いつものクリームソーダ
昔、子供のころおじいちゃんに連れられて昔ながらの喫茶店に来ていた。
そこで初めて飲んだのが、クリームソーダ。
私が拙いスプーンさばきでアイスクリームを緑の海に沈ませていると、おじいちゃんはこう言っていた。
「何か頑張った日には、これを飲むんだ」
と教えられた。
それ以来、クリームソーダをこの喫茶店で飲むことは私にとって何かの記念日なのだ。
受験に合格した日、大学に受かった日、初めて仕事を任された日、大きな決断をした日、失敗した日、何かを諦めた日
なんでも嬉しい日だけではない。喫茶店に通うということがいいのだ。
一度立ち止まって、自分自身を整理する場所として喫茶店に通い続けている。
店主もおじいちゃんと通っていた私を見知っているのでドアを開けた時にすぐに気付いてくれる。そして、私の注文するメニューも先に当ててしまう。
「いらっしゃい、またクリームソーダかい?」
「はい。やっぱりこれが落ち着くので」
カウンターに出されたクリームソーダ。緑色の飛沫がガラスのコップの表面をなぞり上げては空中へ飛散する。そして、コップの中央には白く甘いバニラソフトが氷に支えながら緑の海をプカプカと浮いている。
クリームソーダをストローで一口。口の中に広がるしゅわしゅわとした刺激的な感覚と甘さ。この甘さにいつも助けられるのだ。
「今日は、どうしてもここに来たくて」
「ふむ、どうかしたのかい?」
店主は整えられた白いあごひげをなぞりながら私に優しく問いかける。
「今日、この町へ帰ることにしたんです」
「そうなんだね。またどうして」
店主はコップを拭きながら耳を傾けてくれる。嬉しかった日も失敗した日も店主は私の話を聞いてくれていた。
「仕事の関係でこの町から通えるようになったんです」
おじいちゃんに連れられてきた思い出の場所。
大人になってから、人生の節目ごとに戻ってきた場所は「これから生きる場所」になるのだ。
バニラソフトが完全にソーダの中へとろけ切って、ストローでかき混ぜていく。バニラが混ざり合って、しゅわしゅわがまろやかになって飲みやすくなる。
「これからは、ここに来る理由がなくなっちゃうかもしれませんね」
カチャ-ー。
コップを棚にしまった店主がまた新たなコップを拭き始める。
「何言ってるんだい」
「理由なんて、後からいくらでも作ればいいんだよ」
「そうなんですかね」
「そうさ」
なら、今日は記念すべき日なのかもしれない。
思い出の場所へいつでも通えるようになった記念日。
と、少し感傷に浸っていると私の目の前にあったクリームソーダは溶けかけた氷とストローだけを残すばかりとなっていた。
「また、来ます」
クリームソーダのお会計を払い、席を外す。
「また、いらっしゃい」
店主の優しい声を背に私は扉に手を掛けて喫茶店を後にした。
足取りは軽やかに。また何かあった日にはいつものクリームソーダを口にするのだ。




