ルミコ相談室
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私は最初は、駆け出しのヴォーカリストだった。
新人シンガーソングライター・内藤 南<ないとう なん>と言えば、
ニューヨーク帰りの本格派ミュージシャンともてはやされ、
ついに、日本で最も有名で、由緒正しい音楽番組に出るまでになった。
しかもトリで。
しかし、私はかなり舞い上がっていた。
―――この砂の~、向こうに、こいび“ト”が~…
私は生放送で、思い切り音を外した。
それ以来、私は誰からも相手にされなくなった。
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私は今までのプライドを捨て、ストリートで歌を発表するようになった。
通行人の嘲笑に耐え、白いギター一つで謡い続けた。
それは夜更けだった。いや、朝日が出ていただろうか?
そこまでは覚えていないが、1曲終えると拍手が鳴った。
目線を上げると、1人の女性がにこにことほほ笑んでいる。
おさげ髪でメガネだが、そんなに幼くない。
不思議な雰囲気の女性だった。
「素晴らしい感性でございます。」
「どうもありがとう。」
「アナタはもう一度スターダムにのし上がりたい、内藤 南さんでございますね?」
「ああ…そう、ですが。」
「ワタシの名は開発 ルミコ<かいはつ るみこ>でございます。
高橋エストレラ事務所でお笑芸人を目指しているのでございます」
高橋えすとれら?…ああ、『夏目式』とか『市蔵』とかの芸能事務所か。
「ワタシ、ピンじゃ芸にならないと言われたのでございます。
どうですか南さん?ワタシと一緒に異色のお笑いコンビを組んでみませんか?
過去の恥も逆手に取れば、大きな武器なのでございます」
開発 ルミコは今まであった中で一番風変りで、突拍子もない、
それゆえに引き込まれる不思議な人物だった。
私は、その誘いに乗ってしまったのである。
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コンビ名が決まった。
『ルミコ相談室』―――うちの事務所はメンバーどっちかの名前を入れるのが
伝統らしい。と、『市蔵』の利 市蔵<かが いちぞう>君が言っていた。
ルミコの作ったネタは、どちらかと言えばシュールで、それなのに
なかなかうまくまとまっていた。
私はルミコの発したボケを的確にツッコむ。段々制御がきかなくなると、
私が、
「もう!しまいには歌うわよ!」
と、言ってしまえば笑いが起き、綺麗に終わる。
「南ちゃんは、本当はお笑い畑の人間だったんじゃないのかな?」
と言ったのは、『市蔵』のもう一人のメンバー、青梅 厚樹<おうめ あつき>君であった。
「この世の出来ごとって、どんなに辛く苦しくても、その人のためになるように出来てるんだよ。
あのときひどい歌を歌ってしまったのも、今の活動の伏線にしか思えない。でしょ?」
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女芸人の寿命は男性芸人に比べると、はるかに短い。
『ルミコ相談室』も、次第に飽きられていった。
周りの女芸人仲間が、次々と他のジャンルへシフトチェンジしていく。
「今度、『お笑い芸人カラオケナンバーワン決定戦』という番組が
あるのでございます」
ルミコが突然言い出した。
「今日、社長に言われたのでございます。
南がこの番組で本領発揮すれば、シンガーソングライター復帰の道も
見えてくるのでございます」
私はその番組で、中島みゆきの『時代』を熱唱した。
久しぶりで、そんなに上手く歌えなかったが、
それもご愛嬌ということで、審査員特別賞をいただいた。
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それは突然やってきた。
『お笑い芸人カラオケナンバーワン決定戦』で賞をとった直後である。
「ワタシが南に対してやれることは、もうないのでございます。」
えっ?!
「ワタシは芸能の世界から手を引くのでございます。
彼と結婚して、主婦とパートをやって、平凡に暮らして行くのでございます。
子供が出来たら辞めるという約束なのでございます」
ルミコが…芸人を辞める。
その時私は、ルミコと共に歩いてきた道程を振り返った。
今まで楽あり苦ありで無心で歩いてきた道が、
なんの面白みのない、無味乾燥な、長い、長い、
とても長い暗い路に見えてならなかったのである。
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あれから…
私は、必死で芸能界を駆け抜けていった。
下手な歌を謡い続けた。女を捨てた体当たりの芸もやった。
料理本をだしてみた。嫌いなスポーツも頑張った。失礼な客に媚を売った。
―――色んな事をして、今はと言うと……。
「ゲームの声優?なんで俺が?」
「そうなの。急に前の役者さんが降板しちゃったの。
で、声のイメージがそんなに変わらない利君にお願い出来ないかなって、どう?」
私は今、事務所のタレントのマネジャーをしている。
昔やってきたことが、今、どんな風に役に立っているかはわからない。
けど、なんの面白みのない人生の道程を、はだしのままで、
駆け抜いている私がいる。
<おわり>
最後まで読んでくだり、ありがとうございました。