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ダンジョンへの扉

「ここでええやんけ」

 渋る如月を駅前から少し離れたショッピングモールのフードコートに案内し、特製ドリンクを如月に渡した。如月と父と猫を混じえずに佐藤や真帆のことを本気で話したい。

「おじさんは何でわたしたちを救おうとしてくれるのよ。お金持ちでもないし」

「んなことどうでもええ。だいたいカネで解決できることならカネで解決しとるやろ」

「う……」

「カネで解決できんことがいちばん難儀なことなんや。今のおまえらや。わかっとんのか」

 特製ドリンクを吸い上げると、よほどマズイのか黙ってしまった。ふと考えながら天井を見上げた後、再び吸い上げて飲み干した。

「くっそうまいやんけ」

 嫌がらせにもならない。

「何で救おうと?」

「んなことどうでもええやん」

「よくない。わたしね、おじさんのこと好きでもないから。むしろマイナスだから」

「初対面が悪かったんやな」

「違うっ!」

 如月は貴子の父に呼ばれたから来たのだと話してから、ラーメン店でラーメンセットを注文して番号札を二枚持って戻ってきた。彼は貴子の前にうれしそうに戻ると、こんなに広いのにここにいることがわかるなんて、ここで働いてる人は凄いなとキラキラと目を輝かせた。

 こんなことで喜ぶかな。

 貴子はアルバイトだと教えたが、彼はアルバイトであろうと何であろうと凄いと答えた。

 ピュアすぎない?

 少し自分が恥ずかしくなった。

「わたし、いらないから。食べたくないし」

 一転、如月はいかに食べられるときに食べておかないといけないかと訴えてきた。話を逸らそうとしてもムダなことを教えてやる。

 すぐにアルバイトが運んできた。チャーシュー麺と焼き飯を二人で食べた。

「で、おまえはどうしたいねん」

「はあ?何であんたが偉そうにするの?問い詰めたいのはわたしの方よ」

 如月は溜息を吐いて、器は器、トレイはトレイと重ねて片付けた。これはどこから見ても気のつかない娘ではないか。貴子は如月からトレイを引ったくるようにして返却棚に返した。

「あんたさ……」

 いない。

 如月はドーナツを買ってきた。

「こういうところええよな。いろんなもん一つのところで食える。この昔からあるのがおいしいよな。オールド何とかとフレンチ何とか」

「わたしはいらないからね」

 貴子はオールドファッションとフレンチクルーラーを食べた。ついでにカフェラテもごちそうしてもらい、今度は自分で片付けた。

「佐藤と真帆に謝ってよね」


 貴子は如月と話すことに疲れて強化ガラスの柵越しに一階を歩く人の頭を眺めた。

「モヤモヤするよな」

「セットにドーナツ、ポテトと食べすぎよ」

「ムカムカとモヤモヤは違う」

 如月が機関銃のように関西弁の講釈を垂れ流してくる覚悟はしていたが、意外にも彼は一言も発することなく対岸の通路を見ていた。手すりに両腕をついたままだが、あきらかに貴子には見えないものを見ている様子だ。

 貴子も目を凝らした。

 何とか空に意識を集中させる。

 次第に人影が浮かんできた。

 息を飲んだ。

「人……」

「影や。鬼とも言う。体をなくした魂はあの世へ逝く話は聞いたよな。あの世に逝けん魂はこの世で体を求めるんや。あれは操られとる」

「操られてる?誰に?何のために?」

「できるだけ自然に電話してくれ」

「誰に」

「お母さんや。お父さんは又八のところにおるんやろう。お母さんの力は消えとる」

 貴子はぎこちなく電話をかけた。隣には手すりにもたれて腹をさする如月がいた。貴子にはすでに他の影も見つけているように思えた。

「あ、お母さん?」

『どうしたの?』

「今モールにいるんだけど、お母さん来てるかなと思ってかけたの」

『西棟の五階の駐車場に戻ってきたの』

「お父さんは?」

 如月が囁いたので、貴子は同じことをスマホに尋ねた。するとお父さんもいるわよと答えたので、今からわたしも行くと言わされた。

「待ってて」

 貴子は電話を切ると、

「お父さんいるわけない」

 雑貨ショップのショーケースが割れ、ナイフのような破片が飛んできた。如月に蹴るように倒されて、文句を言う暇もなく、彼に抱き留められるようにフロアを転がる。

「何なの!」

 小学生に向けた春の服を着たマネキンが襲いかかってきた。

「西棟の五階か」

「お日様出るとこか」

「違う!三つ上がってこっち!」

 貴子は如月に追いかけてこいと、人々が静止したエスカレーターを駆け上がると、体が影を吸い込んだ気がした。

「憑かれたんか」

 遠くで如月の声が聞こえた。もう一人はしてはいけないと思いつつ、体は如月に襲いかかっていた。次々に影が入ろうとしてくる。

「意識が……」

 放課後、佐藤が経験したのは。

 わたし、如月を殺したい。

 ダメなんだから。

 店のガラスに突っ込んだ。

 ガラスの破片が散らばる。

 如月に庇われていた。

 手にしたキャンプ用のナイフで彼の二の腕を突き刺していた。黒いシャツに染みが広がるのが見えて、ようやく我に返った。

「さすがお姫様の娘や。おまえ自身で影を焼き尽くしたな。お母さんのところへ」

「はい」

 貴子は西棟へと急いだ。いつも停めるところに白い軽のワゴンが見えて、如月を見た小太刀を持った影が襲いかかろうとしていた。

 如月は難なくかわし、鉄鋼の筋交いに手をかけて駐車場の柵から飛び出した。

「戻れ!」

 貴子が叫んだ。

 如月は軽ワゴンの屋根からボンネットに転がって戻ってきた。

「さすがやな」

 如月はハハハと笑った。

 まったく笑えない。このわずかな間に何度も何度も守ってくれた如月にナイフを突き立てるなんて、己を失うなんてはじめてだ。

「そやけど痛いもんは痛いわ」

 貴子は如月がポケットから出した二つ折りの財布をドッジボールのように受け止めた。

 彼が黒いシャツから何とか腕を抜くと、ナイフでえぐられたキズから血が流れていた。

「悪いんやけど、消毒とかガーゼとか買うてきてくれるか。お使いくらいできるやろ」

「買ってくる。死なない?」

「死なんわ」


 貴子が駐車場からモールに戻ると、割れたガラスを踏みながらエスカレーターでドラッグストアのある階まで降りた。途中ガラスが割れ倒れている人がいたが、意識はあるらしい。

「わたしと同じように影に刺されたんだ」

 不意に音が消えた。

 誰もいない。

 水着の貴子自身がいた。

 今まさに飛び込もうとしている。

 息苦しい。

 エスカレーターで蹴躓いて我に返った。

 貴子は二階のドラッグストアに入ると、カードで言われたものを買い込んだ。騒ぎを気にしながらもレジは仕事をしていたし、フードコードでは数組の家族連れが様子を見ていた。

 逃げなくていいのか。

「自衛隊は動いてくれるんやな。浜中さんが来てくれる?また何かで返すわ」

 駐車場で話が聞こえた。貴子の姿に気づいた如月はバツの悪そうな顔をしてスマホをデニムのポケットにねじ込んだ。

「誰と話してたの?仲間?」

「お掃除を頼んだんや。子どもんとき散らかしたら片付けなさい言われたやろ?」

「何人か倒れてた」

「殺しとらん」

「途中、変な世界にわたしがいた。プールに飛び込もうとしてた。で、溺れかけた」

「隠す気はないけどな。おまえはもうすでにこの世の壁を越えることができるんや」

 汚くえぐれた二の腕に消毒液をこれでもかというほど流した。貴子なら医者へ行く判断をするが、如月は敵を追い詰めることにした。ショッピングモールの立体駐車場の斜めの鉄骨をくぐるように飛び出したところで、貴子が止めていなければどうしていたのか気になる。

「見えたよ、下に留美ねえさん。おまえのおかんやな。二宮の親父さんが犯人や。こんなところで仕掛けてくるなんてアホや」

「飛び降りたら死んでた」

 貴子は言われるがまま二の腕の付け根を両手で力任せに押さえた。彼が腕を上げると跳ね返されそうになる。水泳部の男子や佐藤でもこれほどの筋肉は見たことがない。軟膏を使いきるほど塗ると、ガーゼをテープで止め、途中から貴子が処置を引き継いだ。キツすぎるくらいがいいというので、黙ってそうした。

「お父さんに電話しとき」

 貴子は父に状況を話した。

 如月はガラス片でキズみれだ。しかしそれくらいは気にしていない様子で黒いシャツを筋交いにはたいた。五階からガラス片をまき散らしていることには気を使わないらしい。

 貴子は言われるがままスマホをスピーカーにした。如月と話したいとのことだ。

『ドアホ』と又八。

「わたしがいけないんです。わたしがいなければ捕まえてました」

『きこちゃん、庇わんでええ。響也、おまえは何のために来たんや。留美はんに万が一のことあれば、おまえは生きとる資格ないからな』

「仕掛けてきてくれて、何となくこの街に漂う臭いはつかめたんで。それとな又八……」

『何や』

「おまえのキンタマ引っこ抜いて紐でくくって干し柿みたいに軒下に吊るしたるからな!キンタマ、シワシワになっても許さへんぞ」

 品がないし、お互いに大人げない。


「何でここまでしてくれるの」

 貴子は如月を責めるように尋ねた。もちろん責めている気はないし、むしろ礼を言わなければならないことはわかる。

 苛ついているせいだ。

「うわべの理由なんていい」

「いちいち面倒な奴やな。二人とも俺にやさしいしてくれた。もしかして俺、この人らの子どもになれるんやないかと思うたよ。なれんのはわかってた。つまらんこと言わすな」

 如月はシャツに腕を通して、また叱られるだの同じのを探して買うなど呟いていた。裏返しの左のタグはファストショップのタグではなく、ショップのセレクト品だ。

「あなたはお母さんやお父さんいないの?」

「知らん。生まれてきた記憶もない。ようわからんまんま、こうして生きとる」

「いつくらいの話?」

「覚えとらん。おまえの親と出会う前や。寺のじいさんと暮らしてた。あれは寺かな。たまにメシ食うところにあるやろ。アンて読む」

 貴子はスマホに「庵」という漢字を出して見せた。如月は「それそれ」と答えた。庵とはいおりとも読む。寺でなくても、小さな小屋のようなものなら庵と呼んでもいいようだ。

「初めて熱い風呂に入れてくれたのはおまえのお母さんや。蛇口からお湯が出てくるの初めて見たんや。くそじじいが」

「くそじじい?」

「俺にけんを押しつけた奴や」

「師匠のこと?」

「師匠いうんは偉い人のことやろ?」

 貴子は如月は如月で触れたくないこともあるのだなと納得した。こう見えても繊細なところがある。傲慢にも見える態度は、わざとやさしいところを隠しているような気がしてきた。

「ちゃんと真帆と話す」

「やめといた方がええと思うで」

「これはわたしと真帆の問題」

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