118. 空白時間
「封鎖中―――ですか?」
「はい。申し訳ありませんが、昨日の夕方頃から通行止めにさせて頂いています」
翌朝。二日間休んでしまった日課の採取行を再開すべく〈陽都ホミス〉の北門を訪ねたシグレ達は。いつも通り門を護る衛兵の人達にギルドカードを提示しようとすると、そう言われて通行を遮られてしまう。
ここに来る道中、遠目からでも門の手前で何台もの荷馬車が立ち往生しているのが見えたから、何かあったのだろうかと内心で多少訝しく思ってはいたけれど。まさか、門の通行自体が閉ざされているとは思いもしなかった。
「何かあったのですか?」
カグヤが問うた言葉に、どこかばつが悪そうな顔をしながら衛兵の女性が頷いて応じる。
門の前に立ち往生している何台もの荷馬車。その周囲に集まっている人達の中には、イライラが募っていることを隠しもせず、聞こえよがしに文句や憤りを周囲の人と交し合っている人も少なからず居る。
通行止めにより商売を邪魔されているのだから、ストレスが貯まるのも判らなくはないが。こうした人達の相手をしていれば、衛兵の方々はさぞ肩身が狭いことだろう。いかにも申し訳なさそうな表情を湛えた衛兵の方に、シグレは少なからず同情せずにはいられなかった。
「昨日の昼のことなのですが。〈フェロン〉側からこちらへ向かって林道を通行していた、とある貴族の方の馬車が魔物に襲われまして」
「……昨日の昼? もしかして、その貴族というのはモル―――いえ、スコーネ卿のご夫妻ではありませんか?」
「いえ、違います。スコーネ卿は昨日、朝の早い時間の内にお戻りになられました。珍しく普段とは違う馬車にお乗りでしたので、はっきりと覚えております」
衛兵の方の言葉に、シグレはほっと胸を撫で下ろす。
もし自分が馬車をお借りしてしまったことで、モルクさんが魔物に襲われるようなことがあれば。さすがに心中穏やかには居られないからだ。
普段とは違う馬車ということは、おそらくマックさんが往復したのではなく〈フェロン〉側で別の馬車を借り受けて帰還したと言うことだろう。腕に覚えのあるモルクさんご夫妻であれば、仮に魔物に襲われたとしても遅れを取ることは無いだろうけれど。難を逃れたのであれば、何よりだった。
「幸い、森に入っている冒険者の方が現場に遭遇し、救援を得られたお陰で襲われた方も無事で済んだのですが。……その後に街道を調査しました所、林道の一部区画で魔物避けの仕掛けが破損していることが判明しまして」
「〝魔物避け〟が……」
「ええ。ですので、そちらが修繕され安全が確保できるまではるまでは門の通行を制限するよう、通達が来ておりまして」
フェロンとの重要な交易路とされている林道には何かしらの〝魔物避け〟が仕掛けられており、魔物が近寄らないことで知られている。
とはいえ、その仕組みがどういったものなのかは公に明かされておらず、シグレも知らないのだが。情報が秘匿されている理由はおそらく、盗賊などに仕組みを意図して破壊されることを厭ってのことなのだろう。
「その〝魔物避け〟が修繕されて、通行が再開されるまでには。どのぐらい時間が掛かるものなのでしょう?」
「我々も、詳しくは知らされていませんが……。なかなか簡単に手直しできるというものではなく、早くとも三日程度は掛かる見通しだとも聞いております」
「……三日、ですか」
どうやら修繕に要する時間は、シグレが思っていたよりも長いらしい。
一日程度であれば何でも無いが。さすがに三日も採取地が利用できないというのは、少々淋しい気がする。何しろ二日程度空けただけでも〝久々の〟採取だと、意気込んでしまっていたぐらいなのだ。
それでも、自分などであればまだ良いが。生活に直結する、交易路を利用する行商人の方などにとっては大痛手だろう。衛兵に当たっても仕方ないと判りつつ、行商人の方達も当たらずにはいられないといった所だろうか。
「判りました、ありがとうございます。……色々と苦労が多いと思いますが、頑張って下さい」
「ああ……わざわざご心配頂き、痛み入ります。これも衛兵の仕事ですので」
そう答える衛兵の女性の表情は、先程よりも幾分かは元気が取り戻されたように見えた。
何か手伝えることがあれば手伝いたい所だが―――おそらく、自分にできることは無いだろう。せめてこれ以上手間を患わせないよう、シグレ達は速やかにこの場を立ち去ることにした。
(―――三日、か)
最近は、この先のエリアである〈アリム森林地帯〉でも冒険者の姿を見かける機会が多くなっていた。それは森の中に増えすぎた魔物へ対処すべく、ギルドが然るべき依頼を発行してくれたからだ。
けれど門が通行止めになったことで、今日から少なくとも三日の間は〈アリム森林地帯〉で狩りをする冒険者は全く居なくなってしまうだろう。わざわざ街の東門や西門を通行してから北の森まで回り込んで狩りをしてくれるような、そんな酔狂な冒険者など居る筈がない。
だが、現状で三日も魔物を狩る人手が失われて、大丈夫なのだろうか。例え魔物避けの仕組みが復元されたとしても、それとは別の理由から魔物を押し留めることができなくなるのでは―――。
(……自分が考えても、仕方が無いことか)
思わず深みに嵌りそうになっていた思惟を、慌てて頭を左右に振ってシグレは引き寄せる。それこそ貴族の方などが考えるべき問題であり、一介の冒険者―――それも低ランクかつ低レベルに過ぎない自分などが考えても仕方の無いことだった。
「―――この後、どうしましょう?」
「どうしましょうねえ……」
カグヤの言葉に、シグレも困惑するばかりだ。
威勢を挫かれた徒労感は、正直如何ともし難いものがあって。
けれども―――三日という期間は、あるいは丁度良いものであるかもしれない。
「申し訳ありませんが、折角の纏まった空白時間が出来たことですし。この三日間のうちに少々片付けてしまいたいことがあります。……採取行のほうは、三日間お休みというころでも宜しいでしょうか?」
「あ、はい。私は構いません。そうですね―――では私も折角の機会ですので、シグレさんに付与を掛けて頂くための武具を、工房に三日間籠りながら色々と作ってみようかと思います」
「それは楽しみです」
付与付きの武具というものは大抵が〈迷宮地〉の宝箱から発掘される物であり、それが流通する形で一種の掘り出し物として市場に流れることはあっても、安定的に供給されることは先ず無いのだという。
けれど〈ペルテバル地下宮殿〉の付与素材を〈ストレージ〉の中に大量に保有しているシグレであれば、充分な量の武具に付与を施した上で店に並べることが出来る。
シグレの〈付与術師〉としてのレベルが未熟なので、失敗して武具の品質を低下させてしまうことが少なくないのが難点だが。高いレベルを持つ〈鍛冶職人〉であるカグヤの腕前を以てすれば、鍛錬によりそれを取り戻すことが出来るだろう。
―――カグヤの腕前に頼りっぱなしなのが申し訳ない限りではあるが。二人で始めてみるには、充分に面白そうな商売であるのは間違い無かった。
「では、私は市場で新居用の家具などを見てくることにします。もし宜しければ、ユーリさんも一緒に行きませんか?」
「……えっ。わ、わたし?」
「はい。ご都合が悪かったり、お嫌でなければですが」
「い……嫌では、ない。……一緒に行きたい」
何かと人見知りしがちな部分が多いユーリではあるが。そこは気さくで物怖じせず、牽引力のあるナナキに任せておけば大丈夫だろう。
ユーリは普段、いつもシグレの傍に居てくれるが。それは単に自分たちの中で、シグレが一番ユーリから心を許されているからに過ぎない。無論、それはそれで嬉しいことではあるのだが―――折角の共同生活がこれから始まるのだから、自分以外の仲間にもユーリが心を解いて接し合うことができるほうが望ましい。
ユーリもユーリで案外、一度心を許してしまった相手に対しては積極的な部分があったりもするから。最初に幾許かの時間を一緒に過ごすことさえ出来れば、あとは時間の問題だろう。
ナナキは多少打算的な部分がありこそするものの、自分と同じで年長者や知識・技術などに長ける相手に対しては相応の敬意を払う。〈錬金術師〉として多くを教えて貰っているユーリに対しては、ナナキも既にかなりの好意を抱いているようだった。
「では、私は皆様がいらっしゃらない間に新居の大掃除などをさせて頂きますね。今晩には温泉も使えるようにしておきますので、黒鉄様も楽しみにしておいて下さいませ」
『……有難い。我も手が空き次第、シノ殿を手伝いに行くとしよう』
「ありがとうございます。ですが、それはお気持ちだけ頂戴することに致します。黒金様はどうぞ私の分まで、シグレ様の力になってあげて下さいませ」
『あい承知した。それは元より我の本懐でもある。精々力を尽くすとしよう』
これから三日間、何をするのか。まだ一切話していないにも関わらず、どうやら黒鉄は既に察してくれているようだった。
おそらくは彼にも多くの負担を掛けることになってしまうだろうが、承知してくれているのであれば有難い。―――すっかり頼り切りにしてしまっていて申し訳ないが、黒鉄の力は自分に必要なものだ。
「シグレ。私は何を手伝えばいいかしら?」
すぐ隣を歩きながら、あくまで自分も手伝うことが当然なことであるかのように、そう訊いてくるベル。
これから自分が何をしたいのか、まだ彼女は何も知らない筈なのに。だというのに、すぐに協力を申し出てきてくれる、彼女の優しさが嬉しい。
「戦闘に慣れないうちに、いきなりで申し訳ないのですが。少しハードな場所に付き合いをお願いしても、構いませんでしょうか」
「ハードな場所……?」
「ええ。欲しいものがありまして」
ベルの首に〝累奴の首輪〟が嵌められている以上、シグレは彼女と別行動をすることができない。もしもそうしたなら、すぐに首輪は彼女に容赦無く死の責め苦を与えるだろう。
彼女にとっては―――いや、自分に取ってもまだまだ危険な場所と判っていても、連れて行かないわけにはいかないのだ。本来であれば使い魔の黒鉄だけを伴い、ソロで挑みたい所ではあったが。互いに離れることができない以上は自分と一緒に無茶に付き合って貰う他ないのもまた事実で。なればこそ、率先して協力を申し出てきてくれる彼女の言葉が有難かった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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