第ニ曲
あれから奏たちが昇降口まで行くのにも一苦労だった。
事あるごとに奏は声をかけられサインやら握手やらを求められる。そしてそのたびに優一が従兄弟発言をして、なんとか校舎から出ることができた。
「この調子だったら優一も奏と同じくらい有名になっちゃうね」
「そりゃあ、そうだけど……。あの皆見奏の従兄弟ってだけじゃなくて、入学試験首席、ルックスもよくて、気前のいい僕だよ? 奏の従兄弟じゃなくても有名になってるよ」
「俺、お前のそういうところが本当に残念だと思う」
「事実じゃん?」
そう言って優一は屈託もなく笑った。
優一の潔いほどの自信には奏も咲良も苦笑いするしかなかった。
ここまででわかる通り、優一は何でも出来て天才であることを自覚している。
しかし多少拗らせているだけであって、他の部分は普通の男子高校生と何も変わらない。普通にゲームもするし、寄り道もするし、男友達もたくさんいる。
ただ、少し他の人よりもできることが多いだけなのだが、とある事情があってここまで自信家な性格になってしまったのだ。
三人が校門まで行くと、見覚えのある人たちが楽しそうに話していた。
そのうちの身長の高い男性が三人に気づくと、猛スピードで優一に突撃してきた。
「ゆーいちー!! 最高にかっこよかったぞ〜!! さすが俺の弟! 真面目な格好の優一も好きだけど、その気だるげな感じの方が俺は好きっ!!」
大声を上げながら優一に抱きついているのは優一の兄、氷山陽壱。
彼は重度のブラコンで、優一のことを幼い頃から溺愛し可愛がってきたのだ。優一が何かで一番になるたびに褒めては天才だと持て囃していたのだ。
そのため優一はこんな風に育ったのだろう。
「兄さん……、そう言ってくれるのは嬉しいけど、みんな見てるから」
「そんな恥ずかしがらなくてもー! でも恥ずかしがってる優一も可愛いー!」
優一の言葉なんてお構いなしに陽壱は猫みたいに優一にすり寄っている。
優一は呆れながらも、されるがままでいる。
「も〜……、とりあえず移動しようよ〜。僕、お腹すいた〜」
優一の言葉を聞いた陽壱は光の速さで優一から離れた。
「そうだよな! ごめんな! つい優一が可愛くて! 入学祝いに美味しいもの食べに行こう!」
陽壱は優一の腕をぐいぐい引っ張って、無理やり校門前まで引きずっていった。引きずられている優一の顔は困ったような何とも言えない表情をしていた。
「陽壱くん、相変わらずだね。私たちも行こっ!」
奏と咲良も二人の背中を追いかけた。
* * *
彼らはあれから店に入って、席に座った。
途端に陽壱がメニューを開きながら、興味津々に奏にあることを聞いてきた。
「ねぇねぇ! やっぱり奏くんは囲まれた!?」
陽壱の言葉に奏は飲んでいた水を思わず吹き出してしまう。
奏がむせている間に優一が自信満々に答えた。
「そりゃもちろん。囲まれてるのを僕が助けてあげたんだから」
その時に、優一はさりげなくメニューのデザート欄にある、割と高めの大きいパフェを指差しながら言った。
「……わかってる。それがいいんだろ」
「わーい! あ、咲良ちゃんも頼んじゃいなよ! ついでに!」
「え!? いやいや、私は何もしてないし……」
咲良は首を横に振って遠慮していたが、奏の母の雫が優一の後押しをする。
「咲良ちゃん、遠慮することないのよ? ほら、頼んじゃって!」
咲良は困った表情をして奏の方を見た。
奏はその表情を見て一瞬、息が詰まった。そして顔をふいと逸らす。
「……まぁついでだし、咲良も好きなの頼めば?」
「じゃあ、私も優一と同じやつにしようかな……」
そう言って咲良は少し躊躇いながら優一と同じものを指差す。
その咲良の後ろで優一がニヤニヤしているのを見て、奏は眉を顰めた。
「……なに?」
「いいや何もー? やっぱり奏くんは優しいなーって思っただけですよー。さすが王子様」
「本当にやめろそれ」
そんなやりとりをする奏たちを向かいに座る保護者たちが微笑ましく見ていた。
咲良の母、相川佳野が手を頬に当てながら言う。
「いまだに信じられないわ〜。あの皆見奏くんがかなくんだなんて……」
こういう無自覚な弄り方が、この人は咲良の母親だということを彷彿とさせる。
「普段の奏くんからじゃ、想像できないからね〜。だって、奏くんが王子様なんて呼ばれてるの……今でも慣れないですもん!」
陽壱がそう言って口元を押さえて笑いを殺していた。その仕草は優一を彷彿とさせるものがあり、兄弟なのだと感じる一面であった。
奏は恥ずかしい反面、ちょっとムッとした。
「……陽壱さん、やめてって……。佳野さんもやめて下さい、恥ずかしいから」
奏は若干顔が赤くなったのを隠すため、腕で口元を隠す。
それをすかさず優一が茶化してくる。
「奏、照れてる〜。かーわいー」
「茶化すな」
「きゃー、こわーい」
優一はわざとらしく口に手を当てて奏を見る。
「そんなことしてないで早く頼もう?」
咲良は待ちきれないといった様子でメニューをめくっていた。
そして、咲良が見ているメニューを奏と優一も覗き込んで見ながら注文をした。
食事の後、デザートに咲良と優一がパフェを美味しそうに頬張っている。
「美味しいー! 奏も食べればよかったのに」
「俺はいい」
優一は奏の方を黙ったままジッと見た後、無理やり奏の口に生クリームが乗ったスプーンを突っ込んだ。
「――っ!? ……ん……、お前……」
「どう? 美味しいでしょ?」
「……美味しいけど」
「でしょ? ま、もうあげないけど」
「俺だってもういらねぇよ」
奏が視点を優一から咲良に移した時、咲良は隣で幸せそうにしてパフェを食べていた。
何を思ったのか、奏は咲良の頬を指でつついた。
「んむっ! な、なに?」
「いや、なんとなく?」
「答えになってない!」
咲良は頬を膨らませた。その姿はまだ幼さが残っているように見えた。
「奏がニヤニヤしてる〜。咲良ちゃん離れた方がいいよ」
無意識に奏が微笑んでいたのか、優一は咲良の両肩を掴んで軽く自分の方へ引き寄せて奏から離した。
「え!? ニヤニヤしてたの!? もしかしてほっぺにクリームついてたからとか!?」
咲良は顔を赤くさせて、鞄から鏡を取り出して丁寧に確認していた。
「ついてないから大丈夫だって。少しからかっただけ」
「――もうっ!」
奏が頬杖をつきながらそう言うと、咲良はまた拗ねた表情をしながら、一心不乱にパフェを食べ始めた。
その一連の流れを見ていた保護者たちがニヤニヤしているのに奏は気がついた。
「…………なに?」
ジトっとした目をして奏が保護者たちを見ると、陽壱がニヤニヤしながら言う。
「いやー? テレビであんなに騒がれてる王子様がこんなんだって知られたら面白いなぁって!」
「それまだネタにする?」
「当たり前じゃん! こんな面白いネタあるのにほっとく方がおかしくない?」
「いやほっとけよ」
奏のことはお構いなしにケラケラ笑っている陽壱を見た奏はため息が出た。
その時、奏のスマホが震え、画面には奏の所属するアイドルグループ、"Maiso"のリーダーである新居名充の名前が表示されていた。
「……充さん? ごめん、ちょっと席外す」
奏は席から立ち上がってファミレスの外で電話に出た。
「あ、やっと出た! 何してたんだよー」
「すみません。家族と食事してた。それで何かあった?」
「そうだったのか、邪魔してごめん! でも今日、突然ミーティング入ってさ! それも今から! 急だから遅れてもいいけど、なるべく早く来て欲しいって」
「今から!? ……わかった。すぐ向かう」
「おう! 待ってるな〜」
奏は相手が通話を切るのを待ち、切れたことを確認して中に入る。
そのことを伝えるため、席に急いで戻った。
「ごめん。急に仕事入ったから、俺はこれで帰る。お金は置いとくから」
「え!? 今から!? ……そっか、じゃあまた学校でね」
少し残念そうにした咲良に奏は無意識に手を伸ばして咲良の頭を撫でた。
「うん、また明日」
それだけ言って陽壱と佳野に挨拶をしてその場を離れた。
後ろで優一が文句を言っていたが、めんどくさいと思った奏はあえてそれを無視した。
* * *
奏はタクシーから降りた目の前にある大きなビルの中に入っていく。受付でどの場所でミーティングをしているかを聞き、その場所に急いだ。
中に入れば、奏以外のメンバーとマネージャーが椅子に座っていた。
「すみません。遅れました」
「……遅い。いったい何分待たせるわけ?」
椅子に座り腕を組んでいた、奏と同い年でメンバーの城田藍が奏を見上げながら言った。
「急だったんだからしょうがないだろ。俺はお前と違って暇じゃねーの」
「食事してただけでしょ。暇じゃんか」
2人はお互いを睨み、奏は充の隣に座った。
「そこの2人さぁ〜……、しょっちゅう口喧嘩するの、いい加減やめない? 心労でお腹痛いんだけど……」
藍と奏の間に座っている充はお腹を押さえながら、肩を落とした。
「死ぬことはないから大丈夫でしょ」
「少しくらいオレの心配して!?」
そんな充を見ても冷たく言い放つ藍に充は少しだけ涙目になって叫んだ。
「……もう、言い合いは十分?」
彼らの前に座っていたマネージャーが額に手を当てて大きくため息をつく。
三人はマネージャーの方に向き直って、先ほどの気の抜けた表情ではなく、真剣な表情に変わった。
「普段からそうしてくれるとありがたいんだけど……。今日、集まってもらったのは来週の歌番組の出演オファーが来たからよ。それでね、そこで新曲を発表しようと思うの」
「新曲……? もしかして奏……!?」
新曲と聞いて充が目を輝かせて奏の方を向いた。
奏は小さく頷く。
「曲ならできてます。作詞は別の人にお願いしましたけれど……」
「大丈夫よ。だからみんなには残り一週間で発表できる形にして欲しいの。奏や藍は学校もあるし、充は個人の仕事もあって大変だろうけど大丈夫そう?」
三人が頷いた様子を見て、マネージャーが満足そうに笑った。
「じゃあ、後は……」
その後、今後の仕事のスケジュールなどの話をマネージャーがしてミーティングは終わった。
マネージャーが出て行った後、藍が荷物を持って立ち上がった。
充は恐らく早々に帰ろうとしているであろう藍に声をかける。
「藍、どうした?」
「どうしたもこうしたも、もうミーティングは終わりでしょ? だから帰る」
冷たく言い放つ藍の腕を、子犬のような目をした充が掴んだ。
「今からみんなでカフェ行こう? リーダーのお願い♡」
「その顔、無性にイラつくんだけど……」
「ね? お願い♡」
これ以上は埒が明かないと思った藍は大きなため息をついて、充の腕から自分の腕を引き抜く。
「……少しだけだから」
「やったー! オレ、ずーっとここのカフェ行きたかったんだよ」
嬉しそうな顔をした充は鼻歌を歌いながら、スマホをいじって二人に見せた。そこは最近できたばかりで、女子高生に人気のSNS映えのするパフェがあるところだった。
奏と藍は少しだけ、いやかなり嫌そうな顔をした。
「……なんでそんな嫌そうなんだよ」
二人の反応に頬を膨らませた充の様子を見た二人は、信じられないと言ったように更に顔を顰めた。
「……なんで自らバレるようなとこ行くんだよ。自殺行為すぎだろ」
「天然っていうか、やっぱりただの馬鹿なんじゃないの?」
奏と藍は顔を見合わせて言った。
「だ、大丈夫だって……! ちゃんと変装すればバレないって! オレはとにかくここのショコラフルーツタルト食べてみたいの!」
「そこはパフェじゃないんだ?」
「だってパフェは甘すぎてオレ一人じゃ食べきれないもん。じゃあなに? 二人は手伝ってくれるわけ?」
「絶対ない」
珍しく二人が息ピッタリに、声を合わせて拒絶した。
充は予想していた反応だと言わんばかりに肩をすくませる。
「だと思った。じゃあ早く行こう! オレが食べたいタルトも数量限定のメニューだからさ!」
充は自分のカバンを持って、すぐに部屋から飛び出した。呆れた表情をしながらも笑みを浮かべている奏と藍が、充の後を追いかけた。




