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転生悪役聖女の逆襲! 魔王との契約結婚で異世界の経済を牛耳ります  作者: 言諮 アイ


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第8章

 濃い灰色の煙が街の上空を覆い始めている。あれほど豪奢だった王都は今、焼け焦げた瓦礫と絶望の叫びが入り混じる廃墟へ変わりつつある。


「エリス様、こちらで重傷者が見つかりました! 急いで手当を……!」

「わかった、応急処置の道具はあるわね? 魔王領から運んできた医薬品を使って、できるだけ早く治療を始めて。私たちが導入した流通ルートで確保した薬品なら、十分対処できるはずよ」


 焦燥感に駆られた声をあげる部下を促しながら、私は広場の片隅へ急ぐ。火の粉が舞い落ち、鼻腔に血と灰のにおいが混じる。

 私がここでやろうとしているのは、ただの破壊ではない。倒れた人々を救い、民衆をもう一度立ち上がらせる準備をすること。

 経済作戦で得た貨幣と流通管理のノウハウを、こんな混沌のなかでも最大限活かすのだ。


 部下たちが声を掛け合いながら、身動きできない人々に布をかけ、怪我を手当てする。見るに堪えないほど傷ついた者も少なくない。


「あんた……偽聖女じゃなかったのか? どうして、こんな……助けてくれるんだ……」

「偽聖女かどうかなんて関係ないわ。今は生き延びるために必要な物資を渡しているだけ。私たち“黒薔薇商会”が、この街を立て直す手段を持っているから」


 傷ついた男が疑いのまなざしを向けてくるが、私の部下がすかさず薬品を取り出し、傷口に布をあてている。男の目は混乱と恐怖に泳いでいるが、やがて痛みを堪えながら小さく礼を言う。ほんの一瞬、私は内心で苦い思いを噛みしめる。この惨状を生んだのは私たちの責任でもあるのだから、それくらいのフォローはしなければならない。


 私は広場を見渡し、次の行動を考える。

 王太子を倒しても、まだ神殿や貴族の残党が完全に消えたわけではない。だが、彼らがすぐに反撃できるほどの力はもう残っていないはず。この混乱の中で最初にすべきことは、壊滅状態の街を押さえ込み、民衆の生存を確保することだ。私の部下たちが噴水脇に即席の救護所を作り始めているのが見え、ほっと胸をなで下ろす。


 そこへ、黒い外套を翻してレオンハルトが現れる。背後には魔王軍の兵士が控え、漂う空気が一気に冷たく張りつめる。彼の瞳には以前よりも鋭いものが宿っているように見える。王国を滅ぼすという目的がほぼ達成されたのだと実感し、さらに彼自身も次の展開を見据えているのだろう。


「中央区画はほぼ制圧した。王宮も陥落寸前だ。お前が行うべきことは終わったのか?」

「終わってはいない。私にはまだこの街を立て直すという役目がある。ここで踏みとどまって、民衆を納得させる必要があるの」


 私がそう言うと、彼はわずかに首を傾げるようにして私を見つめる。その表情には冷たい笑みが浮かぶが、どこか探るような光も宿っている。

 魔王と呼ばれるだけあって、レオンハルトの思考は“人間に対する復讐”が第一にあるはずだ。

 それでも私のやり方を否定しないのは、互いに結んだ契約の効力もあるし、私の経済力や人心掌握を“利用価値がある”と踏んでいるからだろう。


「俺は王都を滅ぼすために軍を率いてきた。それは変わらない。けれど、この先お前が何を望むかによって、俺の行動も変わるかもしれない。……お前は本当に人間を救うつもりか?」

「救うというより、新たな秩序を示したいの。王太子や神殿に支配されていた時代は終わるわ。これからは私たちが築く新しい体制――黒薔薇商会と魔王領が主導する経済基盤で、民衆は生き延びる手段を得るはずよ」


 私がはっきりとそう言い切ると、レオンハルトはふっと視線をそらし、遠くの高い塔を見やる。

 その塔は先ほどまで輝きを放っていたが、今は頂が煙に覆われている。過去と未来の境目が、まさにここで焼け落ちているかのようだ。


「好きにしろ。俺はもう少し王都の残党を掃討する。余計な邪魔が入れば、お前の構想も実現できないだろうからな」


 そう言い残すと、彼は再び闇の中へ溶け込むように去っていく。

 彼との契約は私に強大な力を与えてくれたが、同時に“魔王”としての冷徹さも突きつけてくる。私がそこでどう折り合いをつけるかが、この先の鍵になるはずだ。


 そのとき、部下のアーサーが慌ただしく走ってくる。彼は複数の書類を抱え、息を切らして私のもとへ駆け寄る。顔には薄い埃が付着して、焦燥感をあらわにしている。


「エリス様、王宮内で混乱が続いていますが、神殿の高官の一部がまだ抵抗を試みているとの報告が。民衆を“真の聖女”の名で扇動しようとしているらしく、混乱が収まらない可能性があります」

「神殿、ね。リリアナたちがまだ手をこまねいているとは思えないわね……」


 妹リリアナの存在が頭をよぎる。正真正銘の“聖女”と呼ばれ、私を断頭台に追い込んだ張本人だ。どうやら最後の足掻きで民衆を操り、新たな秩序の形成を阻もうとしているのかもしれない。

 私は唇を噛み、あの優しげな笑顔の裏に潜んでいた冷酷さを思い出す。彼女は自分が“本物の聖女”であると証明するために、私を犠牲にしたのだ。


「アーサー、わかったわ。私が直接神殿に向かう。あの連中が何をしているか見極める必要があるもの」


 そう言って私は手早く周囲に指示を出し、部下たちが救助活動を続ける間、数名の精鋭のみを連れて王宮へ進む。崩れ落ちた門を抜けると、石畳が大きくひび割れ、かつての美しさを失った広間が広がっている。天井からは瓦礫が落ち、廊下には血痕が点々と残っている。戦場となったここを歩くたび、足音が暗い反響を伴って耳を打つ。


 王宮を抜けて更に奥へ。そこには神殿の一角に繋がる廊下があるという情報を得ていた。戦闘の音が遠くからかすかに響く中、私たちは息を潜めて進む。やがて見えてきたのは、白い壁が半ば崩壊した礼拝堂の入り口だ。

 そこからかすかに声が聞こえる。高揚したような、しかしどこか焦りを含んだ声――妹リリアナだ。


「皆さん、落ち着いて! “真の聖女”である私が、必ずやこの混乱を収めますわ。あの邪悪な姉は偽りの力で王都を滅ぼそうとしているのです。神殿の奇跡こそがあなた方を救いますわ!」


 リリアナの声が礼拝堂内を反響する。私はドアの隙間から中を覗くと、彼女は純白の法衣をまとい、民衆や従者たちに向かって叫んでいる。その顔は蒼白で、まるで自分を鼓舞するかのように必死さをにじませている。

 周囲には負傷した兵士と数人の神殿高官がいて、彼女の言葉を合図に“救い”を叫んでいるが、目がうつろな民衆も多い。混乱と絶望が入り混じった空気が礼拝堂を覆っている。


 私は意を決して中に足を踏み入れる。足音が響くと、リリアナがこちらに目を向ける。その瞳が一瞬、かすかに揺れるのを見逃さない。外見は純真な聖女を装っていても、内心で私を憎んでいるのははっきりしている。


「お姉様……まだ生きていたのね。偽聖女のくせに、よくもまあここまで街を荒らしてくれたものだわ」

「ええ、私が偽だと言うのは勝手だけれど、あなたもずいぶん疲れた顔をしているじゃない。こんな混沌の中でも、まだ神殿の威光を使って人を操ろうっていうの?」


 私が冷ややかに問いかけると、彼女の口元が引きつる。

 礼拝堂の柱が一部崩れ、差し込む光は薄くかすれている。神殿高官たちが武器を取ることなくただ震えているのを見ると、もはや戦闘に参加する余力はないのだろう。


「私は“真の聖女”よ。王太子様もいなくなった今、私こそが人々を救う存在になるはず。あなたみたいに、街を焼き払うだけの邪悪な力を振りかざすのとは違うの」

「なら、なぜ民衆を救えていないの? この街を見ればわかるわ。あなたの言う“奇跡”とやらは、何ひとつ起こっていないじゃない」


 私の言葉に、リリアナはわずかに視線を泳がせる。おそらく自分でも気づいているはずだ。神殿が抱える力は、民衆を救済するよりも政治や支配の道具として使われてきたということを。

 彼女が私を排除してまで聖女の座を得たのは、結局、神殿と王家の利権を守るためにすぎなかった。だからこそ、経済を武器にした私の反撃に追いつけなかったのだ。


「……お姉様こそ、王都を地獄に変えてまで何をしたいの? 復讐のためだけに、こんな……こんな残酷なことを……!」

「復讐だけなら、こんなに必死にならないわ。私は新しい秩序を築きたい。そのために、神殿と王家が牛耳っていた腐った体制を壊すしかなかった。たとえあなたが“真の聖女”でも、その矛先は避けられなかったの」


 言いながら、私は彼女に近づく。床には崩れた天井の破片や血の跡が広がり、リリアナの足元は震えるほど冷たい。私が一歩踏み出すたびに、礼拝堂の空気が重くなっていくのを感じる。

 何人かの民衆が私を恐れる視線を向けるが、同時に「助けを求める」ようなまなざしも垣間見える。


「あなたは、私を排除することでこの国を守れると思ったんでしょう? なら、今この現実をどう受け止めるの。神殿も王家も崩壊寸前。民衆は飢えと混乱に苦しんでいる。あなたの浄化や奇跡とやらで、この惨状を変えられるの?」

「そ、それは……」


 リリアナの声が弱々しく震える。偽聖女と罵られた私が、今や彼女に詰め寄っている。この反転が私の人生そのものを象徴しているように思えて、苦い笑いが込み上げる。


「私はあなたを殺そうとは思わない。そんなことをしても、体制は変わらないし、民衆の救いにもならないから。だから、あなたには選択肢を与える。ここで私に従って新しい体制の一端を担うか、それとも何もせずに神殿と一緒に滅びるか」

「そ……そんな脅しに屈すると思うの? 私は聖女……!」

「脅しでも何でもいいわ。あなたがここで私に従わないのなら、民衆も神殿も、もうどうにもならないでしょうね。あなた自身にも未来はない。私が築く経済システムには“聖女”なんて立場は存在しないんだから」


 吐き捨てるように言うと、リリアナは顔を歪めて私を睨む。けれど、その瞳にあるのは怒りよりも恐れに近いものだ。大きく振りかぶって私を攻撃できるほどの余力はもうないのだろう。陰謀に満ちた彼女の計画は、私の経済操作で崩された。王家と神殿の後ろ盾があればこそ“本物の聖女”として生きてこられたのに、その柱が崩壊した今、彼女には何が残るのか。


 私はもう一度礼拝堂を見回す。傷ついて倒れ込んでいる民衆がいて、彼らの視線がどこへ向かえばいいか分からず戸惑っているのが伝わる。神殿の高官たちは恐怖のあまり言葉も出せず、ただ震えるだけだ。

 私がここで無理に全員を排除すれば、憎しみや対立の火種が残るだけ。ならば、私が新しい経済体制を築く足場として、彼らに最低限の生きる道を与えてやるほうが得策だ。


「リリアナ、あなたが選ぶことよ。私の商会の一員として働いてもいいし、ただ黙って消え去ってもいい。あなたが神殿の権威にしがみつくなら、残るのは廃墟だけ。……どうする?」


 妹は唇を噛み、私を睨みながら言葉にならない声を上げる。

 純白の法衣はほこりと灰で黒ずみ、かつての高潔さを象徴するものなどどこにも見当たらない。彼女が何を思い、どう判断するかは私には分からない。けれど、少なくとも私はこれ以上“聖女”という概念に振り回される気はない。

 魔王との契約、そして自らの経済力を武器に、ここまで来た。あとは廃墟の上に新しい秩序を打ち立てるだけだ。


 礼拝堂の重苦しい空気を断ち切るように、外から大きな振動音が響く。おそらく、魔王軍が王宮の最深部まで突入し、抵抗勢力を制圧し終わったのだろう。

 私はリリアナに背を向け、扉のほうへ歩き出す。瞬間、彼女がかすれ声で何かを言いかけたように感じるが、振り返らない。まだ迷いのある彼女を気にしている暇はないのだ。


 礼拝堂を出ると、外の空気が一層焼けたにおいを孕んでいる。煙が視界を遮り、熱気と灰が風に乗って舞い散っている。私はそのなかを駆け足で進み、部下たちが待つ広場へ戻る。

 そこでは応急治療を続ける者、瓦礫をどかしている者、物資を配給する者など、商会の仲間たちが懸命に動いているのが見える。民衆が少しずつ落ち着きを取り戻しているのか、悲鳴の音量は先ほどよりも静まっている気がする。


「エリス様、救護作業はだいたい落ち着いてきました。魔王軍の方々も、極力民衆を傷つけないよう配慮してくれているようです。これからは物資の分配と、住処を失った人々の受け入れ先をどうするかが課題ですね」

「そうね。王都の中心部に“臨時の市”を開設して、商会が運営するマーケットを立ち上げる。そこに必要最低限の物資を集め、支援を受ける側と提供する側を管理するのよ。流通をコントロールすることで、王国から魔王領へ移動する人々も調整できるはず」


 私が説明すると、部下は急いでメモを取っていく。私の頭の中にはすでに“破壊したあと”のビジョンが広がっている。この混乱が収まったとき、民衆が頼るのはもはや神殿でも貴族でもなく、黒薔薇商会が提示する新しい経済システムであり、魔王との同盟関係による保護だ。

 貴族や神殿の名残が抵抗を続けるだろうが、それを打ち破る手札は私の中に十分そろっている。


 そこへレオンハルトが再び姿を見せる。彼の周囲には暗いオーラが漂い、配下の兵士たちが敬礼しているのがわかる。

 王都の制圧はほぼ完了したのか、傷ついた鎧のまま彼は私に近づく。その眼差しは冷ややかだが、どこか満足げな光を含んでいるようにも見える。


「王宮は陥落した。王族も神殿も、まともに抵抗できる者はほとんどいない。……お前の望み通りだろう?」

「ええ、ありがとう。あとは私が進める再建計画を形にするだけ。もちろん、あなたにも協力してもらうわ。魔王軍が人間の街をどう扱うかは、これからの政治にも関わってくるから」


 レオンハルトは無言のまま私を見つめる。彼の唇がわずかに動き、かすかな声で言葉を発する。


「お前の“経済操作”という奇妙な力が、こうして現実に世界を変えた。それが俺の復讐心も満たし、新たな未来をもたらすのなら、否定はしない」


 低く落ち着いたその台詞に、私はほんの少しだけ微笑みを返す。

 私とレオンハルトは、ともに王国を滅ぼすため契約を結んだ。だけど、彼は王国への復讐に燃え、私は復讐以上の“再生”を願っている。そのすれ違いをどう折り合わせるかが、今後の課題だ。

 彼は軍事力と恐怖によって新しい支配体制を築く手もあるだろうが、私は経済のもたらす秩序と、民衆の選択を尊重したい。その衝突を完全に避けられるかはわからない。

 けれど、ここまで並んで歩いてきた以上、きっと打開策はあると信じたい。


 私は広場の真ん中にある破損した噴水に近づき、そこに立ち尽くす民衆たちに向けて静かに声を上げる。


「皆、聞いて。私は黒薔薇商会を率いて、この国を経済から変えてきた者よ。もう王族も神殿も、皆を守る力はない。なら、次は私たちが新しい社会を作る。暮らす場所に困っているなら、私たちが整備する市へ来て。仕事や生活の支援も、できる限りの形で用意するわ。……信じられないなら、それでもいい。でも、ほかに道がないのなら、私たちに賭けてみて」


 私の言葉に、民衆の間からとまどいのささやきが起こる。かつて偽聖女と呼ばれ、今や“王国を滅ぼした魔女”のようにささやかれる私を信用しろと言われても、そう簡単には受け入れられないだろう。

 それでも、人々の瞳には今までにない光が揺れている。王族や神殿が何もしてくれなかったことを、彼らは肌で感じ取っているからだ。


「エリス様……本当に、助けてくれるんですか?」

「もちろんよ。ただの口先だけじゃない。私はここで商会の拠点を再建し、人と物資と資金を循環させる仕組みを作る。貴族が力を握る時代はもう終わり。市民や農民が自らの力で生きられるよう、私がその道を作るわ」


 私がそう言い切ると、何人かの若者が小さくうなずき、噴水の周りに集まってくる。王都の崩壊を目の当たりにした今、もはや誰を頼ればいいのか分からないのだろう。私にとっては好都合だ。

 混乱の中でこそ、私の新しい秩序づくりを受け入れる余地がある。


 レオンハルトは私の背後で静かに腕を組み、様子を見守っている。魔王軍の兵士たちが無骨な顔をしながらも、荒廃した街を整備し、瓦礫の撤去を始めているのが視界の端に映る。

 彼らは私の指示に対して文句を言わない。やはりレオンハルトの命令が行き届いているからか、それとも、私の示す経済的安定が、魔族にとっても利益をもたらすと理解しているからか。どちらにしても、破壊し尽くすだけが目的だった彼らが民衆の支援に手を貸す光景は、不思議な余韻を伴っている。


 私は大きく息を吸い、夜明けへ移りゆく空を見上げる。金属の焦げたにおい、血の臭い、そして立ち上る灰――そのすべてが混在したままの世界。だけど、その荒廃の向こうに微かに朝日が射しているのがわかる。光は弱々しくとも、闇を切り裂く可能性を感じさせる。


 瓦礫を踏みしめながら、頬に触れる冷たい風が、少しだけ柔らかい気がする。

 レオンハルトが私の隣にやってきて、低い声で言う。


「お前の描く未来とやらが、どうなるか見届けるつもりだ。俺もまた、この国を壊した責任を負っているからな」

「ええ、もちろん。その責任は私だけのものじゃない。あなたや私たちに協力してきた仲間たち、そしてこの国の人々が一緒に背負うことになる。だからこそ、私はあきらめない」


 そう答えると、彼は微かに口角を上げたように見える。

 契約の刻印が熱を孕むのを感じながら、私は彼とともに広場を抜けていく。

 崩れ落ちた街路に朝の光が差し込み、破片の上でキラリと反射する。そこへ、私の部下が走り寄ってきて報告を続ける。


「新たな市場設立のために必要な資源は魔王領から調達できそうだ」

「民衆に最低限の食糧を分配し始めたら少し混乱が収まってきた」

 ――いくつもの声が行き交い、荒廃した王都が少しずつだが新しい息吹を取り戻し始めているように感じる。


 私は目を閉じ、焼け焦げた空気と共に深呼吸をする。かつて抱いた復讐の念は、今も胸に残っている。けれど、それよりも「この街を再生させる」という熱意が勝っているのをはっきりと自覚する。

 神殿に利用された妹や、私を見捨てた貴族たちへの憎悪が完全に消えたわけではない。だけど、この先に待つ可能性を思えば、いつまでも過去に縛られてはいられない。これが私の“再生”なのだ。


「私を偽聖女と呼んだ人々も、いずれ私を頼るようになるかもしれない。皮肉なものね」

「それでいいじゃないか。お前が築く世界なら、偽や真など関係なくなる。力と知識を持つ者が、必要な秩序を示すだけだ」


 レオンハルトが静かに言葉を添える。彼の声には一見冷たさがあるが、私の意図をしっかり理解しているのがわかる。

 私は相槌を打たずに歩みを続ける。周囲の瓦礫を乗り越え、炎がまだくすぶる建物を遠巻きに回りながら、壊れた街路をさらに奥へ。そこには今も倒れ伏す人々がいて、私の仲間たちが懸命に救護にあたっている。


「大丈夫、もう少しで非常食と水が運ばれてくるわ。私たちが運営する臨時マーケットで、あなただけじゃなく多くの人が助かるように整えます。ゆっくり休んで」

「そ……そんな、あなたは聖女でもないのに、なんでこんな……」


 涙ながらに首を振る女性に対し、私はただ微笑む。聖女かどうかなんて最初から疑わしい立場だった。でも、ここまで経済を操って世界を動かしてきた私には、もはや名ばかりの“聖”など必要ない。数字と流通と人々の意志、そして私自身の信念があれば、誰に何を言われなくても行動できるのだ。


「名乗る資格があるかは別として、私はあなたたちを捨てたりしない。王太子も神殿も崩れた今、私たちが新たな仕組みを作る。疑うなら見届けて。信じるなら協力して」


 そう告げると、女性は戸惑いながらも微かにうなずく。ボロボロの衣をまとい、子どもを抱えた彼女が立ち上がろうとする姿を見届け、私は再び歩を進める。雑多な人間の群れと、魔王軍の漆黒の装束が入り交じる光景が、この王都の新たな“初日”を象徴しているかのようだ。


 ――復讐を超えて、私はさらなる未来を切り開く。貨幣価値を崩壊させ、王国を内側から蝕んだのは私の経済の力。その知識と魔力があれば、逆に廃墟を再生する仕組みだって作れるはずだ。そう信じているし、それを実証するために私はここまで来た。



 レオンハルトが視線を向けてくる。私は静かに微笑む。契約結婚という形でつながった私たちだが、もしかしたら真の意味で一つの道を歩むのはこれからかもしれない。

 滅びゆく王国を見下ろすだけだった彼も、この先どう動くのか――。

 私の経済力と彼の軍事力が噛み合えば、きっと新しい未来を築ける。

 復讐から始まったこの物語は、破壊を乗り越えて、いまようやく次の幕を開けようとしている。


そう思い至ったとき、私の胸には不思議な安堵感が広がる。

廃墟の路地を抜け、朝日が差し込む広場へ戻る。灰色に染まった建物の影が長く伸びているけれど、その先には確かな光がある。私はそっと視線を上げ、空を仰ぐ。


「さあ、ここからが本当の勝負だわ。魔王の伴侶として、新しい秩序を実現してみせる」



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