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リカンナドの王立にて。3

 エイミールの朝は、小鳥のさえずりと。

 野太い男の断末魔ではじまる・・・。


 レイ・テッドが寮の中庭で伸びている男を念入りに足蹴にしていた。

 「・・・不届き者めが。最近、考案した術の実験台になってもらおうかな? それとも・・・魔獣の調教師に推薦してあげようか?」

 この前、フォルトランが召還に成功した地獄の魔犬ケルベロスの世話係なんてどうですか? 獰猛ですよ。・・・餌と認識されないようにしなきゃいけないですが、やりがいはありますよ? 死と隣り合わせですけど! (眼が笑ってませんよレイ教授。大真面目に死線に蹴り出そうとしています!)

 流石の不届き者も「ケルベロス」と聞いて青褪め、プルプルと首を振り、否を表しているが・・・誰も聞く耳持ってない。


 その場に居合わせたフォルトランは冷めた侮蔑の眼差しで男を見た。

 「ケルベロスには遊び道具だと言っておく。せいぜい楽しませてやりなさい」

 それを聞いたレミレア・テッドは頷いて。

 「じゃあ、ちゃんと「餌」認定しやすいように、首に鶏ぶら下げておこうな!」

 ・・・と、調教師から遊び道具、遊び道具から「餌」へと格が下がって行く男。

 「良し。うまそうな肉を下げてやるか!」

 ディレスが最後にトドメをさして、男の哀れな悲鳴が上った。・・・が誰も同情はしなかった。

 円陣、組まれてにらまれて。・・・男は終わりを知る。

 甘く考え過ぎたのだ。

 ただちょっと見目良い少年を可愛がるつもりだった。

 見目麗しい小姓として側に置くには絶対可愛らしい方が良い。

 そうたとえばフォルトラン殿下が心酔している少年エイミールのような。

 まさか、信奉者が彼を守っているなんて知りもせず、夜陰に乗じて忍び込んだ。

 彼を屈服させ、アカデミーの華を従えさせた男として優越感に浸るつもりだった。

 ストイックな印象の彼も快楽に抗う術は持ち合わせていないはずだと、驕りながら。

 何て馬鹿なことをしたのだろう。

 雲の上の人間を敵に回してしまったのだ。

 男は彼らを見上げた。


 アカデミーに比類ない冷厳の師、レイ・テッド。

 アカデミーを有するリカンナドの王子にして、魔法王子の呼び声高いディレス・レイ。

 隣国アリアナの王子にして魔法工学の第一人者、フォルトラン。

 レイ・テッドの弟にして俊敏の雷使い、レミレア・テッド。


 そうそうたる顔ぶれに男は震え上がった。


 中庭の土を踏みしめ頭上を見上げる。

 ディレスの尽力で入学が叶った、リカンナド王立魔法学園。通称をアカデミー。その「男子」寮の最上階の一室。そこにエイミールが眠っている。

 最上階のワンフロアを実質エイミールのために改装してもらい、エイミールの居室の周りを固めるのは、レイ・テッド。レミレア・テッド。フォルトラン・デルサ。ディレス・レイの精鋭。

 ・・・そう最上階には五部屋のみ。彼らが寛ぐ共有スペースもあるけれど、実質隔離された空間だ。

 基本五人意外は入れないそこ。

 だが、高嶺の花に懸想する不埒者が後を絶たない。

 こうして網を張れば面白いように不届き者が捕まるのだ。

 

 ここで捕まった者たちに明日はない。レイ・テッドの実験台にされるか(術で再起不能になったもの多数)レイの地獄の特訓で再起不能に陥るか。

 ・・・ちなみに今まで乗り越えた兵はいない・・・。



 「ええと、今日は朝一番で、精霊の制御方法の講義で・・・後は構成と展開式の作成・・・それから・・・」

 朝一番に寮生が集まる場所。

 そこは食堂。

 エイミールは今日一日の講義内容を思い浮かべていた。

 「・・・体術・・・今日はロードレースだっけ・・・」

 

 魔法士は心・技・体が揃って一人前。

 技と身体が優れていても心が伴なわなければ一人前とは呼べず。

 ローリア教授はそう言っていた。

 体術に関しては無理せずにとは言われてはいたが、だからと言ってそれに甘える気はないエイミールだった。


 ビリでも良い。最後まで走りぬこう、とそう決めて、エイミールは席に付こうと周りを見渡した。


 食事を取っていると、隣に座ったアイザック・ノースが皿を覗き込んで眉をひそめた。

 「なんだ、これっぽっちか! 飯を食うのも訓練のうちだぞ、エイミール。ほれ」

 そう言って山盛りの皿の中からベーコンを分けてくれた。それを反対の席で見ていたフォルトランが。

 「・・・肉ばかりではいけないよ。野菜もとらなきゃ・・・」

 そう言ってピクルスを乗せてくる。

 「酢の物は身体に良いんだ。後は果物・・・」

 そう呟いたとき、その隣に陣取っていたディレスがカットフルーツをボウルごと滑らせた。

 「食え。その細さじゃ途中で倒れる」

 眼をぱちくりさせながらエイミールは微笑んだ。

 「・・・はい。ありがとうございます」


 その笑顔を前にした兵ども、白皙の顔に淡い色を乗せていたが・・・鷹揚に頷いて食べ始めた。


 エイミールはそんな彼らを見たあとで、食事に専念するふりをしながら考えた。

 ねえ、にいさま。

 彼ら人間を見ていると、心のどこかが暖かくなるんです。

 にいさまが見せてくれたやさしさとなんら変わりはないのです。

 ・・・ほら、こうして仲良く暮らしていけるの。

 足りないものを補い合って、心を配り、行動する彼らは、魔界にはなかった光を感じます。

 眩しいのです。眩しくて時折見ていられないほど。

 優しい彼らと、優しかったにいさまと。

 どちらも変わらないのです・・・。

 

 意識を飛ばしていたらフォルトランが声を出した。

 「エイミール。ローリア教授のところへ行くのだろう? 私も一緒に行くからね」

 「ああ、俺も。この前の術をもう一度見て貰おうと思っているんだ」

 「エイミール。俺も一緒に行って良いか?」

 フォルトラン、ディレスにアイザックまでが早々と食べ終えて、トレイ片手にエイミールを見おろしていた。

 それに慌ててうなずいて、エイミールはパンをミルクで流し込んだ。


 トレイを返却口に戻して、フォルトランたちの元へ走ろうとしたエイミールの前に。


 ・・・影が、よぎった。


 眼をきょろきょろさせて、それから・・・。

 エイミールはそれが示すところを看破し始めた。

 「えっと、上腕二頭筋! 腕を曲げる・・・。上腕三頭筋! 肘を伸ばす」

 ぐぐぐっと丸太のような腕が筋肉を脈動させながら、男が力こぶを作り上げる。

 エイミールの目の前で。

 変態だ。変態だよ・・・? ささやき声が上るも男無視。

 そしてエイミールも必死で続けていた。翠の瞳が男の体の上を滑っていく。

 名称をあげられるたびにポーズを変えていく。その速さ。

 男は無言で白い歯を光らせる。・・・どうやら笑ったようだ。

 ぞくぞくするほどの快感が男を襲っていた。

 エイミールの瞳が私の筋肉をなぞっている! これを快感といわずに何と言う?

 

 それからもエイミールは男が示すままに筋肉名称を矢継ぎ早に答えていく。


 それを遠巻きに見つめている・・・呆れているとも言う・・・ディレスたち。

 フォルトランにいたっては、頭抱えてうずくまっている。

 「あ。ええと、僧帽筋です! 肩を上下させますね! あとそこは、三角筋。上腕を上げる時に使います! 大胸筋は、上腕を内側に動かす時で、ぜ、前鋸筋は・・・上腕を前に動かす!」


 「良し!全問正解だ! それではこれはどうだ!」

 初めて男が声を上げた。

 そしておもむろにシャツを引き抜こうとして・・・レイに床に沈められた。

 あまりの衝撃に、床も、並べられたテーブルも揺れている。

 必殺の踵落しが、容赦なく彼を襲ったらしい。


 って言うか・・・魔法士なんだから魔法使えよ・・・との無言の視線が周りからレイに向けて放たれた。レイしらんぷり。

 慇懃な眼差しは、殺すと如実に語っている。

 物騒だ! 物騒だよ、レイ!


「・・・私の愛しい弟に、なに醜い腹直筋と外腹斜筋、見せようとしているのですか!」

 しかも何気に知識披露しているよ! ・・・と、レミレアは思った。

 あれか? エイミールに対するアプローチか? 教授してもらうなら俺にしろとの暗黙の売り込みか!? ・・・と、フロスは冷や汗流して考えた。

 「大体露出狂なら女の前で広げなさい!何故私のエイミールの前で、変質者のような真似をするのですか!!!」

 レイ教授ったら・・・何気に自分のもの認定披露しているよ・・・。いや牽制か? 牽制だろうなあ・・・と、やや、やさぐれてアイザック。

 「教授!露出狂と一緒にしないで下さい!!!」

 そこで、筋肉美ばかが叫んだ。

 それに各所から、無言の突込みが入る。哀れみの眼差しを込めて。


 (いやいやいや。お前立派な露出狂だから!)

 (俺たち誰も間違って、いないから!)

 (大体止めなかったらどこまで披露するつもりだったんだ!? そのシャツの下、何も着てないだろう?)

 (・・・そのぱんつの下、どうせ黒ビキニ一枚なんだろおおおお!!!)


 「私はただ! 私の美しい筋肉の躍動をエイミールに見せてやりたかったんです! 鍛えればお前もこれぐらいになれるという、いわば、エール!」


 「「「「「「いらんわあああああ!!!」」」」」


 速攻で不可を突きつけられた男は、それでも、呟いた。


 「筋肉、それは美! 躍動する筋肉は最早凶器! 鍛えれば鍛えるほど、人跡未踏の到達点の爽快感を味わえるんだぞ! たかみをっ目指そうじゃないかっ」

 めくるめく筋肉の世界へレッツ!

 「うええ・・・」

 げんなりした声がそこここで上った。

 そして。

 「え。いや、行きませんけど・・・」

 素で答えたエイミールの前で、筋肉馬鹿が撃沈していた。

 「えと、でもこれで、今度の生物の課題楽勝です。ありがとうございます。先輩!」

 にっこりと微笑む天使の前で、筋肉馬鹿がイったとか・・・。

 腰が震えてその後暫く使い物にならなかったとか。

 日ごと夜毎彼の寝室から「エイミールうう」と呼ぶ声が聞こえたとか・・・いや、定かじゃないんだよ。うん。


 筋肉の名称に異様に詳しくなったエイミールが、さりげなくタッチをしてこようとする者に無骨な名称を口にすることで萎えさせたとかも、定かじゃないんだ。うん。


 「・・・そりゃあ。私だってごめんですよ。愛しいあのこのお尻に触ったら一言「大臀筋に手が当たってますよー」って言われたそうじゃないですか・・・」

 私、いったいどこで教育間違えたんですかね・・・と、たそがれるレイの姿があったそうな。


 「姉さん、あのさ。・・・お尻に触られたら、まずは、きゃあって悲鳴上げれば良いんだよ?」


 そう真面目に諭すレミレアの姿があったとかなかったとか・・・。

 ・・・すべてはアカデミー寮内の珍事である。


 まだ、平和だった頃の話だ。

ありがとうウィキ!

ありがとう躍動する筋肉!

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