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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
6章 - 《遠き世界のエトランゼ》

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103. 眠れる夫妻

 シグレ達が今日参加する〝杖益会(ペジャーン)〟とは、一種の都市同士による興業のようなものなのだとスコーネさんは教えてくれた。

 長年の交易を通じて〈陽都ホミス〉と〈森林都市フェロン〉の仲は大変に良く、どちらの都市でも互いに月1回ずつ、つまり二都市で半月毎の交代で〝杖益会〟は執り行われているらしい。各都市の中枢貴族が毎回1名代表となって催され、参加は貴族だけでなく準貴族や騎士、一部の富豪や名声高い人などにも許されている。また他にも、それらの人達の連れ合いとして2名までであれば同時に入場できるのだそうだ。

 場の性質上、連れ合いとして入場する人々は商人や職人であることが殆どで、夕刻から夜に掛けては展示即売の場として解放され、入場した人達は自由に商いをすることが許される。また、展示即売に併行してオークションも行われ、こちらには1参加者集団毎に2品までであれば出品できる。

 但し、展示即売では場代として売買額の一割を主催者に収める必要があり、オークションでは落札額の二割が手数料として主催者に徴収される。参加者の多くが富める者である為に自然と場で動く金額も大きくなり、徴収する割合自体が然程大きく設定されているわけでないにも関わらず、主催者にはかなりの利益が齎されるのだそうだ。

 とはいえ〝杖益会〟に於いて得た利益を私財として留めることは多くの場合許されず、何かしらの形で都市の為に費やされることが求められる。それが貴族の義務であり、またそうして公益の為に派手に使うこともまた一種の貴族の名誉でもあるのだとスコーネさんは語った。


『シグレやアヤメも、何か売買したりオークションに出品したいものがあるなら構わんぞ? どうせ私には使いようのない権利だからな』

『いらんわ。わらわは掘り出し物を求めに行きたいのであり、金を稼ぎに行くつもりは毛頭ない。そもそも客には不自由しておらぬ』

『ま、アヤメはそう言うだろうがな……。シグレはどうだ? 毎日のようにギルドの工房に通っているシグレのことだ、取引価格が高くなりすぎる為にカグヤの店に並べられないでいる品もあるのではないか?』

『それは……』


 確かに、無いではない。

 霊薬でも薬でも、絶えず生産を繰り返していると時折異常な程に高品質であったり、思いがけない強力な効果が付随した〝逸品〟を作れてしまうことがある。多くのゲームで言う、いわゆる生産の大成功品といったものに相当するであろうそれは、正直効果が突出しすぎていて売りに出すにも難しいものになっている感は否めない。

 大金を持つ参加者が珍しくもない催しであれば、確かにそうした品を処分するには格好の場であるのかもしれないが。


『……いえ、今回は辞めておきます。開店を前に商品の準備に苦慮しているこのタイミングで、折角店に並べられそうな品を減らすのも考え物ですし』


 高価すぎる商品も、カグヤの店ではなく自分の店と言うことであれば、店頭の隅にひっそりと並べておくのも悪くは無いだろう。


『そうか。幾らの値が付くか、少し楽しみだったのだがな』


 シグレの答えに、スコーネさんは少しだけ残念そうにしながらそう漏らしてみせた。

 確かに自分としても、自ら作成した〝逸品〟にどれ程の価値が付けられるのか、全く興味が無いわけではないのだが。だが、こうしてスコーネさんに誘われて〝杖益会〟に参加できる機会もまたあるかも知れないし、何も初回から販売側に回る必要も無いだろう。今回はあくまで気楽な購入側として催しを楽しみ、次回以降に機会があれば逆の楽しみを求めてみるというのも悪くない。


『展示即売とオークションが終わったら、そのあとは深夜まで立食の宴が開かれる。なるべく早く抜け出したいと考えているし、遅くとも日付が変わる前には〈ホミス〉に戻りたいと思ってはいるが……。面倒な相手に捕まったり酒が入りすぎた場合などには、一泊して帰りは明日の朝になるかもしれん。すまないが、これは承知しておいてもらえると有難い』

『判りました。その時には早めに教えて頂けると助かります』


 もし泊まることになれば、明日の朝の採取行にシグレが同道することは難しいだろう。その時には、ユーリやカグヤに連絡を入れておく必要がある。


『あと、宴の際には特にそうだが。基本的には一日通して〝杖益会〟は社交の場と考えておいて欲しい。あまり無いかも知れないが、もし他者から話しかけられたら無下にはせぬように。それから私や妻と共に要る必要は全く無いが、シグレはアヤメのエスコート役としてなるべく共に居る方がいい』

『エスコート役、ですか……』

『くくっ。宜しく頼むぞ、シグレ様よ』


 社交の場とは言え別に舞踏会などでも無いのだろうし、エスコート役とは言っても堅苦しく考える必要は無いだろうか。何にしても初参加で慣れない身ではあるし、参加した経験が何度となくあることが窺えるアヤメと共に行動して良いのであれば、それは願ってもないことだ。




    ◇




 〈陽都ホミス〉の北門を潜り抜けた馬車は、それ以降は速度を大きく上げて走り始める。街中とは違って舗装されていない道となったこともあり揺れは確かに酷くなり、耳栓をしていてなお幾許かの騒音が聞こえてくる程でもあった。

 しかし、揺れと騒音を充分に覚悟していたシグレからすれば、案外それは然程苦痛とも感じないような程度でもあった。揺れはしても座っている分には問題があるほどではないし、確かに煩いには煩いのだが別に不快という程ではない。

 思い返せば、まだシグレの身体が健康であった頃。現実世界で幼い頃に何度か利用した地下鉄も、この程度には煩くもあり揺れもある乗り物であったような気がする。寧ろ念話というものがあるお陰で耳栓をしていても不自由なく過ごすことが出来る分、こちらのほうが快適度は上かもしれない。


『慣れてしまうと、この揺れと煩さが却って眠気を誘ってきてな……』


 馬車が高速で走り出して少し経った頃に、早くも少し眠そうな顔でスコーネさんはそんな風に口にしてみせて。実際、その台詞を吐いた5分後にはもう、妻であるメノアさんと共にすっかり寝息を立てていた。

 シグレの対面側で、いかにも仲睦まじそうに身体を傾け合って眠っている夫妻の姿。それは見ていて微笑ましい光景であり、また夫婦としての理想像のようでもあり、見ていて幾許かの憧れのような気持ちも抱かされる。


『正直、今回はシグレ殿が居てくれて助かる……』


 はあっ、とアヤメはシグレの隣でわざとらしい溜息をひとつ吐いた。


『わらわは二人のように、この環境下で眠れるほど剛胆ではないからな……。前回までは早々に二人とも眠ってしまった後、ひとり淋しく考え事でもして過ごすしか無かったからの。せめて景色を見ることでもできれば、気も幾らか紛れるのじゃが……』

『ああ……』


 確かに、それは地味に辛いかもしれない。

 馬車には小窓が付いてはいるのだが、窓とは言ってもガラスのように透明度のあるものではないから、開かなければ外の景色を見ることはできない。そして高速での移動中には騒音が酷くなるので窓は開けない方が良いと、馬車に乗る前に御者のマックさんから忠告されていた。

 勿論、スコーネ夫妻はともかく御者の方が眠ることは無いからマックさんと世間話をすることはできるだろうし、念話には距離が関係ないからあるいはカグヤなどと念話で話すことも出来はするだろうけれど。それでも、馬車の中でひとり起きているというのはなかなかに淋しいことであるだろう。


『くくっ。カグヤがきっと、あとで羨ましがるであろうな』


 アヤメは隣からシグレの右腕引っ張るようにすると、その旨の内に腕ごとぎゅっと抱き寄せてしまう。

 初対面の女性であるアヤメから唐突にそんなことをされても、シグレとしては戸惑うばかりであるのだが。カグヤ以上に幼い体躯をしているアヤメを見ながら、そういえば妹のナナキも彼女と同じ背丈ぐらいの頃にはよく、自分に対して構ってきていたことを思い出す。

 多分からかわれているのだろうし、振りほどいた方がいいのかもしれないが。彼女の稚さが何となく嘗ての妹を彷彿とさせる手前、シグレはそうすることが出来なかった。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):3396字

文字数(空白・改行含まない):3300字

行数:66

400字詰め原稿用紙:約9枚

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