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トリックスターは英雄になれない  作者: 清野
偶然は集いて
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第九話 失ったもの + 声にならない名前 = 天誅



よろよろしながら、翼竜が完全に動かなくなったのを確認して、ガイはこちらにやって来た。大きな怪我はない様で、こちらにたどり着く頃にはしっかりとした足取りになっていた。

いつの間にかラムゼイに両手で横抱きにされていた。杖は何処へ行ったのだろう?

自分の足で立とうと思い、ラムゼイにから降りようと身体を動かして、……そのまま呻いて撃沈する。今更ながら、身体中が痛い。本当に痛い。ギシギシと軋んでる気がする。

自力で立つことは諦めて、素直に抱っこされたまま周囲を見回す。村人達も漸く立ち上がり、状況を、確認した様だ。翼竜が死んでいるのを見て、驚愕している。あのデカさを一撃だもんなあ。しかも、その一撃は味方にも大惨事だし。滅茶苦茶な力業だ、ある意味。

『前の世界』でもいたなあ、こんなヤツ。


「おい、この剣はどうしたんだ?」


ぼうっとしていると、ガイに顔を覗き込まれる。


「おかみさんに借りた。」


あ、口の中、切れてる。


思わず顔をしかめるとガイが変な顔をする。


「お前なあ、無茶し過ぎだ。今の身体でさっきみたいなことすりゃ、身体中怪我するに決まってるだろ。『前の世界』で強化されてたからか、筋肉も俺達程は発達してる訳じゃなさそうだし。肉体に戦い方が追い付いてない。あんな無茶、二度とやるな!

怪我されても、逆に迷惑なんだ!!」


妙に強く、吐き捨てられるかの様に怒られてしまいました。

だって、あの時はどうしようも無かったじゃんか。

あのままじゃ、少年が危なかったし。

元々、ガイ達がもっと早く仕留めてれば、私だって…


心の中で言いたい事が溢れ出てくるけれど、口からは何も出せない。

我慢するしかない。無茶をしたのは事実だ。



ラムゼイは人前では話せないからか、何も言わないが、すごく悲しそうな表情をして見せた。

……へにょん、と垂れ下がった犬耳の幻覚が、見える……



俯いて、鼻からゆっくり息をする。

……頑張ったのに、なあ。

身体中痛いし、心も痛い。泣きそうだ。



黙ったまま、感情をやりすごすために何も言えないでいると、ラムゼイは私をしっかりと抱きかかえながら、そっと宿へ歩き出す。その足取りは私に痛みを与えないようにゆっくりと静かだ。

ゆらゆらとした動きと、ラムゼイの暖かな体温、鼓動がささくれだった心の内を癒してくれる。



ボロボロの私に驚くおかみさんに案内されて、ラムゼイが無事だった部屋のベットにそっと寝かせてくれる。おかみさんが汚れた服を脱がし、濡らしたタオルで身体を拭ってくれる。

身体中に痣やら打ち身やら傷が出来ている。前はこんなのすぐに治してもらったのになあ。

急に、『前の世界』の事を思い出す。


あぁ、本当に、ひとりになっちゃったんだ。こんな知らない世界で。


自分を護ってくれていた存在が無いことが、こんなにも心細いだなんて。指輪をキュッと握り締める。


痛い。怖い。寂しい……還りたい。



泣く寸前まで行ったのか、鼻がツンとする。



「とにかく、今は眠るで御座るよ。『サーノ』『クイース』。」


目を閉じていたら、優しい、暖かい声がした。その直後に二回聞こえてきた『音』に導かれ、急速に遠ざかる意識。

そのまま、胸に浮かんだ彼の名前も口に出る事もなく飲み込まれて、消えた。




いつもの様に、起きてすぐに『指輪』が『男』の位置にあることを確認する。荷物の中から着替えを出して出来るだけ肌を晒さない様に手早く着替えを終える。腰にベルトを回し、枕元に置いてある神剣を差す。

「おはよう。」

ぽんっと、剣の柄を軽く叩き、挨拶を送る。剣も音にならないが、自分の心の中に挨拶を返してくれる。

「さて、寝坊助を起こしに行くか。」

部屋を出て、すぐ隣の部屋のドアをノックするが、返事はない。

どうせまた、本でも読んで夜更かししたんだろ。

そのままドアを開けて部屋に入ると、彼が本だらけのベットで寝ている。


「全く。おーい、起きろ。早く起きなきゃ朝御飯食べ損ねるぞ。起きろって、『   』。」


これはいつもの様に繰り返されてきた光景。

彼はいつも夜更かしをして、朝寝坊をする。

旅の仲間達には、自分に起こしてもらいたいからわざと寝坊してるんじゃないかって、笑われてた。

彼もそれを否定しないで、笑ってて。

自分が、「気持ち悪いからやめろ」って、やっぱり笑いながら言ってた。


でも、何故呼んだ筈の『名前』が聞こえないんだろう。いつも、名前を呼んでいたのに。

忘れる筈なんてない。忘れられる筈なんてない。

『自分』を形作る為に、奥底に仕舞い込んだ『私』を唯一知っていて。

不安に、恐怖に、襲われて眠れない夜を過ごす『私』がいつでも会いに行ける様に、毎日『私』が眠るまでこっそり夜更かしていてくれた。

そんな『彼』をどうして忘れることが出来るのだろう。


ねえ、逢いたいよ。

『この世界』も怖いよ。

……いつもみたいに、助けてよ、ねえ。


『 、 、 、 。』


呼んだ筈の名前は、やっぱり音にはならなかった。




目を開けても、世界は暗かった。

何回か瞬きをして、漸く、今が夜なのだと理解した。

ゆっくりと起き上がるが、身体はあまり痛まなかった。


ベットに腰掛けて、月明かりの下で、下着だけの自分の身体を見る。

小さな傷口は既に塞がっている。


ラムゼイが術を使ってくれたのかな?


それにしても。

本当に貧相な身体だ。

普通の女性よりは筋肉がしっかりとついている。

でも、厳しかった『前の世界』での生活の為に、女性らしい丸みは削ぎ落とされたかの様に存在しない。

性別を偽る為には有りがたかったが、今は、無性に虚しい。


私は『何なの』だろう。


もし、素晴らしく発達した筋肉があれば、こんな虚しさは感じず、堂々と戦えたのか。

もし、女性らしい円やかな肉につつまれていたら、戦おうとすら思わなかったのか……


あれだけ、戦って、傷付いて、苦しんで。

それなのに、この身体にはほとんどその名残が残っていない。


持っていたはずの『女の身体』を失い、

こんな『中途半端な身体』が残った。


そっと指輪を付けた掌を心臓の真上に乗せる。


目を閉じて、ゆっくり息を吐き出す。


大丈夫、まだ頑張れる。



そっと、目を開けると、ドアの前に、人が立っている。


「ガイ?」


私の声にビクリと、身体を震わせて、立ち竦んでいる。

その手にはトレイがあり、食器が置かれてるのが見える。反対の手には小さなランプがある。

ベットには月明かりが注いでいるが、ドアまでは届いていない。だからランプの中の炎だけが、ガイを照らす。


「ご飯、持って来てくれたの?」


応えたのは、言葉ではなく、トレイとランプを傍のテーブルに置く、という動作だった。


言葉を返してくれないくらい、 怒らせてしまったのだろうか。


……このまま、行ってしまう?


聞けない言葉を胸に留めて、じっと、ガイを見る。


「……」


ガイが動き出したのは、長く感じられた沈黙の後だった。

ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。私はベットに座ったままだったから、傍まで来たガイを見上げる。影になって、ガイの表情はよく、見えない。

ただ、目の前に白くなるまで握り締められたガイの拳がある。


痛そうだなあ。爪の跡がついちゃいそう。


何となく手を伸ばしたら、逆に手首を捕まれる。

顔を見ようと顔を上げた瞬間、手首を引かれ抱き寄せられる。

頬をガイの肩口に寄せる様な姿勢になる。


何がどうなった?


びっくりして、身体を離そうとすると、私の背中に回ったガイの腕に力が入り、それを許さない。


「ごめん。」


小さく掠れる様な声でガイが呟く。


「ひどい事、言ってごめん。」


きゅっ、と更に力が籠められる。


「ラムゼイに怒られたんだ。チセにはチセの過去の戦いがあって、事情があって。今まで、ああいう戦い方をしてたなら、急に変えられないって。あんな言い方はチセの過去の努力を否定してるって。」


何も言葉を、返せない。


「俺、そんなつもりじゃなくて。俺の方こそ前の戦い方が抜けなくてそれで苦戦してたのに……」


力が更に強くなり、怪我した部分が、少し痛い。


「本当は、助かったんだ。でもチセが怪我してんの見て、悔しくて。八つ当たりした。ごめん。」


漸く腕の力を緩めて、身体を少し離し、顔が見られる様になった。

ガイはひどく傷付いた顔をしている。

何か返さなきゃ、と思うのに巧く、言葉が出ない。

嬉しかったんだよ。ちゃんと『前の世界』の事を考えてくれて。その連続上にあるのがこの『私』だと、ちゃんと分かってくれて。


出ない言葉の代わりに、ポロリと一滴、涙が溢れた。

そんな自分が可笑しくて、思わず笑ってしまう。


背中に当てられた、大きな手がビクリと動いて擽ったい。ガイを見ると、顔が真っ赤になっている。


……あれ、そう言えば私、今、下着だけしか……



ズガンッ!!



『天誅〜っ!!』



ラムゼイとおかみさんの声がユニゾンで響き渡る。

ガイは窓の外に叩き出された。

いや、ラムゼイ喋ってるけどいいの!?


あれ、そう言えばここ二階なんだけど……


ズシャ!


ちゃんと受け身取れたかなあ……?



ちなみに、温め直してもらってから食べたシチューには肉が入ってました。何の肉かは推して知るべし。




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