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転生悪役聖女の逆襲! 魔王との契約結婚で異世界の経済を牛耳ります  作者: 言諮 アイ


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第7章

 夜明け前の空気が肌を刺すように冷たい。私は漆黒の外套をまといながら、魔王領の城門を出て王都へ向かう部隊の先頭に立っている。

 周囲には黒薔薇商会の仲間たち、そしてレオンハルトの軍勢が、静かな緊張のもと集結している。今こそ決戦のときだ。


 王国を内側から崩壊させるために仕掛けてきた経済作戦は、すでに大混乱を生み出した。

 このまま放っておいても王国はやがて瓦解するだろう。けれど私は、あの王都をこの手で支配し、新たな秩序を打ち立てることを望んでいる。

 ゆえに、ここへ来た。魔王の軍勢とともに、最後の勝負を仕掛けるために。


 東の空がわずかに白み始めているのが見える。

 胸が高鳴る。

 つい最近まで、私は処刑台で死を待つ“偽聖女”だった。それが今や、王国を揺るがす勢力の先頭に立ち、大軍と共に王都を攻め落とそうとしているのだから、運命というのは皮肉なものだ。


「……行くわよ。まずは王都の城門前まで進撃しつつ、周囲の街道を封鎖する。混乱に乗じて逃げようとする貴族や兵士を取り込むか、あるいは黙らせるか。いずれにしても、王太子と正面から対峙するための道を作るわ」


 地図を指し示して部下たちに伝えると、皆が頷いて散開し、指揮下の兵や馬車を動かし始める。

 魔王領から王都まではそれほど遠くはないが、道中には王国軍の斥候や魔物の出没も予想される。もっとも、レオンハルトの軍勢は圧倒的な戦力を誇るし、黒薔薇商会の部下たちも、経済面だけでなく戦闘や情報操作に長けた者が増えている。さほど苦労はしないはずだ。


 馬に乗り込み、大きく息をつく。遠くから吹き抜ける風が冷たく、金属の味を含んだような湿り気を帯びている。目を凝らせば、夜霧の向こうに見える地平線の先に王都の塔がうっすらと突き立っているのがわかる。

 あそこには、私を罠にはめた王太子、そして妹リリアナがいる。あの二人が私を断頭台へ送り込んだ瞬間から、私の復讐は始まっていた。


 背後からレオンハルトが近づいてくる気配を感じる。彼の漆黒の馬が嘶き、その足元には魔王軍の兵士が整然と控えている。その姿はまるで闇の塊だが、頼もしい。


「準備はできている。お前の合図ひとつで、王都を包囲できる」


 低く、重みのある声が胸の奥に響く。彼は容赦なく王国を滅ぼすつもりだろうが、私は何も言わない。

 軽く手を挙げるだけで、全軍が動き出すのを合図にする。

 馬の蹄が土を踏む重い振動が幾重にも重なり、朝靄をかき分けて行軍が進む。


 しばらく進むと、前方に王国の斥候部隊らしき姿が見える。散発的に矢や魔法が飛んできて、あちこちで閃光が走るが、こちらの陣形は崩れない。魔王軍は訓練が行き届いているし、黒薔薇商会のメンバーたちも器用に立ち回る。私自身も魔力を高め、防御と補助の結界を張る。視界の端では倒れこんだ敵兵が動かなくなる様子が見えるが、いちいち目をそらすつもりはない。


 道を切り開きながら、やがて王都の外壁がはっきりと姿を現す。かつて私が暮らしていた街並みは、今は霧と煙に包まれ、かすかに焦げくさい匂いが漂っている。すでに市街の一部が暴徒化しているのだろう。貴族や神殿が経済混乱を抑えきれず、軍も民衆を守る余裕などないまま、街は事実上放置されているに違いない。


 城門前に近づくほど、こちらを威嚇する王国軍の数が増えてくるが、それでも連携が取れていないのが見え見えだ。私たちの部隊が一カ所に集中的に攻撃を仕掛ければ、敵陣はあっという間に崩れて散り散りになる。壁上からぶ放される矢の雨を、魔王軍の盾がはじき返し、私の魔法が風の渦を起こして矢をそらす。騎馬兵が城壁の薄い箇所を突き崩し、猛烈な勢いで突破口を広げていく。

 民衆の叫び声と金属の衝突音が混ざり合い、辺りは修羅場と化す。


 胸が締めつけられるような感覚がある。私は王都に恨みがあるのだから、これこそ望んだ光景だ。

 けれど、瓦礫や炎に包まれる街を目にすると、かつてここで過ごした自分を思い返さずにはいられない。華やかな貴族の舞踏会や、神殿での祈りの儀式――その背後に潜む陰謀を知ってしまった私は、結局、偽聖女として断罪された。


「……なんて、くだらない記憶なの」


 口に出して自分を叱咤し、馬から飛び降りる。すでに城門周辺は混戦状態だが、私の周囲には商会の部下たちが何人も加勢してくれている。


 私は大きく手をかざし、闇色に進化した聖女の魔力を凝縮させる。前世の知識だけではなく、この世界で手に入れた魔力もまた私の武器だ。

 一瞬だけ耳鳴りがして、視界に赤い閃光が走る。私の魔力が城門の扉を吹き飛ばし、その破片が辺りに散らばる。煙と埃が舞い上がり、敵兵が悲鳴を上げて倒れていく。


「一気に城内へ進むわよ!」


 部下に指示を飛ばし、私は瓦礫を踏みしめながら城門をくぐる。往来には物資を積んだ馬車や倒れた兵士が散乱しており、焦げた布の匂いと血の生々しい香りが鼻を刺す。石畳が不規則に崩れ、視界の先には王都の中心部を囲む壁や塔が見える。あそこに王太子が待ち構えているはずだ。


 行き止まりとなっている路地を大きく回り込みながら進んでいると、耳元でレオンハルトの低い声が聞こえる。いつの間にか私のすぐそばまで馬を寄せてきたらしい。


「このまま押し切れば、王都の中心部は陥落する。それでいいのか? お前の復讐は王太子と直接対決することじゃないのか」


 彼の言葉は棘があるようで、真意を探るかのようにも聞こえる。私はぐっと歯を食いしばり、口を開く。


「もちろんよ。だから、私はこれ以上あなたの大軍に蹂躙させるつもりはないわ。あの男は私の手で倒す。……あなたが止める?」


 そう返すと、彼は薄く笑む。私の覚悟を確かめているだけなのだろう。

 互いの目が交わった瞬間、再び前線の兵士たちの歓声と衝突音が響き渡る。レオンハルトはその音を背に、馬を旋回させる。


「好きにしろ。俺は別方向から中央を制圧する。お前が王太子を仕留めるなら、それで構わない」


 私が小さく息を吐く前に、彼は手勢を率いて通りの奥へ消えていく。レオンハルトの姿が遠ざかると同時に、私の手首に刻まれた契約の紋章が微かに熱を帯びたように感じる。

 ――ここで王太子を倒さなければ、私の復讐も何もかも中途半端に終わる。


 部下たちを伴い、王宮へ続く大通りに向かう。人々の悲鳴と怒号、建物が崩れる轟音があちこちから響き、灰色の煙が空を覆い始める。通り沿いには重厚な石造りの建築が並ぶが、もうその威厳は崩れ去り、荒廃の風景をさらしている。突き進む私たちを阻む王国兵たちは次第に減っていき、かわりに視界に入るのは民衆が逃げ惑う姿ばかり。


 やがて豪奢な噴水がある広場に出ると、そこには王太子直属の近衛兵が待ち構えていた。鎧に刻まれた王家の紋章が彼らのプライドを物語るが、その眼差しにはかつてほどの強さがない。

 市場崩壊で王国が揺らぐ今、彼らはただ王太子に命じられるまま立っているだけなのだろう。私は立ち止まり、声を上げる。


「王太子はどこ? 自分の国がこんな惨状なのに、まさか雲隠れなんてしてないわよね」


 近衛兵が歯を食いしばって剣を構えるが、返事をする余裕はなさそうだ。私の背後から駆け寄る部下たちが次々と敵を倒し、まるで前に進む道を切り開くように誘導してくれる。その隙をついて私は先頭に躍り出て、噴水を囲む石畳を渡る。


 すると、広場の向こうに立つ彫像の陰から、金色の髪をなびかせた男が姿を現す。王太子だ。

 白いマントには泥と血がこびりつき、もはや華やかな王族の雰囲気はない。けれど、その眼には強烈な憤怒と焦燥が宿っている。


「……まさか、ここまでやるとはな。偽聖女め! お前が王国を壊している張本人だろう!」


 絶叫にも似た王太子の声が広場中に響く。彼の顔にはもはや余裕など微塵もない。

 私を“偽聖女”と罵り続けてきたその口が、今は自分の国を守る術も見いだせず震えている。


「そうよ、私が壊した。あんたの仕組んだ偽の罪と、私を断頭台に送り込んだ罰――すべて返すために、ここに来たの。わかるでしょう?」


 静かに言い放つと、彼は苦々しい表情で剣を握りしめる。その切っ先がわずかにぶれているのは、怒りのせいなのか、それとも恐怖なのか。周囲の近衛兵は既に退き、私と王太子の間を遮る者はいない。乱れた呼吸が肌を焼き、喉の奥がひりつく。


 王太子が剣を振りかぶる瞬間、私もまた魔力を集めて詠唱を始める。かつては彼の婚約者という立場だったけれど、その事実が今となっては滑稽だ。彼が見下ろす視線を受けていた自分を思い返すと、胸に芽生えるのは復讐心だけではない。大きな怒りの炎へと変わっていく。


「私があのとき受けた屈辱、あんたにも味わわせてやる。自分の国が崩れ落ちていく光景を見て、何を思うのかしら」


 王太子は言葉にならない雄たけびを上げ、私めがけて駆け出す。切っ先が突き刺さんとする一瞬、私は地面を蹴って魔力の風で彼の動きをそらす。金属と魔力が交錯し、火花が散る。

 ひと呼吸の間に、王太子の剣が私の髪をかすめ、私の放った魔撃が彼の肩を焼く。激痛の表情を浮かべた彼が膝をつく。


「なぜだ……王国を守るのは、俺の使命のはずなのに……お前のような女に、すべてを……」


 吐き捨てるように口を動かす王太子。唇から血がにじみ、顔は恐怖に引きつっている。私は構えを崩さずに近づき、軽く息を整える。周りでは商会の部下たちが戦闘を制圧し、魔王軍の旗が遠くからはためいているのが視界の端に映る。


「王国を守る? 笑わせないで。あんたは王国を守るふりをして、妹と結託し、私を犠牲にしただけ。そんな王族ごっこも、もう終わりよ」

「お前なんかに、王国が渡せるものか……!」


 最後の力を振り絞るように剣を振り上げる彼。けれど、その動作はもはや遅い。私は魔法の力を一点に凝縮し、彼の手元に衝撃を与える。乾いた音を立てて剣が地面に落ち、王太子の体が崩れる。跪いたままの彼が上目遣いで私を睨む。


「どうせ、ここで私を殺すんだろう? 王国を滅ぼして、それで満足か……!」


 彼の声が怒りと絶望をないまぜにして震える。私はその声を聞きながら、胸が焼けるように熱い。

 ふと息を詰まらせる。破壊するだけじゃない、私は新たな秩序を創るためにここまで来たのだ。ならば、無力化した王太子を今すぐ仕留めて終わりにしてしまうのが正解なのか。それとも、もっと別の形があるのか。自問する時間はほんの一瞬だけ。


「満足かどうかなんて関係ない。これは必要な行為なの。私は王国を壊し、新たな世界を築く」


 そう呟くと、手のひらにこめていた魔力を緩める。

 剣を取り落とした王太子は、理解できないという表情のまま、とうとう視線を落とす。広場を取り囲むように商会の仲間たちや魔王軍の兵が集まりつつあり、人々の悲鳴が遠巻きに聞こえる。


 激闘のなか、どこかで炎がはぜる音がして、黒い煙が夜空を覆い始める。

 長かった復讐の一端が、今ここでひとつ完結した。


 遠くから轟音が響く。魔王軍の突撃が王宮を制圧しているのだろう。

 首を振って遠くの空を見る。火の手が風に煽られ、広場に灰を降らせる。民衆の苦しむ声が消えたわけではないが、あの王太子にすがった王国は、もう立ち直れないほどの打撃を受けている。


「……私はここまで来た」


 囁くように言葉を落とし、私は崩れかけた噴水の縁に手をつく。

 周囲を見回すと、仲間たちが無事に広場を制圧し、民衆の保護を始めている。混乱の最中にも、商会のメンバーはただ破壊するだけではなく、まだ生き残っている住民を救い出そうと行動しているのがわかる。

 人々が悲鳴を上げながらもこちらにすがる姿を、今度こそ見捨てずに受け止める準備はできている。

 私は剣を捨て、民衆のほうへ歩み寄る。


「まだやるべきことが残ってる。私は、私の望む未来を手に入れる」


 それだけを呟きながら、煙の立ちこめる王都の広場を歩き出す。レオンハルトがどこかで次の行動に移り、魔王軍が王宮を掌握しているのなら、私は私なりのやり方で“統治”の準備を始めるしかない。


 ――これが最後の戦いではない。自らの手で築く未来が、本当の意味で始まるのはこれからだ。


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