114. 付与生産
「シグレ、こいつは―――?」
「……すみません」
昼飯時から少し遅れた頃合いの、あまり繁盛していない『バンガード』の店内にて。先程シグレが取り出した大鎌を食い入るように見つめながら、疑問の言葉を口にしたユウジを見て、気まずさから先ず謝罪の言葉がシグレの口を吐いて出た。
一角のテーブル利用客が飲食店内にも拘わらず大振りの武器を取り出しているというのに、店員も他の客も誰ひとりとして気に留めもしない辺り、流石はギルド二階に併設された〝冒険者の店〟と言うべきだろうか。
今後、新たにパーティに参加してくれるベル。ユウジの説明に拠れば総ての近接武器を装備可能であり、最も攻撃的な前衛職のひとつである〈狂戦士〉の天恵を、先程〈ペルテバル大聖堂〉にて司教のライズさんの許にて再取得した彼女に。使わせるための何か良い武器の持ち合わせはないか―――そういった話の中で取り出した、シグレの大鎌を見て。その武器について見覚えがあるユウジが訝しく思うのは、無理からぬことだろう。
「いや、別に咎めたいわけじゃないが……。これは、どうしたんだ?」
ユウジがいま手に取っている大鎌―――〝精強なバトルサイズ〟。その武器は、忘れもしないユウジと初めて出会ったその日、共に〈迷宮地〉であるゴブリンの巣を掃討する中で宝箱から獲得した一品である。
分配の結果、ユウジが回復率増加効果のある装備品を希望したこともあり、シグレの元へと渡された武器なのだが。術師系の天恵で固めているシグレにとって近接武器というものは全く縁がない物であり、当然〈ストレージ〉の中に仕舞われっぱなしになっていたものであるのだが。
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精強なバトルサイズ/品質38
物理攻撃値:19
〔最大HP+18〕
《最大HP+10%》《最大HP+25》《最大MP+11%》《最大MP+30》
《筋力+6》《強靱+3》《敏捷+6》《HP回復率+1》
魔物の肉体ごと刈る巨大な鎌。
取扱いが難しいが、威力自体は高い。
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その武器がこんなにも奇妙な状態になっていれば、ユウジが首を傾げてしまうのも無理からぬことだろう。
「すみません……。以前、この先〈ストレージ〉の中に死蔵してしまうぐらいなら、いっそ実験台として活用してしまおうと考えたことがありまして。見ての通り〈付与術士〉の生産で適当にオプションを付けたりして、遊んでしまいまして……」
「……遊んだ結果で、こんな凄まじいものができるのか」
そう告げるユウジの語調は、感心と呆れが半々に混じっているように聞こえる。
シグレの持つ〈付与術士〉の天恵は、戦闘職のひとつであり、生産職のひとつでもある。《理力付与》や《生命吸収》などのスペルで、戦闘の中で一時的に付与による強化効果を呼び起こすことができる一方では、既存の装備品などに永続的な付与効果を施すような〝生産〟を実行できるのだ。
但しMPさえ支払えば行使できる戦闘中のスペルとは異なり、〈付与術士〉の生産には特殊な宝石などを付与素材として消費する必要がある。この宝石は貴重な物であり、なかなか市場などで購うことができるものではない。金銭的価値自体がそれなりに高いというのもあるが、そもそもあまり出回ってこないのだ。
「最近、ずっと〈ペルテバル地下宮殿〉に通っているじゃないですか」
「そうだな。毎日のように探索しているが……」
「あそこに通っていると、付与素材系の宝石がどんどん貯まってくるもので……。生産の経験値稼ぎにもなりますし、こんな風に不要な装備品に適当な付与効果を付けて、遊んだりしてたんですよね……」
野外フィールドに存在する魔物は通常、付与素材の宝石などをドロップすることはない。獣や鳥などの姿を模した魔物がドロップするアイテムは、殆どが肉や皮革などであるからだ。次点で魔物が生息する場所に即したアイテム、つまり草原の魔物であれば植物素材を落としたり、森林の魔物ならば材木、坑道の魔物ならば鉱石などをドロップすることは少なからず有るが、その程度のものだ。
そうした魔物から獲得できる肉や皮革などの素材は、バロック商会などで売却すればそれなりの値が安定して付くのだから収入としては案外悪くない。魔物を狩れば狩っただけ、狩りに時間を裂けば裂いただけ、安定して収入の増加を見込むことができる。
一方で〈ペルテバル地下宮殿〉内で多くドロップするアイテムには、正直あまり価値を見込むことができない。スケルトン系の魔物を倒せば骨や髑髏、質の悪い武具などをドロップするが、これは殆ど値の付くようなものではないのだ。レイス系の魔物ともなれば、そもそもアイテムをドロップする機会そのものが稀であったりするし、ゾンビドッグに至っては倒すたび勝手に〈インベントリ〉内に押しつけられてくる腐乱した肉や皮革などは、最早ただの嫌がらせとしか思えなかったりするぐらいだ。
但し―――ドロップ率そのものは高く無いが〈ペルテバル地下宮殿〉内の魔物はいずれも、付与素材の宝石を落とすことがある。
確率が高くないとはいえ、毎日のように地下宮殿に入り浸っていれば素材は当然のように蓄積されていく。更には〈調理師〉の生産天恵を持つ冒険者が魔物討伐時に調理素材を獲得しやすくなるのと同じで、〈付与術士〉の天恵も有しているシグレはやはり付与素材を他人よりも獲得しやすい。
更には〈迷宮地〉に出現する宝箱がこれに拍車を掛ける。通常の宝石や貴金属、封印された秘術書や現金などと共に、付与素材の宝石は宝箱の中から最も発見されやすいものであるからだ。
収納スペースをあまり必要としないせいか、宝箱を開ける度に複数個の付与宝石が同梱されているケースは多く、宝箱を数開けていけばそれだけ自然と〈ストレージ〉の中へと溜め込まれていく。八咫のお陰で効率的に宝箱を回収出来ることもあり、戦闘報酬と宝箱報酬の両者から付与素材の宝石を獲得できてしまう為に、本来はそれなりに希少なものである筈なのに、正直持て余すぐらいに手に入り過ぎているというのが本音だったりもするのだ。
「そりゃ、何とも贅沢な話だなあ……」
宝石を持て余しているという話を聞かされ、ユウジが苦笑気味にそう漏らす。
付与素材として利用可能な宝石は別に生産素材として活用せずとも、通常の宝石と同程度の金銭価値で市場に売り払うことは難しくないからだ。それを持て余しているというのだから、金銭価値を考慮すれば確かに贅沢な話に違いない。
だが、シグレはこの宝石を売り払うつもりにはなれなかった。元々RPGなどのゲームをプレイする際、獲得したアイテムというのは売却して金に換えるぐらいなら適当に使ってしまう性分なのだ。
「……それで。この大鎌、私が使っても構わないのかしら?」
「それは勿論構いませんが……。ですが何度も付与作業に失敗してしまったせいで、攻撃力がかなり下がっていますよ?」
宝石素材の付与作業を失敗した場合、付与効果を何も付けられない上に対象の装備品が有している品質値を20から30程度低下させてしまうペナルティが生じてしまう。
この品質値低下は、その装備品を数時間から数日程度休ませることである程度回復させることができるが、しかし品質低下量の1割程度は永続的に疵となって残されてしまう。つまり、付与作業に失敗する度に品質が2~3程度は永久に下がることになってしまうわけだ。
霊薬の効果量が品質に比例して高くなるように、装備品の持つ性能というのは品質値の影響を強く受ける。この大鎌―――〝精強なバトルサイズ〟も、宝箱から獲得した当初の品質値は50であり、物理攻撃値は26であった。
一回一回の失敗では2~3点程度しか品質値が落ちないとはいえ、累積した結果この武器の品質値は合計で12点も低下させてしまった。その結果、物理攻撃値も26から19にまで低下してしまっており、武器本来の強力さは大きく損なわれてしまっている。
「攻撃力が多少落ちてても、これだけ色々と付与が付いているなら、メリットのほうが大きいんじゃないかしら?」
ベルがそう告げながらユウジのほうを見ると、ユウジもそれに頷いて応えた。
「俺もそう思う。特に装備品ひとつでこれだけHPやMPを増幅できるってのは、かなりデカいメリットだ。レベル1から参加することになるベルのHPやMPは、どうしても最初は低くなってしまうだろうが。この武器があれば、かなり積極的に前衛を務めることができるだろう」
「―――らしいわよ? というわけで、使わせて貰ってもいいかしら?」
「ええ。こんなもので宜しければ」
ユウジから受け取った大鎌を、ベルは嬉しそうに両手で構え持つ。
小さな女の子が大鎌を構えてる姿って、なんだか不思議な格好良さがあるなあ。
「武具の品質値でしたら、私が少し改善できると思いますよ?」
「……そうなのですか?」
思わず問い返したシグレの言葉に、カグヤが力強く頷いて応える。
「武具を製作することだけじゃなく、武具を鍛えることも〈鍛冶職人〉の技術の内ですから。勿論シグレさんも天恵をお持ちなので、ご自身で行うこともできると思いますが……宜しければ私の方でやってみましょうか?」
カグヤの説明に拠ると、鍛錬素材を消費して武具を鍛えることで〈鍛冶職人〉は装備品の品質を増加させることが可能であるらしい。品質を引き上げることで武器であれば攻撃性能を、防具であれば防護性能を引き上げることができるのだそうだ。
1度の鍛錬成功で増やせる品質値は3~4点程度とのことだが、やはりこちらも何度か鍛錬を繰り返して効果を累積させることで、ある程度纏まった数値の増加を見込むことができる。但し同じ武器に対して複数回の鍛錬を行う場合、一度目よりも二度目、二度目よりも三度目の鍛錬のほうが格段に難易度は高くなってしまうらしい。
―――けれど、そこは流石のレベル22〈鍛冶職人〉と言うべきだろう。カグヤは三回程度であればほぼ確実に鍛錬を成功させることができ、四~五回目の成功もそれなりの確率で引き出すことができるのだそうだ。
「武具の鍛錬では、二回以上失敗すると武具そのものを破壊してしまう場合があります。ですので、一度目の失敗をしてしまうまでなら安全に行うことができますよ」
「なるほど……。それはいいですね」
カグヤが、シグレの失敗で失った品質値を取り戻してくれるというなら有難い。
無論、初めからシグレが付与作業の戯れで、徒に品質値を削るようなことをしていなければ。彼女の鍛錬によって、より強力な武器にすることができたのだろうけれど。
「是非、お願いします。面倒をお掛けして申し訳ありませんが」
「いえ! 私もシグレさんのお力になりたいですから!」
ベルの手からカグヤへと、大鎌が受け渡される。
明日の朝までには完成させておいてくれるとのことなので、早速その成果を明日の狩りの中で見ることができるだろう。
「……そういうのも、面白いかもしれませんね」
「はい?」
「いえ、ちょっと思いついたことがありまして。例の店のことなのですが―――」
そこまで、言葉を紡ぎかけてから。
ふとシグレは―――生産レベルが2に過ぎない自分がその提案を口にするのは、〈鍛冶職人〉という天恵を高いレベルで修めているカグヤに対し、随分と虫の良いものではないだろうかと躊躇いを覚える。
だが。僅かな逡巡のみを経たあと、シグレはすぐにその躊躇いを頭の中から振り払う。カグヤはそんなことを気にするような人ではないし―――それに、彼女と共に何かを為したいという想いは、シグレの中にも強く在る感情であるからだ。
「宜しければ、今度始めるお店に〝共作〟を陳列してみませんか」
「共作……ですか?」
「はい。自分が作ったり、カグヤが作ったりした装備品を。あるいは迷宮から手に入れたものでも構わないと思うのですが。そういった装備品に自分とカグヤの二人で一緒に手間を施した物を、売り物として店に並べてみるというのはどうでしょうか?」
シグレが装備品に〝付与〟を施し、カグヤが〝鍛錬〟を施す。
この先シグレが開くことになった店に、少なからずカグヤも自分で持っている店とは別の武器を並べたりして、関わるという話は済んでいるのだから。折角の機会なのだし、二人で共に力を注いで仕上げた商品を並べてみるというのも面白いと思ったのだ。
「………」
あまりに唐突な提案を聞かされたことで。目をぱちくりとさせながら、カグヤは身じろぎもしないままに束の間思索を巡らせてから。
「―――それって、凄く素敵だと思います!」
けれどすぐに、顔一杯に嬉しそうな表情を綻ばせながら。
いま自分たちがいる場所が飲食店の中であることも忘れたかのような大きな声で、カグヤはシグレの提案に、全力で賛成の意思を示してくれるのだった。
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