第十八話 悩む + 熟年夫婦 = 集まった偶然
いつの間にか眠っていた様だ。微睡みから覚めると、自分を抱き締めたまま寝ているスレインがいる。
……キスしてた相手に寝られるって、男はどう思うんだろう…なんだか申し訳ないです…‥
至近距離過ぎてびっくりするが、それよりも、黄金色から戻った大地の色の髪が気になる。そっと指で触れてみる。さらさらとした癖っ毛が、心地好い。
黄金色の髪の時はまっすぐストレートだったけど、今は緩やかなカーブが掛かっている。長さは肩を越える。私自身は長目のショートだから、よっぽど私より女性的かもしれない。まあ、顔や体つきは女性的ではないけど。
良い色だなあ。うっとりしてしまう。派手さは無いけど、温かみのある色で何だかとても穏やかになれる。
スレインがまだ寝てるのを良いことに、寝る前までの話を考え直す。
スレインは私について行くと言った。それは単純に受け入れられる事ではない。スレインは私と違って家族がいる。それを引き裂く事は、家族を失っている私には禁忌にも近い思いがある。置いていかれる方はいつだって、張り裂けそうな心を抱えて、残りの人生を生きていかなくちゃいけないから。
でも、嬉しい、とも感じるのも認めなくてはいけない。
私は『召喚』されてから『勇者』として世界を回るまで、密かにスレインと共に暮らし、世界の事や戦う術をスレインに教わった。その独りじゃない生活は、戸惑いと新鮮さと、暖かさを感じられる幸せな時間だった。
それがこれから先も続いてくれるなら、心から嬉しい。独りは寂しくていやだ。もう、戻りたくない。
でも……家族からスレインを奪うの?私が家族を奪われた様に。
そして何より、スレインに対して抱くこの想いは。
スレインが向けてくる愛と同じなのか、それとも、家族、仲間としての友愛なのか、家族愛なのか。私にはまだ分からない。
……恋愛ってちゃんとしたことないから、ひどく難しい。
キスされるのは嫌じゃない、多分その先も。
でもそれは、恋なのか?
私はグルグルとよく頭を回転させようとするけど、それは唯一の防御だから。考え続けていれば、激しい感情に支配されにくく、『自分』を保っていやすいから。でも、スレインはそれは私の長所であり、短所だと言っていた。多分、今は短所として作用してるだろうなあ。徐に頭に浮かぶのは、かの有名なアノ台詞。
『Don't think. Feel!』
拝啓、ブルース・リー様
頭でっかちで口下手な私には、『感じる』事は難しいです。一生を左右する恋愛がいきなり降ってくるなんて、初心者にはハードル高過ぎると思いませんか?
ん、なんか、考えが横道に反れてきた。
取り敢えず、起きてご飯食べよう。そっと、巻き付いているスレインの腕を外して、ベットから降りる。死にかけただけあって、貧血がまだまだ酷い。気持ち悪さを堪えて、ゆっくりと立ち上がる。
壁に手を付き、そろりそろりと、歩き出すと、後ろから支えられる。
「起こせよ。」
眠そうなスレインが言う。
そのまま、然り気無く、キスが落とされる。
うん、嫌じゃない。擽ったい感じ。
「だって、寝起き機嫌悪いじゃん。」
「起こされない方がもっと悪くなるっての。」
なんだ、そりゃ。
結局二人で時間をかけて食堂まで移動する。
皆、スレインの変わった姿を見て驚いているが、誰も突っ込まない。
……スレイン、ほんと、なにしたの?
「……起きたか。……チセ、お前なんだか酷くなってないか?」
「違うで御座るよ、ガイ。これが本来の状態で御座る。今までは、兄上の治癒が補助していただけで御座る。」
「治るまで補助してた方がいいんじゃない?」
アリアが心配そうに椅子を引いてくれながら声をかけてくれる。
「いや、本来の身体が持ってる治癒力で、治さないと結局は長い目で見れば身体に負担がかかる。身体の声に耳を傾けないのは自殺行為に近い。」
珍しく真面目にスレインが説明する。
そういう面ではスレインは甘くない。身体の傷は治すが、軽ければ痛みは治さないし、貧血や体力は連戦になりそうじゃない限りほとんど手をつけない。
やっと、席に座れる。アリアが渡してくれた水を飲むけど、気持ち悪くてつらい。こんなんで食べれるかな……
「こいつは甘やかすと、また特攻しかねないしな。」
「……あの戦い方はなんで形成された?」
ガイが顔をしかめながらスレインに尋ねる。
「『前の世界』じゃ、そういう『勇者』を求められたからだ。下手に保身に走れば『勇者』らしからぬって、弾劾されてた。弾劾されるだけなら良いけど、下手すりゃ俺や、千歳を召喚したって『名目の』姫が殺されるからな。」
「命がけ、で御座ったのだなあ。」
ラムゼイが優しい声で言ってくれるのが、嬉しい。
「だからって、あの戦い方は無いだろ。毎回怪我だらけでこっちの心臓に悪いわ。」
「まあな。こいつの『男らしい』戦い方がアレなんだ。俺でもどうにも出来なかったんだ。ちなみに『前の世界』じゃ、3日に1回は骨折ってたし、月に1回は死にかけてたぞ。」
「チセ、お前はもう戦うな……」
ガイの眼差しが冷たいのは何故だろう?
「チトセは『勇者』だったのね。」
優しい瞳でアリアが言う。しかし名前をそのまま呼んでくれたので、スレインの機嫌が一気に急降下する。
チャ、チャレンジャー!
スレインの様子を見て、ふんっと鼻を鳴らして、
「女にまでそんな独占欲丸出しにしてるなんてみっともない。女々しいわ。」
と切り捨てた。
……姉御と呼ばせてもらいたい、いや、むしろ『勇者』だ!!
全員(スレイン以外)の尊敬の眼差しを一身に浴びているアリアは、とても女性的な容貌だが、妙に男らしい。
……素敵……
「チトセにはちゃんと紹介してなかったね。私は貴女たちと同じ境遇よ。ちなみに、元『巫女』よ。」
「神性の欠片もねえな。」
スレインが悪態をつく。やめなよ、なんか、勝てない気がするよ?と目で訴える。
あ、拗ねた。
アリアも綺麗に無視。
「でも、もう特別な力は失われてるみたい。だから戦うとしたら、拳かな。」
肉弾戦、イケる巫女……益々、素敵!
「チセ、お前はマッチョになりたいとか、肉弾戦に憧れるとか、どうなってんだ、頭の中。」
うるせぃ、リアルマッチョには分かるまい。
次は僕かな、と、サイが私を見る。
「僕も、同じ境遇だ。元『勇者』。チイと一緒だね。僕も特殊な力だった『復元』が使えなくなってるみたいだ。」
私が返事をする前に、スレインが嫌そうな顔をする。
「随分と、歪な『呪い』かけられてんじゃねえか。」
「分かるの!」
サイが驚愕の表情をする。
「呪い?」
スレイン以外は不思議そうな顔だ。
「ラムゼイ、お前が見抜けなくてどうすんだ。マジで修練が足りてねえぞ。鍛え直しだ。」
ラムゼイが真っ青になって、震え出す。まあ、スレイン確かにスパルタだもんねえ。
ん、待てよ。私は確かに違和感を感じていた。
ガイもだ。
……『呪い』、『呪い』ねえ。
考え込んでいて、俯いていた顔を上げると、スレインと目が合う。
そっか!
「サイ、あなた何歳?」
サイは、びっくりした顔をした。スレインは満足気だから多分合ってる。
「……13歳なんだ。」
『13っ?!』
皆の声が揃う。
やっぱり。となると…
「大方、戦わせる為に無理矢理身体を成長させたんだろ。歪な成長だから、本来、共に混じりながら調和していく筈の魔力と肉体がバラバラで、それを制御する精神が追い付いてない。暴走するぞ、下手すりゃ。」
いや、多分、一度しかけて、私を殺しに掛かってます。言ったら後が怖いから言わないけど。
「うん、だから直ぐに手が、出ちゃうんだ。今までは『復元』があったから大丈夫だったけど……」
「スレイン。」
どうにかならないの?
「やってやれない事はないが……代償が高くつく。この『呪い』、かなり根深く刻まれてる様だ。」
そっか。代償ねえ。事態をマシにする方法はあるの?
「ああ、ひとつは代償を払って身体を戻し、もう一度時間をかけて成長する。もうひとつは、精神を鍛えて、制御を可能にする。くらいか。」
どの道、楽ではないね。
「まあな、他の可能性も探った方がいいだろ。『解呪』の能力者を探すのも手かもな。」
『おい。』
ん?
「チセ殿は、兄上と目で会話が出来るので御座るな……」
「お前ら熟年夫婦みたいだな。」
「それにしても疎通率ハンパなく高いでしょ!」
「すごいねぇ。」
声出すの、今はつらいんだもん。
「分かってる。無理に話さなくていいから。千歳は体調が悪いからまだあんま話せないんだ。」
「拙者、これからはチセ殿を『義姉上』と呼ぼうかと……」
やめて。こんなデカイ弟は嫌。
……スレイン、こんな時だけ通訳止めてニヤニヤしないでよ、馬鹿。
「さあな。で、どうする、サイとかいうの。」
「……少し考える。この身体の方が確かに戦えるし。」
「馬鹿野郎。ガキはガキらしくやりゃいいんだ。ここではお前に戦いを強制するやつはいねえんだから。」
「そうだ。俺たちは戦いが目的じゃない、『還る』事が目的なんだ。その身体のまま『還る』のか?」
「……うん。」
「ガイ、答えを急かさないで。」
流石に口を挟む。ガイは良い奴だけど単純なとこがある。同じこと、繰り返す気?
ガイは、はっとした様に私を見て、
「わりい、でも戦いのことは気にすんな!俺も、馬鹿みたいな火力の兄弟もいるしな!」
味方も大惨事になるけどな!
「……うん、考えてみる。」
彼の目に仄暗い色が宿るのを見て、嫌な予感がする。
スレインも、然り気無く、でも確実に何かに警戒していた。
同じ境遇で、何故か集まってきた私たち。
其々の過去が、これからの私たちの選択に大いに影響していくけど、この時はまだ、何も分からないままだった。
偶然が集いて……さあ、どうなる?




