも、ソロで前者を狩った方が効率に優れていることは言うまでも無い。

 そして、シグレは一日でも早く貢献度を目標値まで貯めたいと言う強い意欲を持っていた。これ以上、カグヤを自分たちの蚊帳の外に置きたくはないからだ。

 〝羽持ち〟ではなく、モルクさんのように死に対する備えも有していないカグヤは、どうしても危険度の高い場所には連れて行くことができない。魔物が多く生息する地下迷宮の探索にカグヤを同行させたことはただの一度も無いし、以前カグヤと共に訪れた〈迷宮地〉である〈ゴブリンの巣〉についても、シグレが初めての死を経験したあのとき以来、一度も彼女と再訪したことはない。―――そこに有益な鉱床があると判っているにも拘わらず、だ。

 カグヤのほうもまた、シグレに同行をせがむような言葉を告げるようなことはしなかった。けれど、それが彼女の遠慮であることは、シグレは百も承知していた。

 ……カグヤはどうやら、あの時シグレが死に至ってしまったことを自分のせいだと考え、酷く申し訳なく思っているらしいのだ。

 あの時〝ゴブリン・ジェネラル〟に殺されてしまったのは、偏にシグレが相手の攻撃を充分に予測できていなかった、愚かさが齎した結末に過ぎない。僅かにさえカグヤのせいではないのだが―――それをシグレが何度告げても、カグヤの心の在り様を変えることはできなかった。

 カグヤを伴って行動している場所と言えば、ここ暫くは比較的安全度が高い採取行のみに限られている。しかし、先程衛兵の方から聞いた話から察するに、その採取行でさえ今後はカグヤを連れ歩くことにリスクを伴わないでいられるかどうか判らない。


 ―――根本的な解決法が必要なのだ。それも、急務に。

 その為には何としても貢献度を貯めて〝連繋の指輪〟を手に入れる必要がある。


 連繋の指輪を得るには、貢献度の値が4,000も必要になる。しかし連日の探索の成果もあり、シグレは既に3,404の貢献度を有していた。

 折角、唐突に三日という時間が空いたのだから。この三日間で何としても決着を付けてしまいたい。残りの必要貢献度は600。故にノルマは一日に200。『ソロができない』ことを考慮しても、決して無理な数字ではない筈だ。






「ここが〈迷宮地〉なのね……」


 シグレの少し後ろで、小さく漏らされたその声が地下迷宮の中に静かに響く。

 ―――そう。今回の探索は、ソロではない。と言うよりもおそらく、今後はもうシグレがソロで迷宮に潜る機会というのは二度と無いのではないだろうか。

 首輪という枷を嵌められているベルは、シグレから離れることができない。例え行き先がどこであろうと、彼女を連れずに行動することは、もうシグレには出来ないのだから。

 ベルが戦闘の中でどの程度役立ってくれるのかは、彼女の戦いぶりを見たことが無い以上未知数ではあるが。小柄な体躯とは対照的なとても大きな鎌を携えた彼女は、戦力として充分頼れそうなようにも見えた。


「この地下迷宮に、今日から三日間は通い詰めようと思います。ノルマは三日間で、ベルと自分とで合わせて魔物1200体の討伐。つまり、一日に400体を倒したいと考えています」

「尋常でなく多いわね……。確かにハードだわ」

「ええ。ですので、疲れたら遠慮無く後ろで休憩していて下さい」


 ソロではなくペア狩りになってしまう為、貢献度200を稼ぐには魔物400体の討伐が必要になる。これで1日分だというのだから、尋常でなく多いと評した彼女の言葉は尤もだろう。

 しかし、同時にシグレはその数が決して無謀でないことを理解していた。ソロで潜っていた時にも、一時間に40体程度の討伐であれば無理と言うほどでは無かったからだ。

 何しろ、地下迷宮一階の北部や東部にはまだまだ未探索の領域が山ほど残っているのだ。今日はユーリが同行していないため、敵の居場所を網羅してくれる八咫の支援を得ることはできないが。未探索の場所を探索していけば、魔物と次々に遭遇して連戦をこなしていくことは難しくないだろう。

 地下一階の敵も決して弱くはないが、地下二階の〝動く甲冑〟ことホロウのように固い敵というのは存在しない。有効だと判っているスペルを適切に撃ち込み、逐次殲滅していけば戦闘時間もそれほどには掛からない。

 カエデやユウジ達にも連絡して、今日から三日間は午後からいつも地下二階で行っているパーティ狩りの予定もまた、休ませて貰うことで既に話を済ませてある。つまり望む限りの時間だけ、ベルと共に地下一階で狩りを続けることができるのだから、1日で400体というノルマは充分に果たすことが可能だろう。


「何か私に〝こういう風に戦え〟みたいな指示とかって、あるかしら?」

「いえ、自分が合わせますので、ベルの好きに戦って下さって結構です。後ろからできる限りのサポートは行いますし、もし怪我をしたら回復スペルもすぐに掛けますので」

「……私がやりやすいように、気を回してくれるのは有難いけれど。私よりも、シグレの戦い方を優先してくれていいのよ? 私はあなたの奴隷なのだから、指示してくれれば従うわ」


 彼女が発した奴隷という単語に、シグレは眉を顰ませた。ベルが自身のことをそう呼ぶことを、あまり好ましく思っていないからだ。

 しかし彼女が率先して自分のことをそう口にする時には、その声色にどこか嬉しそうな色が微かに混じ入ることにもまた、シグレは気付いていた。ベルが好んで自身をそう表したいのであれば、シグレが咎めるのは筋違いかもしれない。


「ベルと二人だけでどこかに出掛けたり、魔物と戦う機会というのは、今後も少なからずあると思うのですよね」

「ええ、そうでしょうね。私はいつでも、あなたと一緒に付いていくから」

「ですから、今後の為にも。お互いの動きを理解し合って、互いが戦いやすいよう柔軟な連携を組めるようになることは重要だと考えます。―――ベルは自由に戦って下さい。自分も好きに戦います」

「……なるほど。理解したわ」


 ベルが得心したとばかりに、徐に頷く。

 実際の所、ベルが戦闘の中でどういった動きを好み、どういった戦い方を得意とするのか。そういったものを実際に彼女の後ろから見定めて理解しないことには、彼女にどういった風に戦って欲しいのか、望むこともまた難しいというのが正直な所でもあった。

 まして彼女が手に携える、身の丈ほどもあろうかという大鎌。彼女の天恵である、いかにも攻撃特化の前衛職という印象を受ける〈狂戦士〉。そのどちらも、今までシグレの周囲に居た仲間には存在しなかったものなのだ。

 大仰な武器と、〈狂戦士〉を初めとした数多の天恵が組み合わさった結果。彼女がどういった戦い方を武器とする冒険者となるのかは未だシグレにも予想が付かない。

 ―――予想ができないからこそ。今からその彼女の戦いぶりを見て、共に戦えることが。シグレは楽しみで仕方が無かった。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4172字

文字数(空白・改行含まない):4059字

行数:72

400字詰め原稿用紙:約11枚

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