挿話 勇者『S』と勇者の騎士『S』の恋物語
暗い、話です。
その青年は、ある日突然、異世界へ渡り、恋に落ちた。
当たり前の様に続いて来た昨日から、今日へ。
そして今日から、明日へ。
それはこの一秒、一分の連続上にあるものだと、疑った事すらなかった。
あの日、全ての日常から、俺は断絶された。
酷い目眩と耳鳴り。
しかめながら開けた、目の前には、薄く淡い栗色の髪を纏った少女がいる。せっかくの美しい髪はまだらに切られ、 顔は血だらけで包帯が巻かれ、片目が隠されている。
真っ直ぐにこっちを見つめる片方だけの瞳には、
今まで他の誰にも見ることが出来なかった程の、強い意志が見える。
「私を助けて。私だけの、騎士として。」
桜色の唇は僅かに震えている。
全く訳が分からないその状況で、その強い瞳が、本当は泣き出しそうなのを我慢しているのだと、それだけは、直感で理解した。
少女の心が孤独に苛まれている事を悲しいと思い、俺が傍で守ってやりたいと思った時、もう俺は恋に落ちていたんだと思う。
彼女は『勇者』として、俺は『勇者の騎士』として、互いを守り、信頼し合い、淡い想いを温め合った。
世界に巣食う魔物を駆逐して、平和を築くのが彼女の使命で、俺はそれを助けて。
辛く、苦しい毎日だったけど、彼女から孤独な色が消え、俺を見る時に見せる淡い艶めいた色が、日に日に色づいていくのを見るのが、嬉しかった。
ある日。夜の廊下で、この戦いの日々が終わったら。
ふたりでゆっくり世界を回ろうと、語り合った。
それは、優しい、未来の約束……。
しかし、終末は突然来た。
無くならない魔物の脅威に、動きもしない王族、貴族。
民の心は次第に『勇者』たる彼女へと移っていった。
それは当たり前の事なのに。
その事を怖れた誰かに、突然俺達は襲われた。
今までほとんど魔物を相手にしてきた俺達は、守っていたと思っていた、人に襲われてひどく動揺した。
盗賊の類いですら、世界を救おうとする俺達に協力的だったから。
『勇者』の『死』は『世界』の『終わり』に直結する、それなのに!!
何故、人が襲ってくる?
彼女は世界を守るために、戦ってるのに!!
必死に彼女の制止も聞かず、交戦した。
でも人の命を奪う事に対する恐怖が、動揺が、迷いが、俺の動きから精彩を奪い、彼女の命をも奪った。
……彼女は抵抗しなかった。
血に沈んだ彼女は小さく俺を見て、微笑んだ。
彼女の瞳にはもう『孤独』はない。
駆け寄って、手を握る。
血が、止まらない。
彼女の名を呼ぶ自分の叫び声が、うるさい。
「……関係のない、貴方を、巻き込んで、ごめん。
でも、ありがとう、傍に居てくれて。
この世界はきっと直に、終わるわ……。
でも、貴方は、幸せに、なって。
貴方の、世界で、きっと、また、あえる……から。
まってて、きっと……あえる……
あいして、るよ、『 、 、 、 』。」
彼女が、俺の名を呼び、微笑んだのを見た。
彼女の目が閉ざされるのと同時に、胸に衝撃が走って俺の意識が消えた。
……俺が最後に呼んだのは、きっと彼女の名前。
これは永遠を奪われた、『勇者』と『騎士』の恋物語。




