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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
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11. 焼き魔物

 『鉄華』での買い物を終えてカエデと並んで店を出ると、陽がだいぶ高い位置にまで上がっていた。時間を〝意識〟してみると『11時45分』と表示されており、ギルドと武具店で少々時間を潰しすぎてしまった気がする。

 店主のカグヤさんは自分のことを『刀工』だと言っていたから、この店では刀剣類しか取扱いが無いのではないか、と一度は懸念を抱いたりもしたけれど。結論から言えば、店の中でシグレの求める杖や弓―――つまり『刀』ではない木製の武器を購うことは問題無く出来た。

 長柄武器なども扱う都合上、懇意にしている木工職人の伝手も幾つかあるとのことで、そうした人達が生産した木工品も自分の店で代理販売しているそうだ。木工武器の類は店の一角に纏めて陳列されていたので、自分の求める物品を捜すのも容易だった。

 シグレが今回購入したのは、何の変哲もない普通の杖と弓。金額はお店に並んでいる品の中でも最低クラスのものであり、明らかにもっと優れているものも沢山並んではいたのだけれど。とりあえずはスペルの発動体としての役目さえ果たせればいいとだけ考えて、現時点では品に拘るつもりも無かった。

 ……というか、拘れる余裕が無い。簡素で廉価な杖と弓だけでさえ、購えば1600gitaという(シグレにとっては)大金が吹き飛び、一気に生活費の余裕は削られることとなった。大抵のRPGがそうであるように、ゲームの最弱装備というものが往々にして端金はしたがねで買えるものと油断しきっていたシグレは、想定外の出費に思わず顔が青くなったものだ。

 カエデがゲームを始めたときには初期装備として〈槍士〉専用の重たい槍と、〈騎士〉に相応しい金属鎧一式が付いてきたらしいので、シグレの場合に限って初期装備が服しかなかったのは魔法職ばかりを選んでしまったツケとも言えるだろうか。とはいえ弓までは望まないにしても、せめて杖ぐらいは付けて欲しかったが……。


「大分お金が心許なくなったので……早めに日銭を稼いでおきたいのですが、何か良い狩り場とかありますか?」

「あは、初めのうちはやっぱりお金が大事だよねー」


 うんうん、と何度も頷いてみせるカエデ。

 彼女の場合には一揃いの初期装備があったとはいえ、それでもゲーム開始時に与えられる資金が僅か一週間分の生活資金だけというのは、決して余裕があるものではない。カエデも一ヶ月前には通った道なのだろう、身につまされるものがあるようだ。


「でも稼ぎのほうは心配しなくていいかな。シグレって、生産職は10種類全部取ってるでしょう?」

「取ってはいますが……まだ一切手を付けてませんよ?」

「大丈夫、生産職の天恵を持ってるだけでも結構大きいんだ。そうだね、例えば―――『鍛冶』に使うための素材ってあるでしょ? 鉄鉱石とか銅鉱石とかさ」


 確かに、金属の鉱石などは鍛冶職人専用の素材と言えるだろう。

 木工職人なら木材系の素材、皮革職人なら動物などの皮といったところか。


「例えば〈鍛冶職人〉には、《鍛冶職人の目利き》って常時発動(パッシブ)スキルがあってね。このスキルを持ってると、その生産職で利用できる素材を落とす魔物から、通常のドロップに加えて素材が多めに獲得できたりするんだ。この類のスキルはどの生産職にも備わってるから、〈調理師〉の私の場合だと、料理の材料を落とす魔物を優先的に狩ったりすると他の人より素材が多く手に入ったりする」

「……それって私の場合だと、凄いことになりませんかね」

「シグレの場合には、生産に活用できるような素材を落とす魔物なら何を狩っても美味しいだろうねー。代わりに生産職のレベルはそうそう上がらないだろうから、加工して稼ぐというのは難しいかもしれないけれど」


 それでも、獲得した素材を自分で使わなければならないという制約が無い限りは、無理に自分の生産技術で活用することはせず売却して利益の一部に換えてしまうだけの話である。

 狩り自体の収入アップが恒常的に期待できるというのは大きく、とりわけ現状の資金難から脱出するというだけなら充分に役立ちそうだ。


「ちなみにパーティで狩りをする際には、魔物がドロップする素材は勝手に分割されて各自のインベントリに入るからね。基本的にはそのままインベントリに入った分を自分の収入にしちゃうから、狩りの後に別途の清算作業をやったりは普通しない。《目利き》系のスキルで手に入れる素材については、天恵所持者のインベントリに直接入るから、これはそのままその人の収入になるね」

「……それだと、自分だけが得をするみたいで、ちょっと良い気分はしないですね」

「生産職の天恵を積んでる利益を得るのも、代償を払うのもシグレ自身なんだし、釣り合いは取れてると思うよ? 別に相手の取り分が減るわけでもないしね」


 確かに、そう考えることもできるか。


「でも今回は、私もシグレも二人とも天恵の恩恵がある『調理素材』を得やすい狩り場に行くから、一応お互いの収入量に偏りが出ないよう、狩りの後に素材は全部街で売り払って収入は折半にしちゃおうと思うんだけど。いいかな?」

「異存ありません。自分とカエデの二人で狩りをするのなら、魔物が落とす『調理素材』は通常のドロップに加えてお互いの〈調理師〉によるボーナス、合わせて3倍近く獲得できるわけですかね?」

「《目利き》の追加獲得率は生産職のレベルに依存するらしいから、そんなに極端には増えないかな。私も〈調理師〉のレベルは1のまま上げてないしね。でも具体的な検証はしてないけど、レベル1でも《目利き》があれば2~3割ぐらいは獲得量は変わってくる感じかな? 結構小さくない差が出ると思うよ」


 生産職を大量に積んでいるからといって、複数種類の生産職に跨って素材をドロップする魔物というのが居るのかどうかは判らないから、一概に人より稼げるとは限らないだろうか。

 それでも、パーティを組む相手に合わせて。相手に好きな狩り場を自由に選んで貰った上で、シグレは喜んでどこにでも付き添うことができる。そのメリットは悪くないものに思えた。


「なるほど。では是非、二人で『調理素材』を沢山集めに行くとしますか」

「ん、というわけで私の普段の狩り場に案内したげようー。調理素材は市場での取引も活発だからね。何を拾って来ても換金が容易なので、割とお勧めだよ? 一度に沢山売るとちょっとサービスして貰えたりもするから、二人分纏めて持ち込めば喜ばれると思うし。お金をとりあえず稼ぎたいときとか、私で良ければいつでも付き合うからね?」

「……ありがとうございます。そういう優しいことを言われたら、カエデに頼る理由がまたひとつ増えてしまいそうですが」

「私も美味しいんだし、どんどん頼っちゃってねー?」


 カエデが与えてくれる優しさが嬉しく、有難い。

 こうして一緒に話していると、カエデの気さくさに救われているなと思う。病院の個室に閉じこもり、読書ばかりを趣味に他人との関わりをあまり持たずに日々を過ごしてきたシグレは、本来あまり人と話すことが得意ではないのだけれど。カエデと一緒に過ごす分には、幾らでも話が尽きない気がする。


「そういえば、狩りに出る前に昼食を取った方がいいのではないですか?」

「ん、そのつもり。街の中央部ほどじゃないけれど、各方角の門の前にも結構屋台が出てるからね。今回はそこで取ろうと思うんだけれど、どうかな?」

「なるほど、了解です」


 意気揚々と歩き出すカエデの隣に、慌ててシグレも並び歩く。背は同じぐらいであるのだけれど、早足気味に歩くのが素なのか、彼女のペースに合わせるのは少しだけ大変で。

 そんなシグレの様子を見て気付いたのか、カエデもすぐに歩速を緩めてシグレのペースに合わせてくれた。


(普通、こういうのって男が女性のペースに合わせるものじゃないのかね……)


 配慮してくれたことは嬉しいが、男として少々情けない気分になったりもした。

 歩くのに慣れてないから仕方ないのだ、と内心で言い訳をしておこう。




 カエデと雑談を交わし、街並みを眺めながら。二人でのんびり歩くこと15分程で街の西門が見えてくる。街を取り囲む背の高い塀に比して、それより更に背の高い門は遠目にも判りやすい。

 先程までは街の中心部から離れるに従い、周囲を歩く街人の影がまばらに減っている気がしていたけれど。門の近くにまでくれば、そこにはまた人が集まって賑やかな光景が見受けられた。

 門の内側すぐの所には三階建ての宿が幾つかあり、荷馬車を引き受ける専用の施設などもあるようだ。他にも荷の積み卸し作業の為なのか人足にんそくの貸し出し場があったり、脇にはいまこの街に到着したばかりと思われる品々が扱われた、ちょっとした露店市ようなものもできている。

 さらには露店市の集客を見込んでか、食事を提供するちょっとした屋台なども結構な数が出ているようで。確かに昼食を取るにはここでも充分なようだ。


「何か食べたいものはある?」

「特に偏食は無いですが……これから身体を動かすわけですし、元気が出そうなものがいいですね」

「よし、じゃあ肉食べよう、肉!」


 何かの匂いを嗅ぎつけたのか、ふらふらとどこかに吸い寄せられていくカエデ。慌てて追いかけると、カエデが立ち止まった目の前には肉が焼ける香ばしい匂いをさせる屋台が出ていた。

 少しサイズが大きめの焼き鳥のようなものを出しているみたいで、値段も1本あたり25~35gita程度とお手頃だった。カエデは何本かの商人を購入してお店の人に包んで貰っているようだったので、シグレも2本だけ購入してみる。匂いからして美味しそうではあったのだけれど、朝食を食べ過ぎていることもあってカエデほど沢山購入するつもりにはなれなかった。

 旅人の食事客を見込んでか、革製の水筒も脇で売られていたのでついでに購入する。購入する際、お店の人に水筒に詰める中身は水が良いか酒が良いかと訊ねられたので、迷わず水と答えた。

 革袋は口がちゃんとしまるように出来ていて、案外中身が零れる心配は無さそうに見えたけれど。一応、購入して直ぐインベントリに収納しておく。インベントリやストレージの中に収納しておけば、おそらく勝手に零れたりすることは無いだろう。……多分。


「食べ歩きというのは、子供の頃のお祭り以来な気がしますね」

「ふふ、行儀悪い人間になっちゃえー」


 カエデにからかわれて、シグレも思わず苦笑する。

 確かに、現実の世界で食べ歩きというのはあまり行儀の良い行為ではない。しかし門前の屋台街にわざわざ飲食スペースが設けられているわけでなし、屋台街を利用している周囲の人達も皆、気にせず歩きながら様々なものを頬張っているようだ。郷に入っては郷に従うべきなのだろう。


「ああ、これは美味しい。腿肉のような食感がいいですね」

「そっか、気に入って貰えて良かった。その焼き鳥に使われてるお肉の魔物を、今から狩りに行くからね?」

「―――ぶっ」


 思わず吹き出して、肉のひとかけらを地面に落としてしまった。


「つ、つまり。厳密には〝焼き鳥〟ではないわけですか、コレ」

「そうだね、言うなら〝焼き魔物〟かな」


 その響きでは、全く美味しそうに聞こえない。

 魔物と教えられたことでちょっと食べることに抵抗が出てしまうけれど、この串焼きに焼き鳥同様の美味しさがあるのは確かなのだ。覚悟を決めて、シグレは串の続きをかじることにした。


「……あまりグロテスクな魔物でないことを祈るばかりですよ」

「猪に似た魔物だから、グロくは無いよ。普通に動物っぽい外見かな」

「ああ、それならまだ」


 動物っぽい魔物なら、狩ることにも食材として食べることにも抵抗は少ない。

 ただ『猪に似た魔物』ということになると別の意味での不安は少なからず感じる。猪のように突進力のある魔物であれば後衛のシグレの元にまで容易く突っ込んでくるかもしれないし、もし実際のオス猪のように鋭い牙を有しているのであれば、シグレのHPなんて一撃で奪い取る程度の殺傷力は持っているかもしれないのだ。


「大丈夫だよ、私が護るからね」


 そんな魔物―――ひとりならきっと、見かけても挑めない。

 でもカエデが隣に居てくれるから、不安なんてすぐに忘れてしまった。


「頼りにしてますよ。……男として、ちょっと情けないですけどね」

「ふふ、頼りにされます。言っとくけど、私もシグレのことを頼りにするからね?」


 微笑みながらそう言ってくれる、カエデの優しさが嬉しい。

 彼女の期待に応えるだけの働きが、自分に出来ると良いのだけれど。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含まない):5057字

行数:111

400字詰め原稿用紙:約13枚

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