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ルミコ相談室

作者: 白津詠人

-1-


 私は最初は、駆け出しのヴォーカリストだった。

 新人シンガーソングライター・内藤 南<ないとう なん>と言えば、

ニューヨーク帰りの本格派ミュージシャンともてはやされ、

ついに、日本で最も有名で、由緒正しい音楽番組に出るまでになった。

しかもトリで。

 しかし、私はかなり舞い上がっていた。

―――この砂の~、向こうに、こいび“ト”が~…

 私は生放送で、思い切り音を外した。

 それ以来、私は誰からも相手にされなくなった。



-2-


 私は今までのプライドを捨て、ストリートで歌を発表するようになった。

 通行人の嘲笑に耐え、白いギター一つで謡い続けた。


 それは夜更けだった。いや、朝日が出ていただろうか?

そこまでは覚えていないが、1曲終えると拍手が鳴った。

目線を上げると、1人の女性がにこにことほほ笑んでいる。

おさげ髪でメガネだが、そんなに幼くない。

不思議な雰囲気の女性だった。


「素晴らしい感性でございます。」

「どうもありがとう。」

「アナタはもう一度スターダムにのし上がりたい、内藤 南さんでございますね?」

「ああ…そう、ですが。」

「ワタシの名は開発 ルミコ<かいはつ るみこ>でございます。

高橋エストレラ事務所でお笑芸人を目指しているのでございます」


 高橋えすとれら?…ああ、『夏目式』とか『市蔵』とかの芸能事務所か。

「ワタシ、ピンじゃ芸にならないと言われたのでございます。

どうですか南さん?ワタシと一緒に異色のお笑いコンビを組んでみませんか?

過去の恥も逆手に取れば、大きな武器なのでございます」


 開発 ルミコは今まであった中で一番風変りで、突拍子もない、

それゆえに引き込まれる不思議な人物だった。

 私は、その誘いに乗ってしまったのである。



-3-


 コンビ名が決まった。

 『ルミコ相談室』―――うちの事務所はメンバーどっちかの名前を入れるのが

伝統らしい。と、『市蔵』の利 市蔵<かが いちぞう>君が言っていた。


 ルミコの作ったネタは、どちらかと言えばシュールで、それなのに

なかなかうまくまとまっていた。

 私はルミコの発したボケを的確にツッコむ。段々制御がきかなくなると、

私が、

「もう!しまいには歌うわよ!」

と、言ってしまえば笑いが起き、綺麗に終わる。


「南ちゃんは、本当はお笑い畑の人間だったんじゃないのかな?」

と言ったのは、『市蔵』のもう一人のメンバー、青梅 厚樹<おうめ あつき>君であった。

「この世の出来ごとって、どんなに辛く苦しくても、その人のためになるように出来てるんだよ。

あのときひどい歌を歌ってしまったのも、今の活動の伏線にしか思えない。でしょ?」



-4-


 女芸人の寿命は男性芸人に比べると、はるかに短い。

 『ルミコ相談室』も、次第に飽きられていった。

 周りの女芸人仲間が、次々と他のジャンルへシフトチェンジしていく。


「今度、『お笑い芸人カラオケナンバーワン決定戦』という番組が

あるのでございます」

 ルミコが突然言い出した。

「今日、社長に言われたのでございます。

南がこの番組で本領発揮すれば、シンガーソングライター復帰の道も

見えてくるのでございます」


 私はその番組で、中島みゆきの『時代』を熱唱した。

 久しぶりで、そんなに上手く歌えなかったが、

それもご愛嬌ということで、審査員特別賞をいただいた。



-5-


 それは突然やってきた。

『お笑い芸人カラオケナンバーワン決定戦』で賞をとった直後である。


「ワタシが南に対してやれることは、もうないのでございます。」

 えっ?!

「ワタシは芸能の世界から手を引くのでございます。

彼と結婚して、主婦とパートをやって、平凡に暮らして行くのでございます。

子供が出来たら辞めるという約束なのでございます」


 ルミコが…芸人を辞める。

 その時私は、ルミコと共に歩いてきた道程を振り返った。

 今まで楽あり苦ありで無心で歩いてきた道が、

なんの面白みのない、無味乾燥な、長い、長い、

とても長い暗い路に見えてならなかったのである。



-6-


 あれから…

 私は、必死で芸能界を駆け抜けていった。

 下手な歌を謡い続けた。女を捨てた体当たりの芸もやった。

料理本をだしてみた。嫌いなスポーツも頑張った。失礼な客に媚を売った。

―――色んな事をして、今はと言うと……。


「ゲームの声優?なんで俺が?」

「そうなの。急に前の役者さんが降板しちゃったの。

で、声のイメージがそんなに変わらない利君にお願い出来ないかなって、どう?」


 私は今、事務所のタレントのマネジャーをしている。

昔やってきたことが、今、どんな風に役に立っているかはわからない。

けど、なんの面白みのない人生の道程を、はだしのままで、

駆け抜いている私がいる。


<おわり>

最後まで読んでくだり、ありがとうございました。

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