第十七話 告白 + 決意 = 熱い唇
スレインは、時間がかかるから、と自分はベットに座り、私はベットに横たえさせたまま、静かに話始めた。
その話は、彼が生まれてから今に至る彼の歴史そのものであり、私に関係するものであった。
長く、苦いその物語は、今の私には、一度に飲み込めるものでは決して無かった。
スレインは背中を向けたまま、語り始めた。
――――――…‥
俺は、ラムゼイと同じ、『こことは別の世界』で産まれた。
ラムゼイの、他に妹がいた。
俺の家は、特殊な家系でな。大きい犠牲を払って『異世界』に必ず一度は渡らなければいけない呪いが掛かっている。ご先祖様がその土地の神様に喧嘩うったその代償らしい。
だから、無事に生還するため、幼い頃から徹底的に鍛えられる。身体も所謂『術』も、そして、生還した先祖によって得られた『異世界』で生き抜く術も。
ラムゼイから聞いたか?
俺は『出身の世界』で『賢者』みたいな称号を、持っている。
それは生まれつき持っていた『先見』っつう能力でな。『占術』よりも、確実に確定した未来が視えるんだ。
それ故に、俺は『預言者』みたいに、担ぎ上げられて変な肩書き背負わされちまった。ラムゼイはそれをまるで誇らしいと思っている様だがアイツは馬鹿だ。それを良い様に利用されそうになってることを、気がついてねえ。
この能力はコントロール出来ない。発作に襲われる様に突然『視せられ』て、唐突に終わる。
どうやら、『アカシックレコード』から俺、もしくは俺に親い人間の『運命』をランダムに『複写』しちまうみたいな感じだった。ただし、その未来が絶対なのかどうかは未だに分からない。
初めてこの能力で視たのは、『妹が殺される』場面だ。それはだいぶ先の時間軸だったが、 確実に起こるだろう未来だった。
俺は必死でその『未来』を、変える手段を探した。でも、結局、ある日妹は強制的に『異世界』へと送られた。その後、まだ帰ってない…
色々あって、気がついた事があった。俺は『先見』し続ける以上、『異分子』であり続けなくちゃならないって事だ。
なんて言えばいいか分からんが、俺は『当事者』ではなく、『先見された未来』に対する『干渉者』もしくは『観察者』みたいなもんとして、『世界』に位置付けられる。
ここまでは分かるか?
てか、この説明で分かりゃ、大したもんだが。
ここからが千歳、お前にも関わる。
俺がある日『先見した未来』で、俺はこの『先見』の能力を失う『未来』を視た。
狂喜したよ。俺も漸く、『当事者』になれる、『俺の物語』を紡げるってな。
そこは明らかに『異世界』で、他の誰かを『召喚』してた。
だから、俺たちが居た『前の世界』に俺が喚ばれた時、拒もうと思えば拒めたが、それをしないで受け入れた。そして、『前の世界』へついた。
そこで、俺はすぐに『呪い』を掛けられた。それは後で説明する。ラムゼイと髪とか色が違うのはそのせいだ。
そして、『勇者』を喚ぶ為の『魔力源』にされた。だけどな、俺は『肉親』をいきなり失う哀しさも怒りも知ってる。だから『勇者』を召喚する時に、『肉親がいない』っていう、条件をこっそりつけた。しかも、召喚先を俺達の家に変えておいた。ヤツラに利用され無いように、手を貸すつもりだった。
そして、そこで現れたのは、千歳、お前だった。
目の前が真っ暗になったよ。
俺は千歳を見て、間違いに気がついた。
『肉親がいない』とかそんなんが重要なんじゃない。
『異世界』から『自分の世界』へ誰かを喚ぶってことは、その誰かの運命をねじ曲げ、世界の『異分子』にしてしまうって事だった。
俺は俺自身が逃れたがってた運命に、千歳を引き込んじまったんだ。
悪かったと、今でも思ってる。
俺自身の『望み』を叶えることと引き換えに、争いが身近ではない、平和な『世界』で暮らしてた千歳を、争いへ引きずり出して、姿も人格さえ偽らせた……。
その贖罪はこの命を、俺の全てを賭けてあがなうことを約束するよ。
――――――――…‥
「だから、来てくれたの?」
そっと後ろからスレインの背中に擦り寄る。この背中に、何度護られたのだろう。
涙が、スレインの背中に染み込んでいく。
腕を回し、膝の上で固く組まれたスレインの手を、私の手で、包む。
その手は冷たく、微かに震えている。
「それもある。でも、違うんだ。」
「違う?」
「多分、俺は、また同じことをしようとしている。俺の『先見』の能力は、千歳を喚んだ代償に失われた。漸く俺は、俺自身として生きていける。でも。」
小さく、スレインは息を吸う。
「俺は千歳、お前から離れたくない。」
スレインが、私の手をそっと外し、振り向く。
「俺は、千歳と一緒に千歳の世界へ行く。」
その顔を見て、私は息をのむ。
「己が産まれた世界で、自身の人生をありのまま、精一杯生きる。それが、千歳の決めた道なのは知ってる。それが正しいのも。でも、」
抱き締められた。痛いくらいに。
「俺は千歳に出会っちまった。」
声が、掠れている。
「もう、離れない。例え俺が一生『異分子』のままでも良い。もう良いんだ……。千歳をこんな状況に追いやってまで、手にいれたものを俺はこんなにも簡単に手放そうとしてる。でも、」
スレインの瞳が、手が、腕が、身体が。
「千歳。」
熱くて、熱くて。
「……愛してる。」
耳元で囁かれた言葉も、まるで、温度があるかのように、熱を感じる。
そっと、口付けられて。
頭も心もぐちゃぐちゃで。
離れ行く、唇をそっと、指で触れた。
少し乾いたその唇の持ち主は、今までに見たこともない顔をしている。
……違う、知ってたんだ、本当は。
私を見る目が、たまに深く艶やかに色付くのを。
籠った熱が、燻るのを。
でも、必ず来る別れが怖くて、『保護者』のままでいてもらった。
恋の様に容易く変容するものじゃなく、『永遠に変わらない思い』が、欲しかったから。
それに甘んじていた。
スレインを追い詰めたのは、私。
どうしよう。頭が働かない。
……なにか、かえさなくちゃ。
「……知ってたよ。スレインが、私を『喚んだ』のも。」
スレインは知らないだろうけど。
「……どうして……それを……」
「親切な人が、教えてくれた。私とスレインの仲を裂こうとしてたんだろうけど……。」
「……なら、…」
「ねえ、スレイン。私は幸せだったよ。偽りだらけだったけど、それでも自分らしく、『あの世界』を生きれた。何より、」
顔が自然と微笑む。
「私が召喚されて、『勇者』になるまでの1年間、それから『勇者』として生きた時間。スレインが与え続けてくれたもの、ちゃんと知ってる。だから、」
唇から頬へ、指を滑らせる。
「……泣かないで。」
スレインは、泣いていた。
頬に触れた指を伝って、温かい涙が、降ってくる。
「……千歳。」
「言えなくて、ごめん。」
ゆるゆると、首を振って、スレインは私を見る。
スレインの髪が、瞳が、大地の色へ、温かなあの色へ戻っていく……
「これが、本当のスレイン?」
「ああ、戻ったか。」
「思ったより、違和感ないね。懐かしい感じがする。」
「『呪い』の効果は千歳には効きにくいからな。」
「『呪い』って?」
「……姿を、声を変容させられた。俺の力はそれで、半減する。」
「どうして……それを、知られていたんだろ……」
「……一族に多分裏切り者がいる。ラムゼイは違うと思いたいが。」
「そんな……、」
「でも、俺はもう当主の資格はない。千歳を召喚することで『先見』を失い、千歳に『喚ばれたら』この世界へ渡る様に構築した『術』を千歳の指輪に刻む代償に魔力の半分を失った。何より、『あの世界』へ還るつもりもない。残り半分の魔力で千歳の世界へ渡るつもりだ。」
「スレイン……」
「止めてくれるなよ?俺はもう、選んだ。」
「スレイン。」
「もう、離れない。拒まれても、俺は行く。」
何を言えばいいのか、分からないまま。
再び落ちてくる唇を、受け止めるしか出来ない。
熱くて、熱くて。
合間に囁かれる愛の言葉に言葉を返すことは出来なかった…
それが良いのか悪いのか、分からないのだけど。
シーツに沈んだまま、今はこのままで……
あ、あれえ?
糖度は低い話の筈だったんだけど……
あれれ?