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リカンナドの王立にて。2

 「頼む!」

 黒い制服に身を包んだ、精悍な男達が勢ぞろいして、土下座した。

 つんと明後日の方を睨んで知らんふりをするのは、華奢な線の少年だ。

 黒髪が風に揺れる。今は閉じられている瞳は翠のはずだ。白皙の頬、何も塗っていないのに紅い唇はプルプルで、つやつやだ。

 聞く耳持たないその姿勢に、男達はなおも言い募る。

 「エイミール!お前しか居ないんだ!」

 「お前なら勝てる!」

 「頼む!クラスの為なんだ!」

 「エイミール!助けると思って!」


 「・・・言いたいことはそれだけか?」


 「「「エイミール!!! 助けると思って!」」」


 「・・・貴様達何か勘違いしてはいないか」

 助け舟を出してくれたのはフォルトランだった。苦虫噛み潰した顔でやれやれと頭を振って、フォルトランは彼ら同級生を見渡した。

 「・・・学園の美女コンテストは、例年ゲテモノ大会なんだそうだ。そんなところにエイミールを出そうとしてどうする」

 笑いものにする気か? それならそうとはっきり言え。受けて立つぞ。

 冷気を噴出しながらフォルトランが、目線を強めれば。

 途端に慌てだす男達。

 「いや、周りがゲテモノならエイミールには正統派美女を目指してもらおうって考えだよ!! 驚くぞ、そう思わないか、殿下」

 フロスとディーがそう言えば、ルイスとナミが頷いて。

 「きっと優勝間違いなし!」

 「だってエイミールだし!」

 レストとクルスが止めを刺した。

 「そんじょそこらの女の子より可愛いもんな! エイミールは!」

 「良かったよなー! 俺たちの代にエイミールがいて! 優勝間違いなし!」

 「エイミールが着飾ったらサ、下手な女の子より美人・・・え、エイミール?」


 「・・・わ」


 「私は男だといっているだろうがあああっっ!!!」


 デスフレア炸裂!


 後に残るは、屍るいるいだ。幸せそうに気絶している野郎どもを前にエイミールは大きなため息をついた。


 *****


 「あ、こら! 押すなって!」

 「あ、こらどさくさに紛れて触るんじゃねぇっ!」

 「お触り厳禁だぞ!踊り子さんには手を触れないようにお願いします!」


 「誰が、踊り子だあああっっ!」


 エイミール・テッドは淡いピンクのフレアドレスを身にまとって、神輿の上に座って(座らされて)いた。

 周りを有象無象が囲んでいる。

 眼が血走っている男達が遠巻きに見ている。

 瞬きすら惜しいと言わんばかりの眼差し。ぎらついている。ぎらぎらしている!


 (・・・う・・・)

 エイミールは絶句した。あまりに熱のこもった眼差しに冷や汗が流れていく。

 なんだろう、この怖気。なんだろう、この寒気。

 (嬢様、微笑んでください)

 風の精霊魔法でレイがそんなことを耳打ちしてきた。

 (微笑むの?ここで?)

 (ええ。そうでもしないと返って危ないです)

 ・・・あまりの麗しさに我を忘れて襲い掛かる馬鹿どもがいるかもしれんからな! 私のエイミールに髪一筋でも怪我をさせたら・・・どうしてくれようか・・・。

 物騒な思いにふけるレイの心情を知らず、それでもエイミールは信頼するレイの言う通りに。

 (レイ、こう?)

 ・・・微笑んだ。


 (ーーーーじょうさまああああっ! このレイ、一生付いていきますぞおおっ!!!)


 ・・・微笑はどうやらメガトン級の破壊力だったらしい。

 幸せな顔で昇天している男達や、同級で見慣れている奴らまでもが、討ち取られていた。

 微笑一つで男達を昇天させたエイミールがもちろんこの年の、「学園一の美女」認定だ。


 「・・・エイミール、ここにいたのか」

 「フォルトラン殿下」

 フォルトランはエイミールの座るソファまで歩いてくると、立ち止まり、じっと見つめ始めた。

 ・・・愛しい少女。

 今は髪の色は違うけど、瞳の煌きも頬の危うさも、その繊細さも変わらない。

 一生懸命装っているけれど、フォルトランにとってはエイミールはどんな格好をしようとも愛しい娘に違いはない。

 そうたとえ身にまとう服が男物の学生服でも。無骨な色合いのものであっても。


 それが今はどうだ。


 淡いピンクのシフォン。ドレープは幾重にも重なって色彩を引き出している。

 繊細な刺繍が施された胸元、レースの隅々までも意表を凝らしたつくりだ。

 ほんのりと乗せられた紅が唇の艶を引き出し、爪先まで淡い花のようだ。


 「エイミール。妖精のようだよ」


 しばし見とれて、それからフォルトランは右手を差し出した。


 「女王さま、お手をどうぞ」

 「女王?決まったの?」

 「いや、まだだ。だが・・・時間の問題だ。さあ、お姫さま」

 レイが来る前にエスコート役を買って出たかった。出遅れたらレイに持っていかれてしまう。

 そんな焦りは表に出さず、フォルトランはゆっくりと微笑んだ。

 瞳をこうして緩めて微笑むと、エイミールは必ずフォルトランの言うことを聞いてくれるのだ。

 ・・・それが誰かの変わりでもかまわない。フォルトランはそう思う。

 レイがいつか言っていた。

 ・・・嬢様はあなたの後ろに閣下の面影を見ているのです、と。あなたを好きなわけではないのですよ、と冷めた眼差しで言い切ったレイ・テッド。孤高の不死者。


 敬愛するエイミールにのみ向けられた無上の愛は、レイを厳格なまでの教師にした。

 彼女を守る人間を増やす為、レイはアカデミーに在って、アカデミーで教鞭をとるのだ。

 その無情なまでの教授についていけずに何人の若者が脱落したか。

 それでもこの稀有な翠を守るのは私だ、とフォルトランは思うのだ。

 他のなにを捨てても彼女だけは救いたいと、彼女だけは守るのだ、と。

 フォルトランはあの日誓ったのだから。


 遠くから音楽が聞こえて、その楽曲にフォルトランは眼を細めた。


 「エイミール。踊ってくださいますか?」

 「え」

 「スローテンポで良い曲なんだ。どうぞ、踊ってください、レイディ」

 優雅に一礼して腕をとられ、腰を抱かれて我に返った。


 「・・・殿下。私ここでは男の子なんですよ・・・これは、ちょっと・・・」

 慌ててもがくエイミールに間近で微笑んでフォルトランは言った。

 「今の君はどこから見ても立派なレイディだよ?」

 そうだ。どこからどう見ても女の子。それも極上の。

 「え、でも・・・」

 真っ赤になって焦るエイミールにさらに微笑を送ってフォルトランは遮った。

 「ああ。おしゃべりは無しだ。音楽が終わってしまう・・・」


 それからすべるように踊りだした。


 ゆるやかに足を運ぶ。右にターン。左にターン。

 動くたび、フォルトランの髪が揺れる。光をはじいて銀色。

 青い瞳が優しく弧を描いて、それがこんなにも胸を熱くする。

 エイミールは、ぼんやりと銀糸を見つめた。


 (ああ、エミー上手だね)

 声が聞こえる。優しい声が。


 背の高いあの人に、しがみ付くようにして踊ったのはいつのことだったか。

 ワルツをせがんで、でも、あまりの身長差に足が浮いてしまったっけ。

 それでもあの人は優しく微笑んで「小さなレイディ」と呼んでくれたっけ・・・。

 抱き寄せてくれた力強い腕。

 軽く振り回されて眼を回した私に微笑んだ青銀の瞳。

 抱きすくめられて、息が止まってしまったあの日。


 (・・・エミー。もう少し大きくなって、私がこうして抱き上げなくてもワルツを踊れるようになったら*******)


 あの時最後にあの人はなんて言ったのだろう? 


 ・・・にいさま、エイミールは大きくなりました。

 ほら、フォルトラン殿下とだって対等に踊れるんです。

 にいさまの身長はもっとあったけど、でももう抱えてもらえなくても踊れるでしょう?

 にいさま、大きくなったら何、と言ったのですか? エイミール、小さかったからよく覚えていないのです。それがとても悔しいのです。また会えたら、教えてくださるのでしょう?

 ワルツ、上手に踊れるようになったのですよ、にいさま。

 エイミール、頑張りますから。

 必ずにいさまの元へ参りますから。

 だから、にいさま。*****。

 

 「エイミール!」

 フォルトランの声にエイミールは不思議そうな顔で、彼を見た。

 フォルトランはしばし逡巡し、それから何でもないよ、といった後、彼女の頭を抱き寄せた。


 ・・・濡れた感触がして、やっと泣いている事に気が付いたエイミールだった。

 けれども、殿下は何も言わない。何も聞かない。


 ただ、こうして胸を貸してくれるフォルトランが暖かかった。


 *******


 アカデミーの誇るゲテモノ劇。

 「学園最高の美女コンテスト」

 今年の顔ぶれは大きく違った。


 例年なら笑い声と罵声飛び交う会場が、恐ろしいまでの静けさに包まれている。


 壇上には一人の少女。


 並み居る学園の猛者どもを、骨抜きにした・・・エイミール・テッドの姿があった。


 「今年の優勝者は・・・年少組みのエイミール・テッド!!!」


 ディレス・レイの声に会場がひときわ盛り上がり。幕が下りたのだった。


 「受賞の喜びを!」

 マイクを向けられたので、エイミールはしばし考えた後、にっと笑って、マイクを奪い取った。


 右手を高々と上げて一言。


 「・・・優勝賞金で豪遊だあああっっ!!! 行くぜ、野郎ども!」


 うおおおおおおおお!!!


 野太い声が会場を震わせた。


 ******


 にいさま。待ってて。

 強くなって必ず、逢いに行くわ。



 

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