挿話 魔法使い『S』のモノローグ
ちょっと、寄り道です。
青年は、黒猫に出会った。
それは、彼にとって、特別な日だった。
彼はその場所に産まれた訳でも、育った訳でもなく、ただ、この日のために全てから引き離されて、そこへ来た。
姿まで変えられて。
彼はそれを、望んでもいないのに。
彼は黒猫に一目で恋に落ちた。
闇よりも深い黒で覆われ、夜よりも透き通った瞳だった。
警戒心も露に、爪を立てる黒猫を、彼は自分独りのものにしたかった。
だから、彼は黒猫にいくつもの魔法をかけ、黒豹にした。
やがて黒猫は皆の黒豹となり、世界を駆け抜けた。
黒猫はそれを、望んでもいないのに。
彼は、優しさと言う仮面を被り、その恋を隠した。
黒猫は彼が共に在ることを心から喜んだ。
そうして共に駆け抜けた時間は、彼にとって、永遠だった。
そして、全てを越え、終わりが来た。
黒猫は初めて出会った時より輝きを増して、自ら望む場所に還ることになった。
黒猫はまだ黒豹のままだった。
彼は悩み、迷った。
彼にも還る場所があったから。
黒猫は彼の恋など、知らなかった。
彼は恐れた。
だから彼は、手を離した。
別れの瞬間、彼は理解した。
手放すべきではなかった。
恐れることなどなかった。
共に在りたいのならば、行くしかなかったのだ。
黒猫が去ったあと、彼は血の涙を流し、嘆いた。
嗚呼、黒猫の全てを奪えば良かった。
蕩けるまで甘やかして、自分無しでは生きていけないと。
そう思わせるまで、与え、そして饕れば良かった。
本当は飢えていた、黒猫の全てを喰らいたかった。
狂おしい程、その全てを求めていた。
それは狂気にも似た、恋だった。
確かに、恋だったのだ。
彼の唯一の、最初で最後の恋だった。
彼の魔法が融け、黒猫が黒猫として生きるのに、
自分が隣にいないなど許せない。
だから彼は、黒猫の知らない最後の魔法に望みを託した。
もし、心から黒猫が、自分を欲したら。
黒猫への道が、開く。
嗚呼、嗚呼、呼んでおくれ。喚んでおくれ。
そして再び出会うことが出来たなら。
今度は、決して、離さない。
決して、決して。
それは、恋だった。
全てをかけた、恋だった。