第十二話 正面 + ユーモア = 『喚ばない』名前
お昼ご飯を食べ損ねたのに気が付いたのは、厨房に作りかけの料理を見たからだ。
食堂では既にラムゼイと青年が座っている。
3対3の6人がけのテーブルで、青年は真ん中に、ラムゼイは反対側の一番奥に座っている。
私達が近付くと、ラムゼイはすぐ隣の席を引いてくれた。つまり青年の真正面。
多分、ラムゼイは無意識に椅子を引いてくれただけだと思うがそいつの正面には座りたくないんだけどなあ。かと言って、断るのもアレだし、取り合えず座るか……。
これでラムゼイの左隣に私が、更に左にはガイが座る。私は両手に花だ。てか、二人とも、警戒心が前面に出ていて、なんだか私の居心地が悪い。
「怪我の具合はどうなの?」
親しげに話し掛けてくる青年。ガイが口を開くが、先に私が答える。
「しっかり休んでいるのでだいぶ良くなりました。」
「そう。それは良かったね。僕は今日から君の隣の部屋で休む事になるから、色々とよろしくね。」
何か言おうとしたガイをテーブルの下でガイの足に触れることで制する。ラムゼイにも同様に、私に任せて欲しい事を伝える……伝わったのかは不明。
「では、彼らは?」
「親切なおかみさんが、食堂に寝床を作ってくれるそうだよ。」
「……」
おかみさんは、テーブルの少し離れたら所で戸惑った顔をしている。
「そうですか。」
争いは避ける、だよね?ガイ。
「おかみさん、悪いんだけど、寝床の準備お願い。3人分。」
「!?……分かったよ。じゃあちょっと準備してくるね。」
流石おかみさん。空気読むスキル高い!
私が席を外して欲しいと思っていることを正確に読み取ってくれた様だ。客商売が長いとすごいんだなあ。
取り合えず、レジスト出来そうもないおかみさんが離れてくれて、少し安心する。
「……3人?」
冷たい色の声で彼が尋ねる。それと同時に一気に場の魔力が高まる。
真っ正面からだとすごいプレッシャー。
もし、空気の色が見えるなら、多分この辺りは今、真っ黒に違いない。
……見えなくて良かった……怖いは怖いんだけど……
「何か?」
平然と見えるように、言ってみせる。
「彼ら以外のもう一人は?」
「私ですけど?」
「君の部屋はあるんだよね?」
「はい。」
「じゃあ、何で君までここで寝るんだい?」
「……寂しいからです。」
『は?』
あれ?青年とガイの声が揃った。
「私、すごい寂しがり屋さんなんです。彼らが隣に居てくれてた時は、寂しい時にすぐに行けたけど、ここまで離れると不安だからいっそ、一緒に寝ます。」
笑って言ってやる。てかガイ、なんであんたが頭を抱えてんだ?
『悪意』や『怒り』に最も効果的なカウンターは『ユーモア』だと思うんだけどな。
しかも、多分だけど相手ペースに飲まれるのは避けるべきだ。
「あはは!!面白いねえ。君の名前は?」
「よく知らない人には名前を教えるなって言われてます。」
お前が先に名乗れ。言外に言ってやる。
「……なるほど。僕は勇者のサイ。よろしくね?」
「私はチィ。彼はガイで、彼は、ラムです。」
……しまった、語尾に『だっちゃ』をつけて欲しくなる省略だ。出来るだけ本名は避けた方が良いだろう。
もちろん、肩書きの『勇者』には触れないに限る。
「……さっき、チセ、って呼ばれてたよね?」
「仲良しだからです。」
やっぱり聞いてやがったか。
「じゃあ、僕も一緒に寝たら、仲良くなれるのかな?」
「無理です。この二人と一緒に寝ると狭いからこれ以上は。」
敢えて、『仲良く』は無視しとく。
返しやすい言葉だけを拾って正確に返す。突っ込まれたくないものには、触れない。
「ふふ。つれないねえ。」
「すみません。そう躾られてるので。」
……『前の世界』の過保護な保護者にな!
精神操作系や、干渉系に対するレジストの方法も保護者仕込みです。だから、抵抗力はかなり高いらしい。
まあ、自分も、『指輪』使って印象操作してたしね。
「……本当に面白い。」
その一言で、プレッシャーが有り得ない程に高まる。
ん?
でも、なんかこう……高めてるって言うより、駄々漏れな感じ?
ピンポイントで干渉されてるって言うより、むしろ怒気に当てられてるって言うのか……。
後でラムゼイに聞いてみよう。
でも、そろそろ限界だから、「とりあえず」、と言いながらゆっくり席を立ち、
「荷物まとめてきます。」
と、テーブルから離れようと横を向いた瞬間、
ギィンッ!!
耳のすぐ真横で耳障りな音がした。
近過ぎて、顔を動かせない。目だけを横に向けると、耳のすぐ真横でサイの剣とガイのナイフがギリギリと噛み合っている。背中を嫌な汗が伝う。視線を前へ向けると、ラムゼイが般若の様な顔をして杖を構えているが、私に剣が近過ぎて手出し出来ない様だ。
均衡が崩れれば、私に刃が当たるかもしれない。
ってか、ガイが少しでも力負けしたら、確実に刺さるなあ。
襲いくる恐怖を押し込める為に、息を大きく吐き出してから、徐に、顔を横向けてやる。当然、二人の剣とナイフが当たりそうになるが、二人とも一瞬で手を引く。
危うく顔に十字傷がつくとこだった。
……となると、語尾は「おろ?」か?
とにかく、恐怖を誤魔化す為に、どうでも良いことを考えながら皆を見回すと、サイはは目を見開いている。プレッシャーは消え失せ、驚愕の表情だけが残る。
ガイのラムゼイは唖然としている。しかし、目には憤怒の色が燻っている。しかも、私に向いてない?
何か、釈然としないなあ。人がせっかく、戦いを止めたのに。
まあ、殺伐とした雰囲気は消えたから、いいか。
もう一度、「荷物まとめてくる。」と言って立ち上がり、部屋に向けて歩いたが、今度は誰も止めなかった。
部屋に戻ってドアを閉める。
そのまま、ベットまで歩こうとして、カクンと膝から崩れ落ちる。そのまま床に手をついて、四つん這いになる。
胃から逆流してくる物を吐き出さない様に必死に耐える。口の中が異様に渇いている。
怖いっ!怖いっ!怖いっっ!!
涙が勝手にパタリ、パタリと床に落ち、堪えきれない嗚咽が混じる。
ガイが護ろうとしてくれるのは分かってた、ラムゼイも、いざとなったら宿屋を吹き飛ばしてでも助けようとしてくれたのも、分かってた。ガイが誰かを護り慣れてるのも知ってたし、護りやすい様に、私を利き手側に座らせたラムゼイの意図も分かった。
でも。
絶対的な『護り』がない。
『前の世界』での、アドバンテージを与えてくれた『神剣』も、過保護なまでに護ってくれた『過保護な保護者』も。
そして、何より『この世界での肩書き』が、何もない。
もし、アイツが本当の『勇者』だったなら、『肩書きの無い』私なんて、あっさり消される。簡単にその存在を抹消される。もしかしたらこの『世界』が敵に回るかもしれない。
だって、『世界』は勇者の味方をするから。
怖い、死にたくない、ただ、ただ、還りたい。
でも、飲み込まれるなんて、嫌だ!
ああ、『勇者』なんかに関わりたくない。
……でも……私も、『勇者』として、こんな恐怖を誰かに与えていた……?
その可能性に気が付いて、愕然とする。
もう、なんかグチャグチャ。
そのまま、床に突っ伏す様に倒れ込み、目を閉じる。
意識が薄れるのは、一瞬だった……
俺を、俺を呼べ!
喚ぶんだ!
千歳!
懐かしい怒鳴り声が聞こえて、目を開ける。
気を失っていたのは、ほんの数分だったようだ。
夢にしては妙にリアルな声だった。
まるで、ガラスを一枚隔てているだけの様な、そんな近さだ。
あまりに心配だったから、夢にまで出て来てくれたのかな?
「ありがとう。」
まだ、大丈夫。だから、まだ貴方の名前は、
「呼ばないよ。」
外はもう暗い。
嵐の様な、夜がやって来ようとしている。