第十一話 ワンピース + 発見 = 本能の警鐘
気が付いたら、朝だった。
全く夢を見ずに深く寝入っていた様だ。
身体を思いっきり伸ばし、窓を開けると、裏にある井戸から音がした。
私も、顔でも洗うかと、おかみさんが用意してくれていた手拭いみたいなのを持って下に降りる。
「あら、早いのね、おはよう。良く寝られたかい?」
おかみさんが井戸で水を汲んで水瓶に淹れている。
何となくそれを手伝いながら、挨拶を返し、少し雑談をする。昨日の様な動物の襲撃を警戒してか、やはり村中が静かだ。これは気が滅入りそうだ。せっかくのいい天気なのに。
ん?そう言えば何で昨日、あんなのが襲撃してきたんだ?宿に入ってからは静かにしていたのに。
考え事をしながら、満タンになった幾つかの水瓶を運ぶのを手伝おうと思って手を伸ばしたら横からひょいっと奪われる。
「おはようで御座る。」
「おはよ。」
「これは厨房で御座るか?」
「ああ、悪いね。助かるよ。」
「構わないで御座るよ。大して重くないで御座る。」
ちょっとムキになって、ひとつ持ってみたら右の足首と脇腹が同時に痛んだ。
「ん!」
「……何をしてるで御座るか……まだ骨は完全には治ってないで御座るよ。」
呆れた目をされて、私が持っていた水瓶を片手で奪われる。……片手で……
スタスタと、危なげなく運んでいく背中を見て、ちょっと嫉妬らしき感情が浮かんでくる。
「……マッチョになりたいなあ……」
「やめろ、似合わん。」
思わず零れた呟きに、即座に隣からツッコミが入る。
何故かボロボロで疲れきった様子ののガイだ。
「あ、おはよう、変態。」
「おはよ。もういい加減そのネタは勘弁してくれ。昨夜のお仕置きでもう、懲り懲りだ。」
「じゃあ、全身全霊謝れ。」
「すいませんでした!!」
「うむ、よろしい。」
「……で、無理な筋トレはすんなよ。」
「……マッチョに……」
「ならんでいい。お前が鍛えるなら逃げ足の速さ、持久力、精密さ、だな。」
「概ね賛成で御座るが、瞬発力はどうで御座るか?」
戻ってきたラムゼイも会話に参加。
「反射神経ならむしろ良い方だ。咄嗟の回避能力も悪くない。ただ身を守るなら、逃げ足の速さと、持久力は必須。勝つならチャンスを逃さないで、正確に弱点を狙える精密さ、だ。瞬発力で仕掛けても筋力がないから一撃目を防がれるか耐えられたら一気に不利になる。」
「なるほど。」
「とにもかくにも、先ずは怪我を治してからだ。」
「はーい。」
でも、朝食を食べると何もすることがない。
と言う訳で、旅の準備をすることに。村全体はひっそりしているが、各お店自体はこっそり行けば物を売ってくれるとのことで、ガイとラムゼイ二人で行ってきてもらった。ちなみにガイの分のお金は私が立て替え。利子とるぞー。
私は怪我人なのでベットに横になっているが……暇だ。何も暇潰しの物がなく、話し相手もいない。あるのは少しの荷物と、例の剣。おかみさんが譲ってくれたのだ。
手持ち無沙汰なので、剣を、観察してみる。
深紅の鞘は革らしき物で出来ている。腰に回すベルトも同じ色。綺麗な造りだ。
柄は金色。金属の種類は分からないけど、良く、見ると所々繊細な模様らしきものが彫り込んである。
刀身は両刃。普通の剣より細いが、レイピアよりは太い。持ったことないけど、刀ってこれより太いのかな?
刀身が仄かに輝いて見えるくらき磨かれている。あんな乱暴な使い方をしたのに刃零れたひとつしていない。
驚くくらい、手に馴染む。『前の世界』で使っていたものより数段細いのに、違和感がない。
ベットから降りて構えてみる。バランスも大丈夫。別に私は剣術を昔からたしなんでいたわけじゃないから、何でも剣なら使える訳ではない。むしろ『前の世界』で使っていた『神剣』以外は、正直ほとんど使えない。
ヒュンッ
狭い室内だから、素振りも小振り。でも、みっともなくバランスを崩す事はない。
しかし、何でこんなに使いやすいんだろう?
これがラムゼイの言っていた剣の『魔力』のお蔭か?
……急な動きはやっぱり痛い。
しょうがなく、すごすごとベットに戻る。
剣を鞘に入れた時にさっきまで手をかけていた柄の部分の模様に見覚えのある物があった。
それは良く見なければ気が付かないくらい小さい模様だ。
「これって……!」
動悸が激しくなってきた。
何故、私の指輪と『同じ』なんだ!!
たまたま、なのか……?
頭の中が真っ白になる。
トントンッ
「っ!」
いきなりノックの音がして、びくりとする。返事をすると、おかみさんが入ってくる。手には服らしき布地が沢山ある。
「これ、着てみないかい?私が若い時に着ていたやつさ。」
「あ、ありがとうございます。」
ちょうど着替えがなかったから助かるは助かるんだが……ワンピースばっかり。
おかみさん、若い頃スタイル良かったんですね。
胸もウェストもガパガパ。丈は短い。
なんか、こう。色々と負けた気がする。
どーせ、洗濯板です、むしろ木の枝みたいなもんさ。
「まあ、あんた、スレンダーだもんねえ。」
「……貧相なだけです…」
「あはは!拗ねない、拗ねない!直しておいてやるよ。」
「針と糸を貸して貰えれば自分でやりますよ?」
「いいんだよ、繕い物のついでさ。」
「じゃあ、お願いします。」
「はいよ、一枚だけ残していくから、取り合えずこれを着てゆっくりしときな。」
「はーい。」
早速着替えると、サイズが大きいし、かなり久しぶりのワンピースなのでなんだか心もとない。しかもスカートの丈は膝より上だし。
でも、細身のズボンよりは楽でそのままベットに転がると、なんだか眠れそうな気がした。
眠気に逆らわず、身体の力を脱くとあっさり意識が遠退いた。
微睡みから覚めて、ゆっくりと寝返りをうつ。なんだか外が騒がしい。
窓から外を見ると、ラムゼイとガイが誰かと揉めている様だ。相手は若い青年だ。金髪がキラキラと輝いている。
念の為に剣を腰に差してから、下へ降りる。入口の前ではおかみさんが困った顔をして立っている。
「どうしました?」
「あら、起きちまったかい。なんかまた旅人が来たんだけど…何て言うのかねえ。タチが悪そうで。この村の宿はうちだけなんだけど、昨日の騒ぎで使える部屋は2つだけなんだ。あんたと、ラムゼイがいるからもう泊まれないんだけど、何か、駄々を捏ねてねえ。金を払うから出ていけって。食堂で良ければ寝れるようにするって言ったら怒りだしちゃって。」
メンドクサイ野郎だなあ。おかみさんが親切で言ってるのに。
「あんた達には恩があるし、あんたは怪我人だろう?例えラムゼイ達が部屋を譲っても、ああ言う手合いは要求がエスカレートしてくるしねえ。」
確かに。でもこの時期に外で揉めるのはあまり良くないんじゃないだろうか。
「おかみさん、お茶お願い。とにかく中で話そう。外で大声だしたら、他の村人が不安になる。」
「……そうだね。でも気を付けておくれよ。」
「大丈夫、二人も大男がいるから!」
「……殴り合い前提なのかい……」
わざと、ゆっくりと宿の外に出る。
「おーい、話なら中でしたら?他の村の人に迷惑になるよ。」
ラムゼイと、ガイは、ハッとして私を見る。
そして、顔をしかめてから渋々こっちへ近付いてくる。ガイは私の背中を押し、先に私を中に入れ、ラムゼイはまるで私を隠すように真後ろに立つ。ガイは小声で囁く様に話し掛けてくる。ラムゼイはゆっくりと歩き、私達と青年との距離を空けさせる。
「チセ、お前なんで出てきた。」
「え、いや、おかみさん困ってたから。あんたらの大声で起きちゃったし。」
ラムゼイはわざと、話さない事にしている様だ。
……ラムゼイの進む速度が遅すぎて、後ろの青年に文句を言われている。無視してるけど。
先に私と、ガイが食堂に入り、さらに奥の厨房まで押し込まれる。おかみさんは心配そうに、お茶を淹れながら私達を一番奥まで行かせてくれる。
一番奥の壁に追いやられて、更にガイは自分の身体で壁をまるで私を隠しているかの様だ。
……いや、これは隠されてる?
「チセ、あいつはまずい。自称『勇者』だ。しかも傲慢。おかみさんに何か仕掛けようとした。」
そりゃ、ヤってよし。
「俺達が食堂で寝るのは構わないが、お前の隣の部屋に居させるのも正直危ない気がする。」
「そんなに?」
「ああ、おかみさんが怪我をした少女がいるって言ったら、すぐに会わせろってうるせー、うるせー。」
ふたりとも、私の為にどうにか阻止しようとしてくれてたんだね。ありがとう。
それにしても、妙にガイが疲弊している。
「……ごめん。私、タイミング悪かったね……」
「こればっかは、しゃあねえだろ。……でもお前そんな格好だしなあ。」
「……いつもの格好なら『指輪』使えたんだけど。」
「いや、多分無理だ。ラムゼイが、あいつに気が付いたのも、宿に異様に強い魔力が近付いてるって理由だ。それで慌てて帰ってきた。」
確かに魔力がかなり強いと『指輪』の効果が跳ね退けられる。
「『勇者サマ』も伊達じゃないって事ね。」
「ああ、とにかくお前は近付かない方が、」
「何を話してるんだい?」
ガイが慌てて振り返ると、青年が厨房の入り口に立っている。
……私だけじゃなくて、ガイすら、気配を感じられなかった……
緊張が一気に高まって鼓動が早くなる。さりげなく、私を庇う様に立っているガイの背中に手を伸ばし、服を掴む。その手を握り返してくれるガイの手が明らかに汗ばんでる。
……あのガイが、かなり緊張してる……
食堂ではラムゼイが額に手を当てて、まるで目眩を振り払おうとしているかの様に頭を振っている。
ラムゼイ、何があったの?
「お嬢さんが、ここに泊まってる怪我人かな?」
わざと、こっちを覗き込んでくる。
金色の長めの髪がサラサラと、音をたてている。
蒼い目は涼しげで、まさに美男子。まるで『王子様』だ。優しげな表情で私を見つめる。
でも、好ましいとは思わない。
……むしろ……怖い……
傲慢に見える様で、その瞳には何も写っていない。
これは、虚無だ。思考が、読めない。
ガイが焦る訳だ。
こっちだって伊達に修羅場を潜り抜けていない。
経験に強化された本能が、『逃げろ』と警鐘をガンガン鳴らしている。
「はい。」
真っ向から見返す様にして、わざと、相手の目に焦点を合わさない。更に指輪の感触に意識を集中させる。
同時に、握り合ったガイの手にわざと爪をたてて、意識をこちらに向けさせる。
ガイ、私に意識を向けて!
これは、精神操作系の魔力に対する対処法。本能がそうさせた。
相手の絡め取ろうとする力を正面から抵抗しないで、受け流す。現実の触感は、自分の意識まで流されない様にする支柱の様なものだ。
真っ正面からやりあうのはまずい。ガイは特に慣れて無さそうだから危ない。何を狙ってるのか分からないけど、レジストした方が絶対に良い。
「では、あちらに。」
言葉少なく、移動を促すと、彼は少し目を見開いてから、ゆっくりと背を向け移動し始めた。
背中を向けられた途端、一気に脱力する。座り込みそうになったのを何とか堪える。
ガイはこっちに振り返りかけて、グラリとよろけて、私にしがみつく。そのまま、ギュッと剥き出しの肩を引き寄せられ、耳元で掠れた声で尋ねる。
「なんだ、今の。」
「多分、精神操作系の魔力。」
「んだよ、それ。」
「分からない。受け流して。」
「それで爪たてたんか。助かった。」
「血が出てる、ごめん。」
「いや、お蔭でコツは掴んだから大丈夫だ。行こう。」
ガイは私の爪でついた、傷をペロリと舐めると好戦的に口角を上げた。そしてラムゼイと青年が待つ食堂に私の肩を抱きながら歩いていった。何か、変なスイッチ入った?