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トリックスターは英雄になれない  作者: 清野
偶然は集いて
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第八話 迷い + 剣 = 大技炸裂

戦闘描写、あります。




私が固まって床に座り込んでいたのはどのくらいだったのだろう。


開け放たれた窓の外から、鋭い子どもの悲鳴が聞こえた。


その声に鞭打たれた様に立ち上がり、窓へ駆け寄る。

ちょうど 宿の前の大通りでは全身が黒く、首が長い鳥が暴れている。

4枚の翼を広げると、小さな小屋程の大きさがある。

最初は鳥に見えていたが、むしろまるで翼竜の様だ。


翼竜の片手にはまだ10歳にも満たないであろう、少年が捕まえられている。少年は気を失っているのかグッタリとして全く動かない。


何があった!


ガイとラムゼイは明らかに攻めあぐねている様子だ。ガイに至っては巨体に通じる武器がなく、ラムゼイは少年を巻き込むのを恐れて攻撃できないのであろう。

ガイとラムゼイに庇われる様に立っている、少年の母親らしき女性は、ひどく取り乱し金切り声を上げている。

翼竜はその女性の声に興奮して、更に暴れている様に見える。


まずい。少年がいつ潰されても投げ落とされてもおかしくない状況だ。


何か良い手は無いかと部屋中を見回すが、武器になりそうなものはない。

ちょうどその時、部屋に宿のおかみさんが飛び込んできた。


「あんた!怪我はないかいっ!?」


料理をしていたのかその両手は粉だらけだ。


「おかみさん!何か武器になりそうなのないですか!?」


「えぇっ?、こんな宿屋に武器なんて……!」


「なんでもいいんです!」


「ちょっと待っておくれよ。麺棒くらいしか……あっ!」


バタバタッ


階段をかけ降り、何かを探している音がする。


その間も、念の為に、上から翼竜の動きから目を離さずにいる。翼竜は何度も飛び込もうとしてくるガイが鬱陶しいのか、翼を何回もはためかせ、ガイを叩き潰そうとしている。ガイは楽々避けてはいるものの、なかなか少年の元へ届かなくてイライラしている様だ。


ガンッ!!


すごい音がして、おかみさんが部屋へ戻ってくる。


粉だらけだった両手は更に埃にまみれ、白と黒のまだら模様になっている。息を切らせたまま、差し出してきた両手には深紅の鞘に包まれた細い剣が一本握られていた。鞘には鞣した革のベルトがついている。


「使っても?」


小さく尋ねると、大きく頷かれる。

手を伸ばして、剣に触れる一瞬前、


また、戦うの?

また、命を奪うの?


囁く様に自分の中で声がする。今はその声に答えられなくて。

一瞬の逡巡の後、しっかりと鞘を握り締めた。


想像以上に、軽い。


スラリと鞘から剣を抜き放つ。

鞘についた埃から、手入れをされていた様には見えないのに、一分の曇りもない、磨きあげられた刀身。


……綺麗だ……


こんな状況じゃなければ魅入ってしまいそうな繊細で美しい剣だ。

しかしこの細さでは、あの巨体を薙ぎ払うのには無理があるか……


この剣は、突き刺す、薙ぐ、共に出来るだろうが、力任せに振るうタイプの剣ではなく、狙った場所に切り付ける方が向いていそうだ。私が前に使っていた剣は、普通の剣ではなく、『神の加護』と、過保護な保護者の魔力が掛けられまくっていたから、刀身が折れる心配なんて必要無かった。


どうしよう。この剣はガイに渡す方が良いのか…でも今、その動きをしたら翼竜が暴れるか、少年を連れて飛び去るかもしれないし…。


迷いと恐怖が胸を突き上げる。


恐い。戦いたくない。もう、戦いたくなんて、ないんだ。


でも、見過ごせない。

でも、私はこの身体で戦えるの?

もう誰も私の肉体を強化も回復もしてくれない。

でも、何の為に『異世界』で過ごした時間があったの?

でも、でも、でも……!


ふう、と、一息つく。


決めた。


ベルトを巻いて、鞘を左腰に固定する。長さは調度、ぴったりだ。


「おかみさん、この部屋から出て。出来れば宿の裏へ出た方がいい。」


「無理するんじゃないよ!」


おかみさんの足音が遠ざかる。


やらずに、後悔なんてしてたまるかっ。

子どもひとり助けられなくて、何が『元勇者』だ!

あの苦しみにまみれた『異世界』での経験を、痛みを、そのまま過去にして腐らせてなんかやらない。


あの戦いの日々を、今度こそ、私の血肉にしてやる。


恐怖に震える片足を無理矢理叱咤して、窓枠に掛けて、タイミングを計る。


そんな私の動きに、ラムゼイが気が付いた。

私の表情を見たのであろう。

顔を強張らせて、いつの間にか手にした大きな杖を構える。何か援護してくれる気の様だ。

その動きに、ガイがこちらを見、私の持つ抜き身の剣に気が付き、息をのむ。


「馬鹿っ!!来んなっ!!」


「大丈夫!合わせて!!」


思わず出てしまったらしいガイの叫び声に、思い切り叫び返すと、翼竜が勢い良く、その長い首を回してこっちを見る。

剣を持った私を一番の脅威と認識した様だ。

翼竜の顔と私の顔が接近し、同じ高さになる。そのまま私に喰らいつこうと口を開けて、飛び込んで来た!


その瞬間、私は窓枠を蹴りつけ、力の限り、真上へ跳躍する。目下ではガイが弾丸の様な速さで一気に距離を詰めるのが見えた。

しかし、それも一瞬で、私の跳躍が足りず、右足が翼竜の頭と接触し、勢いに巻き込まれ、右に回転するようにバランスを崩し、落ちる。

しかし、咄嗟に回転を利用して剣ですぐ傍で窓に首を突っ込んでいる翼竜の顔を斬りつける!


「ガァッ!!」

「ツェリィ!!」


翼竜の叫び声と、ラムゼイの放った高音、全身に感じた衝撃は全て同時だったと思う。

一瞬、気を失っていたのか、気がついたら膝をついたラムゼイに抱え込まれている様だ。

ぼんやりしていた視界が、明瞭になるにつれて、頭も冴えてくる。


どうなった!!


飛び起きると、ラムゼイが私の腰に腕を回し力を込める。まるで飛び出させまいと押さえ込んでいる様だ。

しかし、ラムゼイは真っ直ぐ一点を見て、こっちには視線を寄越さない。

ラムゼイの視線を追って、同じ方向を見ると、ガイが右手には私が使った剣を、左手には逆手にナイフを構えている。


リアル二刀流、初めて見た!


翼竜はなかなか強く、少年を握り締めているのか、未だ手放していない。しかし、少年を握り締めている翼竜の手は、血だらけで、何度もガイによって、攻撃されているのが分かる。

完全に懐に入られたせいか、翼竜は巧く攻撃出来ないでいる様だ。

下がって距離を取ろうとする度に、ガイに距離を詰められ、ナイフの一閃を食らう。


「これで!どうだっ!!」

「ツェリィ!!」


ガイの雄叫びに合わせて、またしてもラムゼイが術を放った。

ガイが右手で上から振り下ろした剣の一撃で翼竜の指が斬り飛ばされ、少年も宙に放り出される!


キンッ!!


高音と共に、少年は地面スレスレで一瞬止まり、トサッと軽い音を立てて、地面に落ちた。そこに母親らしき女性や周りの村人が駆け寄る。


「ギャアッ、ギャアッ!!」


翼竜は悔しげに羽ばたいて、空へ逃げる。まだ攻撃を諦めていない様だ!


このまま下降して来て、攻撃されたらまずいんじゃ!


立ち上がろうとしたら、ラムゼイは私を片手で抱きかかえ、そのまま立ち上がり、反対の手に握った杖を高く掲げる。


「フュルメィン!!」


ラムゼイの口からガラスのベルの様な高音が響き渡った次の瞬間、形容しがたい爆音と、閃光に襲われる。


咄嗟に目を閉じてラムゼイの胸に顔を埋めるが、目が光に焼かれ、ひどい耳鳴に襲われる。耳を押さえた手の指に着けた指輪が熱い。



どのくらいの時間が経ったのだろう。


耳鳴りが治まると、今度は逆に静寂に包まれる。ラムゼイの心臓の鼓動は感じるから、耳は聴こえているはず。

目をシパシパさせながら、顔を上げ、翼竜とガイが戦った方を見ると、ちょうどガイが頭を振りながらよろよろ立ち上がっていた。

他の人はまだ倒れている。

味方によって、大惨事じゃん。



「おい…」


ガイの視線の先には、まるで雷にでも打たれた様に真っ黒になった、翼竜がいた。

当然ピクリとも動かない。


「大技出すなら先に言えやっ!!」


ガイはまだ耳を手で押さえながらこっちに文句を言う。ごもっとも。


ラムゼイはそっと、私の耳に口を近づけて囁いた。



「また、塩は使うで御座るか?」



……ガイに聞いて下さい。











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