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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
6章 - 《遠き世界のエトランゼ》
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102. 馬車の旅路

 スコーネ邸で白を基調にした礼服のようなものを貸与され、着替え終わった後。馬車に乗り込み移動しようという際に、全員に対して御者のマックさんが耳栓を差し出してきたことで、初めて乗る馬車に対する期待感のようなものは一瞬で不安へと反転させられてしまった。

 耳栓が必要になるということは、それだけ煩い乗り物であるということなのだろう。どちらかと言えばシグレは馬車という乗り物に対して、優雅でのんびりとした移動手段であるというイメージを持っていたのだが。馬車の座席が、座面から背もたれに至るまで矢鱈とクッション性の高い素材であることも、もしかするとそれだけ揺れるという証左であるのかもしれなかった。


『街中はゆっくり移動するが、北門を出たら速度を上げるからな。窓を開けたくない程度には騒音も酷くなるし、揺れもある程度酷くなることを覚悟しておけ』

『……なるほど、了解です』


 シグレの心を見透かしたように、スコーネさんはそう説明してくれる。

 対面した座席で向かい合っているにも拘わらず、スコーネさんが念話で語りかけてきたので一瞬シグレは驚かさせられてしまうものの。現実世界とは異なり念話を日常的に使用することができるこちらの世界では、耳栓をしていても問題無く会話できてしまうことに今更ながら気付かされた。

 馬車に乗る前にスコーネさんからパーティに勧誘された際には、林道を移動中に馬車が盗賊や魔物に襲撃されでもした場合の備えだろうかと、シグレは漠然と考えていたが。あれは単に、パーティ単位での念話が馬車内で自由に使えるようにとの意味だったわけだ。

 ―――つくづく自分には思慮が足りていないなと、シグレとしては思うばかりだ。


『先に申しておきますが、私や夫はたぶん途中で寝てしまうと思いますので……。会話に返答できなくなりましたら、すみません』

『……眠れるのですか?』


 メノアさんの言葉に、思わずシグレはそう問い返す。

 騒音も揺れも酷くなる、と。スコーネさんが今しがた口にしたばかりだからだ。


『私も妻も、馬車での移動には慣れているからな。眠れる時に眠るような癖も付いているし、おそらくあと20分と起きてはいないだろう。パーティには御者のマックも加えてあるから、道中で何かあれば彼に言ってくれ』

『なるほど……。判りました』

『ま、もし馬車が襲撃されでもした場合には、ちゃんと起きるから安心してくれ。私の腕は知っての通りだし、妻も元々は騎士であるから危険に対する勘は利く。間違っても足手纏いにはならんよ』


 奥さんのメノアさんのほうも、スコーネさんと同じく妙に姿勢の良い立ち方をする人だとは思っていたが。元騎士―――ということ自体は当然驚きではあるものの、言われてみれば得心できる部分もある。

 彼女は細身であるのに、全く華奢には見えないのだ。即ちそれは弱々しさから来る痩身ではなく、鍛錬により引き締められた痩身であるからなのだろう。帯剣しているわけではないようだが、有事の際にはすぐに〈インベントリ〉からは長剣の一本も飛び出してくるに違いなかった。


『一応言っておくが、無論わらわは全く戦力にならんからの? 何かあった場合には、か弱き女子(おなご)として丁重に護って欲しいものじゃな』


 呵々と笑いながら、あっけらかんとそう言い切ってみせるアヤメ。

 しかし、普通に考えれば貴族や一般人が戦力になるほうがおかしいのであって、霊薬店の店主にすぎない彼女に戦闘の心得がないのは当然のことだ。


『ま、その時はシグレの後ろにでも隠れていればいい。彼は腕利きの冒険者でもあるし、こと近づかれずに敵を屠ることに関してはかなり卓越しているからな。彼のエスコートされていれば問題あるまいよ』

『ほう? カグヤから腕の立つ冒険者と何度となく聞かされてはいたが。……シグレ殿に関して語る時には、カグヤの口からは賞賛の言葉しか飛び出さぬからな。どこまで信用していいものかと疑わしく思っていたが、モルクの評ということであれば確かなのじゃろうな』

『……滅相もない。〝羽持ち〟なので死ぬことこそありませんが、自分には魔物の一撃に耐えるだけの耐久力さえ有りはしません。味方に護られなければ何も出来ない、ひ弱な冒険者ですよ』


 実際に護られる機会が多くなった最近は、それを特に重く実感するばかりだ。

 カエデとナナキという二人の〈騎士〉から庇護を受けることで、自分でも地下迷宮に於いて問題無く戦うことこそ出来てはいるが。魔物から遠距離攻撃や遠距離スペルの一発でも貰えば即アウトという状況であれば、例え短い詠唱のあるスペルひとつであれ容易には活かすこともできないだろう。


『ふふ。味方に護られなければ何も出来ない―――か。いやしくも〈迷宮地〉の一つである〈ペルテバル地下宮殿〉をパーティでの探索だけでは満足せず、単独でも毎日のように潜っている者が口にする台詞とは思えんがな?』

『ほほう、〈迷宮地〉にソロで挑んでおられるとな? それは確かに、普通の冒険者にはなかなか出来ることでは無いじゃろうのう?』


 スコーネさんが指摘し、即座にアヤメが同調する。確かにスコーネさんの言う通り、ここ最近はパーティで地下二階を探索するのとは別に、単独でも潜っては地下一階の魔物を相当することを毎日のようにシグレは行っていた。

 パーティの狩りは安定するし、一緒に戦う仲間が居るというのはそれだけで奮うものがある。多数の強敵を前にしながら集団で当たる戦闘からは学ぶべきことが多いし、あまり気にしてはいないがおそらく経験値的にもかなり美味しいのではないだろうか。

 魔物を討伐後に獲得できる武具や素材などの価値も、地下一階のものに比べれば随分と良いものを得ることができるし、宝箱の中身もやはり地下二階の方が随分と優れていることが多い。パーティでの狩りの方が得る物が多いのは間違い無いのだが……。

 しかし、〈ペルテバル地下宮殿〉の魔物を討伐して得られる貢献度だけは、パーティでの狩りでは正直あまり稼げないのだ。地下二階の魔物からは地下一階の魔物に比べて、一体討伐する毎におよそ二倍程度の貢献度を獲得することができるのだが、けれどその強さの比は二倍どころではない。地下二階の魔物を集団で狩るよりも地下一階の魔物をソロで狩った方が、純粋に貢献度だけを目的とするならば効率が良いのだ。

 普段であれば効率になど全く拘るつもりは無いのだが、今回ばかりは事情が異なる。カグヤはシグレ達が毎日のように地下宮殿に潜っていることを知っているし、カグヤが知っているにも拘わらずシグレはその狩りに彼女を誘うことができないでいるのだ。

 大聖堂の貢献度報酬による、カグヤを死から護ることができるアイテム。シグレはそれが、可能なら一日でも早く欲しかった。その為に、パーティで〈ペルテバル地下宮殿〉の地下二階を探索するのとは別に、ソロでも毎日のように地下一階に潜ることを続けている。


『……どうして、それを?』


 しかし、そのことは他の誰にもシグレは口にしては居なかった。

 無論、採取に生産に狩りにと、一日の大半を共に過ごしているユーリやナナキなどは既に察しているだろうが、彼女達がスコーネさんに口外する状況というのは考えにくい。なのに、どうしてスコーネさんはそのことを知っているのだろう。


『グロウツから聞いたのだよ』

『ああ、なるほど……』


 そういえば、地下へ潜る扉前を護る衛兵の二人とスコーネさんは面識があるのだったか。

 いかに親しい仲間にさえ隠していることとはいえ、地下に潜るとなれば衛兵のグロウツさんやラバンさんとは当然出会うことになり、その都度に軽く挨拶だって交わす。特に秘密にするよう頼んでいるわけでもないし、二人から情報がいったのであればスコーネさんが知っているのも道理である。


『欲しい物があるのは判るが、あまり無茶をするなよ? 単独での戦闘技術を磨いておくのは決して悪いことではないが、死が近い状況下での探索や戦闘に慣れすぎてしまえば、本来臆病さなどと共に持ち合わせることが必要な感覚にさえ麻痺する部分も生じよう。何事もほどほどにな』

『……留意しておきます』


 今まで二度〝死〟を経験しているだけに、それに対する恐怖心のような部分については、確かに少なからず薄れてしまっている部分があることは、他でもないシグレ自身が一番良く判っていた。

 死んでもリスクが無いからといって、〝死んでも構わない〟という意識を持つことは、たぶん―――良くないことなのだろう。

 自分をあまり大事にしないでいるシグレのことを、過去にカグヤも一度叱責してくれたことがあった。その時のカグヤの悲しそうな顔を、今でもはっきりと覚えている。

 自分自身を大事にしようという思いは、意識しようとしてもどこか漠然としていて上手く掴めない部分があるが。カグヤにその表情をさせたくないという思いから、死を忌避しようと思うことであればシグレにも出来るような気がした。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):3707字

文字数(空白・改行含まない):3612字

行数:64

400字詰め原稿用紙:約10枚

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