リカンナドの王立にて。5
「認めん」
鉄壁の無表情でディレス・レイがそっけなく切り捨てた。
「・・・ええ。そうですね」
冷めた眼差しでフォルトラン・デルサが駄目押しをする。
彼ら二人の前では陳情書を差し出す男達が。
その真剣な必死のまなざしに動じる事もなく、執行部のふたりは「次の議題」へと意識を移そうとした。
・・・時。
「良いじゃないですか、会長!副会長!夏のお楽しみなんですよ!暑さを吹き飛ばす清涼感!」
食い下がる男達(陳情組)
冷めた眼差しで否を突きつける執行部。
「・・・で、私のエイミールを出汁にして、何をさせるつもりだ」
何気に自分の物指定、フォルトラン殿下。
「エイミールに手を出すと、レイ教授の地獄の特訓が課せられるぞ。それでもか?」
疲れた顔でやれやれと、ディレス王子。
「受けましょうとも!」
「「・・・馬鹿だな、きさまら」」
陳情組のあっさりした回答に、やや呆れて呟いた二人。
やるせない思いで彼らを見た。
「だって夏なんです! 開放的なこのシーズン、これ位の障害無くてどうしますか! ぬるま湯に浸かった状態で本来の修行なんてありえないでしょー! 息抜きと憩いと癒しを兼ねた最高の催しだと思うんですよ!」
「・・・言っている事はまともなんだが、やろうとしていることはまともじゃないからな。頷けんだけだ」
「なんですと・・・!!! 冥土喫茶のどこがまともじゃないのか、お聞きしたい!!!」
「「冥土がメインな所だろう・・・大体男子校で、何故冥土喫茶。夢に出そうだ。冥土喫茶・・・」」
アカデミー、人選を誤ってないか・・・?とディレスは思った。疲れる。なんだこの脱力感。
稀代の人材育成の輝かしい場のはずなのに、何でこう揃いもそろって、馬鹿ばかり・・・。いや、実力はあるのは認める。認めるが、貴様それで良いのか、と俺は問いたい!
眼前にばら撒かれた書類には、さまざまなドレスのサンプルが印刷されている。
黒と白のオーソドックスな代物。白とピンクの可憐な代物。白とピンクの過激な代物。黒と赤の淫靡な代物。・・・冥土色溢れる、魂の入った代物だ。
「「誰が着るんだ、これ・・・」」
エイミール以外着れないだろう。ってか、エイミール以外が着たら、公害だ。害悪だ。眼が腐る。
エイミールの可憐さは幾ら男を装っても無駄だという事が、骨身にしみている。だって、可愛らしすぎるだろう?
あんな男がいたら拝んでみたい。ってか、あれでよく騙せてるよな。・・・まあ、女の子の姿を知っているから、そう思うのかもしれないが・・・。
あれで魔族って言うのだから、魔族ってのは、けったいなイキモノだ。・・・いや、エイミールが妙なイキモノなのか? 下手な人間より純粋で、健気じゃないか。
エイミールが魔族って言うのなら、城に巣食っている貴族達はなんだろうな。
もっとおぞましくて、穢れていて、気を抜いたらその瞬間、骨まで齧られる。
そんな奴らに隙を見せるなんてことはしたくなかったから、力を磨いた。
エイミールほどに純粋に誰かを愛したためしも、無い。
泣きながらそれでも歯を食いしばって修練に耐える彼女を見て、何が彼女の原動力なのかをレイに聞いた事があった。
力をつけて、名を覚えてもらう為の修行なのだと。
いずれ魔王の側に帰る為の、鍛錬なのだと。聞いた時は馬鹿だな、と思った。
力がすべての魔界において、力を誇示する事は、大変だ。
いつ裏をかかれて、足元をすくわれるか分からないのだから。
それに、酷だが、戻れるはずないと思っていた。
魔力もなく、絶対の庇護を失った彼女が、魔界で生きていけるはずが無いのだ。
帰ったところで、貪られ、弄ばれて捨てられるだけ。
そう思っていたし、それが事実だった。
それほどに魔界の荒廃は著しかった。
だが、彼女は足掻くのをやめなかった。貪欲なまでに力を求め、魔法に縋りついた。
少しばかりの尊敬と、手を貸してやりたくなる危うさと。眼を見張るばかりの成長と。
眼が離せなくなって、そんな自分に驚愕した。
だが、俺は踏みとどまるぞ。脈の無い女を相手にするほど、暇じゃないんだ。
ふん、と鼻を鳴らして書類を見た。
可憐な冥土服の中に、ディレス好みの一着が在った。
男を装うのも大変だろう。気を抜けない毎日はさぞ疲れるだろう。
ならば、こうしてお祭りの中に埋没させるのも有りなのかもしれない。
あの子が着飾って、ただのエイミールでいてくれるなら。冥土も有りだと思うのだ。
うん。他の奴らが着飾るのは死んでもごめんだがな!
ディレスは片頬だけで不敵に笑った。
・・・エイミールが可憐な装いで、お茶を差し出し『・・・お疲れでしょう?ご主人様』前かがみになった胸元からは、レースで縁取られた白い珠が零れんばかりに艶めいて、その谷間に顔を埋めたくなってしまう。痕をつけやすそうな、柔らかな肌。
『いれたてで熱いので、冷ましますね?』赤い唇すぼませて、ふーふーしてくれて・・・『ご主人様が火傷しちゃいけませんものね?』と、恥ずかしそうに差し出してくれたカップを受け取り、口をつける。・・・至福だな。間違いなく。
この大胆なカットが施されたものがベストだが・・・女だとばれてしまうからな。却下だ。
さまざまな冥土服が印刷された書類に眼を通してそう思った。
ではこっちの肌をストイックに隠し切った、ロング丈のものが・・・いやいやそれでは、艶めかしい足のラインが見えないじゃないか! バックスタイルも艶めかしい、こっちのピンクのものの方がいいかな?
『ご主人様、お茶のおかわりはいかがですか?』
ティーポットを手に振り返る少女の幻影に暫し現から離れて、はたと思う。
そうだ『ご主人様』は行きすぎか。
「殿下」
ああ、そうだな。まずはそこからか。
「フォルトランで良いよ、エイミール」
そう君には名前で呼んで欲しいんだ・・・。書類を捲りながら、何気なくそう言って固まった。そりゃもう、びしいっ! って感じだ。
ぎぎぎと首を回してみれば、ワゴンを押して入ってきたエイミールの姿。
自分の幻想の中、冥土服を身に纏って、恋情を浮かべた眼差しでいた彼女だが、今はいつもの制服だ。
手際よくティーカップを準備し、お茶を入れてくれている。
「・・・私には身分も何もないのですから、名をお呼びすることは出来ません。他の者に示しが付かないでしょう? さ、殿下。お茶が入りました」
にっこり笑って差し出したそれを受け取り、無言で口に含む。
幻想の中の君は、瞳に恋を浮かべてくれるけど、今は無い。
その事実に胸のどこかが切なくなって、同時に少しの痛みをもたらす。
彼女がここにいることは、奇跡に近い。
本来なら、交わる事のなかったそれぞれの道。
ほんの少しのゆがみが、我らを引き寄せ、ほんの少しの間違いが、彼女をここに縫い止める。
そうだ。これは奇跡。
交わる事のなかったはずの我らが、アカデミーに身を置き、一同に会することが出来たのも。
日々研鑽の中に身をおくのも。
君を愛しいと思うのも。
君の心が誰かにあると知っていても、諦められない自分の心の不可思議すら、奇跡。
まさか、叶わぬ思いに胸焦がす時が来るなんて思ってもいなかった。
君の思いはいつも真っ直ぐにただ一人に向いている。
悲しげな顔は見たくない。笑って欲しいんだ。君に笑顔を思い出させてあげたい。
作り物じゃない、純粋な笑顔を浮かべさせるためならば、どんなにくだらない事柄でも、無駄ではないと思うのだ。そう馬鹿馬鹿しいと思うほどの催しものでも。
「エイミール。夏祭りを生徒会主催で開催する予定なんだけど、手伝ってくれるかな? 君しか出来ない役があるんだ」
口をついてでた言葉に、嘆願者たちは喜んで小躍りし、ディレスは呆れ半分でため息をついた。
両手をぎゅっと握り締め、青い瞳に熱を込めて見つめると、エイミールは思わず頷いてしまう。・・・知っている。こうして真摯にお願いすると、彼女は断れなくなってしまうのだ。
判っている。誰を後ろに見ているのか。だが、それでも。彼女を元気にしたいと願う自分の心は本物だ。手に入れたいとどす黒い思いが渦巻いていても、それだけではないと言い切れる。
笑って欲しい。健やかでいて欲しい。
彼女が誰を好きでも良いと、思うのだ。
彼女が苦しいとき、悲しい時、手を差し伸べられることに感謝して、心を捕えられない事に胸を痛める。それでも、なお。
悼むように真摯に、乞う様にすべてで、彼女を求めてやまないのだ。
いつか思いが伝わるなんて思っていない。
ただ、彼女が笑顔でいてくれるならーーー道化でもかまわないと、そう思うのだ。
***********
生徒会執行部の部室内は異様な熱気に包まれていた。
無言で威圧感を込めてにらみ合う男達。
ぎりぎりと歯軋りする音まで聞こえる。
「・・・どこの馬鹿ですか。私のエイミールにこんなものを着せようなんて!」
レイ・テッドがぎらついた眼差しで辺りを睨みつけた。
「・・・どうせ着せるならこっち!」
レイは大きく振りかぶって、淡い朱色のワンピーススーツをひらひらさせた。
「ごらん!見事なパフスリーブ!胸元の大判のリボンも愛らしく、胸元で切り替えられたラインが胸を強調するナイスフォルム!ペチコートも三重構造!」
「「「「レイ教授付いて行きます!」」」」
ふふん。と居丈高に笑ったレイの足元に、屑折れた生徒達。これを着たエイミールが見たい!!!腹の底から物凄く見たい!!!と悶えている。息が荒い。
「は!そんな下品極まりないもの私のエイミールに似合うとでも?」
真っ向勝負で受けて立ったフォルトラン・デルサ。
黒のオーソドックスな冥土スーツをひらひらさせた。
「見ろ!この清楚可憐な、魅惑のスーツ!前身ごろを飾るくるみボタンの愛らしさ!襟ぐりの切り返しも色っぽく、このカットなら、魅惑の鎖骨が拝めるぞ!しかもしかも・・・お嬢様丈(膝下三センチ)の醍醐味、見えそで見えない膝小僧の脅威!!!」
「「「「「チラリズムこそ男のロマン!!!」」」」」
フォルトランの示した冥土スーツに屑折れた男達。心なしか顔が赤い。息が上って・・・何故前に屈む。そこ!こっそりと鼻血をぬぐうんじゃない!
「愚かな!見えそうで見えないものに心震わせても仕方がないだろう!ここはやはり究極の・・・」
そう言ってディレス・レイが振りかざした淡い赤の戦闘服
赤と白のコントラストが絶妙だ!
しかも背中が開いている。大きく開いたその型では、なめらかな天使の羽が見えるだろう。
「「「「「ごっふぅっっ!!!」」」」」
言葉もなく鼻血を噴出した馬鹿どもが無言で右手を掲げ上げ・・・ぐっと親指突き出した。
(((((ディレス王子、グッジョブッッ!!!)))))
それに、にやり。と不敵に笑い返したディレス王子。彼の信奉者がまた増えた瞬間だった。
その後はもう・・・喧々囂々。
各自が手に持つメイドスーツ、ワンピース、服と呼べない代物までを押して押しておしまくった。
「・・・エイミールに下品なものを着せようとするなあ!」
・・・それは、肩を震わせたレミレアが飛びこんで、ビキニ(むしろ下着)をかざした馬鹿を、雷で沈めるまで続いた。
「・・・ってか、何やってんだよ!レイも!殿下も!王子も!そんでお前達・・・」
よくこの狭い部屋に入れたな。ってくらいの人間がごちゃごちゃいる。
フロスにライディン、ナミにロミア。しかもなぜかまたいる、ローリア教授・・・。
そして、なんだ、この・・・
「・・・冥土服の山・・・」
レミレアは呆れ半分彼らを見渡し、心の底から思った台詞をぶつけた。
「・・・お前達、実は馬鹿だろ・・・」
********
「・・・どーしても着なくちゃならないのなら・・・これ」
結局、それぞれイチオシの冥土服を手に、エイミールに迫り、泣き落としに掛かった男子諸君。
エイミールが選んだ一着は。
・・・淡い青銀の、ふんわりとしたドレスだった。
夏祭りの当日。
朝から騒がしいアカデミーの一室でエイミールは一人で仕度をしていた。
金色のかつらを被り、青銀のリボンで飾る。
青銀のドレスを着て、青銀のリボンで腰を絞る。
足元の靴まで淡い青銀。
真白なエプロンつけて、鏡の中を自分を見た。かつての自分の姿がそこに在る。
今日だけの魔法。
可憐な冥土は、男の子じゃないのだ。
「エイミール、準備は良いかい?」
「はい。にいさま」
レイの声に返事を返し、エイミールは立ち上がった。
お茶を差し出して、微笑んで微笑み返してもらう、嬉しさ。
薫る香りに心震わせ、思い出に浮かぶ笑顔を思い返し、帰らない微笑に心沈む。
それでも前を向いて、今を生きていくのだ。
いつかまた。
こうしてお茶を差し上げる事が出来る日が来ると、信じているから。
・・・信じても、良いですよね? にいさま。
・・・馬鹿なのは作者です・・・。




