第五曲
――僕にとって君は特別で。
――君の存在が僕を強くする。
――君のためなら僕はどんなことだってしてあげたい。
――それぐらいのたくさんの「愛してる」を君に届けたい。
* * *
――鬼ごっこ開始直後。
あれから奏と咲良は体育館から校内に移動し、空き教室で待機していた。
咲良は胸に手を当てながら、大きく息を吐く。
「……ふぅ、なんかドキドキするね。こんな大規模な鬼ごっこなんて初めてだから」
「こういうのってテレビでしか見たことないしな」
二人が他愛のない話をしていると――。
キーンコーンカーンコーン……。
鬼ごっこ開始の合図のチャイムが鳴った。
奏はとうとう始まったのかと思い、窓の外を見ると、腕に校章を付けた生徒会役員が歩いていた。
よく見ると彼らはイヤモニを付けており、かなり大掛かりなゲームのように思えた。
その中の一人と奏は目が合い、その生徒がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「――っ、咲良! こっち!」
奏は咲良の手を掴んで、急いで一緒のロッカーに隠れた。
すると数分後に教室の扉を開ける音がし、足音も聞こえてきた。恐らく教室内に入ってきたのだろう。
コツ……、コツ……、コツ……。
足音が徐々にロッカーに近づいてきている。
緊張のあまり、奏は咲良の肩を強く抱きしめた。
「……え、と……、奏……?」
「ごめん。あと少しだから」
奏はロッカーの隙間から外を真剣に見つめていたためか、腕の中で顔を赤くしている咲良に気づかなかった。
生徒会役員が教室から出ていったのをロッカーの隙間から確認すると、奏はロッカーの扉を開けた。
「……行ったな。ごめん、咲良。大丈……」
奏が振り返ると、顔を赤らめている咲良がいた。そんな咲良を見た奏は言葉を詰まらせる。
「……っ、……さ、咲良……?」
「え? あ、ご、……ごめん! ちょっとビックリして……」
咲良はハッとして何でもない顔をして笑った。
奏が咲良に手を伸ばしかけた瞬間、突然の放送が流れた。
「まもなくレクリエーション開始から十分が経過します。現在確保された生徒は五十組です。残り時間は二十分、残っている生徒は頑張ってください」
「もうあっという間に五十組も……。私たちも頑張らないとね!」
二人は意気込みながら教室から慎重に移動を始めた。
奏と咲良は慎重に校内を移動していた。
奏は先導し、前方の安全を確認する。廊下の曲がり角から奥を覗いていると――。
「――わっ!」
突然誰かが二人の耳元でわざと驚かせる様な声のかけ方をした。
二人は慌てて振り返ると、ニヤニヤしている優一がいた。
「もう! 優一、驚かさないでよ! 心臓止まりそうだったんだけど!」
「ごめんごめん。あまりにも真剣な二人見かけたからつい声かけたくなっちゃって……。だから奏、そんな睨まないでってば〜」
咲良は頬を膨らませて優一に怒ると、優一は両手を顔の前で合わせて謝っていた。
奏は優一を睨んだ後、ため息をつく。
「……お前ほんと性格悪い……」
「僕は誰よりも優しくて紳士的なんですー。それよりも二人ともまだ捕まってないんだ。僕たちなんて開始早々見つかったから相方はいま牢獄だよ〜」
優一は肩をすくめて笑った。
「……まさかお前……」
「いま失礼なこと思ったでしょ。僕は仲間を売るような真似なんてしませんー。一緒に逃げようと思ったけど相方が僕について来れなかったんですー」
優一が口を尖らせて文句を垂れた。
奏は優一の言葉を聞き流して廊下の奥に視線を向けた。
その視線の先には現生徒会長の涼がこちらに向かって歩いてきていた。恐らくまだ、奏たちの存在に気づいてはいない。
「生徒会長がこっちに来てる。引き返すぞ」
奏が踵を返そうとすると、優一が片手で制した。
そんな優一の行動に奏は眉を顰めた。
「優一、何を……」
「す〜ぐ睨まないの。こっちにもさっき生徒会役員がいたよ。引き返したとて袋の鼠だね」
「じゃあどうするんだよ」
奏の言葉に優一は少し考えた後、視線を横にある窓に目を向けた。そしてニヤッと笑って咲良の手を取った。
咲良は突然のことで目を丸くする。
「え?」
「どうって……、こうするんだよ!」
そう言って、優一は咲良を横抱きしたまま窓から飛び降りた。
「えぇえ――っ! ちょちょちょ、優一待って――!」
咲良は驚きと恐怖で涙目になりながら叫び、優一にしがみつく。
二階とはいえ、高さはそれなりにある。
予測していなかった行動を取った優一に驚き、奏は焦ってすぐに窓から二人の様子を見る。
「――っ、あの馬鹿っ! 咲良っ!」
奏が慌てて窓から下を見る。
下にはニコニコ笑って奏に手を振る優一と、優一にしがみついたまま顔を真っ青にしている咲良がいた。
安心からか、奏は大きなため息をついてその場に座り込んだ。
「全く……。あいつ無茶しやがって……」
「本当ですよ。二階とはいえ、窓から飛び降りるなんて、私には恐ろしくて身を委ねられません」
奏は後ろから聞こえてきた声に驚き、バッと振り返る。そこには涼が微笑みながら、ゆっくり奏の方に向かって歩いてきていた。
奏は窓に手をかけていつでも逃げられるよう、体制を整える。
「あなたもそこから飛び降りますか? あなたは芸能関係者なんですから、身体の傷なんてもっての外。やめといた方が良いかと……」
「お生憎様、これぐらいなら無傷でいけますよ」
奏はそう言って窓枠を軽々と飛び越えて、目の前の木に飛び移り、器用に地面に着地した。
着地した後、奏は地面から二階を見上げると、少し驚いたように目を見開いている涼の姿があった。
「……あら、本当に行ってしまいましたね。内線しとかないと」
涼は踵を返して、その場から離れた。
奏は窓際から去った涼を見て、一安心したためか、ため息が出た。
そこに未だに震えている咲良を抱いている優一が笑いながら近づいてきた。
「いや〜、さすが奏! アイドルはアクロバットも出来るなんてね〜」
「お前はなんで人一人抱えて五体満足で着地できるんだよ」
「天才だから?」
そう言いながらドヤ顔している優一に奏は眩暈がした。
奏も、こういう奴だと分かってはいたけれどここまでするとは思わなかったようだ。
「……優一、ありがとう。私はもう大丈夫だよ……」
咲良は優一に声をかけて、降ろしてもらった。
咲良の元にすぐ駆け寄る奏は、少しオロオロしながら咲良の様子を伺った。
「咲良、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……。人に抱きかかえられて跳ぶのって、ジェットコースターより怖いんだね……」
「ごめんて〜。こうするしか逃げ切れる方法なかったんだよ。次はちゃんと許可取るね!」
「許可を求められても遠慮しときます」
咲良は、優一に掌を見せるようにして優一の前に手を出して拒否した。その目はもう勘弁だと言っているようだった。
「そっか〜。残念! じゃあ次は奏かな?」
「無理」
奏は真顔で否定を示す。
その様子を優一は「つまんないの〜」と言い、分かりやすく拗ねた。
ふと奏が辺りを見渡して、二人に声をかける。
「ここじゃ目立つ。移動するぞ」
「は〜い」
三人は体育館の方に向かって走っていった。
体育館に着くと、誰もいなかった。そのためいつもよりも空間が広々としている。
「体育館ってこんな広かったんだ〜。入学式とか全校集会の時は人多すぎてわかんなかったけどさすが私立校!」
優一は大袈裟に両手を広げて、その場でクルクル回り出した。
「優一。目、回るよ〜。……ここにいたら安全かな?」
「……どうだろうな。残りの時間があと何分かにもよるけど」
奏は体育館にある時計をチラッと見てそう言った。
時刻はまもなく十時半になりそうになっていた。先ほどの時間経過の放送から考えると、おそらく十時半までがレクリエーションの時間だろう。
隠れられる場所を探そうと、奏と咲良が動き出すと二階の観客席から物音がした。
奏と咲良は物音のした方を向くが、下からでは人影など、何も見えなかった。
「――っ! い、今……」
「……誰かいるかもしれない。俺が見てくるから咲良はここにいて」
奏はアリーナから出て、二階に向かった。
奏は慎重に階段を上がった。しかし、階段を上がった先には誰もいなかった。
杞憂だったかと奏は思い、引き返そうとしたその時。
「こんにちは。高等部一年で、アイドルグループ"Maiso"の皆見奏さん」
誰かが奏の耳元でそう言った。
奏はバッと振り返ると、中等部の制服を着ている男子生徒が笑顔で立っていた。
「……えと……。中等部の……?」
不審に思った奏は後退りをしながら、その場を離れようと試みる。
奏の警戒する姿勢に気づいたのか、その男子生徒は丁寧に挨拶をする。
「はい、中等部の現生徒会長の一ノ瀬です。そんな警戒しないでください。僕は明日の中等部の入学式の準備でここにいるだけなので」
「そ、そうか……。じゃあ俺はこれで……」
奏は彼との時間があんまり心地良くなかったのか、その場から急いで退散しようとする。
そんな奏を気にする様子もない、彼は手を振って奏のことを見送った。
「……僕が高等部に上がった時、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ」
奏はすぐに階段を降りてアリーナに向かった。そんな奏の後ろ姿を見た彼は不敵な笑みを浮かべる。
「……今度は、俺とも遊ぼう。皆見奏さん」
そう言って、一ノ瀬はクルリと踵を返した。
中等部生徒会長の一ノ瀬くんの出番は先ですが、大活躍してもらう予定です。




