4 転生したら勝ち組だと思ってた
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ts転生したら身体は子供で頭脳は大人な紳士で性的な嗜みや、ゆりゆりぐふふなことになれると思っていたら、そんな期待はすぐに崩れ去ることとなった。
生まれ変わったこの姿を鏡で見た時、なんとなく確信したのだ。両親が美しい人たちだから、私もきっと、そんなふうになれると思った。
前世の記憶もあり、小さい時から天才プレイもできる。さらに子供の頃の記憶力や学習力自体は大人から見ればチートみたいなものだから、大人の理性の元、勉強に費やせば、低能だった元おっさんだって、医学部に進めてしまうはずなのだ。
美少女で人生勝ち組で、ゆりゆりうふふな道を余裕ぶっこいて進めると思っていた。
怪人が目の前に現れるまでは。
私の家はもうない。
怪人に潰されたから。
私の両親はいない。
怪人に潰されたから。
私は勉強できない。
ヒーローに選ばれ、昼夜戦い続けたから。
私は百合百合できない。
そんな暇、全然ない。
ただ眠れるだけで、ほっとする。
*****
怪人たちが現れて世界が揺らぎ、壊れていくなかで、普通の人々が勇気を振り絞り、一人また一人とヒーローとして立ち上がった。
ヒーロー達の出現により、各国はヒーローと協力を得られるように彼らに対する優遇政策実施するなどし、怪人の数が何とか減り始めるが、私のこの世界での8歳での誕生日を迎えるころに、突如として怪人の出現頻度が跳ね上がり、地方の町は次々と廃墟になった。煙が立ち込め、静かな田舎も焼け落ち、やがて私の住んでいた家にも怪人の爪が及んだ。
この世界での両親はそのころに死んだ。自宅が崩れ落ちるその瞬間、両親は目の前で下敷きになり、私はぎりぎり倒壊した家の瓦礫の間に入り込んだおかげで生きていた。
両親は生きていると信じて、彼らを呼び続けた。叫びすぎて喉が痛くなっても、声が掠れても、返ってくるのは崩れかけた瓦礫の隙間から流れてくる風の音だけだった。その静けさが、現実だと突きつけてくるようで、胸の奥が凍っていくのを感じた。
隙間を縫って、何とか瓦礫から這い出た時には、至る所から、煙と炎が出始め、1時間もすれば、私の出た瓦礫は炎に包まれていた。
避難施設で保護されていた時に、ヒーロー協会がヒーローとなれる人を探すために持ち込んでいたヒーロー才能検査機で調査され、私はヒーローになれる才能が眠っていることを知ったのだ。もっと、早くに知っていれば、早くに検査を受けていれば、もしかしたら両親が死ななかったのかもしれない、そう思った。
それ以上に、私の周りの視線は、お前が早くヒーローになっていれば●●は死ななかった、というように私を突き刺していた。
私は、睨むような視線を浴びても、言い返すことはできなかった。いや、本当は言い返したかった。でも、あの人たちの悔しさも、悲しさも、痛いほど分かるし、逆の立場なら私も同じことをしていただろう。
それほど、この時期の人たち、もちろん私を含め、心に余裕を失い、ただ必死だった。
ヒーロー協会の職員が用意した書面に私はサインをしていく。
「こんな子に、戦うための書類を書かせるだなんて……」
という協会の一部の方が声を漏らした。そもそもこんな子供にそんな書類を書かせても法的拘束力なんて発生しえない。でも、この時期は、みんな本当に余裕がなかった。
サインを終えた紙に書かれた日付を見て、ふと手が止まった。……今日は、私の9歳の誕生日だった。まるで冗談みたいに思えた。お祝いの言葉もケーキもない。ただ契約書と、これから戦うための運命というクソみたいなプレゼントだけがそこにあった。
連れてこられたヒーロー協会の訓練施設兼宿舎で、職員から説明を受けた後、宿舎で私に与えられた部屋に案内された。そこには既に別の人が住んでおり、仲良くするように言われていた。
転生した私の体の年齢より3歳上で、1年ほどヒーロー歴が長く、私より少しだけ身長が高くて、ツインテールの女の子だった。
12歳のツインテールは、私には少し不思議に思えたけれど、きっと女の子には特別な意味があるのだろう。元の自分では想像もつかないけれど、その気持ちは尊重したい。
そのツインテールの女の子は、年下の妹ができたかのように彼女は威張りながら色々なことを教えてくれた。
前世から人付き合いが苦手だった私にも、彼女は真正面から関わってくれた。厳しいけれど、そこにはちゃんと暖かさがあった。
こんな、自分このことだけで精一杯の時代で生活する12歳の子供が……
彼女とは長らくベッドバディとなり、一緒に怪人を駆除し続けた。
私と出会った頃は、まじまじと私を腕を組みながら覗き込み、
「ふん、私のほうが可愛いんだから!」
と小さな鼻を鳴らして、いきなりの宣戦布告が始まった。ちょっとした牽制のつもりだったんだろうな。
内心、からかい返したい気持ちもあった。でも、この先、一緒に暮らしていくのなら、そんな程度の低い揉め事を起こしてギクシャクするより、仲良く一緒に暮らしていくためにそっと笑ってやり過ごした。そもそも、前世がある分、この子の数倍人生を送っているのだから、見守る大人としての対応をするべきなのだろう。
まあ、そんな風にけんかを売ってきた子も、自分のことを可愛いというだけあってちょっと釣り目で猫のような可愛らしさのある美少女なので、私は、これは性的趣向が特殊な人用のご褒美なのだ、と心の中で納得することとしたのだ。
その上で、2段ベッドの上で寝るように言われた上に
「まさか、その年でお漏らしだなんてしないわよね? そのベッド汚したらただじゃ置かないから」
とまで罵られるが、まあ、実際に同年代でお漏らしをする夜尿症の子供が増加していることが医学的に問題されていた。まあ、二段ベッドの上で漏らされる側はたまったものではない。
夜尿症の原因は多種にわたるが、ストレス要因もある。
このころは、子供にトラウマが残るような怪人たちによる攻撃が多数あるが、そもそも人口が大きく減るような事態になっていたので、一人一人の心のケアなんてできるわけではない。
だから、誰か1人を手厚く、優しくしてあげるだなんてことはなかなかできない。しかし、私の先輩となる方は、私がその子を先輩と呼ぶと、顔を赤められ、
「どうせ施設のことわからないんでしょ、案内してあげる。べ、べつにあんたのことなんて心配なんじゃないから。ほら、一応、私はあんたの先輩だし……えっ……と……困るのよ、迷られて、私に文句が来ることがあったら」
と、妙に親切になり、お腹が空いて食事の時間を尋ねてみると、
「配給の食事なら食堂で決まった時間だよ。そんなことも教えてもらわなかったの? 昼の時間ならもう過ぎているから18時に食堂で……もしかして、お昼食べれなかったの? これ、嫌いだからあげる。チョコレート、私嫌いなの。嫌いなのに何で保管しているって? いや、その……ほら、カロリーよ、カロリー。食べれなかったときに無理して食べるの。わかった? ほら、あげる……あー一口でそんなに……。べ、別にうらやましくないから、半分返されても……お腹いっぱい? 仕方ないわね少しだけなら食べてあげるわ お、おいし……。美味しくないわよ! だ……だって言ったじゃない、チョコは嫌いだって!」
と、口の端に茶色いチョコレートの汚れをつけながら必死になって、チョコは嫌いなんだ、と言い続けた。
口では『美味しくない』なんて言いながらも、頬の緩み方は隠せていなかった。あの時の年相応の少女らしい彼女の照れた横顔を、私はきっとずっと覚えていると思う。
一日にしてわかったのだが、先輩面する猫目の年上の女の子は、絵に描いたようなツンデレキャラだった。
親切な性格なのに素直になれない的なやつ。
でも、下手に親切なことをするとろくなことにならないのが、丁度私がヒーローになった時代付近のこと。先輩も嫌なことに何度かあったのだろう。
ヒーロー協会に拾われた私は、先輩がほとんど付きっ切りで私を育てくれた。
本当に、姉のような存在だった。
寝坊しそうな私を当たり前のように起こし、命に関わるような失敗はしっかり叱ってくれたこと、くだらないことをして一緒に笑ったこと。そんな積み重ねのひとつひとつが彼女を、まるで姉のように感じさせた。
彼女から何度もくり返される厳しい訓練やらされ、恨み辛みを覚えることもあった。でも、教える側も、私の成長を願いながら、きっと大変だったに違いない。
教えたことを相手ができないのは甘え、みたいに喝を入れて気合を入れて繰り返す指導は当然ダメなのだ。それは時間の無駄なのだ。
何故できないか、どうしたら出来るようになるか。そして改善した指導を実施する。その結果、向上したのか、別の問題が発生したのか、ではそれらを改善するにはどうすればいいのか、を永遠に繰り返すのが指導だ。
それを、12歳の女の子が、見た目9歳の子供の私に指導する、というのはなかなか、というかあまりにも難しすぎて骨の折れることなのだ。大人でさえできない人が多いのだ。そういう意味では私を何とかヒーローとして育てようとしていた12歳の先輩も、ある意味チートキャラだったんじゃないだろうか。
彼女の支えがなければ、私は今日まで生きられなかっとだろう。
きっと、彼女こそが本物のヒーローだったのだ。
数か月の指導を受けて、私は先輩と実戦に繰り出された。
相手の怪人は黒く塗りつぶされたような人型で、普段見かけるオーソドックスな低級の怪人だ。しかし、これらの低級怪人を迎撃するには小火器では難しい。機関砲と呼ばれるような、人に当たるとバラバラになるような威力の装備で低級怪人を倒すことはできるが、当然そんな装備なんて自衛隊や軍隊が軽い感じで持ち歩いているものではない。数が足りなすぎるし、いつどこで現れるかもランダムな怪人の対処は非常に困難なのだ。
怪人を倒すボランティアのヒーロー達が現れるまでは。
9歳の私の一撃も低級怪人には有効であり、自分でも拍子抜けするほど、怪人に手ごたえがなかった。でも、間違いなく撃破した。先輩も確認して、間違いなく撃破できた。
実戦投入されたばかり私の存在は持ち運びの難しい機関砲以上の戦力となったのだ。
先輩は、夕方になると決まって口笛で『蛍の光』を弾き始める。
元々の音色もそうなのだけれど、歌詞もなんか切ない曲だ。一生懸命、学校で勉強した日々と、卒業、別れの音楽。でも、妙にまたどこかで卒業した後に友達の誰かに会えたらと思える。
どうして先輩は蛍の光を奏でるのだろう、好きなのかな、と思いながら尋ねてみた。
「先輩の蛍の光、上手ですね。どうしていつもこの時間に吹くんですか?」
「この曲って、スーパーの閉店ガラガラのミュージックなの知っている? ヒーローって今、準公務員の立場なんだって。今時計が17時30分。定時ってこと」
なんて奴だ、死ね。歌詞作った人に謝れ、そして話題を振った私に謝れ。
あんな情感たっぷりなメロディに、そんな雑な意味づけをされてしまって、正直ショックだった。話しかけた私が悪かった、って気持ちにさえなる。
そんな風に思ったが、先輩はすぐに、少しだけ真剣な顔をして言った。
「あのさ、私たちの仕事はずっと継続状態でしょ。怪人発生のスクランブルにいつも対応しなければならない。だから待機しているこの瞬間も仕事中ってこと。
ふと、こんな生活が終わる日のことを考えたくなるの。怪人がもう出なくなって、こんな仕事ともお別れできる未来……いつか来るといいなってこんな仕事終わって、怪人が現れなくなって平和になればいいなって思ってね……」
その言葉に、私は思わず頭を下げた。
「ごめんなさい。私が悪かったです。切腹するので介錯お願いします」
「え、どうしたの!? ていうか、あんたなんでそんな物騒な言葉知っているの!?」
慌てた様子の先輩が、心配して私の腕や肩をぺたぺた触ってくる。
そういう妙に近い距離感が時々あって、なんだかほんのり百合っぽく見える瞬間もあるけど、実際は違うし、そんなことを求めているわけではない。私たちはあくまで同僚であるべきで、それ以上にはならない方がいい。
命がけの仕事だからこそ、どこかで『所詮他人である』と線引きをしておかないと、どちらが死んだ時、きっと心が壊れてしまう。
そんな時、いつものサイレンの音が響く。大きくなったり小さくなったり高くなったり低くなったり、不安感を増幅させる音色。
「スクランブル(緊急出動)だね」
「ところで先輩、蛍の光を吹くと、わりと高確率で怪人出てません?」
「そんなわけない。怪人の発生が多すぎるからだよ。そんなこと言ったら、水を飲んだ日は必ず怪人が出るから水を飲むのを辞めよう、って言う人が出てくるよ」
「SNS見たらそういう人たくさんいますよ」
「まじ!? ま、まあ、そんなことはいいから出動するよ」
先輩はヒーロー変身の構えを取る。すると、格好いいバトルスーツの、ではなくて、キラキラキュアキュア綺麗な謎のステッキを持った魔法少女に変身した。全体的に淡いピンク色のコスチュームで、ひらひらのスカートやレースが多くて、この姿を水彩画や模写しようとする人がいたら、あまりの面倒臭さに被写体になった先輩をグーパンチをしかねない雰囲気を感じるメルヘンな恰好である。
「先輩、本当に、ヒーローですよね? 黒猫の使い魔とか、変な人形のマスコットとか、実はいないですか?」
「何言ってんの? 早く行くよ、ななしちゃん」
先輩は、私が、ヒーロー協会から与えられたセンスのないヒーローネーム全てを拒否して『名前なし』になったので、腹を抱えながら『ななしちゃん』と呼ぶようになった。それが定着して、私を呼ぶ人たちは大体ななしちゃんと呼ぶ。せめて私の本名で呼べよ。
「私も、この格好に思う時はあるわよ。最初のころはレア枠って感じで。みんなに私特別なのよ、って感じでさ……。でもさ、気づいたんだ。この衣装のままで20歳を超えて戦い続ける未来があるのかなって……。悪夢でしょ……。
あんたはいいよね。レア的な服装な上に歳行っても変な感じのしないコスチュームで……」
「まあまあ。じゃあ、先輩が20歳になる前に怪人を絶滅させるしかありませんね。そうしましょう。頑張って先輩が20歳になるまでに怪人を絶滅させましょう」
「はぁー、本当にいつ終わりになるんだろうね……。じゃあ、今日も先輩張り切っちゃうぞー」
先輩のやる気のないようなやる気のあるような声を出しながら、ヒーローリングを操作する。怪人の居場所を確認すると、先輩はヒーローリングを腕から外してポケットにしまい込んだ。
「先輩、ヒーローリング、また外してるんですか? 落としたら大変ですよ」
「んー、手首がむずかゆいから外しているだけ。ポケットは大丈夫、ここからは落ちないから。でも、ななしちゃんは、絶対に外さないでよ。……すごく、無くしそう」
先輩はいつも私を子供扱いする言動をしていた。しかし、手首につけるべきものを外してしまえば、いざというときにポロッと落とす未来が見える。
とくに、空中戦なんかしてたら……。
先輩がヒーローリング落とした時、ヒーロー協会の人に怒られないか心配だ。
私はヒーローリングがしっかり左手首にはまっているのを確認し、さらに怪人の居場所を確認する。宿舎から10キロメートル北西側。低級怪人13体。中級2体
まあ、いつもどおりのこと。
「さて、私も先輩の20歳前のヒーロー卒業のためにひと肌脱ぎますよ!」
冗談めかして言いながら私も続いて変身する。変身エフェクトとともに舞い上がる私たちの姿が、いつもより少しだけ軽やかに感じたのは、風がやさしかったせいかもしれない。
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今年は暑いですね。
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