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王立リエダン競竜場

王立リエダン競竜場シリーズ2025年、ダービーデイ:コルヌコピア杯**競馬ミニ知識:ダービーに熱狂するのはなぜなの?

作者: 倉名依都

 

「モリエ卿、本日のお招きありがとうございます」

 クラリッサが右足を軽く引いてつま先を立てて膝を折る簡易の礼をして席に着く。

「モリエ卿、ごきげんよう、本日もカンパネラ様の勝ちを信じております」

 イングリッドもドレスのスカート部分を軽く持って簡易の礼をする。

 メリーアンは、すでにモリエ卿フランシアの筆頭侍女補の地位にいるが、本日は友人枠なので3人が座るテーブルに礼をして黙って腰を下ろした。


 コートニー侯爵家次女フランシアは、姉アリソンが騎乗するセレッソが5tクラス初戦で勝利することに人生を掛け、その勝負に勝って兄からコートニー侯爵嗣子、モリエ子爵の地位を譲り受けた。兄と第二王女殿下の恋のために、父を相手取って出た大勝負に勝ったのだ。まあ、貴族あるある(詳細はシリーズ第1話で)。子爵位を手にして、父母、メリーアン、すべての家人けにんに支えられてすでに1年余、役割は十分に果たしている。この賭けに勝って子爵の地位についても役目を果たせるよう、3年の月日を学芸に励み、統治の道のみならず剣の道をも歩んできたのだ。現在は女侯爵を支えるに十分な力のある入り婿候補を一族揚げて吟味中である。

 乳母娘のメリーアンも、妹とも思い支えてきたフランシアのため、剣を振り、格闘技や投擲術、さらには乗馬を修め、毒物の扱いや救命術を身に着けてきた。すでにフランシアのあるべき日のためにコートニー伯爵家の寄子のひとつである、カトソン子爵家の嗣子に縁付き、カトソン夫人と呼ばれるようになっている。メリーアンも母がアリソンとフランシアの乳母となったのと同じように、フランシアの子の乳母となるだろう。


「クラリッサさま、イングリッドさま、本日はおいでいただき、誠に名誉にございます。どうぞ楽しんでいってくださいませ。

 それではよろしいですね、メリーアン、この後は無礼講ですよ」

「お心のままに、マイレディ」

「まあ、固いわ、メリーアン。カンパネラ応援隊の同志ではありませんか」

「そうですわ、もうすこし柔らかめでおねがいします。そうそう、ご結婚おめでとう」


 侯爵令嬢と伯爵令嬢が相手だ。なかなか気安くもできないが、メリーアンは同期生3人より2学年年上で、既婚者でもある。この先結婚して夫との間で男女関係レベルの悩みごとができれば、もっとも深刻にそれでいて最も気安く、つまり他の人には到底聞けない内容をフランクに相談できる友ともなりうる存在だ。クラリッサとイングリッドにとっては秘密を守るという点でも抜群の信頼を寄せることができる貴重な仲間なのである。


「はい、ありがとうございます。領地で家族、親戚、領民に祝っていただいて式を挙げました」

「そうでしょうとも、ご領地での挙式でなければ花嫁姿を拝見したかったですわ。

 今日はお祝いを準備しておりますの、同窓のよしみでぜひお受けくださいね」

「クラリッサさま、ありがとうございます」

「わたくしからは、小さなものですので、この場でお渡ししてよろしいかしら」

 イングリッドが白い箱にピンクのリボンを掛けたものをそっと隣の席の前に置く。

「イングリッドさま、ありがとうございます、開けてよろしいでしょうか」

「もちろんですわ」

 メリーアンが手に取って丁寧にリボンを解きそっと蓋をとった。深紅のビロードを張った貝型のアクセサリー保存容器が出てきて、その中には小粒だがピジョンブラッドレベルのルビーがトップに使われた金鎖のペンダントが収められていた。

「まあ、イングリッドさま、このように……」


 誰が聞いているかもわからない席で、具体的な内容を口にすることはできない。隣のフランシア、向かいのクラリッサと箱は手渡しで回され、メリーアンに返ってきた。

「ほら、メリーアン、これあなたの誕生石でしょ? おめでとう、護り石というほどではないけれども、とてもきれいでしょう?」

「あの、よろしかったのでしょうか、このような」

「ええ」

 イングリッドが扇をメリーアンの耳に寄せて、小声で話す。

「ほら、あの掛け金で鉱山の権利を買ったのよ。そこから受け取ったものなの。同じ時間を共にした思い出として受け取って。フランシアとクラリッサにも同じものを準備していますから、ね、友情の証で受け取ってね」

「は、はい。本当にありがとうございます」

「こちらこそ、この先も仲良くしてくださいませね」

「イングリッドさま、勿体ないお言葉です」

「ありがとう、で十分よ」

「はい。お心遣いありがたく頂戴いたします」


 クラリッサとフランシアには説明はいらない。貴族の根回しとは、こういうものなのだから。このふたりも帰宅したら、それぞれの侍女からイングリッドの侍女から手渡された金鎖にルビーヘッドのペンダントを受け取るだろう。それは、イングリッドが5tクラスでセレッソが優勝した時に取り乱して気を失ったことへの遠回しの“詫びの品”なのだ。“その時の掛け金”で鉱山の権利を買った、というのがキイワードである。


 さて、4人が先回座っていたのは野外のゴール近くの貴族用特設テーブルだったが、今日はコルヌコピア杯、野外テーブル席には貴族家当主と夫人が陣取っている。若い貴族や子女は、貴賓館2階のベランダに並んだテーブルから観戦だ。

 貴賓館1階で軽食とワインを楽しんで社交に勤しんでいた貴族当主夫妻も徐々に野外テーブルに着き始め、間もなくコルヌコピア杯が始まる時間となった。

 コルヌコピア杯は、開催当日で3歳の若竜が、その年のベストを競うレースだ。このレースに出るためには、誕生日はできるだけ7月後半からか8月がいい。同じ年なら1月でも早く生まれる方が有利だから。セレッソ(シリーズ第1話に登場)はその点残念なことに4月生まれ。竜主であり、調教師でもあるアリソンは4月生まれを逆手に取る形で、コルヌコピアは狙わないでどんどんレースに出して経験値を上げる育て方を選んだ。



 今年のコルヌコピア杯出走竜は8頭、最大出走数だ。

 1番:メイブライト、キンドレイ種、3.8t

    コンテ・ミンスク舎 騎手:流星のアミアン

 2番:ストロンガーストロンガー、キンドレイ種、3.5t

    ロンバルト舎 騎手:サンディロー  

 3番:ハードロッカー、鎧竜種、3.5t

    サー・フィンドレイ舎 騎手:フィンドレイ

 4番:ジンジャークッキー、ミルケイン種、2.8t

    ナッツベリー舎 騎手:タビーキトン

 5番:セントール、角竜種、3.3t

    コンテス・ミンスク舎 騎手:トッテナム

 6番:ブラウンシュガー、ミルケイン種、2.7t

    カトキン舎 騎手:タラゴン

 7番:ライトナウ、キンドレイ種、3.5t

    ブルーベイ舎 騎手:ナビゲラ

 8番:グリーンローズ、タングレイ種、3.8t

    ローズバンク舎 騎手:カンパネラ


 キンドレイ種3頭。やはり扱いやすさでこの竜を育てる竜舎は多い。

 鎧竜はノリアディスク侯爵家が代々保護してきている竜種で、現在は次男フィンドレイが預かり、自ら騎手として出走している。

 ミルケイン種は、あまり大きくならないため5tクラスに出ることも稀だが、仕上がりが早くコルヌコピア杯では上位の常連だ。

 角竜はミンクス女伯が特別好んでいる種で、今回出走のセントールには特に思い入れが深い。体色が白に近いグレーで、角竜の特徴である額から前方に突き出ている角が真っ白で美しい。もっとも、試合に出るときは他竜に怪我をさせないよう皮のケースをつけるのだが、そのケースも美しい白皮で女伯がかわいがっているようすがよくわかる。よい角度で頭を下げることができれば前に重心が乗り、いい走りとなるだろう。

 タングレイ種は、われらのアリソンが卵のときから撫でまわすようにかわいがり、ついにコルヌコピアまで導いてきたグリーンローズである。同舎のセレッソから薫陶を受け、昨日午後リエダンの控え竜舎に入る前にも、先輩竜たちから応援の咆哮を送られ、首を上下して応えていたものだ。


 三歳未満の竜のスタート地点は、オーバル形状の本コース上とは別の所にある。パドックに近いところと(長距離用)、貴賓館とは直角、オーバルの長い弧に沿ってゴール地点の対面に設置されている一般席の脇から第4コーナーに向かって真っすぐの位置(短距離用)まで、2本の引き込み線が引かれている。ゴール地点はどのレースも同じである。


 引き込み線があるのは、本コースまでの間がセパレートコースになっているからだ。乱戦許容の竜レースではあるが、若い竜のまだ柔らかい肌が傷つくのはよくないことだし、場合によってはレース出走を恐れるようになるだろう。スタートラインからおよそ500m、竜の肩の高さほどまで金属棒でできた柵でコースが仕切られている。500mも走れば、各竜の力関係とレースプランがはっきりして、集団になっても乱戦になりにくいだろうという配慮である。


 さあ、ファンファーレだ。グリーンローズ出走試合は長距離で、引き込み線はパドック脇を使用、スタート位置は二階テラス席から直接見ることはできないが、内柵内の幻影スクリーンにレースが映し出される。テラス席の人々がスタート・シーンを見つめる。

 レース実況が始まった。


「リエダン競竜場第10レース、コルヌコピア杯間もなくスタートです。今年も注目の一戦が始まります。軽量のミルケイン種は今年もすばらしい出足を見せるでしょうか。勢いに乗ると止まるところを知らない角竜と鎧竜はどう戦うでしょうか。

 スタートです、各竜一斉に、いや、6番ブラウンシュガー、出遅れました。いえ、大丈夫そうです、無事に走り始めました、すぐに差を詰めるでしょう。

 先頭はジンジャークッキー、タビーキトン騎手、その後はメイブライト、セントール、ライトナウ、グリーンローズ横一線です。少し遅れてストロンガーストロンガー、そして勢いをつけてブラウンシュガーが追っています。追いつきました、ブラウンシュガー。

 ジンジャークッキー先頭、後はおよそ横一線、少し遅れてストロンガーストロンガー、騎手はサンディロー、後半に向けて控えているのでしょうか。興奮気味の乗竜を巧みに抑えているか」


 間もなく先頭を走るジンジャークッキーが右手に見えてくる。テラス席の観客は身を乗り出すようにして竜が来るのを待っている。

 見えた!


「さあ、本線に合流です。先頭ジンジャークッキー、内ラチ沿いにコースをとりました。メイブライト、セントール、ライトナウ、グリーンローズの順。

 ブラウンシュガー追い付きました、すぐ後ろにストロンガーストロンガー、ほぼ一団です」


 おねえさま、カンパネラさま、グリーンローズ、と令嬢たちが扇を握りしめる。本日は4人ともごく少額を公設の窓口で賭けただけなので、扇を捩ったり気を失いそうになったりすることはない。だが、カンパネラ応援隊が深浅様々な緑色で薔薇を刺繍したペパーミント・グリーンの鞍下を載せたグリーンローズとカンパネラを応援する気合いは変わらない。

 竜の集団は地響きを立てながら走る。そして、まもなく一般席前に掛るという場所でグリーンローズが少し外に膨らみ始めた。


「あら、どうなさったのかしら」

「ええ、お姉さまは風圧よけに前を走る竜を使う好位維持型の試合をなさいますけど、何かありましたかしら」

「ええ、そうですわね、グリーンローズの調子が悪いのでしょうか」

「いえ、そんな、アリソンさまに限って」

「そうですわよねえ、何かしら?」


「カンパネラ騎手、外側へわずかに膨らみながら進んでいます。グリーンローズの首を一度、二度、鞭を握った手で軽くたたきました、合図でしょうか。上体をわずかに外側へ傾けています、列から外へ出るように促しているのでしょうか」


「ねえ、あの旗を見て。あの位置なら集団の右手から竜の右腹に向けてかなり強い風が吹きつけているのではなくて?」

「そ、そうですわ、ここは半分屋内ですもの、あまり気が付きませんけど。ほら、ご覧になって、一般席の女性の髪やドレスが一斉に後ろになびいているように見えませんこと?」

「そうですわね、ほとんどの方が帽子を押さえておいでですわ」

「では、カンパネラさまは」

「そうよ、そうですわ、竜の列を風よけの壁に使っておられるのでは」

「ああ、そういう」

「でも、この後向かい風になるのではありませんの?」

「そうですわよね、先頭を行く竜の後ろに付けて最後に飛び出せば」

「いえ、でもそれって、誰でも同じように考えません?」

「ええ、たしかに。ああ、この後どうなさるのかしら。

 カンパネラさま、がんばって、グリーンローズ、しっかり走るのよ!」


 いや~、どうかな? トン単位の体重の竜が多少の横風を受けたからといって、走行に影響などあるだろうか? これはグリーンローズの持ちスピードが前を行く4頭より早いので最終勝負に持ち込まなくても勝てる、とアリソンが評価したという意味ではないのだろうか。別に後をついて行って様子を窺う必要なんかないと判断し、グリーンローズにごぼう抜きさせているのでは?



 グリーンローズは、先頭を行くブラウンシュガーに頭ひとつ譲って並び、第4コーナーで先頭に出たかと思うと、内ラチ沿いに進まずそのまま数メートル行き過ぎ、そこからゴール左端を見つめて走る。

 ブラウンシュガーの斜め後ろについて、空気抵抗緩和に使えば確かに力を温存できるし、ゴール直前で追い抜くだけでいい。だが、レースは何が起こるかわからない。やはりスピードのある足が第一である。ブラウンシュガーの後ろに控えて前に出る瞬間のタイミングを争うか、単独でコース中央から外を駆け抜けるか、勝負である。

 カンパネラは、内ラチ沿いに走ることでまだ若い竜の右前後肢にかかる大きな負担を緩和しようとゴール左端を狙う直線に近いコースを選択したのだ。

 カンパネラとグリーンローズは、集団が小柄なジンジャークッキーを先頭に好位を争う様子を見せた瞬間、勝ち目を拾ってさらにスピードを上げた。


「グリーンローズ、グリーンローズ、すばらしいスピード、ゴール左端を目指すコースを取りました。これは、そう、サークレット杯であのダイアナミラーが優勝した時のコース取りです。グリーンローズ、ぶっちぎりです、ジンジャークッキー、メイブライト、ブラウンシュガー、ライトナウ、誰も追いつけない! ゴール、ゴールです、一着グリーンローズ! 今年のコルヌコピア杯、実り多き3歳竜の頂点は、グリーンローズ、グリーンローズと決しました! 騎手はカンパネラ!」


 はあ、とため息がテーブルを覆った。

「おめでとうございます、フランシアさま、アリソンさまもこの上ないお喜びでしょう」

「はい、ありがとうございます」

 扇を顔の下半分にかざした4人の令嬢は、満足の微笑みをたたえ、感動の涙を押さえようと努力している。この場には他の竜の応援隊もいることで、あまり露骨に喜びを表現することは憚られる。場合によっては身代を賭けた人もいるだろう、用心第一だ。



 その夜は、恒例の王立学園同窓会、淑女会が王宮の小広間で催された。紳士会の方は、王立学園の大広間で開催されている。貴族に統治を教える王立学園は、研究所や官吏登用のための専門教育機関、魔法教育機関が集まる、貴族街と庶民街の中間の柵と魔道具による結界で囲われた学生街にある。淑女会は伝統的に王妃陛下が開催するため、警備の都合上王宮の広間が使われることになっている。


 淑女会は、コルヌコピアの日の夕方から深夜にかけて行われる。ここではすべての卒業生に招待状が送られ、欠席通知者および当日欠席者には直接面接する権限を持った調査員が王妃陛下からの下賜品を携えて送られる。これは、すべての貴族婦人が不当に扱われていないかどうかを王妃陛下が把握するための機会でもあるからだ。


「みなさん、今年もコルヌコピア祭の夜に集うことができましたことを、豊穣の神に感謝いたしましょう、グラティアエ」

 王妃陛下の“神に感謝”の声で、集まった同窓生が一斉にグラスに口をつけ、グラティアエと声を交しあう。

 女性だけの集いだから、ダンスなどは行われない。部屋の左手にはグランドピアノとハープが、右手には小さな踊りと歌のための舞台と伴奏の弦楽カルテット席が用意されていて、いずれも淑女会からの選り抜きの演奏者、踊り手、歌い手がその年の成果と来年への意欲を披露する。貴族であるために芸術家とはなれない女性たちが芸術に精進する意欲となっている舞台だ。


 プログラムに沿って演奏や披露が行われている間に、遅れて来たアリソンが静かに王妃陛下に挨拶した。そこでわっと歓声が上がり、凛々しいパンツとジャケット姿で陛下の横に立ったアリソンが微笑みながら手を振る。

「みなさん、アリソン・コートニー、いえ、竜騎手カンパネラに盛大な拍手を」

 王妃の声を待っていた淑女会の全員が一斉に右手に持つ扇を左手に軽く打ち付け、さわさわという音と「カンパネラさま、おめでとうございます」「すばらしい試合でしたわ」という上品な声が会場を満たす。

 出産時の事故で、淑女会のメンバーは20歳前後で数を減らす。出産時死亡率はおよそ20%、一度出産するたびに女性はその危機に直面している。アリソンと同じクラスだった淑女も、すでに何人かが姿を消している。アリソンは、去年は大きなおなかで出席していた親友カーラの姿がないことを知っていながらも、思わず目で探してしまう。

「ありがとう、同窓のみなさん。コルヌコピア杯での勝利をみなさんに捧げます」

 淑女会のメンバーは、一斉に軽く膝を折って礼を返す。


「王妃陛下、よろしいでしょうか、ここで皆さんにお話しても?」

「もちろんですわ、モリエ卿、こちらへ」

 モリエ卿、フランシア・コートニーが、控えていた王妃席斜め後ろから静かに前に出た。

「準備はよろしいですね、それではみなさんにご披露を」

「はい、陛下」

 フランシアは紙を一枚、後ろの侍女から受け取り、拡声の魔道具を確認して求められた説明を始める。今日、コルヌコピア杯でアリソンが収めた優勝という成績は、淑女会のメンバーの個人資産を増やす計画として王妃とアリソン、モリエ卿と王女殿下並びにコートニー家一同が計画したものである。


「みなさま、ご清聴に感謝いたします。まずは、お座りくださいませ」

 立っていた婦人も壁際に控えていたそれぞれの侍女に導かれて椅子に着いた。王妃陛下も席に着くと、フランシアとアリソンは、広間の真ん中あたり、シャンデリアの下まで進み出た。

 フランシアの説明が始まる。

「本日、グリーンローズがコルヌコピア杯を制しましたことで、ローズバンク厩舎は、まずタングレイ種の育成牧場を、将来的にはスタリオンを所有することを決意いたしました。

 育成牧場は、すでにコートニー家の領地である北のアレハンドロ領に準備が終わっております。今まではごく少ない数の卵を姉アリソンがローズバンク厩舎で孵し、生まれた時から大切に育ててまいりました。この先は、アレハンドロ育成牧場で卵を孵し、1年間育成、その後アリソンが好みの竜を選んでローズバンクでレースに出るよう訓練いたします。

 スタリオンの方は、グリーンローズの引退とともに稼働するよう、準備を始めます。

 ここまでよろしいでしょうか」


 いくつか質問が出て、拡声の魔道具が質問者に運ばれ、質問にはアリソンが答えた。


「それでは、淑女会がどのようにこの計画に関係してくるのか、それについては、淑女会の会計を預かる、マミアナ女伯にお願いいたしましょう、マミアナさま、お願いいたします」

 角竜種の熱心な保護者である、コンテス・マミアナ、ライラックがメモを手にフランシアに並んだ。

「みなさま、ライラック・マミアナです、淑女会の会費管理を承っております」

 ライラックは、軽く膝を折ってあいさつした。


「淑女会では、アレハンドロに建築されるタングレイ種限定のスタリオンに出資を考えております。淑女会の会員の皆さまには、熟慮期間を置きまして、賛否のお返事をいただきたく、本日はこの場に立っております。

 疑問点につきましては、どなたでもお手紙でお時間の指定をいただきまして、わたくしとの面談、あるいは専任の弁護士であるサー・アッジムとの面談をお受けいたします」


「賛成が過半数に達しましたところで、淑女会はスタリオンのシンジケートへの参加を決定します。つまり、淑女会の資金をアレハンドロ・スタリオンに投資するという意味です。スタリオンとは、みなさまご承知の通り、種付けをする場所ですが、ここでは最初はグリーンローズがハーレムを作ることになると思われます。広い牧草地でゆったりとグリーンローズに暮らしてもらい、牝竜をその牧草地に入れる形で行われます」


「牝竜の竜主から支払われる種付け料から管理費などを差し引いた金額がシンジケートに入り、出資比率に合わせた分配金が淑女会に入金されます。

 淑女会は、これで稼ぐ気はありません。会が出資した額を回収した後は全額を会員の個人収入として淑女会でお預かりします。会員は、いつでもここからの分配金を淑女会から引き出すことができますし、相続人を指定することもできます」


「何のためにこのシステムを作り出したか、ここが大切ですので、よくお聞きください。

 淑女会は、淑女会として出資する金額の他に、会員のどなたからでも個人としての積み増しを認めます。わたくしは、スタリオンが必要とする出資金の少なくとも半額以上を淑女会から出資したいと思っております。個人資産をお持ちの会員の方々、あなた方のおとうさまや夫たる方々が競竜に出資しているのと同じことが、わたしたち婦人にもできるようになるのです。どうぞ、御一考を」


 マミアナ女伯は微笑んだ。彼女は伯爵の地位にあり、亡父から引き継いだ竜舎を運営してもいるから、投資がどういうものか知り抜いている。見込みのある投資を見つけることが非常に難しいことも。だが、この賭けは将来的な見込みに間違いがない、と女伯は思っている。過半額に足りなかったら、自分が残りを全額出資してもいいと思うほどだが、自厩舎を持つ彼女が他厩舎に投資すれば不正に繋がると指摘されかねない。難しいところだ。


「淑女のみなさん、ありがとう。ちょっと話が難しかったかな?」

 アリソンが引き取って、場をなごませる。

「初めて聞いた話に戸惑ったと思うけれども、講習会を計画している、ぜひ参加してくれたまえ。講師は私とフランシアだ、講習会で詳しく説明する、君たちならすぐに理解するに違いない、私は心配していないよ」

 アリソンの微笑みが付いて来るなら、講習会参加者に文句はない。


 祖母が晩年にどうしても必要になった時使いなさい、といって渡してくれた20枚の金貨を投資しようと決意した令嬢もいれば、母が結婚資産目録とは別に渡してくれた50枚の金貨を投資してもいいか手紙で聞いてみようと思った伯爵夫人もいる。淑女のいわば“へそくり”は、何事もなければ僅かに増えながら娘に引き継がれて万一の備えとなるものなのだが、その緊急用資金が資産に変わるチャンスを与えられたのだ。しかも淑女会が維持管理してくれるというのだから、現金を隠し持つよりも安全といえる。人によってはぬいぐるみに金貨を1枚縫い込み、オルゴールの底に1枚隠してフェルトの布で隠す、というようにわずかな金額をさらに分散させて安全度を上げている夫人もいる。事態は少なからず改善されるだろう。


「セレッソにピンクの刺繍を送ってくれた君たち、グリーンローズに緑の薔薇の刺繍を送ってくれた君たち、私は君たちの期待に応え、この先もタングレイ種とともに戦おう。いつかきっと、サークレット杯での優勝を、君たちに捧げよう」

 さやさやという扇が手袋に触れる音と、優しいため息が会場を満たしていった。



For all the people gathers at Tokyo Racecourse tomorrow!

Happy Day! Granite


競馬ミニ知識:ダービーに熱狂するのはなぜなの?

今回は、ダービーについてのご説明といたします。


まずはなぜダービーと呼ばれるかについて

ダービーは、ダービー卿という人から採用されています。例えば年末の有馬記念というレースの名前が、JRA(日本中央競馬界)理事長であった、有馬頼寧氏から採用されているのと同じですね。

1780年に、第12代ダービー伯爵によってはじめられました。開催場所は、イギリスのエプサムです。


競馬は、はじめふたりのイギリス貴族が、どっちが持っている馬が速いか、という単純な賭けから始まったと聞いています。ふたりが例えば100万ずつ賭けて、買った方が200万もらう、そう言う単純な貴族の遊びだったようです。それがどう盛り上がってレースになったのかは、まあ、イギリスだからね、としか言いようがありません。

このあたりは、竹内久美子氏の「賭博と国家と男と女」1996年をご参考になさってください。遺伝と社会についてきっと目を開かれるでしょう。


ダービーは、同年に生まれた7000頭余の三歳馬の頂点を決するレースです。

競走馬、サラブレッドは、全馬が正月に一歳年を取る決まりです。誕生日に年を重ねるシステムではありません。(竜レースのコルヌコピア杯出走資格とは違っています)

だから、ダービーに出走して同齢のサラブレッドの頂点に立たせようと思ったら、馬主は自分が「この血筋、配合ならダービーで勝負になる」と思う仔馬の中から、できるだけ1月から3月初めごろまでに生まれた仔馬を選ぶのではないかと思います。


では、去年のダービー(東京優駿)出走馬を見てこの推測をチェックしてみましょう。

1着は、ダノンデサイルで、2021年4月16日、馬主のダノックスは、長い間馬主をなさっておいでの方の資産管理会社で、ダノンデサイルも名義上は会社の持ち馬です。ウイキによれば、ダノックスはオービックの代表取締役野田氏の会社だそうです。オービックか! びっくりした~すごいよね(世界長者番付に載ってます、国内なら10位くらい)。ダノンデサイルの購入価格は1億4850万円ですね。

2着は、ジャスティンミラノ。4月9日生まれ、皐月賞と共同通信杯で1着です。

3着は、シンエンペラー、4月30日生まれです。フランスで開催される世界的なレース、凱旋門賞に遠征しましたね。

4着のサンライズアースになってようやく2月6日。

5着のレガレイア、この子は牝馬で、牝馬は普通オークス(優駿牝馬)に出ますが、ダービーは牡馬限定ではありませんので、ダービーに出ても問題ありません。牝馬ウオッカは、ダービーで勝ちました(2007年)。レガレイアも4月12日生まれです。


4月生まれが強いのかな? と、2023年の東京優駿優勝馬タスティエーラの生まれ日を見ると2010年3月22日、2022年のダービー馬ドウデュースは2019年5月10日ですね~。 *以上JRA-VANによる*


考えてみると、競走馬生産牧場が多い北海道では、雪が消えて外で訓練できるのが5月となるのでしょう。だから、1月、2月に生まれても、結局外で訓練できるのは5月ということで、だいたい5月初旬くらいまでに生まれていればあまり屋外訓練期間に差はないということになるのかもしれません。馬主の方や生産牧場の関係者の方々、あるいは専門家に聞けば、他にもっと合理的な理由があることがわかるでしょう。



それでは次に、ダービーで勝つとどんないいことがあるのか、についてです。


もちろん、最初に来るのは名誉でしょう。同年生まれ7000頭以上のサラブレッドの頂点に立ったのです、万歳三唱くらいじゃなく、十唱くらいは楽勝でできるのではないでしょうか。古くからの寿ぎ唱和言葉なら、いやさか(弥栄)で、30回はイケる気がします。(両手を挙げなくていいので、楽だから)


優勝した牡馬 (ぼば、オス馬の意)にとって最もイイコト、それは、確実に種馬になれちゃうことでしょう! 発情した牝馬ひんばが次々と訪れてくるのです。うーん、牡馬じゃないからよくわかんないけど、たぶん天国なのかな?

極端な回数で馬が疲労することを恐れ、現在は一日三頭までに制限されているとか。


馬主にとっていいことは、もちろんダービー馬の馬主という名誉を手にすることでしょう。

実質も伴っているようです。種馬をスタリオン(牡馬を健康に保護して、種付けを行うところだと思って大体間違いない)に入れるとき、シンジケートというものを作るらしいのですが、そのメンバーになれること。つまり、種付けをしてもらう牝馬の馬主が支払う種付け料をシンジケート契約に従って分配を受けることができるのですね。


お話の中でライラック・マミアナが説明していたのは、このことです。


種付け料ってそんなにすごいの、と思うでしょう。アメリカンファラオという、37年ぶりにアメリカクラシック三冠を達成したすごい馬がいまして、この馬の種付け料は初年度2021年で10万ドルだったそうです(種付け料は、普通にネットで検索できます)。

1,500万円ですね。1日3回種付けして、日当4,500万円也~


この話を飲み屋でしたところ、うお~、俺も馬になりたい~とか言っていた勇者がいましたね~

馬になれたら、まず三冠取ろうか~


三冠といえば、日本競馬の三冠は、皐月賞、ダービー、菊花賞。出走できるのが牝馬限定、つまり牝馬三冠が、桜花賞、オークス、秋華賞です。

皐月賞、ダービー、菊花賞の三冠は、牝馬がとっても問題ありません。いつかそんな牝馬が出て、凱旋門賞で2着を2馬身突き放して優勝してくれる姿を見たいですね! 凱旋門賞では牝馬の優勝は珍しくないですから、日本育成馬の凱旋門賞初優勝も牝馬に期待しています。


倉名はダービーのパドックを見るとき、いつも

「この試合に勝てば死ぬまでハーレム~」

と、ご贔屓馬に囁いてあげたい~と思うわけです。 そうだ、馬語を習得しよう!



馬主には、個人単独馬主だけでなく、グループによる馬主制度があります。かのアーモンドアイも、シルクレーシングというクラブ(小口出資の馬主集団といえばわかりやすいか。クラブが購入した馬に必要な資金を小口に分けて出資を募集。募集条件や応募数によっては、数人で全口数を買うこともできるのではないでしょうか)の持ち馬でした。還元される金額は、出資割合によると思いますが、実際に馬主のおひとりがインタビューに応えていたところ、アーモンドアイが天皇賞秋に勝った時の分配金は20万円だったと言っていたと思います。(真偽は不明です。お金のことだから、正確には言っていないかも)


ほかに、馬主資格を持つ2,3人で一頭の馬を持つというやり方があるそうで、それは草野仁さんが、“草野仁のGate J”という番組中でメンションしていらっしゃいました。


作者・倉名は、牝馬おんなのこを応援する人ですが、牡馬の方が注目を浴びるのはスタリオン制度によって血統が受け継がれていき、優秀な牡馬は千頭もの仔を残すことがあるのに対し、牝馬は、倉名が知っているうちで多いなと思うシラユキヒメで、12頭(1996年4月4日生まれ、2001年までに9走して9月に引退、2019年死去、受胎はおよそ20歳まで)の出産です。母馬の健康のため、そして流産を避けるため妊娠を避ける(空胎)年があり、毎年出産するわけではないので、この数です。

シラユキヒメは白毛の血統でブチコの母、ブチコはソダシの母といえば、知っている人も多いかもしれません。


牝馬は種付け費用が掛かりますが、生まれた仔馬はいわば種付け料を払った人のもので、その馬が数千万円、場合によっては億単位で売れることもあると考えることもできます。参考として、競りに掛けられたために記録に残っている範囲の最高額で、5憶1千万円だったそうです(2020年、ネット情報、確か6億円というのを聞いたことがある気がするから、ちょっと情報が古いかも)。父馬ディープインパクトの種付け料が2,500万円だったとして、その価値はあったのかも。もっとも、母馬シーヴもすっごい馬で(たぶんすごく高くて)、母馬からは1年に1仔しか生まれませんので元が取れるまでいっているかどうかは疑問です。

シーヴはこの後コントレイルやキタサンブラックの仔を生んだそうですので、どうぞ母馬にもご注目を。今年新馬出走するシーヴの子は牡馬で青鹿毛 (艶のある黒)、名はオールトクラウド(書籍“PRGの達人”による)


仔は、競走馬としての訓練が始まって母と別れるまでは毎日母にくっついて一緒に歩いたり走ったりしているわけだから、強い母の子は先天的な素質を両親から受け継ぐだけでなく、母から競走馬精神と走り方を後天的に引き継ぐチャンスがあるでしょう。



というわけで、これは倉名の幻想体質が運んでくる“迷想”ですが……

おかあさんが息子に

「ダービーとか、天皇賞とかいう名前のレースに出たら絶対に勝つんだよ、お嫁さんがいっぱいきてくれるからね」

とか、ありそう……まあ、おかあさんもその一杯来るお嫁さんのうちのひとりな訳ですけど~

娘に

「我が血筋の娘よ、父の名はリオンディーズ、名馬とたたえられる姿の美しい方である。祖父ディープインパクト、祖母シーザリオ、そのすべての名に恥じぬ試合をするのです」

とか…… これに頷いている娘とか……血統が0歳の娘の肩に重く圧し掛かる?

試合前心得として

「まもなく試合の日というのは、わかるものです。試合の前には、おなか一杯食べてはいけませんよ、走っているときも走った後も、すごく苦しくなりますからね。食べるのは試合の後、シャワーを浴びてから」

とーかなんとか、教示をくらいながら成長しているかもです~、サラブレッドも楽じゃないね!



ダービーの次の週からは、二歳馬が出走します~もうっ!ムチャクチャ!かわいいですよ~

馬場入場シーン(返し馬)なんか、幼稚園児が小学校の運動会に遠征してお遊戯のために入場しているみたいです。いっちにさんし、にいにさんし、とな~



*参考文献

ジャンプ掲載の“銀魂”を知っておられますか? 銀魂をTVアニメ化した時に、台本を書いた方は太和屋暁やまとやあかつき氏です。同氏は、ジャスタウエイという世界レイティング1位を獲得したハーツクライ産駒の馬主であられます。この方がお書きになった”ジャスタウエイな話“という本がありますので、馬主とはどんな立場の人なのか知りたい方には読みやすい導入本になると思われます。ジャスタウエイは、凱旋門賞出走の時には、JUSTAWAYと書いてありましたけどね、もちろん、あの、ジャスタウエイですとも!*


さて、これで人がダービーに熱狂するのはなぜか、というお話はおしまいです。同年生まれのサラブレッドの頂点に立つということは、血統の持つ強さを証明するということにもなり、その父の種付けが増えることにも、弟妹馬(サラブレッドの弟妹は、同じ母の仔であることを意味している、父は問わない)の競り値が上がることにも繋がるでしょう。

今年は、どんな血統の馬が勝つでしょうか。楽しみですね


それでは次は年末、有馬記念の前日に

Granite


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