10. 武具店『鉄華』
暫しの歓談を楽しんだ後に冒険者ギルドを出たシグレ達は、カエデの案内で武具店に移動する。「近場に良い店があるわ」と言っていたカエデの言葉通り、ギルドの裏手に回って少し歩いた先、然程離れていない所に武具の店『鉄華』はあった。
明らかに日本的な名称の店―――というより、看板に刻まれている店名からして思いっきり日本語の漢字なわけだけれど。こちらは別に〝プレイヤー〟が経営している店というわけではないらしい。NPCであっても〈侍〉や〈忍者〉といった和のテイストが含まれる天恵を有するキャラクターは日本風の名前が多く、また店名などにも和風な名前を好んで用いることが多いそうだ。
そういえば最初にキャラクターの名前を付けるとき、深見さんもシグレの〈巫覡術師〉に関連して同じようなことを説明してくれた記憶がある。ファンタジー世界の中に、オリエンタルな文化も一緒に根付いている感じに出来ているのだろうか。
「だからシグレのことだって、ギルドカードを実際に見るまでは私と同じ〝プレイヤー〟だって確信してたわけじゃないんだ」
「なるほど……」
日本的な名前の人、イコール〝プレイヤー〟であるというわけでもないらしい。そうした名前のキャラクターを見かけても早合点せず、あくまで(プレイヤーの可能性があるかもしれない)という程度の認識に留めた方が良さようだ。
そもそも、プレイヤーだからといって必ず日本風の名前を付けているというわけでもないだろうし。見かける機会自体、然程多いものでも無いかもしれないが。
「ただ、キャラクターのデフォルトに設定された外見が、何しろ現実の自分自身だしね。本名のままだったり、それを少しだけ変えてプレイするような人もきっと少なくないと思うから、現実によくありそうな名前とかを見かけたらプレイヤーの可能性が高いとは思ってもいいかも。特に『○○子』って女の子とかはありがちだし」
「そういう人を見かけたら、是非ギルドカードを拝見してみたいものですね」
結局、プレイヤーであるか否かを判別する最も確実な方法は、ギルドカードに刻まれた〝羽〟を見確かめることである。
こちらの世界のNPCがあまりに『よく出来すぎている』ことは、宿の女将さんやクローネさんとある程度の会話を交わしたことで、もう充分すぎるほどシグレにも理解出来ているわけだし。別にプレイヤーを判別して、NPCの人と区別する必要は無いと言えば無いのかもしれない。
けれど……やはりきっと、同じ立場ならではの話ができる、ということも少なからずあるだろうから。相手をプレイヤーだと判別できるのなら、それに越したことはないだろう。
それにクローネさんの言葉から察するに、NPCのキャラクターはプレイヤーと違って『死んだらそれまで』という仕様なのだろう。NPCはあくまでも虚構のキャラクターに過ぎないとはいえ、下手にパーティを組んで彼女達を死なせてしまうようなことは有ってはならないと思う。プレイヤーと判別できていない人とパーティを組む時には、いざとなれば自分が囮を買って出てでも相手を逃がさなければならない。
「そうだね。私もきっと、同じことをしちゃうと思うな」
シグレがそうした気持ちを打ち明けると、シグレもうんうんと頷いて同意してくれた。
痛覚の設定を下げるつもりは無いから、自分だって死ぬときにはそれなりの〝痛み〟を負うことになるのだろうけれど。誰かを失うことによる悲痛な思いを、一過性の痛みと引き換えに避けられるのなら、そうすべきだと思えた。
「その点、私とシグレなら気軽に無謀なこともできちゃうわね?」
「あまり率先して無謀なことをする気はないですけどね……。ですが、互いにリスクが伴わないというのは、確かに気軽で良い」
「一応デスペナはあるんだけれどね。それほど大したコトはないし」
カエデが以前〈システムヘルプ〉でスタッフに聞いたとの話に拠れば、死亡したあとに大聖堂で復活すると1時間ぐらいの間は〈戦闘職〉の獲得経験値が激減してしまうらしい。
けれどペナルティらしいものといえばそれだけで、既に獲得している経験値を失ったり、現金やアイテムの一部を失ったりしてしまうことは一切無いそうだ。1時間なんてちょっと街を歩いたり食事をしていれば簡単に過ぎてしまうだろうから、ゲームとしては極めて軽微なペナルティに抑えられていると言えるだろう。
「―――って、お店の前で長話も何だね。とりあえず入ろうか」
「おっと、それもそうですね。どんなお店か楽しみです」
◇
カエデと並びながらお店の玄関に掛けられた暖簾を潜り、店内に足を踏み入れる。
沈香か何かだろうか、中に入るとすぐに馥郁としたお香のような良い匂いがシグレの身を包んできて。それだけで外の景色から一変、急に日本的な空間に迷い込んだような気分になった。
店の入口は狭くて薄暗く、入るとまず左右の壁にいかにも高そうな刀が幾つも並べ掛けられていた。『鉄華』というお店の名前から何となく察しはついていたけれど、先程カエデの話にも出て来た〈侍〉の方などがよく利用する店なのだろうか。
全体で30cm程度しかない短い刀もあれば、長いものだとカエデがギルドで見せてくれた槍と同じぐらいに長大な刀さえある。(一体どのぐらいの重さなのだろう)と思い、その大きな一振りを持ち上げてみたい衝動にも駆られるが、鞘に施された緻密な意匠を見るに大変な値段が付いていそうなので、それもちょっと躊躇われた。
「このお店はね、店主が〈侍〉なんだ。あまりランクは高くないけれど冒険者もやってるから、いつかシグレも組む機会があるかもね?」
「なるほど、道理で」
店主からして〈侍〉ということであれば、この露骨な刀剣類の充実っぷりも頷ける。
よく見てみれば、売値が書かれた札が並んでいない刀というのも多いようだ。値段は応相談という意味なのか……それとも、単に店主のコレクションを見せびらかしているだけで売る気が無い物だったりするのだろうか。
「相変わらず、カエデさんは口が悪い……。ランクが低いとか、いちいちそういう余計なこと言わなくてもいいじゃないですかあ」
そんなことを思っていると、店の奥からひとりの小さな和装の女の子が出迎えてくれた。
この子が店主さんだよ、とカエデが小声で教えてくれる。
「あら、嘘は言ってないわよ?」
「うッ、それはそうですがー。刀工が本職で、冒険者はついでみたいなものですし……」
薄い桜色の上衣に紺色の袴。そして彼女の腰に差さった、黒塗りの鞘に収められた大小二振りの刀が目を引く。軽装ではあるものの、その出立ちと背筋のピンと伸びた姿は、確かに〈侍〉というクラスに相応しい立派なものだった。
真っ直ぐ綺麗に切り揃えられた、おかっぱ頭をした彼女も綺麗な黒髪を湛えていて。奇しくもこのファンタジーの世界に黒髪3人が一同に集まったことになる。もちろん髪色も髪型も装束に映えていて、彼女にはとてもよく似合っていた。
ただ、随分と丈の長い刀を携えているその割に、店主は意外な程に背が低い。シグレのの肩の高さよりも、更に少しだけ低い程度の背丈しかなく、体躯も華奢というほどでは無いにしても、筋肉質な印象とは無縁と言っていいだろう。
刀身だけでも1メートル弱、柄の部分を含めれば1メートル以上はありそうな長い刀を腰に差しているだけに、彼女の背丈の小ささは殊更目立っているように見受けられた。その体躯で、こんなにも長い刀を振り回したりできるものなのだろうか? ちょっと見てみたい気がするが。
「えっと、初めまして。店主のカグヤと言います。あなたは?」
ペコリと小さな身体を曲げてシグレにおじぎしてみせる彼女。
その可愛らしい仕草に微笑ましい気持ちになりながら、シグレも一礼して応じた。
「シグレと言います。本日、冒険者ギルドに登録したばかりの素人ですが」
「あ、では私のほうが先輩になるのですねー。小柄な身ではありますが、刀工としても〈侍〉としても相応の働きはできるつもりです。宜しくお願いしますね?」
「ええ、こちらこそ宜しくお願いします。小さいのに凄いんですね」
「―――っふ!」
シグレの台詞に反応して隣のカエデが小さく吹き出し、カグヤさんはむっとした表情で口を尖らせる。
もしかして『小さい』という言葉は、彼女に禁句だったのだろうか。
「こう見えて、もうカグヤの歳は五十近いからね? 見た目に騙されちゃいけないよー?」
「は? 五十……ですか?」
「し、失礼な! まだぎりぎり五十には達してないです!」
―――それでも〝ぎりぎり〟なのか。
確かキャラクター作成時に受けた深見さんの話に拠れば、こちらの世界は現実の2倍近い長寿が当たり前であり、体躯の成長速度は現実の半分ぐらいになるという話だったか。だとするなら、ギリギリ50に達していない年齢ということであれば、現実換算で24歳ぐらいということになるが……。
(……自分より5歳近くも年上には、全く見えないな)
身長はおそらく150cm前後といった所ではないだろうか。
見た目だけで言えば中学生か……下手したら小学生でもおかしくない。
「………」
「ほら、シグレもカグヤの身長と年齢聞いて閉口しちゃったわよ?」
「ぐ、ぐぬぬ……! ま、まだ成長するんです! これからですよ!」
もし本当に肉体年齢が現実の25歳相当で〝それ〟なのであれば、残念ながらこれから成長する望みは薄いように思える。彼女の希望に反して、現実は非情かもしれない。
カグヤさんの身につけている和装は、成人式の女性などが好んで身につけそうな落ち着いた感じであるのに。そうした風格や佇まいというものは、残念ながら感慨として浮かばない。こうしてまじまじと見つめてみることでシグレの脳内に浮かぶのは―――失礼ながら『七五三』という単語だった。
「見た目も、どう考えても『七五三』って感じよねえ?」
「な、なんだか言葉の意味が判らないですが、途方もなく馬鹿にされている気がします!」
まるでシグレの心を言い当てるかのように、カエデがそれを代弁する。
さすがに『七五三』という単語は、こちらの世界では通じないらしいが。シグレ自身も全く同じ印象を持ってしまっていただけに、カエデの言葉を否定することができない。
何にしても、言葉の意味についてはカグヤさんは知らない儘のほうが幸せだろう。
お読み下さり、ありがとうございました。
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