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転生悪役聖女の逆襲! 魔王との契約結婚で異世界の経済を牛耳ります  作者: 言諮 アイ


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第2章


 私は重厚な扉の前に立っている。

 まるで年月を飲み込んだかのような暗い色合いの城門で、ところどころに不気味な装飾が施されている。扉に触れようとすると、ひんやりとした冷気が手のひらを伝う。周囲を見回すと、石造りの廊下はほとんど灯りがなく、かすかにゆらめく青白い燭台の光が長い影を引きずっている。


 薄暗い空間を一歩ずつ進むたび、足音が静寂を裂くように響く。この城こそ、魔王レオンハルトが拠点としている領地だ。先刻、私は処刑台から一瞬でここに連れてこられた。

 王国が最も恐れるという魔王との協力は、好都合でしかない。


 扉の奥から誰かが出てくる気配を感じ、立ち止まる。控えていたらしい魔族の兵士が、私に向かって静かに礼をする。肌の色は人間とほとんど変わらないけれど、瞳は赤みがかった光を宿し、言葉もどこか切り立った響きがある。彼らは私を案内する役目のようだ。


「エリス様、こちらへどうぞ」


 低い声でそう言われ、私は言葉少なにうなずく。先導する兵士の後ろをついていくと、足元の石床に転写された魔法陣のような模様が幾重にも重なっていて、不気味さが際立っている。時折、背筋をかすめるような冷たい気配を感じるけれど、恐怖はない。


 ほどなくして、巨大な扉にたどり着く。扉を見上げると、人の背丈など軽く超える大きさで、金属的な質感と漆黒の装飾が圧を放っている。兵士が深々と頭を垂れ、扉を押し開くと、冷たい空気が音を立てるかのように流れ出てきた。そこには広々とした大広間が広がっている。


 石造りの床は黒光りし、天井を支える柱は高くそびえている。その先に見える玉座のような席には、長身の男——魔王レオンハルトが堂々と腰掛けている。

 私が足を踏み入れた瞬間、彼の瞳が微かに細まったように見えた。青白い光に照らされたその姿は、静かだが圧倒的な存在感を放っている。


 私はまっすぐに歩み寄る。玉座から距離を置いたあたりで立ち止まると、背後で扉が閉ざされる音がした。広間は張り詰めた静寂に満ち、時折響くのは遠くから聞こえる風の音と、私の心臓の鼓動だけ。レオンハルトはゆっくりと立ち上がり、私のほうへ近づいてくる。彼の足音が床を叩くたび、その振動が胸にまで響く。


「よく来たな」


 低く重たい声に、思わず身が引き締まる。彼の視線はまるで底知れない闇のようで、私を射抜いて離さない。あの処刑台で爆発的な魔力を放った私に興味を抱いているのは間違いない。けれど私もまた、彼という存在に大いなる可能性を見出している。互いの目的を探り合いながら、一瞬の沈黙が流れる。


「ええ。よくぞ連れてきてくれたわね。さあ、最初の契約遂行条件は何?」


 私は胸を張って問いかける。彼は鼻先で軽く息をつくように笑い、玉座から近い位置を指し示す。まるで「そこに立て」とでも言うかのような無言の指示。私はその場所まで進み、向き合う形になる。


「王国を滅ぼすのが俺の望みだが、お前も同じようにあの国を壊したいらしいな」


 その言葉を聞くと、ほんの一瞬だけ胸が熱くなる。自分を追い詰めた王家や神殿への復讐心は消えるどころか、時間が経つほどに勢いを増している。だが勿論、それだけでは足りない。


「ええ、ただ破壊するだけじゃ満足できない。私はあの国を内側から蝕んで、根本から変えてみせるつもりよ。あなたが目指す破滅と、私が思い描く復讐が重なるところがあるなら、協業するのも良いでしょう」


 言葉に力を込めると、レオンハルトの瞳がさらに細まる。彼は冷酷で合理的だと聞いていたが、それだけじゃない。人間を憎みながらも、私の言葉には何かを感じ取っているようだ。


「お前が言っていた、経済というもの。それにはどれほどの力がある?」

「王国の貨幣価値や取引を操れるなら、軍事力なしでも崩壊させることができるわ」


 すると、レオンハルトは無言のまま何かを取り出す。古びた金属製の印章のようにも見えるし、指輪にも見える。不思議な魔力がまとわりついていて、一瞥するだけで背筋がピリリと震える。彼が軽くそれを指先で弄んだ瞬間、周囲の魔力がさざ波のように揺れる気がした。


「これは契約の証だ。俺と“契約”するなら、お前は俺の配下……いや、俺の“伴侶”として立場を得ることになる」

「伴侶、ね。なかなか大胆な言い方ね。私と結婚しろってこと?」


 それに彼は淡々とした表情のまま頷く。そこに甘さのかけらなどない。けれど、彼が“魔王”という存在である以上、婚姻という形によって結ばれる契約に何らかの深い意味があるのだろう。仮にそこに愛情が伴うかどうかは関係ない。重要なのは、私の狙いと噛み合うかどうか。


「俺は王国を滅ぼすだけでなく、その後の支配も考えている。お前の経済操作とやらが本物なら、力尽くで世界を壊すよりも、より効率的に破壊し、その先で新たな秩序を作れる。互いの利害が一致するなら、契約する価値があるだろう」


 その声は落ち着いているが、瞳の奥には明確な野心が揺らめいている。私が望むのも、国の破壊と再生。そして彼は滅ぼした後の世界を支配しようと考えている。まるで、同じコインの裏表のようだ。ふと、私の脳裏に前世の記憶が走る。人間世界で華々しい経歴を得たあと、裏切りに遭い全てを失った記憶。今度こそは、この手で世界の形を変えてみせたい。


 私はレオンハルトが差し出す契約の印章を見据え、一瞬だけ迷う。彼の力は明らかに人間を凌駕していて、危険極まりない相手だ。けれど、もし私が彼と手を結べば、王国を跡形もなく崩せるだけの土台が手に入る。


「……わかったわ。あなたと手を組むのは、私にとっても悪い話じゃない。契約しましょう。ただし、私はあなたの下僕になるつもりはない。あなたの“伴侶”として、対等に動きたいの」


 口調を強めて言い放つ。すると彼は静かに笑みを浮かべ、そのまま私の目をまっすぐ見つめる。威圧感と同時に妙な吸引力があり、息が詰まりそうになる。


「いいだろう。対等を望むなら、お前にはそれ相応の責任を負ってもらう。俺と結婚するということは、そういうことだ」


 レオンハルトが印章を握ると、その周囲に黒い波紋のような魔力が広がる。重苦しい空気に満ちた大広間がさらに静寂を深め、遠くに控えていた兵士や側近たちが身を縮めているのが分かる。

 やがて、彼が静かに右手を上げる。私はその手の動きに合わせて、自分の手を差し出す。すると、黒い光がまるで糸のように揺れながら、彼の手元と私の手首を結んでいく。肌に触れる瞬間、ピリッとした痛みが走ったが、すぐに熱へと変わった。


「この契約は絶対だ。お前と俺の意思が合致している限り、どんな力も割って入れない。もし裏切れば、俺の魔力がお前を蝕むことになる」

「あなたがもし私を裏切るなら、私だって容赦しないわ」


 闇の波紋が私の肌を浸していく感覚は、まるで冷たい水に沈むようでいて、逆に内部から力を与えられるような不思議な心地よさがある。


 レオンハルトが印章を軽く握り直すと、光はすっと消える。私の手首には小さな紋章が刻まれていて、見ればわずかに漆黒の薔薇のような模様が浮かび上がっている。指で触れると、まだ少し熱い。これが、私たちの結婚、そして共同戦線の証だ。


 大広間の空気が戻ってくる。先ほどまで張りつめていた魔力の緊張が薄れ、周囲の兵士が一斉に深呼吸する気配が伝わってくる。レオンハルトは印章をしまい、再び玉座に腰掛けた。そこには先ほどの威圧だけでなく、どこか満足げな雰囲気が漂っている。


「これで俺たちは同じ道を歩むことになる。もっとも、俺はお前の全てを知っているわけじゃない。だから、まずはその力を示して貰おう」

「私だって、あなたの力を全部把握しているわけじゃない。お互いに利用価値を見極めるためには、少しずつ探り合うしかないわね」


 しばし沈黙が広がる。すると、脇に控えていた兵士たちや側近が一斉に動き始める。私の契約成立を見届けたということだろう。レオンハルトは部下のひとりに目配せをし、落ち着いた口調で言う。


「エリスを客室へ案内しろ。今夜は休むといい。明日からは、俺の領内を自由に見て回れ。お前の経済操作とやらを試すにも、まずは情報を収集しないとな」


 私はその提案を受けて、小さく息を吐く。確かに、自分からも魔王領の状況を把握しておきたい。人間の国とどう違うのか、どれほどの資源や人員があるのかを知るのは、経済を動かす上で必須の知識だ。


「わかったわ。あなたもあんまり待たせないで。やりたいことが山ほどあるんだから」


 私が視線で挑むように言うと、レオンハルトは薄く笑みを浮かべ、玉座で静かに頷く。威圧的でありながら、そこに一抹の興味や期待が込められているようにも見える。


 私はそっと扉を後にする。廊下に出ると、冷たい風が髪を撫で、私を迎え入れるように感じられる。少し体が重い。さすがに少し緊張していたかも知れない。

 やがて用意された客室に通され、硬いベッドに腰を下ろす。周囲を見回すと、高価な調度品があるわけではないけれど、最低限の生活には困らなそうだ。

 窓の外を覗くと、黒々とした夜空が広がっている。星の光は少なく、夜風の音が寂しさを運んでくる。私は一人静かに息をついた。


(この契約は、お互いに利用できるからこそ意味がある。どちらかが裏切れば、一瞬で破滅だろう。でも、私は破滅など望んでいない)


 そう考えると、疲れているはずなのに、不思議と眠気がこない。胸の中には大きな炎が燃え続けているようだ。あの国への復讐心、そして自分がどこまでできるか試したいという強烈な欲求……それらが今、暗く沈む夜空よりもずっと深いところで輝いている。


 ベッドに横になり、石造りの天井を見つめる。遠くからは風のうねりが低く響き、まるで魔族の嘆き声にも聞こえる。耳をすますと、廊下を行き交う兵士たちの足音がかすかに伝わってきて、ここが人間の国とはまったく異なる場所なのだと改めて実感する。


「やることは山ほどある。王国を崩すことも、新たな秩序を築くことも、私ならできる。……いや、必ずやるわ」


 声に出すと、自分の言葉の力強さに気づく。そうだ、できる。私の中には前世で得た経済の理論と、聖女の魔力がある。あの国を支配する王家や貴族たちが築いてきた既得権益を根こそぎひっくり返し、もう一度世界のルールを作り直す。それを成し遂げるだけの知識と覚悟が、私には確かにある。

 しばらくの間、私はそんな考えを巡らせながら、冷たく硬いベッドの上で体を丸める。暗闇の中、いつしか瞼が重くなり、意識が遠のいていく。


 こうして私は、魔王レオンハルトとの契約を交わし、彼の領地に身を置くこととなった。復讐心と未来への欲望を糧に、必ずや新たな秩序を創り出す。

 そのために、まずはこの魔王領を知り、私の経済操作という力がどれほど通用するのか確かめなければならない。

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