ドキドキすると私、おじさんになっちゃう?!〜君に会うため月に祈った〜
ある日、綺麗な野良猫が
数人の悪ガキたちにいたずらをされていた。
追いかけ回され、木の棒で叩かれる。
逃げても逃げても笑いながら追いかけてくる人間たち。
猫は叫び疲れで、もう声も出せなかった。
その場に偶然居合わせた優香は、震える声で思わず叫んだ。
「なにしてんの!!!!警察呼ぶよ!!??!」
悪ガキたちは慌てて逃げていった。
その場に残されたのは、震える痩せ細った小さな白い野良猫。
優香はそっと手を伸ばした。
けれど人間嫌いになっていた猫は、これ以上近づかれたくなくて、威嚇し、優香に噛みつこうとした。
額には、木の棒でつけられた二本の大きな傷がある。
「……怖かったね。」
優香は無理に触ろうとはしなかった。
代わりに、ミルクと餌を買ってきて、猫のそばにそっと置き、それから傷の手当てもした。
次の日も、その次の日も、優香は猫のところへ。
少しずつ、猫は優香に心を許していき、
やがて彼女が来ると自分から近づくようになった。
優香は猫を撫でながら、いつも声をかける。
「綺麗な子だね〜〜。」
猫は気持ちよさそうに撫でられに行く。
けれど、そんな日々は長く続かなかった。
ある日、優香は猫の前にしゃがみ込んで言った。
「私ね、引っ越すんだ。」
猫はじっと見つめる。
「これでお別れなの。君は元気に暮らすんだよ。」
そう言いながら、目から涙がこぼれた。
「連れて行けなくてごめんね。」
最後にもう一度だけ猫の頭を撫でると、その場を去っていった。猫は、彼女の背中をいつまでも見つめ、鳴いた。
小さな体はもうすっかり元気になっていた。
次の日もその次の日も、優香は来なかった。
餌をたくさん置いていってくれたので食べ物に困ることはなかったが、ただただ寂しかった。
満月の夜。猫は月を見上げた。
「あの女の子にまた会いたい。」
月明かりがスポットライトとなり、猫の身体を照らす。
「もう一度会って、ちゃんと人間の言葉で
"ありがとう"って伝えたいんだ。」
その瞬間――
猫の身体が強烈な月の光に包まれた。
白い毛は光のなかへ消え、肉球は消え指が伸び、
背中や手足が伸びていく。
月の光が消え、目を開けられるようになると、
目線が高くなっていた。
そこに立っていたのは、人間の男性だった。
小柄で、すらりとし、白い肌に、金色の長い髪、ビー玉のような瞳。人間の服に身を包んだ、まるで高貴な猫のような、美しい男性だ。
彼は自分の手を見つめ、驚いた。
「人間...?」
自分の頬を触り、尻尾がないことを確かめると、
月を見上げて感謝した。
そしてすぐに、優香を探しに街へ飛び出した。
すれ違う人々が、彼の美しさに思わず振り返る。
けれど、人間が大嫌いだった彼は、眉間にシワを寄せて周囲を睨む。
優香を探し続け、一晩中、街を歩き回った。
彼女は見つからなかった。
やがて空が白み始め、朝が来る。
すると再び猫の姿に戻ってしまった。
それでも諦めなかった。
昼は猫の姿で。夜は人間の姿で。
毎日、毎日、あの女の子を探し続けた。
彼の名前は、星夜。
人間でいうと二十五歳ほどの男性だ。
オレは必ず君を見つける。
一方、優香はいつもあの猫のことを思い出しながら
毎日を過ごしていた。
今ごろどうしているかな、元気かな。
ちゃんとご飯食べているかな。
猫を置いてきたことでずいぶん落ち込んたが、
そんな彼女を癒してくれる存在がいた。
二十歳のソロトップアイドル、晶陽だ。
彼女は彼のオタクをしている。
すらりとしていて、背が高く、犬みたいにくしゃっとした笑顔を見せる、太陽のような男の子に夢中なのだ。
しんどい日、晶陽の歌や笑顔にどれだけ救われていることか。
けれど、優香には人に言えない秘密があった。
推しへのドキドキが頂点に達すると――
おじさんに変身してしまうのだ。
この秘密を知っているのは、家族と、
いつも一緒にライブへ行く連番相手の友だちだけ。
ライブ中に優香がうっかりおじさんになってしまっても、連番相手は冷静にマスクを渡す。ありがたい存在なのだ。
だから優香は、いつおじさんになっても違和感がないように、ライブにはいつもゆったりとした服を着て行っていた。
晶陽も、いつも来てくれるその「おじさん」を認知していた。そして、おじさんに接するようにファンサをしていた。「ありがと〜な!(拳)」と。
優香もそれを受け入れていた。
それから半年後。
アイドル界に、「千年に一人の逸材」と呼ばれる男性アイドルが突如現れた。
小柄で、金髪。白い肌に美しいビジュアル。
気だるそうな表情に他を寄せ付けない圧倒的なオーラ。星夜だ。
彼は毎晩毎晩優香を探しているうちに、様々な芸能事務所からスカウトされていたのだ。
最初は断っていたものの、有名になった方が優香を探しやすくなるかもしれない、そう考えた星夜は、
"活動は夜だけ"という異例の条件付きでアイドル事務所と契約した。その特殊な活動時間も、彼のミステリアスさをさらに際立たせた。
星夜は、瞬く間に人気になった。
そしてある日。
事務所は、二人の人気アイドルを一時的なユニットとして組ませることにした。
太陽のような笑顔のトップアイドル、晶陽。
彗星の如く現れた、千年に一人の逸材、星夜。
同じ時代に二人の圧倒的なソロアイドルが存在することは奇跡に近く、この期間限定ユニットの発表は大きな反響をよんだ。
優香はいつもの連番相手に「なんで晶陽が新人と組まされるわけ?!!」とブツブツ言いながらも、その二人のライブへ向かっていた。
白Tにジーンズ、おじさんになっても違和感のないルックだ。
晶陽は控え室で「あのおじさん、今日も来るかな〜!」とつぶやいた。
「おじさん?」星夜が聞く。
「めっちゃ来てくれるオレのファンやねん!めっちゃおじさん!」彼は無邪気な笑顔を見せた。
ライブが始まった。
会場は15,000人の黄色い歓声に包まれ、二人はその声に応えた。
ステージに立つ星夜は、歌いながら、祈りを込めて客席を見渡していた。
ゴールドとシルバーに輝くペンライトの海。
そして――
見つけた。客席に、ずっと探していた優香がいた。
「……いた。」
ようやく会えた、ずっと探していた女の子。
あの日、自分を救ってくれた女の子。優香だ。
まさか、本当に会えると思わなかった。
今すぐ声をかけたい。
その瞬間、晶陽が優香の近くを通った。
すると、一瞬にして優香の姿が消えた。
そこにはおじさんがいた。
「……なんで?!」
星夜は困惑した。
「きゃーー!!!星夜くん!!!!!!!」
自分に沸くファンの声で我に返り、気怠げに手を振る。
歌って踊り、しばらくすると、
そのおじさんはいなくなり、また優香がそこにいた。
星夜は、彼女の近くまで行ってみた。
やっぱり優香だ。
目を合わせる。
けれど優香は、目の前にいる星夜が、あのときの猫だとは気づかない。
友だちとはしゃぎながら、楽しそうにしている。
そして、晶陽がカメラに向かって投げキッスをした。
「ぎぃやぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
モニターを見ていた優香は、星夜の目の前でおじさんになった。
優香は恥ずかしそうに慌ててマスクをした。
友だちもノールックで彼女の顔をうちわで隠した。
星夜は、花道を歩きながら考えた。
おじさん...に、なった??????
確かにあの子がおじさんになった。
そんなことあるはずがないが、何せ自分も昼は猫なので、そういうこともあるのかもしれない。
無事初日公演を終わらせた星夜は頭の中で考えを巡らせ、ある答えを導き出した。
A.あの子は、晶陽を推している。
そして、ドキドキすると、おじさんに変わる。
なぜかは分からないが、きっとそういうことだ。
星夜は、晶陽を見た。
「……絶対、オレに推し変させてやる。」
それから星夜は、どの公演でも優香の姿を探した。
どこにいるのか。今日も来ているのか。
見つけたら、どうすれば気づいてもらえるのか。
けれど、見つけるたびに優香はいつも晶陽を見ていた。
ある日の公演。
また、優香の近くまで行ける瞬間があった。
彼女は相変わらず、星夜ではなく晶陽の姿を目で追っている。
星夜は、わざと優香の視界を遮るように花道でしゃがみ込み、目線の高さを合わせた。
「……オレと目を合わせろ。」
人差し指と中指で、アイコンタクトの強気なジェスチャー。
優香の視線がゆっくりと星夜に向く。
そして、彼は前髪をかき上げた。
額には、大きな二本の傷があった。
「……え?」
星夜は優香に向けて口を動かした。
「優香。ありがとう。」
眉間にシワを寄せていた星夜が、無邪気にふっと笑った。
そしてその場から立ち去り、また歌い始めた。
あの笑顔に見覚えがある。
あの時自分が助けた猫と同じ、くしゃっとした、あの笑顔だ。
晶陽のウィンクに会場が揺れているなか、優香はずっと星夜を目で追った。目から、涙がこぼれた。
そっか、君があの時の。
元気だったんだね。
そして――
優香はまた、おじさんになった。




