第三曲
――カフェにて。
三人は伊達メガネとマスク、藍は念には念を入れて帽子も被って、充の行きたかった例のカフェにやって来た。
奏と藍が予想していた通り、そのカフェの客の殆どが女子高生で、男だけで来ている客はいなかった。加えて店内の雰囲気も、いかにも女子向けといったような雰囲気だった。
そんなアウェイな空間にも関わらず、充は躊躇なく店に入った。
「いらっしゃいませ! 三名様でよろしいですか?」
「はい」
「では、ご案内しますね!」
気前の良い店員が三人を席まで案内しようとする。
奏と藍の一歩先を上機嫌で歩く充の後ろで、二人は充には聞こえないぐらいの声で話す。
「……あの人、正気? こんな空間に野郎三人で乗り込もうとするなんて」
藍の言葉に奏は横目で店の中を見ると、客のほとんどの視線を奏たちが集めていることに気づく。
しかし、この視線に気づいていないのが充のみであった。その充はカフェに入れたことが嬉しいのか、満面の笑みで店員に案内されていた。
奏は半ば諦めたような表情で藍にこっそり言う。
「……今に始まったことじゃないだろ。あの人が能天気なのはグループ組んだ時から知ってる」
「それもそっか」
藍は本格的に諦めたようにため息をついて、店員と充に着いていく。奏もそれに続いた。
三人は案内された席に座ると、案内してくれた店員が少し言いにくそうにした後、小さい声で彼らに尋ねた。
「あの……、もしかして"Maiso"の人たちですか……?」
核心をつかれた充は動揺し、視線を泳がして口をモゴモゴさせる。
「えっ!? いや、その……、――っ!?」
「いいえ。人違いだと思います」
誤魔化すのが下手で動揺してしまった充の口を押さえながら、藍が爽やかな笑顔で対応した。
「……そうですよね! 失礼いたしました。では、ごゆっくりどうぞ」
店員が彼らから離れた後、藍は充の口から手を離し、充のことを睨んだ。
「誤魔化すならもっと上手く誤魔化してくれる? あれじゃ表情に出過ぎてバレるから」
「だって、嘘つくの、苦手……」
「いい歳した大人が何言ってんの。……というか、よくそれでここに乗り込めたよね。本当に馬鹿?」
最年長で、かつ成人済みであるはずの充が、なぜか高校生の藍に言い負かされていた。
その様子を見ていた奏は呆れながらもメニューを充に手渡した。
「とりあえず充さんが食べたかったやつ頼んだら? ちなみに俺はアイスコーヒーでいい」
「ボクはアイスカフェラテで」
「二人とも可愛くな〜い。せっかくカフェ来たのに甘いの食べないわけ?」
充は不服そうに口を尖らせながら、メニューを見る。
「食べる気分じゃないの」
藍が充のことを一刀両断して、水を一口飲んだ。そしてすぐにスマホを取り出して操作し出す。
藍の様子を見た充は「可愛くね〜」と言った後、店員を呼んだ。
それぞれが注文を済ませ、彼らが料理を待つ時間となる。
一瞬だけ沈黙となるが、その沈黙を破ったのは充だった。充は両手を顔の前で合わせて、奏に謝る素振りを見せる。
「奏、今日はごめんな〜。せっかく家族との時間だったのに……。やっぱ今日ぐらいのミーティングだったらオレと藍だけで出来たよな」
充は心底申し訳なさそうにして言った。
「全然大丈夫だって。出来る時に情報共有はしときたいから。それにあいつらとはいつでも会えるし」
「あいつらって例の従兄弟と幼馴染?」
「例のって何だよ……、まあそうなんだけど」
奏は苦笑いしながら水を飲む。そんな奏を藍はジーッと見つめた。
「何だよ、そんなに見て」
「別に? その人たちに君のこと言ってるのかなって気になっただけ」
「……知ってる。逆にここまでメディア化しててバレてないことある?」
「君、ステージの上と下とじゃ、天と地ほどの差があるからさ。普通にしてたらバレないよ」
藍は腕組みをして真顔でそう言い切る。
「そういうお前も全然態度違うだろ。今の態度とか、演技抜きにしてメディアで見たことない」
「ボクは顔でバレるから」
「やかましいな」
ケッと悪態を垂れながら奏は再度水を飲む。二人のやりとりを見ていた充が口を開く。
「ねぇねぇ、奏〜。その人たちの写真見せて〜」
「いや、別にいいけど……、なんで?」
奏は少しめんどくさそうにするが、充はお構いなしにお願いポーズをしてねだる。
「奏の従兄弟、かっこいいらしいじゃん〜。見てみたいんだよね。なんだかんだ言って見せてくれないし」
「かっこいいかは置いといて、顔は悪くないって言っただけだろ。今まで見せてなかったのはまともな写真がなかっただけ」
そう言いながら、奏はスマホをスイスイと触って咲良と優一が一緒に映っている写真を探す。その間に奏と藍の飲み物が到着した。
奏が二人に見せたのは、今日の朝に撮った三人の入学式の記念写真だった。
「ほら、黒髪に赤いメッシュ入れてるやつが従兄弟」
「めっちゃかっこいいじゃん! 奏とは系統違うね?」
「まぁ、こいつ基本緩いしチャラいし。でもその割に何でも出来るからムカつくんだよ」
「従兄弟なのに言い方酷いな……」
「君より彼のが人気でそうじゃない?」
藍が余計なひと言を言って、また奏と藍がバチバチになってしまう。
それを特に何も考えていない充の一言で打ち消した。
「真ん中にいる幼馴染の女の子、可愛いじゃん。なんていうか、奏が好きそうな……」
充がそう言った瞬間に奏は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しかけた。
「――っ、ゲホッ……ゴホッ……! いきなり何を……」
「え……、まさか、図星……?」
充がやっちまったといった表情をして問いかけるが、それとは対称的に藍は怪訝そうな顔をする。
「まさか本当に好きとか言わないよね?」
「………………そんなこと言うかよ……」
藍は奏を睨みつけ、奏は藍から目を逸らす。
一瞬の沈黙の後、充が頼んだデザートが到着した。
「ま、奏のことだし大丈夫だろ〜。プロ意識高いし、藍が心配してることは起きないって」
充はご機嫌にデザートの写真を撮りながら言った。
「…………どうだか」
充の言葉を聞いても納得のいっていない様子の藍は静かにアイスカフェラテを飲む。
奏は咲良の写真を見つめて何か言いたげな表情をしていた。
* * *
――夕方。
あれからファミレスを出て、保護者たちと別れた後、咲良と優一は二人で奏と優一の家の近くの公園で話していた。
「奏いつ帰ってくるかな〜」
「いつだろうね。やっぱみんなの王子様は忙しいんじゃない?」
「もー、優一はまたそういうこと言うー」
咲良は笑って乗っていたブランコを漕いだ。その時にキィと音がする。そして、ブランコに乗りながら公園を静かに見つめた。
咲良は過去を懐かしむように、目を細めてポツリと話し出す。
「……よくこの公園でさ、三人で遊んでたよね。こっちに引っ越してきたばかりの私が二人と知り合ったのはここだったなぁ……」
「あの時の咲良ちゃん、めっちゃ大人しかったよね」
優一はクスクス笑い、咲良は恥ずかしそうに頬を膨らませる。
「だって見知らぬ土地で怖かったんだよ。……でも奏と優一と会えてよかった! おかげさまでこんなに楽しい毎日を送ってるもん」
「それはどーも。僕も毎日飽きないよ」
二人は目を合わせて笑い合う。
咲良が漕いでいたブランコを止めて、少し俯きながら言った。
「あの頃は奏がアイドルになるなんて思ってなかったよ」
「ほんとにね。あの奏が……だよ? 信じられる?」
「……全く? 奏、そういうの興味ないと思ってたもん」
そう言った後、咲良は優一にも聞こえないぐらいの声で呟く。
「奏、私が昔に言ったこと覚えてたんだ」
「……なんか言った?」
「なーんもっ!」
そして咲良はブランコから飛び降りて、優一の方に振り返り笑った。
「そろそろ奏が帰ってくる頃じゃない? 早く帰ろう!」
そう言って咲良は優一よりも先に公園から駆け出した。
その時、夕日に照らされた咲良の姿が優一の目には一際輝いているように見えた。
「……っ、待ってよ、咲良ちゃん〜」
優一は駆け出した咲良の後ろを追いながらボソッと呟く。
「……ほんと、ズルいよ。奏……」




