第四話 衝動 + 岩塩 = 全力投球
自分のすぐ真後ろに、デカイ大男が立っている。自分より、頭2つ分以上あるんじゃないだろうか…
自分では人の気配には敏感なつもりでいたのに、後ろに立たれても影が差すまで全く気がつかなかった。
じとりと、嫌な汗をかく。
ゆっくりゆっくり、数歩前に出て、更にゆっくり振り返る。
逆光でよく見えなかった顔がやっとはっきり見える。
濃い茶色の髪と、同じ色の瞳。
どこか懐かしい、優しい色だ。
大木の幹のような、豊かに実った大地のような。
懐かしい、穏やかな暖かい色。
思わず魅入ってしまう。
……懐かしい。触れたい、触れたくて、仕方ない。きっと暖かい………
日頃の自分だったら考えられないくらいの強い衝動に抗わず、そっと手を上げ、ゆっくりと伸ばす。
目の前にある、その顔に、髪に。
届きそうなその時、そっと優しく手をとられる。
ゴツゴツしていて、少し乾いている。
そして暖かいその手はまた、そっと離れていく。
寂しくて、切なくて、ぬくもりが遠ざかった自分の手は、離れていく彼の手を追いかけようとして、
自分の手の中に残されているものに気がつく。
……岩塩の塊だった……
っここで焼き鳥フラグがぁあ!!
……なんかもう色々と、脱力………
腹が立ったので村人の輪の中にいて、いつの間にかこっちを見ていた、焼き鳥野郎に全力で、岩塩投げつけてやった(八つ当たりですけど、何か?)。
まああっさり受け止められて余計腹立ったけどな!!
話を聞かなきゃいけないことが山程あったけど、取り敢えず宿らしき所で焼き鳥をすることに。
おかみさんが捌いて、焼いて、焼き鳥を振る舞ってくれた。焼き鳥野郎大満足。
落ち着いた色の木材で作られた、食堂に当たるだろうこの部屋はたいそう居心地がいい。
ハーブかスパイスなどか入った小さな瓶が並んで日の光を反射して綺麗だ。
岩塩はないが。
焼き鳥を食べながら聞いた所によると、あの鳥は、普通の鳥のは違ってこの時期に巨大化、凶暴化する鳥だったらしい。
この時期は各地の動植物が変異し、大抵凶暴化するなど、旅人には厳しい時期だとのこと。
特にこの3日間は最もそれが激しい期間中で、外を歩いたり、大きな音をたてると、森から凶暴化した動物がやってくるので皆家にこもって静かに大人しくしていたそうだ。
ちなみにさっきの騒ぎでも何も来なかったのは、この一帯のテリトリーでの凶暴化した動物が、ここにいる鳥擬き(現在、こんがり状態) じゃないかということらしい。
しかし、旨いなこの鳥。かなり大きかったが、自分と、焼き鳥野郎と、おかみさんと、背の高い彼の4人で、もう半分くらい食べてるんじゃないだろうか。香ばしく焼けていて、塩だけで十分いける。元々焼き鳥、たれより塩派だし。
それもそのはず、凶暴化した鳥はそのテリトリーで一番成熟した、つまり一番脂が乗った生き物らしい。そりゃ、旨いわ。
稀に、強者の狩人がその珍味(ちょっと違う?)を求めて森に分け入り、大怪我をすることがあるそうな。まあ、あんな動きする鳥なんてそうそう仕留められないだろう。
お腹いっぱいになった所で、残りの肉と引き替えに泊まる部屋を取ってもらう。中々出回らない珍味だからと、更にお金まで貰えた。
ついでにちゃっかり、通貨について教えてもらう。
余りにも常識を知らない旅人二人に、少し不思議そうな顔をされたが、自分が荷物の中から小さな小さな宝石の粒を見せ、自分たちの故郷はこれが通貨の代わりだったと説明した。
これはあながち嘘じゃない。ここに来る前にいた『世界』では、紙幣や硬貨はなく、すべてこの宝石の粒で物の売買を行っていた。
記念になるかと思って持って来といて良かったね、自分。
おかみさんは、素人目だけど、と前置きしてから、この、宝石の粒でもそこそこの価値はあるから両替屋に行くと良いと、丁寧に両替屋の場所まで教えてくれた。
うっし、小金持ちになれそうだ。
ただ、今日はまた別のテリトリーから何か来るかもしれないから、外には出るなと強く念を押された。
逆らう理由もないし、疲れたから早めに休むかと部屋に引き揚げようかとした時、おかみさんが、
「せっかく旅人が3人もいるんだから、情報交換でもしたらどうだい?
後でお茶でも持っていってあげるよ。」
と声をかけてくれた。
背が高い彼も旅人だったのか。
おかみさんの提案にのって、3人で背の高い彼の部屋に入る。
彼は、少し小さな椅子に腰掛ける。なんだかちょっと窮屈そうで微笑ましい。
自分と焼き鳥野郎は彼と向かい合うように、ベッドに腰掛ける。ふわりと何かハーブのような香りがして気持ち良い。
「さて、じゃあ自己紹介でもするか。」
そういや、名前すら知らなかったっけ。
どうやら焼き鳥野郎から話始めるみたいだ。