107. プレゼント
当初こそ、展示即売というものを見て回ったところで、あまり買う物は無いのではと内心では思っていたのだが。さすがは〝杖益会〟という特別な場なだけのことはあり、シグレが興味を惹くような物との巡り合わせは多かった。
最初に大量に買い漁ったのは、腕利きの冒険者が開いていると思われる露店で見かけた『封印された秘術書』。元々〈ペルテバル地下宮殿〉には魔術師系の魔物が結構出ることもあり、毎日の探索では秘術書のドロップも期待でき、仲間から譲渡して貰える機会も多いために既に結構な冊数を有してはいるのだが。選択できる秘術の幅が広がることは、スペルに傾倒している自分からすれば幾らでも大歓迎だ。
机の上に並べられた10冊ばかりの秘術書は、単価にして1冊3,000gitaと格安。〈秘術師〉の天恵を持たない冒険者にとっては無用の長物なので、貯まった分を処分に出しているということなのだろう。
有難く全部購入したい所ではあるが、こうした場での買い占め行為というのもあまり良くないだろうとも思い、何冊まで買って構わないか店主の方にシグレが訊ねてみたのだが。寧ろ全部引き取ってくれるなら追加で1冊おまけすると纏め買いを勧められてしまったので、有難く総て購入して合計11冊を頂いた。手持ちの分も含め、あとでユーリと共に一気に開封してみたいと思う。
他に戦闘に役立てられそうなものとしては、術師の腕輪というものを購入した。何か透明な石のようなもので作られた細い腕輪で、身につけていると〈伝承術師〉のスペルを行使する際に杖を装備する必要が無くなるというアイテムだ。
装備の持ち替え自体は、もうすっかり慣れてしまったので構わなくはあるのだが。シグレの持つ弓〝練魔の笛籐〟に最大MP+20%の効果が付いていることもあり、杖に持ち替えている間は最大MPが減少し、それに合わせてMPの回復速度も減少してしまうという難点があった。
今後何か良い杖でも手に入れば別だが、現在所持している杖はスペルを発動できる以外に何の効果もない安物なので、ならば腕輪で代行できるならそのほうが良いだろう。価格もおよそ15,000gita程度であり、それほど高い物ではなかった。
戦闘関連以外だと、錬金台を購入したのでビーカー等の小物も買い揃えた他、〈フェロン〉周辺の森林で採取できるものと思われる植物や茸などを何種類か購入した。どれも〝意識〟して詳細を見てみることで、錬金や薬の材料として利用できることが判ったからだ。
いずれの素材も品質が自然劣化するものである為、一応《防腐》のスペルは掛けておいたものの、持って帰って生産する頃にはだいぶ酷い品質になってしまっているだろうが。実用には向かないにしても、添加などに用いることでどういった効果が付着するのか確認するだけなら充分である。
有益そうな素材であるようなら、改めて仲間と共に〈フェロン〉まで採取しに来るのもいい。―――尤も、今回はスコーネさんの馬車であることもあり問題無く〈フェロン〉の中に入ることができたが、再訪問する場合には冒険者ギルドのランクをもう少し上げておく必要があるだろうけれど。
「―――のう、旦那様や」
買い物を楽しんでいる折に、不意にシグレの袖を引きながらアヤメが呼び止める。
「何でしょう?」
「こうした場では、男性はエスコートの相手の女性に贈り物のひとつぐらいは見繕うものであろ? わらわはあちらの店で一品、旦那様にせがんでも構わぬか?」
「判りました。そんなもので宜しければ、是非プレゼントさせて下さい」
自分が色々と商品を見たいが為に、アヤメのことを随分と好き勝手に連れ回しているようにも思う。彼女の言うことも尤もだし、法外な値でなければそのぐらいは全く構わない。
アヤメが呼び止めたすぐ脇にあったのは、小物などを中心に扱う和物の工芸品を商う露店であるようだった。趣味の良さそうな小箱などの他には、簪や櫛といった装身具なども扱っている。アヤメはその店に並べられた幾つもの扇子に、じっと見入っているようだった。
やがて彼女は、黒字の扇面に金砂を撒くように桜の蒔絵があしらわれた扇を一品選ぶ。値段は3,300gitaと、丁寧な作りである割りに随分と良心的な価格だった。
「ありがとうな、旦那様」
「こちらこそ、色々とお付き合い下さりありがとうございます」
小さくぺこりとお辞儀をするアヤメに、シグレもまた頭を下げる。
敢えて聞いたりはしないが。周囲に高そうな宝飾店が幾らでもある中で、敢えて扇を一品をねだるというのは、おそらく彼女なりにシグレの面子を立てつつも負担を掛けないようにとの配慮からだろう。
現実換算で見れば、小学生にしか見えないほどに稚い風貌の少女だというのに。何とも大人の女性らしい心遣いには、痛み入るばかりだ。
◇
ひとしきりの露店を見終わった辺りで、衛兵の方がチラシのようなものを会場内で配り始めたので一枚受け取ってみると、今回のオークションで出品される品を纏めたリストだった。
アヤメにリストを確認したい旨を告げ、彼女と共に露店ブースの脇に設置された休憩スペースを利用する。小さなテーブルの席に着くと、すぐに近場の衛兵の方が歩み寄って何か飲み物は要らないか訊ねてきたので、シグレは珈琲を注文しアヤメは緑茶を注文する。アヤメから休憩スペースで供される飲み物が無料であることを教わっていると、さほどの間もおかずに淹れたての飲み物が届けられた。
「何ぞ、欲しいものがあるのじゃろ? わらわのことは気にせぬでよい」
「すみません」
アヤメの許可を得て、有難くリストのほうに没頭させてもらう。
出品物のリストはB5程度の用紙が三枚合わさって閉じられており、出品される順番に商品の詳細が記載されている。簡単に目を通していく感じだと、芸術品や宝石などの出品が多いように見受けられるが、マジックアイテムの類というのもそれなりにあるようだ。
しかし、シグレの求めている物品。―――つまり誰かを死から護れるような、そういった類のアイテムというのは、今回の出品の中には無いようだった。
正直、残念ではあったが。初回の参加でそうそう都合良く巡り会えるとも思っていなかったので、致し方無い所だろう。
「……ふむ。駄目だったか。まあ、気を落とすでない」
落胆が少なからず顔に出ていたのだろうか。シグレが何も言わずとも、アヤメは察して慰めの言葉を掛けてきてくれた。
「そうですね……。今回はもう、充分に収穫がありましたし」
「うむ、そうであろそうであろ。何しろ、わらわという乙女を同伴する栄誉に預かれたのじゃからな!」
収穫とは、錬金台を初めとした幾つもの掘り出し物を購えたことを言ったつもりだったのだが。
―――いや、でも案外間違っていないかも知れない。アヤメとこうして共に時間を過ごすことを、思いのほかに楽しんでしまっている自分がいることもまた、違いない事実ではあるのだ。
「ええ、お陰様で本当に。ありがとうございます、アヤメ」
「うえっ!? ……い、いやいや、旦那様よ。そこは調子に乗るなと、突っ込んでも良いのじゃぞ?」
顔を僅かに赤らめながら、少し乱れた声色でアヤメがそう告げる。
照れているアヤメは大変に可愛らしく、なるほど充分な収穫があったと思えた。
お読み下さり、ありがとうございました。
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