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全部バレていました。

作者: コロン

 


 《side ラインハルト》



 夜の(とばり)が下ろされ、屋敷で働く者たちが寝静まる深夜。

 このところの忙しさから後回しにしていた仕事を自室で片付けていると、扉の向こうに微かな気配を感じた。


「ミエーレか」

 書類から目を離す事なく問えばミエーレが静かに応える。

「アイリス様がお出かけになられました」


 動かしていたペンを思わず止めてしまった。今夜くらいは大人しくしているかと思えば…仕方ない(ひと)だ。

 私は小さくため息を吐き、ミエーレに指示を与えた。


()()()()()で頼む」


「かしこまりました」

 その一言を残すとミエーレの気配は消えた。


 一カ月後には王太子(わたし)と結婚式を挙げるアイリス。

 今日は前祝いとしたパーティがこの王城にて開かれ、王太子妃として大勢の相手をしたというのに。


 夜な夜な抜け出し、男に会いに行くとは…我が婚約者の夜遊びにはほとほと困ったものだ。




 。。。



 幼い頃、母上に何度も同席させられた城の庭園でのつまらない茶会。

 毎回変わり映えなく、これなら部屋で本を読むほうがよっぽど有意義だとあくびを堪えていると、会場の端の垣根から令息が飛び出し、近くにいた衛兵に駆け寄って行くのが見えた。

 慌てた様子で何かを告げると、衛兵が急いで走って行く。

 少しして戻ってきた衛兵の手には、ずぶ濡れの幼い女の子が抱かれていた。


 聞けば噴水のある池に落ちたという。濡れただけで怪我もなく良かったと皆がホッとしているのを感じながら、私は不思議でならなかった。

 遊び盛りの男児ならまだしも、幼い頃からマナーを重んじる女の子がどうして池に落ちるのだろう?噴水の周りはあの子の胸の辺りまでレンガで囲まれていたはずなのに。それを乗り越えた?ドレスで?初めて見る顔だけど、どこの娘だろう。

 あまりにも呆れてしまい、隣に座る母上の顔色を伺おうと見れば、母上は嬉しそうに私を見つめていた。


「…その笑顔は何ですか?」と不満気に問えば「本を読むこと以外に無関心だったラインハルト(あなた)が、初めて他者に興味を示したから」と笑いながら返された。


 そういえばそうだ。何故だろう…


 そんな自分の気持ちを探るために、次からの茶会は自分から参加しアイリスから目を離さないようにしていた。

 笑顔の彼女を見ると自分も嬉しくなったり、大人しい彼女が心配になったり、アイリスが他の男と楽しそうにしている時は邪魔してみたり。


 一喜一憂する自分の気持ちにヘトヘトになった頃、これが恋かと自覚した。








 。。。


 《side アイリス》




 王城での前祝いのパーティを終え、自室に戻る。

 疲れた事を理由に、早目に侍女たちを下がらせた深夜。


 王太子妃に相応しい淡い水色のふんわりとしたドレスから、胸元を強調した黒いスリムなドレスに着替える。

 緩く巻かれた髪はハーフアップにして黒い薔薇の髪飾りを。そして最後に顔半分を覆う「猫」の顔の仮面をつける。

「誰も私と気づかないわよね」

 鏡の前で納得し、外套を頭から被るとこっそり自宅を抜け出した。


 今夜はある貴族の家にて、身分を隠した仮面舞踏会が開かれている。

 お目当ては、先日子爵令嬢のイライザと婚約を交わしたばかりの伯爵令息のレイモンド。


「結婚前に会っておかなきゃ」

 この仮面舞踏会が最後のチャンス。どうしても会いたかった。


 舞踏会会場に到着するとすぐにレイモンドを探す。

 会場は薄暗くセッティングされている上に、それぞれ仮面をつけているので個人の判断がつけにくい。が、大勢の貴族の身長、歩き方の癖、髪色、シルエットなどを王太子妃教育で叩き込まれた私の目は誤魔化せない。


「いた…」

 レイモンドは慣れない仮面舞踏会という場で、壁際に置かれた椅子にぽつんと一人で座っていた。 

 イライザはというと…それまでつけていた蝶の仮面を赤からグリーンに変え、先程こっそりと会場を出て行った事を確認している。


 私はチャンスとばかりにレイモンドへ声を掛ける。

「お暇なら私と踊っていただけませんか?」

 誘われると思っていなかったのだろう。驚いたレイモンドは「いえ…その」とキョロキョロと辺りを見回し、パートナーであるイライザを探した。

 私はその視線を遮るように前に立つ。

「ここは誰が誰かなど捨てた場所です。誘われたダンスを断る理由がありまして?」少し強めにそう言うとレイモンドは戸惑いながらも頷き「…そうですね。では一曲お願いします」そう言って私の手を取った。


 流れる曲はワルツ。三拍子に合わせ体を寄せる。

「すみません。私はあまり踊りが得意ではなくて…」確かにレイモンドのステップはぎこちない。

「力が入りすぎている様に思います。もっとリラックスして…」そう言って仮面越しに微笑むと、レイモンドも笑った。

「力が…そうかもしれませんね。貴女とのダンスは踊りやすい気がします」

 少し緊張が解れたのか、ステップがずいぶん軽くなっていた。

「私たち、相性が良いのかもしれませんね」


 曲が終わろうとする頃に、私はレイモンドの耳元に唇を寄せ囁く。

「中庭に行きませんか?」と。

 この言葉は仮面舞踏会では「誘い文句」である。

 私は戸惑うレイモンドの手を引き、中庭に誘導する。


 そして中庭を通り過ぎてさらに奥まで進む。

 月明かりが届かない建物の影に入ると、状況に耐えられなくなったレイモンドが「…あのっ、やっぱり…すみません。私には…婚約者が…」と、弱々しく声をあげた。

 私は振り返り、耳まで赤くなっているレイモンドの口に人差し指をそっと当てる。

 少しの静寂。

 するとどこからか別の男女の囁く(ささや)声が聞こえてきた。


「…ええ、お金は大丈夫。だからもう少し待って…そう…レイモンドの……ええ。………薬の販売ルートも……」


 女性の声はイライザで間違いない。お金について男性とやり取りしている様子だ。


「…かなりの金額をどうやって用意するんだ?結婚したからって金がもらえる訳じゃないだろう?」

「うふふ…大丈夫。結婚してしばらくしたらレイモンドには死んでもらうから。上手くやるわ」


 目を見開いたレイモンドが咄嗟に私を見た。私は小さく頷き、もう少し見守るよう目で合図する。

 2人は今後の流れなどを話し合っていた。

 話し合いが終わるとイライザは相手の男性にキスをした。激しい唇のキスは首筋に…そして二人の衣服が乱れはじめた。


 真っ青な顔で拳を握りしめていたレイモンドの背中にそっと手を回し「落ち着いて」と声をかける。ハッと我に返ったレイモンド。

 一瞬、困ったような顔を私に見せるが、すぐに貴族の顔に戻り「ありがとう。君を巻き込むわけにはいかないから、君は戻って。僕はこの後始末をつけないといけない」そう言った。


「…わかったわ」

 これ以上は私の出る幕はないとその場を去ることにした。

 しかしこれではレイモンドが不利かもしれない。

 もう少し騒ぎを大きくするため「裏庭でお待ちしております」と書いたメモを、すれ違う男性のポケットへ入れて行く。

 しばらくすると、5人ほどの男性がソワソワしながらホールを出て行った。



「さて、急いで戻らないと」

 隠しておいた外套を纏うと急いで屋敷を後にした。

 そして誰にも気づかれる事なく自室に戻り、何事もなかったようにベッドに入った。





 数日後、学園ではイライザが婚約破棄になった話で持ちきりだった。


 婚約破棄の理由は、イライザの実家が違法薬物の販売に手を染めていた事。薬を手に入れるために作った多額の借金を隠してのレイモンドとの婚約した事。イライザが複数の男性と関係を持っている事であった。


 特に違法薬物の件は国も見逃す事はなく、子爵家を詳しく調べた結果、薬物以外にも多くの不正が見つかった。イライザの両親は有罪が決定したため父親は炭鉱へ送られ、母親も炭鉱近くの修道院へ入れられた。

 イライザはというと、レイモンドを殺して伯爵家を乗っ取る事を計画していたため、厳しいと有名な国の最北端の修道院へ収監された。



 。。。




 あれから1ヶ月。

 ラインハルトとの盛大な結婚式を終え、二人きりになった夫婦の寝室。


 この日の為に恋愛小説を読んで色々と勉強し、甘い初夜を想像していたのだが…

 いつもと違うピリピリしたラインハルトの雰囲気にどうしていいかわからない。


 仕方ないのでベランダにでも出てみるかと、ナイトドレスの上にガウンを羽織り窓際まで行けば、つかつかとやってきた彼にカーテンを閉められてしまった。

 さっきより暗くなった部屋。

 用意されたワインをグラスに注ぐラインハルトが沈黙を破る。

「今後は私を差し置いて他の男と会うなんて許さないからね」


「んんっ!?」

 まさかバレてる?気まずさを誤魔化すために、渡されたワインを一気に飲み干す。


「昔…茶会で君が池に落ちた時、助けを呼んでくれたのがレイモンドだったね。今までも誰かを助ける為に夜な夜な抜け出していたよね」

「!?…知ってたの?」

「当たり前だろう。バレてないと思っていた事に驚くよ。まさかアイリスは僕が誰だか知らないわけじゃないよね?」

 心底呆れた顔をされ、私が屋敷を抜け出す度に数人の護衛がついていた事を知らされる。


「今までは君が望む通りにしてあげようと見逃してきたけれど…今夜からは、僕の望みを聞いてもらうからね?」

 そう言ってラインハルトは私の手から空になったグラスを取り上げた。

 ジリジリと距離を縮める彼の圧に押され、思わず後退る。


「…えっと…ラインハルトの望み?」

 そう聞いた瞬間、抱き上げられて体がふわりと浮き上がる。落ちないように慌てて彼の首に手を回す。



「今まで言う事聞いてあげたぶん、手加減はしないから」



 そう言うと、ラインハルトは嬉しそうに微笑んだ。



「猫系女子」というお題で書かせていただきました。


猫系女子を見守る男性の気持ち。


どうでしょうか。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。


★誤字報告ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
猫系女子、それは即ちキャッツアイ(ΦωΦ)! ←古い!? アイリス嬢はいつもこんな事をしているんだな。 一体どれ程の夜を駆け抜けたんだろう。 しかし、ラインハルト氏の心労は計り知れない………。きっと…
猫系女子のアイリスがカッコよくて可愛いですね。 そりゃあ、ラインハルトも今まで見たことのない女性だし、好きになりますね。 未来屋さんとのコラボだったんですね。 楽しいし、とても話がおもしろかったです…
舞踏会の様子が臨場感があり、自分もその場にいるような感覚になりました。 アイリスがとてもかっこよかったです。 そして、ぜひとも幸せになって欲しいですね。
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