第十三話 違和感 + のぞき = 救われる存在
荷物を持って下に降りると、男性陣が総出でテーブルに料理を並べている。そうだ、夕飯。
意外な事に、サイも手伝っている。
お昼の分もあるのか大量だ。美味しそう!
当たり前の様に、サイの隣に座ると、全員に目を剥かれる。
いや、だって、デカイ3人横に並んだら食べにくいでしょうよ。しかも近いけど、顔見なくて良いし。
「いただきます。」
おかみさんも私達を見渡せる様に椅子を動かして一緒に食べ始める。
「うまい……。」
ポツリと隣から聞こえる。サイは思わず言った様で、自分で、自分の発言に驚いている。
「そりゃあ、ありがたいねえ。」
おかみさんはニコニコとしていて、何となく場が和む。
おかみさんはすごい。美味しい料理でこんなにもあっさりと人を和ませる事が出来るだなんて。
私には絶対に出来ない。これが、『器』と言うものなんだろうなあ。
「こっちも、食べてご覧?」
サイは小さく頷いて、勧められるままに色々と試してみている。こうやって見ると、雰囲気が私よりも幼く、少年の様にも見える。
まるで、年長者に世話を焼かれなれていない子どものようだ。さっきまでの得たいの知れない不気味さと、なんだかちぐはぐでとてつもない違和感がある。
静かに食事は進み、悪くない雰囲気のまま、食後のお茶になる。
サイは殆ど話さず、でも、私達の会話(ラムゼイは話さないまま)を聞いて時折小さく笑っている。
話の節々で不思議そうな顔をするので、もしかしたら彼も私達と同じ状況なのかもしれないと、思い至った。しかし聞くタイミングに恵まれないまま食事を終え、寝る準備をする。
寝具を抱えたおかみさんは私を見て、思い出した様に声をかけてきた。
「ねえ、あんたお風呂屋に行ってきたらどうだい?」
「え、あるんですか?」
「ああ、静かにしてるけど、やってるよ。村中で1ヶ所しかないけどね。」
「行ってきます!」
「俺も行こうかなあ。」
「この時間帯は女の時間だから男は屋外だけど良いのかい?」
「ああ、ついでだから一緒に行くわ。何持って行けばいい?」
「着替えと石鹸とタオルくらいかな。」
ふむふむ。さっき買ってきてもらった荷物の中に石鹸あったかな?
「あんたにはこれをあげるよ。」
手渡されたのは着替え一色と、タオル、花の香りがほんのりとする石鹸だ。
「これは?」
「この村では自分の石鹸は自分の好みの香料を混ぜて作るんだ。これは今朝、私があんたのイメージで作っておいたやつだ。あんたは女の子なんだから、少しくらい良い香りさせてなきゃモテないよ!」
「こいつの場合、香以前の問題だ。」
ガイは後でラムゼイに殴ってもらうとして、つまり、この村では個人個人、自分で作った石鹸の香をさせているのか……なんか良いなあ。
『前の世界』では男として振る舞っていたから、こういう女性的なものは極力避けていた。だから、ちょっとくすぐったい。
「ありがとう、おかみさん。良い香。」
「あんたはまだ怪我人なんだなら、ゆっくり温まっておいで。」
「うし、行くか。ラムは?」
ラムゼイは首を横に振って、行かないことを示す。
「サイは?」
「僕も良いよ。川で水を浴びたから。」
「おう。じゃ、行くか。」
念の為に剣を差して行く。おかみさんから聞いたお風呂屋さんは、歩いて数分の場所だ。一度買い物の為に外に出ていたガイは、迷いなく薄暗い道を歩く。
「なあ。」
ガイは前を向いたまま話しかけてくる。
「何?」
「アイツ、どう思う?」
「……すごく極端な二面性を感じる。」
「二面性?」
「得体の知れない感じと、年下の少年みたいな感じと。」
「そっか。」
「ガイは?」
「俺はお前みたいに観察してる訳じゃねえけど、なんか危うい感じがする。」
「危うい?」
「子どもが覚悟もなく、使い方もろくに知らない大剣を振り回してる様な……」
「……分かるかも。少なくてもあの魔力は訓練されてきたものではなかった。まるで取って付けたみたいな不協和な感じだった。」
「だとしたら、危ねえなあ。」
「『勇者』って、なんなんだろ。」
「ん?」
「誰がサイにそう言ったのかは分からないけど。『勇者』っていきなりなるものなの?」
「……俺の知ってる『勇者』は元々普通の村人だった。」
「私もそう。だからいきなり『勇者』って言われて、体も力も『異常』になって。最初はパニックになって、暴れて、傷つけて。自分が自分じゃなくなったみたいで、怖くて眠れない夜もあった。」
「……。」
「でも、私は一人じゃなかった。絶対に味方でいてくれて、裏切らない『保護者』がいた。だから耐えられた。彼には、そんな人、いたのかな?」
「ああ。そうだな。」
その後、ガイは何か考えている様で、何も話さなかった。
お風呂屋の男女が分かれる所で、「じゃ、後で。」と言ってから、中に入る。
タイミングが良かったのか、中には誰もいない。小さい温泉の様で、外にも露天風呂がある。手早く体を洗ってちょっとうきうきしながら、露天風呂までこっそり行ってみる。
チャプンッ。
露天風呂に立っている衝立の向こうから水音が聞こえた。向こう側からこっちには来れない様には出来てるけど念の為に露天風呂は諦めて、中に戻ろうとしたとき、
「チセか?」
うぉ、びっくりした!
ガイだ。なら安心だ、入ろう。
「なんで私って、分かったの?」
「そっちにお前の気配しか感じなかったから。」
「……のぞき?」
「なんでた!」
「いや、風呂場の気配読むとか。」
「俺のは癖みたいなもんだ!」
「……のぞきが癖って……」
「だから、のぞきじゃねえっての。」
「……はいはい。」
「後でラムゼイに、言おうとか考えてねえだろうな。」
「ぎくり。」
「……だから口で効果音言うな……」
ガイはうるさいけど、お風呂は良い湯加減だ。
思わず満足気な溜め息が出る。
「……なあ。」
「んー?」
「さっきの話しなんだけど。」
「うん。どしたの?」
「……お前は、救われたのか?」
「え?」
「突然、『勇者』押し付けられてパニクって。その『保護者』とやらがいて。お前は救われたのか?」
小さな、小さな声で聞かれた。
そっと、目を閉じる。
未だ簡単に思い出せる『前の世界』での仲間。
その中のたった一人。
彼は私を一人にはしなかった。決して。
「私は唯一無二の『勇者』だった。どんなにつらくても、痛くても、誰も替わってくれなかった。望んでもないのに、理不尽に押し付けられた。」
誰も替われなかった。
理不尽にも、選ばれたのは『自分』。
『自分』に選択肢は無かった。
でも。
「でも。そこからどう『勇者』として生きるかは自分で選んで来たつもり。スタート地点が人と違っただけ。それを、見守ってくれたのが、『保護者』だったの。」
チャプッ。
鼻をすする音を誤魔化す為に、わざと水音をたてる。
「幸せだった、絶対に信じられる人がいるって。元の世界に還ったって、あそこまで信じられる人にまた出逢えるか分からない。世界が違っても、二度と逢えなくても、そんな人がいてくれて。私は幸せだったよ。」
幸せ、だったんだ。知ってた?
「救われたよ。そしてこれからも、その人と過ごした時間は私を護り続けるって、信じてる。」
「……そっか。」
ガイの声は酷く掠れていて、ほとんど聞き取れなかった。
でもきっと、頷いてくれたんだと思う。
お風呂から上がって、またガイと二人で並んで宿まで戻る。ガイは何も話さなかったけど、嫌な沈黙では無かった。
「ただいま。」
「おかえり。どうだった?」
「気持ち良かったです。誰もいなくて貸し切りみたきでした。」
「そりゃ、良かったね!」
そこにはサイがいない。
「彼なら部屋に戻ったで御座るよ。拙者たちも、早めに休むで御座るよ。」
「だね。」
結局、布団みたいのを3つ並べて、窓側にラムゼイ、真ん中に私ら廊下側にガイが寝ることに。
「なんか親子みたいだね。」
「……それは拙者は父親で御座るか?」
「だねえ、どちらかと言えばガイがお母さん……」
「気持ち悪いから、やめろ。」
「想像すると結構エグいね。」
「やめろ、バカ。」
「ほら、あんたたち、明かり消すよ。」
「はーい、おやすみなさい。」
「また明日ね。」
フッとランプの炎が消され、月明かりだけになる。
やっぱり疲れていたのだろう。体も温まっていたのもあり、あっと言う間に眠りに落ちる。
静かな夜が打ち壊されたのは真夜中だった。