第三十九話 ユニゾン + パニーニ =蜥蜴は変温動物
ここは、あたたかい。
水の中の様で、でも違う。
記憶にはないが、羊水はこんな感じなのだろうか?
光の届かない、闇の底。
見上げれば、きっと微かに光が見えるだろう。
でも、それは今、必要ない。
このあたたかな闇の底で、彼女は仄かな光に包まれている。
いや、彼女自身が光を放っているのかもしれない。
黄金に輝く髪をたゆたわせ、強い意思を空色の瞳が纏わせている。
柔らかな表情を見せると、少し似ているな。
『チトセ、外はどう?』
ころころ転がる鈴の様な声。
『相変わらずだよ。雰囲気は最悪。』
『気を付けてね、不協和音は気付かれやすい。』
『んー、どうしたもんかな。』
『難しいものだね。じゃあ、始めようか。』
『うん、サナスタシア。』
闇の底でたゆたいながら。
ユニゾンで、私達は歌う。
少しの差異も出ない様。
完全なメロディを目指して。
朝が、きた。
身体は充分な睡眠が取れてはいるけど、なんだか頭が寝足りない様な気がする。
ゆっくりと身体を起こして、足元で丸くなっているシロを蹴飛ばさない様に気を付けながら、立ち上がる。
隣のベッドでガイがまだ寝ているのを確認してからさっさと寝間着から着替えてしまう。ガイはいびきはほとんどかかないが、何故か朝方に寝言がうるさい。今も何かむにゃむにゃと話している。
気のせいでなければ『パニーニ』という単語が聞こえた。食べたいのか?
お昼はサンドウィッチみたいなものにしよう。
ガイの愉快な寝言を聞きながら荷物も整理し、顔を洗いに行く前にシロとガイを起こす。シロは眠いのか頭を振りながら眠気を飛ばそうとしている。妙に人間臭い仕草が可愛い。
ガイは寝起きが良いのでさっさと起きて、眠そうなシロを撫でようとするが、あっさりと避けられている。
そのまま、皆で井戸まで行き顔を洗う。そこに朝から爽やかなセイレンと寝起き最悪なソーマが加わり食堂へ行き食事をする。機嫌が悪いソーマから一番離れた席に座るのは毎朝の習慣になってきた……。
今朝は食事をしながら今日のルートを話し合った。
王都まであと少しの所まで来た。歩いてあと1週間程度だそうだ。立ち寄る街も少しずつ大きく、人も多くなってきている。セイレンによると、『神殿』はより辺境の村を襲い、王都の近くでは流石に騒ぎを起こさないそうだ。人の多い王都の近くで騒ぎを起こせば、多くの反感を買い、国も動かざるを得ないからではないかとのことだが、本当の処は誰も知らない。
最近この周辺で『神殿』の襲撃の噂を聞かないことから、王都まで続く街道を通って移動することになった。しかし念の為にと、この旅に出発する前に、私とガイの髪はソーマの魔法によって茶色く染められている。定期的に魔法をかけ直さなければいけないらしいが。今日も出掛ける前にかけ直してもらった。
……なんか『元の世界』でも染めたりしたことがないので、ちょっと楽しいのは秘密である。ちなみにガイも少し楽しそうだ。
「本当は、還ったら出来ない青とか赤が良かったな。」
ビジュアル系に憧れでもあるのか?
私は金髪に憧れます。顔に似合わないからやらないけどね。
「素の色と離れすぎて無理だ。」
「じゃあ青を混ぜる感じで紺色みたいのは?」
「出来る。だがそれじゃあ結局黒に近くて目立つから無意味だがな。」
『ああ、確かに。』
更に私達全員で日除けの為のフードを被ることで目立たない様に心掛けている。幸い、他の旅人もかなりの割合でフードを被っている。
そう言えば、王都に近付くにつれてその割合と増えてきている様な気が……王都の方が日射しが強いのだろうか?
街を出て、森に沿うように通っている街道を歩く。
季節が変わりかけているのか、以前よりも暑くなってきた気がする。
「千歳、水分補給忘れるなよ。」
「うん。」
……最近ガイが過保護な気がする。
そんな私達をソーマは鼻で笑う。馴れ合いが嫌いなのだろうか。目の敵にされている気がする。
ソーマのその態度で雰囲気があまり良くなくなるのは困りものだ。
ガイはほとんど気にしていないが、私は少し気になる。嫌われてるのだろうか?
だとしたら、少し悲しい。
「ソーマ、何がそんなに気にくわないんだ?」
「別に。」
セイレンが聞いてくれるが全く相手にされていない。
「いーよ、気にしてないから。どうせ王都に着くまでの間だけだしな。そうだろ?」
ガイは意外とドライな時があるなあ。
「……ああ。」
答えるソーマはなんだか歯切れが悪そうだ。
ん?もしかしてソーマって構って欲しいだけとか?
……ツンデレかっ!?
私の中で恐ろしい結論が出ようとした時、シロざ足に纏わりついてきて、転びそうになる。
「シロ?」
シロは遠くの森を見ながら唸っている。
「何かいるの?」
「どうした?」
「シロが……。」
あっちを睨んで、と続け様として森を見たら赤色のボールが見えて思わず黙ってしまう。
なんだ、あれ?
「ボヤッとしてんな!」
いきなりソーマに腕を捕まれてそのまま、引き摺られる様にして横の森まで引っ張り込まれる。
ガイとセイレンは剣を抜いて私達より前の木の影に飛び込んだ。
直後、私達がさっきまでいた所に着弾した赤色のボールは弾け跳んで炎を撒き散らす!
「あれなに!?」
「んな事も知らないのか!あれは炎のブレスだ!」
「……何の?」
「はあ?火蜥蜴に決まってんだろ!」
「知るか!私の知ってる蜥蜴は変温動物だ!」
「いや、変温動物だってのは関係ないだろ。」
ガイの冷静なツッコミが入る。遠いし姿もみえないからまだ余裕が、
ガサガサッ!
草を分ける音が前からしたので目を凝らすと、すごい勢いで真っ赤な蜥蜴が走ってくる。
「ぎゃっ!でかいっ!」
全長が尻尾まで入れたら悠に3メートルを超えているだろう。
「っ!速いな!」
ガイとセイレンは前へ走って迎え撃とうとしている。私はソーマに引っ張られて更に後ろへと下がる。
一応剣は抜いたがソーマは私を戦わせるつもりはないのだろう。左腕で腰を抱き寄せ離さない。シロも全身の毛を逆立てて傍に控えている。
「お前は他のヤツがいないな周囲を警戒していろ!俺は魔法を撃つっ!」
そして、その姿勢のまま何かを詠唱し始めた。まるでそれは『歌』の様だ。しかし『聞いて』いれば、スレインよりも拙く、ラムゼイよりもか弱いのが感じられる。
……果たして大丈夫だろうか?
ちょっと心配になりつつも、意識を拡げる様にして気配を探る。もしかしたら……。
やっぱり、いた。
明らかに此方を窺う気配。
いつもなら気が付かなかっただろうが、本気でやれば見付けられた。しかし、どうするか。ここで騒げば皆の注意が散漫になって危ないかもしれない。一応、私を掴んでいるソーマの手に、手を重ねていつでも注意を促せる様にする。
でも直感だが、火蜥蜴を倒すところを見られない方が良さそうな気もするし……。
悩んでいると、シロが弾丸の様に飛び出し気配のする茂みに飛び掛かった!
「シロっ!」
「がっ!この犬が!」
堪らず茂みから転がり出てきたのは真っ白な服を着た男だ。
「『神殿』っ!」
私の声でガイが振り返るが、火蜥蜴に阻まれてこっちには来れない。
ソーマの左腕を私の腰から力尽くで引き剥がし、前に出てソーマと男の間に身体を滑り込ませる。
そのまま、剣を構えたもののどうするか。
私は、戦えるのだろうか?
一番自分が不安かもしれない。
ちょうど私達は火蜥蜴と男に挟まれた形になる。
私の不安を見抜いたのだろうか。
対峙する男はにやりと、笑って見せた。




