第六話 発覚 + 説明 = 納められない事実
…………。
部屋に満ちる、この微妙な空気をどうしたらいいんだろうか。突っ込むタイミングを完全に逃してしまった。
目の前には少し頬を染めた優しげな顔がある。
ちょっと可愛い。でもその声は、小鳥の囀ずりの様に美しく、侍口調……
んー、なんか、こう、……
「なんか、残念な感じがするわ……」
そう!それ!
ガイの失礼な発言に心の中だけで大いに賛成する。
しかし、これじゃあ、不用意に話せない訳だ。悪目立ちするし、明らかに『余所者』だと分かってしまう。多分。
さて、どうしたものか。
トントン
ちょうど間が空いた良いタイミングでドアがノックされる。
「はーい」
ガイが返事を返す。まあラムゼイの部屋だけど、ラムゼイ返事出来ないもんなあ。
「ほら、お茶持ってきたよー。」
宿のおかみさんがお茶を持って来てくれた。薄いクリーム色の木で出来た素朴な大きめなカップには温かく、薄い茶色のお茶が入っている。
両手でカップを持ち、ゆっくり口に含むと、花の香りと優しい甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しい……」
思わず、呟いて、また一口飲む。
ふう、と一息ついて顔を上げると、おかみさんを含め、全員がこっちを見ている。
「えっ?」
ちょっとびっくりして上半身だけ後退る。
「おや、お前さん、女の子だったんだね。最初に見たときは少年に見えたんだけどねえ。」
あ、しまった………
「よく間違われるんです。」
思わず苦笑する。自分の失態に、だ。
「そりゃ、悪かったねえ。それじゃ、ゆっくりしてってくれ。」
「ありがとうなー。」
ガイが愛想よく、ドアを開けておかみさんを送り出す。おぉ、生フェミニスト。
それからそのままドアに背を預けて私の全身をしっかり見回し、怪訝そうな顔をする。気持ち悪いわ。
「どういうことだ。何か変わった訳じゃないが……確かに、女に見える…?」
「そうでござるか?拙者は、初めて見た時から女性に見えたので御座るが……」
へえ、ラムゼイにはやっぱり効いてなかったか。
さて、どう説明したら良いのやら。
「これが原因。」
そう言って右手につけた指輪を見せる。
「あ、上下逆さになってる……?」
正確。よく見てるなあ。デザイン自体は上下対象だが、上下の色が違うのでそれで気がついたようだ。
ガイは思ったよりも目敏いのか、ちょっと意外。
「私が呼ばれた世界は女性蔑視がひどくてね。だから『勇者』が女だとわかったら、私を『喚んだ』人も、私も最悪殺されて、新しく呼ぶ勇者の贄にされるか、良くても異世界の女なんて物珍しさから王宮の後宮に監禁される。」
「では、露見してしまえば……」
「望んでも帰れなくなる。そう言うこと。」
ラムゼイはひどく悲しそうな顔をする。
「だからって、女の体で……。『勇者』って戦うんだろう?」
ガイはひどく不愉快そうだ。フェミニストだからか?
「それは、かなりの部分は『伝説の剣』が補助してくれてたからね。ほとんどの男よりよっぽど強かったよ。」
「しかし……痛かったで御座ろう。戦うこととは痛みの連続である故。」
ラムゼイの言う「痛み」は肉体的なものだけを指して言っているのではないことは、すぐに分かった。でも「痛かった」なんて、簡単に言えるほど、軽くはない。
そう。未だに。
巧く返事が出来なくて、目を少し臥せる。両手に持ったカップがひどくぬるく感じる。
「で、その指輪は何なんだ?」
そうだ、説明の途中だった。
「この指輪の石には魔力が籠められている。その魔力は『私の印象』に影響を与えるんだ。平たく言うと、男っぽい印象をより強く与えやすい、と言えばいいのかな。幻覚を見せる様な強さはないんだ。」
「何故、拙者には効かなかったで御座るか?」
「それは私が、男っぽく振る舞えなかったか、元々ラムゼイの中にある『男らしさ』のイメージが私のものと違ったか、ラムゼイ自身が『らしさ』とかに左右されずにものを捉えるタイプだったか。あと、魔力とか直感が強い人に効かないことはあるかな。」
「分かるような、分からんような…」
まあ、だいたいの人には効くはず。
でも『男である』と言う、間違った先入観を与えやすくする事しか出来ない。
一応『異世界』でも動作したか。念のためにと、この指輪を持って帰る事を望んだ、自他共に認める『過保護な保護者』に感謝を送りたい。
『女』であることは、ひどく危険な事がある。こんな『異世界』に落とされて、動揺する事はあっても、我を見失わないでいられるのはこの指輪のおかげだ。
「この指輪の石の部分を回すと効果を発動、今と同じようにすると、停止するんだ。」
「何故、効果を止めたので御座るか?」
「この指輪を発動している間は、反動で嘘をほとんど着けないんだ。てかすぐバレる。誤魔化すくらいはいけるけど。どう話が流れるか分からなかったしね。」
あと、単純に大きい事を偽り続けるのは非常に労力がいる。完全な味方がいないこの世界では、多分、保たない。
彼らはもしかしたら、自分と同じような境遇かもしれないと気がついた時に、ほとんど迷わず、話すことを決めた。
……でも……
仲間がいなければ、今の私は己を守る事すら容易じゃない。
それは、私にとって、心にどう納めればいいのか分からない事実である。
皆を守る為に『喚ばれた』から頑張れた。
大切に思える人の為に、命懸けでもやりきれた。
でも、今は?
自分の身一つ守れない。
守って貰わなければ存在できない。
なんで、私は、ここにいる?
剣もなく、戦う術すらなく。
今の私は、何も出来ない。
何も、出来ないんだ。