第十話 シチュー + 制裁継続中 = 初日終了
温かいシチューを啜りながら、沁々と幸せを感じる。
大きめに切られた野菜はしっかりと煮込まれているからか柔らかく、仄かに甘い。
謎の物体の肉から出た旨みがシチュー全体に浸透し、固めのパンをひたして食べると最高に美味しいのだ。
「んー、美味しー。」
「本当に美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。」
「いやぁ、真に美味で御座るよ、ヒルダ殿。」
「……おい……」
「ま、ありがとう、ラムゼイ!」
「あれ?いつの間に話すようになったの?ラムゼイ。」
「怪我をした少年の手当てを手伝った時に、で御座るよ。」
「そっかあ。まあ話さないのも無理があったからちょうど良かったね。あ、私の手当てもラムゼイが?」
「おい。」
「左様。回復力を高める術を掛けさせてもらったで御座る。しかしながら、その反動で、体力をいつもより多く回復に回すのでしっかりと食べてしっかりと休養をとる様にするのが肝要で御座る。」
「はーい。と言う訳で、おかわり下さい。」
「おい!」
「もちろんさ!たんと御上がり!」
「ありがとうございます!」
「拙者も!」
「分かったよ!ちょっと待ってな!新しいパンもそろそろ焼ける頃さ。」
「うおーい!」
『なんだ。いたんだ変態。』
見事に、全員の声が重なった。あれ?ラムゼイ普通に話せるんじゃ…
変態こと、ガイはボロボロでテーブルの上で撃沈している。ちょうど真向かいにいる。
「うー、泣きそう…」
よーし、泣け、泣け。
「まさかガイが、(もぐもぐ)下着姿のイタイケな女性をテゴメにしようとは…(ごくん)拙者、(もぐもぐ)情けなくて涙が止まらないで御座るよ(ごくん)。」
「止まってないのはお前のスプーンだ!」
「本当に、お嬢ちゃんに、抱きついてるの見たときはどうしようかと思ったよ!」
「二人がかりで2階から叩き落としただろうが!!」
「(もぐもぐ)」
「……チセも何か言って……」
「もぐもぐ。」
「…食べながら、効果音言わないの……」
何か言えって、言ったじゃん。我儘なやつ。
空腹な今、話すより食べる方が重要。
しばらく撃沈してたガイは、徐に身体を起こすと、私のパンを奪い、私のスープにつけて頬張る。
「…確かに旨い。」
ゴインッ!
「意地汚い真似するんじゃないよ!」
ガイはおかみさんにまたしても鉄槌を与えられている。進歩しないなあ。
ガイさん、今の攻撃により再度撃沈。
「…何か、皆が冷たい…」
当たり前です、変態ですから。
テーブルに突っ伏してグチグチ言ってたけど、そろそろ許してやろうと言う優しさからか、おかみさんがガイの分のシチューを出してあげた。まあ、ガイで遊ぶのに飽きたんだろうけど、実際は。
「頂きます!」
突如として、復活したガイは凄い勢いで料理を平らげていく。
私はそろそろお腹いっぱいなので、おかみさんにお茶をもらう。お茶のカップで両手を温めながら、ガイが食事をしているのを眺める。良く食べるなあ。
同じく食事を終わらせたラムゼイも、お茶を淹れてもらいながら、声を掛けてくる。
「ところで、皆はこれからどうするで御座るか?」
んー、そこは問題だ。おかみさんが気をきかせて「ちょっと片付があるから」と、食堂から出ていく。もちろんガイの分のお茶はない。地味に攻撃忘れないとはさすがおかみさん!
「多分、淹れ忘れただけで御座るよ。」
「あれ?声が出てた?」
頷く二人。
閑話休題。
今は泊まりの客は私たちだけだから実質貸切状態だ。
「私はとにかく情報収集かな。なんで『ここの世界』に落ちたのか分からないから。理由がわからなければ対処も出来ないし。」
「もが。」
「口に物を入れたまま喋るな、しかも何を言ったか分からないから。」
「拙者が思うに、『俺も』ではなかろうか。」
「そか、ラムゼイはどうするの?」
「良ければ、拙者はチセ殿について行こうかと。」
「私に?」
「何、御座る、お前ストーカー宣言?」
「変態は黙っているで御座るよ。あと拙者、御座るではなくてラムゼイで御座る。」
バッサリとラムゼイがガイを斬り捨てる。
「なんで私なの?」
「実は、言いそびれてしまっていたので御座るが、『兄の手懸かり』はどうやらチセ殿の様で御座る。」
「は?私なの?」
「左様、占術の結果では『この地で出逢う女性』が兄に導く、と出たで御座る。」
「なんでチセなんだ?」
ガイが食事を終えた様で、食器を厨房まで運んでから会話に参加する。当然、お茶はない。
「実はチセ殿が使ったあの、剣に兄の魔力の残滓が感じられたので御座る。」
「じゃあ、あの剣は……」
「おかみさんの話によると、つい1ヶ月ほど前に旅人が泊まって『必ず必要になるから、これを必要とする人に渡してくれ』と言われ、剣を置いて行かれたそうで御座る。そして、チセ殿と、話した時にその剣を思い出したそうで御座る。」
「ん?たまたまじゃないのか?」
「あの剣の魔力は明らかにチセ殿に引き寄せられていたのが『聞こえた』で御座る。しかし今はもう『沈黙』してしまったが。」
「ワケわからん。」
「あの剣はチセ殿に『出逢う』為に魔力を籠められたのか、ある特定の条件下の時にだけ魔力を『発現』するのか、今はまだ分からないので御座る。」
「だから私とその剣の様子を見たいと?」
「左様。その代わり、チセ殿の目的を果たす助力は惜しまないで御座るよ。」
「それは、助かるなあ。ラムゼイが居たら戦力的にもかなりありがたいし。」
「俺は反対だ。」
意外な言葉に驚いて、ガイを見ると複雑な表情をしている。
「御座る、お前相当な魔力があるだろう。」
「左様。」
「チセ、力が有る所には、争いが寄ってくる。お前だって経験して来たんじゃないのか?」
「否定はしないで御座る。」
「……まあ、それは確かに。」
「今のお前は出来るだけ争いは避けるべきだ。その理由は分かっているだろう。」
「……うん。」
「剣さえあれば、御座るは目的に近付ける。わざわざお前が争いに近付く必要はない。俺達の目的は調べる事だ。戦う事じゃねえ。」
「その言葉には賛成で御座るよ。もし、無理なら剣さえ貰えれば拙者は構わないで御座る。」
ラムゼイは気にしていないかの様に微笑んでいる。
「チセ、俺はお前が心配だ。あんな戦い方は二度として欲しくない。何度も言うが、今のお前には合ってないんだ。そんな細い身体じゃ、戦うなんて無理だ。」
「……細い、で御座るか?」
「ああ、見た目以上に細いぞ。抱き締めると、こう、腕が簡単にせな、フブゥッ!」
ゴキャッ!
飲んでいたカップで本気で殴る。
「このスケベッ!変態っ!!」
「ち、違う!!そう言う意味じゃなくて!思い出しちゃっただけでっ!」
無言で椅子を持ち上げようとしたら、ラムゼイにそっと手を握られて止められる。
「あの変態は拙者が責任を持って天誅を与えるで御座る。チセ殿はまだ癒えていない傷口が開くといけないで御座るから、もう休むで御座るよ。」
「……うん。」
「なんでそんな涙目なんだよ。」
ガスッ!!
ゴンッ!!
ラムゼイの裏拳がガイに入って、頭からガイが引っくり返る。今、拳がほとんど見えなかったよ、ラムゼイ。実は肉弾戦イケるでしょ……
「うん、そうする。」
「ちょうどあと1週間ほどは村を出ない方が良いそうで御座るから、焦らず養生するで御座る。その間に良く考えてくれれば拙者は構わないで御座るから。」
「わかった。おやすみ、ラムゼイ。」
「おやすみ、チセ殿。また明日。」
ゴスッ!!
「グフッ!」
しっかりと踵からガイを踏みつけてから部屋に戻る。
さっきまで寝てたし、寝られないかと思ったけど、ベットに入ったらすぐに瞼が落ちてきた。
長い、1日だったなあ。
こうして、私の新しい世界での1日が終わった。