新しい人生
シルアンナから聞いていたように、俺は南大陸にあるレクリゾン共和国という小国に転生していた。
次の誕生日を迎えると十七歳になる。いきなり教会の前に捨てられるという波乱のスタートであったけれど、俺にはクレリックの初期スキルであるライトヒールと浄化があった。よって孤児院で過ごしたあとは、小さな治療院の臨時治癒士として働きながら何とか今まで生き抜いている。
かといって教会には所属していない。いずれ旅立つことになるからだ。治癒士として神聖魔法を限界まで使用しつつ、剣術や身体強化を続けている。
「クリエス様、わたしと別れるってどういうことでしょうか!?」
治療院にまで押しかけてきた美しい女性。まあ、知らない顔ではない。何しろ彼女には昨日別れを告げたばかりだ。
「エイミー、君は美しい。だけど、駄目なんだ……」
俺は新しい人生でも同じ轍を踏んでいた。ヒナとの約束があったというのに、付き合っては別れるを繰り返している。当然のこと、別れの原因は付き合った女性が全員貧乳であったからだ。
「どうしてです!? 先日も愛してくださったではありませんか!?」
やはりジョブがクレリックということで、将来安泰な俺には近寄る女性が後を絶たない。治療の腕前も好評を博しており、天才と持て囃されているほどだ。
さりとて俺もある程度は学んでいた。前世の最後を教訓としている。
「君が美しすぎた。それだけさ……」
「そんな……。クリエス様に相応しい女になろうと努力したのですよ?」
「俺の役目は終わったんだ。君という美しい花を開花させたのだから。悪く思わないでくれ。シルアンナ神に誓って他意はないし、シルアンナ神も君の幸せを願われているから……」
とりあえず褒め倒しておけばいい。また罪の大半を主神に被ってもらうという別れ方を、俺は編み出している。
首都ダグリアは予想よりも遥かにシルアンナを信仰していた。そのせいか天界で聞いていたように、女性は貧乳ばかりだ。主神の影響を受けすぎだと思うけれど、この国の男性もまた貧乳好きであり、需要と供給は成り立っている。つまるところ、俺の願いが叶うことなどなかった。
「もう終わり……なのですか?」
「週末に貴族様主催のパーティーがあるらしい。シルアンナ神のお告げによると、エイミーはそこで運命の人に出会えるようだ。クレリックである俺には、シルアンナ神の意向や彼女が考える未来が明確に理解できる。幸せを手に入れるエイミーの姿。シルアンナ神は俺の役目が終わったことを告げられていたんだ」
前世の最後とは異なり、静かに去って行くエイミー。そんな彼女に手を振りつつ、俺は大きな溜め息を吐いていた。
「クリエス君、少しいい?」
不意に俺は声をかけられていた。しかし、別に驚く必要はない。なぜなら、現れたのは治療院の院長であるサマンサであったからだ。
「今のはいただけないわね? 可愛い子だったじゃない?」
どうやらサマンサは俺たちの遣り取りを見ていたらしい。加えて彼女は俺の対応を好ましく感じていない様子だ。
「いや、ダメなんですよ。俺は世間の風潮とは異なり、胸の大きな女性が好きなんです。エミリーの板胸では納得できなかった。あんなチッパイでは駄目なんですよ」
とんでもなく失礼な理由なのは俺も分かっている。サマンサに軽蔑の眼差しを向けられても仕方がないのだと。
「クリエス君は男性の患者しか診察しないから、ずっとソッチ系かと思ってたのよね。理由は最低だけど、女性に興味があって何よりだわ」
「俺は男性の方が上手く治療できるのです。悪いところを見つけやすいというか……」
実をいうと俺は加護としてもらった透視を診察に使っていた。熟練度が上がるたびに透けて見えるだけでなく、魔力や血液の流れ、澱んでいるところが見えたのだ。しかし、女性相手に透視は使えない。シルアンナに制約を課せられていたため、使用すると気を失うくらいに頭が痛むのだ。
「ま、クリエス君のおかげで、ウチは評判良いのよ? 安いだけでなく、ちゃんとした治療だってね。良かったら正規の治癒士として働いてくれないかしら?」
俺には鍛錬があったため、治療院に入るのは週に三日だけである。そんな俺にサマンサは常駐治癒士として働いてくれないかと問う。
とても良い話ではあったものの、俺は首を振った。もう決めたのだ。エミリーの一件で踏ん切りがついていた。レクリゾン共和国に残ったとして、前世からの望みは叶わないのだと。
「すみません。俺は旅に出ようと思うのです。今まで良くしてくれた院長には感謝しているのですけど……」
「ええ!? さっきの女の子と気まずくなるから? 自分でフッといて?」
「違いますよ。前々から決めていたんです。俺って戦闘訓練もしていたでしょ? 旅に出るのが目的だったから……」
理由を聞いてサマンサは納得の表情だ。
お金を稼ぐのであれば、毎日治療を引き受けている。更には治癒士が体を鍛えたり、剣術を習ったりするのは無駄でしかなかったのだから。
「ならしょうがない。またダグリアに戻ったら顔を出してね? いつでも働かせてあげるわ」
「院長はすんなり受け入れてくれるんですね?」
「伊達に年を重ねてないわ。若い子は夢を追うべき。それに君は誰よりも才能を秘めている。十六歳でヒールを完全に操るなんて馬鹿げた才能よ。一つの街に縛られているようじゃ駄目。旅に出るのは、とても良いことだと思うわ。だから引き止めないし、応援してあげるの」
言ってサマンサは金庫から銀貨を持ち出し、それを俺へと手渡す。
「旅費にしなさい。大した額じゃないけど、北の港町エルスへの旅費くらいにはなるでしょ」
思わぬ話に俺は戸惑う。だが、直ぐさま笑顔を作って、彼女に返答している。
「院長、俺は世界を見てきます! ご恩は一生忘れません! 本当にありがとうございました!」
まさか世界を救うだなんて言えないしな。だからこそ、若者らしい別れの言葉とした。
「行ってらっしゃい。本当に世界は広いのよ。自分の目で見て感じ、全てを吸収しなさい。君なら想像以上のことができるはずだから」
背中を押すサマンサに俺は笑みを返していた。一人で旅に出ること。前世を含めても初めての経験なのだ。救世主なんて柄じゃないけれど、やはり期待に胸が膨らむ。
別れには前向きな言葉が相応しい。俺は笑顔と共に出立の言葉を口にしている。
「行ってきます!」
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