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デイドリーム

ずっと「天才」と言われてきた。

子供のころは「神童」だったかな。

でもそんなことはどうでもいい。

たしかに以前は自分の思うようなものが創作できた。

時間はかかっても満足のいくものを作ることができた。

だが今はどうだろう。

あちこちからたくさんの依頼がきて、それに応えることはできている。

だからずっと高い評価を保っていられるのだ。

しかし、顧客の要望どおりに作ることはできても

自分の納得できるものは作れない。


依頼がきても作りたくないときもある。

「先生、ぜひ来月までに仕上げていただきたく。」

「お嬢様の社交界デビューの際にはお披露目したいとのことですので。」

そんなもの三日もあれば十分だ。

だが貴族の見栄には付き合いたくもない。

「あら、いけませんわ。主人は今月わたくしと友人を訪ねることになってますの。」

「こ、これは奥様・・・。」

「しばらく滞在いたしますので来月は無理です。」

コンシュは貴族の従者ににべもなく言い放つ。

「よろしいですわね。しかとお伝えくださいませ。」

「は、はあ・・・。」

コンシュは長身で手足が長く存在感がある。

言葉数は多くはないが、よくとおる声としっかりした発声で相手を圧倒してしまう。

「まったく・・・奥様にはかないませんな。」

そうぼやきながら今日も従者たちはすごすごと引き下がっていくのであった。


「コンシュ・・・。」

「わかってる。」

コンシュはくすりと笑うといたずらっぽく見上げて言った。

「あの奥方には先生もお困りのことだろう・・・っていわれるんでしょ。」

「いいのか、それで。」

「いいのよ。」

「思うように曲がかけなくてね。」

「無理しないで。そのうち書けるようになるから待てばいいじゃない。」

「君が悪く言われるのは僕にはつらい。」

「あなたはそんなこと気にしなくていい。」

コンシュはまじめな顔で正面からじっとみつめてきた。

「わたくしはあなたの前に立ってあなたを守り、あなたにはやりたいことをやってもらう。」

そしてひとなつこいまぶしい笑顔を見せた。

「それがわたくしの願いよ。」


コンシュはわがままな妻を演じている。

気の進まない依頼や招待を断ることもある。

そうやってずっとかばってくれているのだ。

それなのに・・・。

「そうだわ。友人を訪ねるのは本当の話よ。」

それも気晴らしをさせようとの気遣いなのだろう。

「キトリから連絡がありましたの。」

ああ、そうか。

彼にもしばらく会っていないから会いたいな。

「キトリの誘いならぜひ行きたいな。」

「そうでしょ。」

「自分からは出かけようとしないから、連れ出してくれるのはうれしいね。」

「なにやらご用もあるみたい。」

「ほう。」


キトリは旧知の友人である。

もとはコンシュの子供時代からの友人だった。

どこであんな友人と知り合ったのか。

キトリはかなり特殊な人物だったが、一緒にいてとても安心できた。

なにかをするわけではないのだが、黙っていても話しても心地よい。

だからキトリが人間でなくてもまったく気にならなかった。

彼は精霊の血をひく種族らしい。

複数の世界を時空を超えて渡り歩くことができる。

そうやって人々の想いのかけらを集めるのが彼らの使命のようだ。

キトリの邸宅は町から離れた森のなかにある。

閑静な屋敷には意外と客が多かった。

美しい毛並みや羽根、よく手入れされたツノを持つ彼らは

たいへんおとなしくて優雅だったから、ここでの滞在は落ち着いたひとときを過ごせる。

「いやあ、ヴォルフ。しばらくだね。」

キトリにとっては2年でも「しばらく」にすぎない。

「なにか面白いことを考えているね?」

キトリが招くということはそういうことなのだ。

「ふふ、まあ君に見てもらいたい子がいてね。」

そういえばずいぶん前にもそう言ってしっぽのある子を紹介されたな。

あれはなかなか楽しかった。

「その方はキトリも気に入っている方なのね。」

「なぜわかる??」

「うふふ、長いお付き合いですから。」

コンシュはなかなか鋭いことを言う。

「実はね、作曲の才能があるんだ。」

「同業者か。」

「未来の、だね。」

キトリはとがった耳をぴくり、と動かした。


長い廊下を通って別棟のほうへ。

扉をひとつくぐるごとにあたりの空気が微妙にかわっていく。

無造作にドアをあけて進むキトリがいなければ二度と戻れないような気がする。

危険な感じはしない。

むしろ自分からそこにとどまりたくてどんどん進んでしまうような感じだ。

屋敷の空気に魅了されるとでもいうのだろうか。

かといって引き留めるでもなく、追ってくるわけでもなく、

その心地よさが戻りたくない気持ちにさせるのだろう。

「ここから見えるよ。」

キトリは大きなガラス窓の前で足を止めた。

どこにでもあるような街角の風景。

古びた建物の一室に女の子がひとり。

歌うような声とリズムを刻むしぐさ。

大きな紙にむかって懸命になにかを書いている。

「楽譜、かな。」

「聴いてみたいかね。」

キトリはガラス窓のふちについていたボタンを動かして見せた。

初めは小さく、でもだんだんとはっきり聞こえたそれは少女の鼻歌だった。

「これは・・・。」

不安定ながらそれは見事に整えられた楽曲になりつつあった。

少女らしい素直で明るいメロディライン、クラシックなパターンでありながら

聞き手を飽きさせず耳を傾けずにはいられないような変化の連続をとりいれて、

あたかも金色に輝くシャボン玉が飛び跳ねているようなまぶしささえあった。

「ぜひ育てたい・・・。」

「そうだろう?」

キトリはにやっと笑った。


少女の名はエリゼ。

あまり裕福ではない家庭ながら、両親は文化的で彼女の音楽への道を確保してくれていた。

あるときはリクエストをする依頼者となり、またあるときは夢中になるファンとなり

エリゼとその才能が開花していくことに大きく貢献していた。

「ヴォルはあの子に夢中なのね。」

コンシュに指摘されても反論できない。

「いや、まあ、そうなんだが・・・。」

「くすくす。よろしくてよ。」

コンシュのこの暖かくまぶしい笑顔が好きだ。

「わたくしだって夢中になりましたもの。まるで自分の子供のような気がしますわ。」

ああ、それだ。

ずっとこの気持ちがなにかわからなかったが、ようやく理解できた。

エリゼも彼女の音楽も自分の子供のようにいとおしいのだ。

そばへ行って声をかけたい。

行き詰っているときは抱きしめたいっしょに考えてやりたい。

うまくできた時はほめてやりたい。

しかしエリゼはガラスの向こう側にいて、そこへたどり着くことはできなかった。

ただ見守るだけしかできないもどかしさ。

それでもエリゼはひとつひとつを乗り越え、自分の音楽を作り上げていく。


二つの世界の時間軸は異なっているようで、少女だったエリゼも大人になっていった。

しだいにまわりにその存在が知られるようになり、曲の依頼などもあるようだ。

「まるであなたのようね。」

コンシュはそういうが、エリゼの輝くような作品にはとてもかなわない。

「競い合ってみるのもいいかもしれないな。」

「キトリまでそそのかすとはな・・・。」

苦笑いしながら、それもいいなと思うようになった。

それは自分の作品にも反映しているようで、最近は曲調が華やかだとよくいわれる。

エリゼに聴かせたらどういう感想をいうのだろう。

エリゼの作品ももっと聴いてみたい。

ガラス越しでないその音はもっときらめいているのではないか。

だが、彼女のいる世界は女性が活躍できる時代ではなかった。

依頼者は少なくなかったが、コンテストなどの公の場では

女性だとわかった時点で落とされてしまう。

「生まれてくるのが早すぎたのだろうな。」

あるときエリゼの父がそういった。

「でも、わたくしは今、この時代で自分の音楽をやりたい。」

エリゼはきっぱりと言った。

この才能を周りに認めてもらうにはどうしたらいいのだろう・・・。

「苦労しているようだねえ。心配かね?」

キトリの耳が回ったように見えた。

なにか企んでいる顔だ。

「キトリなら悪いようにはしませんわよね。」

コンシュのほうが先に気づいたようだ。

「こりゃ先手を打たれたな。」

キトリはにやりと笑うと片目をつぶって見せた。

向こうの世界に干渉できるのだろうか。

「まあ、しばらく様子を見ていればいい。」

それよりほかにできることはないのだが。


ほどなくしてエリゼは新しいコンテストの募集を見つけたようだった。

「名前も何も出さずにエントリーするの!」

なんと・・・それなら性別もわかりはしない。

「実力で勝負ということだね。エリゼ、これは大きなチャンスだ。」

「うん、いい曲をかくわ。」

それからエリゼは一日の大半を曲を作ることに費やした。

「Aパート、Aパート、B、C・・・。」

構成自体はシンプルでメロディラインの美しさが際立つようにするようだ。

「次はA、B、C,Cで、プラスして・・・。」

もちろん微妙な変化をつけることも忘れていない。

「ここでDね。」

何度も修正を加え、部屋中に五線紙が散らばっていった。

「最後はB・・・、ん~~。」

なかなかできあがらないらしい。

文字通り寝食を忘れて懸命に打ち込んでいるのだが、

最後の仕上げが気に入らないようだ。

「あー、やっぱり違うなあ。」

頭を抱え込んでいたが、そのうち眠ってしまったようだ。

「よくまとまっていて繊細な曲だと思うのですけれど、どうです?」

コンシュは気に入っているようだ。

「そうだねえ、僕なら・・・。」

五線紙に音符を載せていく。

少し前までは義務的な「作業」にしか感じなかったそれは

いまは「創作」という自らの内にあるものの発信になっていた。

エリゼの構成をもっとシンプルに、そして最後に新しい楽章を加えたものだ。

「これだと余韻が残ってメインのメロディーが際立ちますわね。」

舞台で歌っていたこともあるコンシュはハミングでも正確な音を再現した。

「しかし、これを見せることはできない。」

眠っているエリゼの頬に一筋の光が流れた。

このチャンスを生かしてやることはできないのか。

「どおれどれ、ちょっと貸してみて。」

キトリがいつの間にかそばに立っていた。

「ふむふむ。これをみたらエリゼは仕上げができるかな。」

「彼女がどう思うか、ではあるが。少なくともほぼ完成するだろう。」

「そうか、わかった。じゃ、ちょっと行ってくる。」

「えっ?」

五線紙をひらひらさせたキトリは窓に向かって足を踏み出した。

と、思う間に眠っているエリゼのとなりに立っているではないか!

「ど、どういうことなの?」

いつも落ち着いているコンシュがうろたえている。

キトリはエリゼの手の下に五線紙をおくと、また何事もなかったかのように

ほんの数歩でこちらへ戻ってきた。

「さ、あとはまた見守るだけだね。」

この奇妙な友人にはいつも助けられているが、今回はその不思議な力を実感することになった。

「だいじょうぶ。エリゼはきっといいものを完成させますわ。」

コンシュは僕の手をとって続けた。

「あなたの想い、きっと伝わりますよ。」

「ああ、そうだといいね。」

自分だけでなく、コンシュやキトリの気持ちも受け取ってくれる気がした。

エリゼ、自分の音楽を心ゆくまで表現しなさい。

こくり、とうなづいてくれたように見えたのは気のせいだったろうか。


「このコンテストってずいぶんと斬新な趣向ですのね。」

「うむ。ちょっと驚いたが、エリゼには幸運だったな。」

「まあ、そんなに難しいことではないけどな。」

「なんだ、キトリ。なにか知ってるのかい?」

「うむ、俺がそうしろって主催者に言っといたから。」

「ええっ?」

またまた驚かされるはめになった。

「魔法でもかけたのか。」

「まさか~。寝てるときに耳元でささやいただけさ。」

キトリの親戚には妖精王に仕えるパックがいるに違いない。

「今回はいたずらは気が利いてますわね。」

「なあに、いくら工作したってエリゼの実力がなければ成功しない。」

「そうだな。」

エリゼはその後、数日かけて作品の修正をしていたようだ。

もう以前のような迷いはなかった。

譜面をみながら音をだして確認していく。

これまでガラス越しだった風景がすぐ目の前にあるような感覚になっていった。

自分の音が向こう側に存在するからだろうか。

小さくしか聞こえなかった音もはっきり聞こえるようだ。

自分の音がエリゼとともにある。

それがふたつの世界をつないだのかもしれない。


曲が完成したのは締め切り当日だった。

「できたわ・・・。」

いくぶんやつれたようだが、とても晴れやかな顔をしている。

「あらあら、髪がくしゃくしゃですわね。」

「本人目に入っちゃいないな、あれは。」

ガラス越しではあるが、この数日を共有した4人がそこにいた。

「そうだわ。」

突然エリゼがこちらを向いた。

見えているはずはない、のだが・・・?

「力を貸してくれてありがとう。」

そして深々とお辞儀をした。

「み、見えている?」

「そんなわけはない。あれはなんとなくわかってるだけだ。」

エリゼはにっこり笑った。

「おかげで最後まで頑張ることができました。あなたがだれなのかわからないけど感謝します。」

そしてふいに涙を落した。

「とってもうれしかったわ!」

このときのエリゼの表情をみんなずっと忘れないだろう。

仕上げた譜面を抱え、エリゼは会場へ走っていった。

「僕の想いをちゃんと受け取ってくれたんだね。」

「だからそう言いましたでしょ。」

やさしく寄り添うコンシュの声が聞こえた。

「ありがとう、コンシュ。」

やっと自分の思うような作品ができたことに満足して目を閉じた。

ありがとう、エリゼ。

僕の想いを引き継いでくれて。


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