思わぬ強敵
西側に現れるという幽霊船に注視しながら、わたくしたちは大海を突き進んでいました。しかし、海はどこまでも穏やかであり、幽霊船どころか魔物が現れる気配すらありません。
「幽霊船というくらいですから、小舟ではないですよね?」
エルサが聞く。仮に怪しい船を見つけたのなら、直ぐさま進路を変えようと。
「よく分かりませんが、幽霊船とかワクワクしますね!」
正直に幽霊船とか興奮しますわ。ホラー系の漫画で読みましたし、海賊の漫画にも出てきましたの。エルサは薄い視線を向けていますが、わたくしは割と楽しみだったりします。
「お嬢様、観光などではないのですよ?」
「分かってるわ。タコっぽい船長とかいるのかしら?」
「知りませんよ、そんなこと……」
戦う気があるのですかとエルサ。まあでも、彼女の不安は理解できます。
アンデッドが相手なのです。純粋な剣士であるエルサには決め手がありません。幾ら斬り裂こうと、彼らは苦痛に喘ぐことなく向かってくるのですから。
「お嬢様、アンデッドとの戦いはできるかぎり足を狙うようにしてください。腕や頭を斬り落としたところで、奴らは動きを止めませんから。足さえなくなれば機動力を封じることができます」
「流石はエルサね。了解しました。その作戦でいきましょう。トドメはわたくしの聖魔光で一網打尽ですね」
「そんな簡単にいきますかねぇ?」
アンデッドは討伐方法が限られているため、危険度は同じ魔物であっても数段高くなるみたい。かといって、アンデッドに有効なスキルがあるのだから、わたくしは平気ですの。
出航して半日。日が沈みお月様が昇り始めた頃、ようやくと変化が起きています。
海面に浮かぶ影。明らかに岩礁ではないようです。徐々に大きくなるそれは間違いなく幽霊船でありました。
「お嬢様、回避を試みますか?」
「いいえ、突き進むだけ。わたくしには時間がありません。大量のアンデッドを倒して少しでも強くなりたい。そう思っています」
エルサには悪いのですが、とわたくしは付け加えている。
まあしかし、エルサはわたくしの意を汲む。わたくしが戦うというのならば、彼女は死をも恐れず助力してくれるはずです。
「ウンディー、スピードを落として!」
「う、うん……」
大精霊たちも焦っている感じですね。幽霊船だなんて初めて見るはず。大精霊も属性に応じたスキルを使えるようですけど、彼女たちは基本的に戦闘タイプではありません。
近付くにつれ露わになっていく。幽霊船は大型の商船に似た形状であり、接岸部分にあたる側面には荷を運び入れるための出入り口とヘリが備わっていました。
「エルサ、あのヘリで戦いましょう」
「本気ですか!? 足場が小さすぎます!」
エルサは反対するけれど、わたくしは本気でした。真っ直ぐ向かってくる幽霊船。不安定な小舟の上で戦うよりも、安定を得られる方が良いはずですわ。
「サラとウンディーを巻き込むわけにはなりません。わたくし一人でも構わないのですから」
わたくしが覚悟を示すと、エルサは同意しています。元より先に死ぬのは自分だと、常々エルサは口にしているのです。主人よりも長生きするつもりはないと。
「お嬢様は手前から。私は奥側に陣取ります。挟撃いたしましょう。また足を切り落とせば、海へ落とすべきです。這い上がってはこれないでしょうし」
作戦が煮詰まっていく。わたしたちはできる限りのことをするつもり。決めたはずの覚悟はまだ希望を抱いている。必ずや勝利し、南大陸へ向かうだけなのだと。
既に小舟は動いていませんけれど、グングンと迫る幽霊船にわたくしは戦いの狼煙が既に上がっているのだと知る。
「乗り込みます!」
真っ先にエルサ。ヘリに飛び移るやゾンビの両足を斬り落とす。そのまま蹴りを入れて、彼女は海へと突き落としています。
「エルサ!」
「問題ありません!」
彼女は次々とゾンビを斬っていく。しかし、わたくしが飛び移る隙がまるでありません。ならば、わたくしは自ら隙を生み出すだけ。未知数であった魔法を撃ち放つ時ですわ。
「聖魔光!!」
わたくしは聖女の基礎魔法である聖魔光を唱えた。威力のほどは分かりませんでしたけれど、エルサを助けたい一心で。
眩しい輝きを伴いながら、聖魔光が一直線に放たれていく。期待半分であったそれは結果として溢れるアンデッドを一掃してしまう。
「これなら、いけるわ!」
ここでわたくしはヘリに飛び移りました。ようやく作戦通りとなっています。左右に分かれての挟撃が始まるのですから。
「お嬢様、今の浄化魔法はどれくらい使えそうですか?」
「今のところ何ともありません。魔力回復のポーションも沢山あることですし、海に落とすよりも倒していきましょう!」
ポーションの類は行商人レベルで購入しています。アイテムボックスのおかげで、幾らでも持ち歩けるのです。まあですが、お店の在庫を全て買い占めただけでありまして、無尽蔵ではございません。
「聖魔光!」
わたくしは荷室へと繋がる扉の前に立ち、浄化魔法を撃ち放ちました。目映い輝きは再び一直線に放たれ、まだ部屋で蠢くアンデッドたちを一掃しています。
『レベル42となりました』
一度にレベルが12も上がっている。この航路でかなりの船を襲ったからか、アンデッドたちは魂強度を溜め込んでいたに違いありません。
「これなら大丈夫!」
わたくしは確信を得ていました。幽霊船くらいでは倒されることなどないと。聖魔光がある限りは問題ないと思います。
しばらくすると船内から現れるアンデッドがいなくなりました。少しばかり逡巡したあと、わたくしは決断する。
「エルサ、突入しますよ!」
「本気ですか!?」
戸惑うエルサですが、もう照明魔法を唱えているのです。わたくしが突入するのなら、エルサも追従しないわけにはなりません。
二人して船内に入ると、大型商船らしい巨大な空間がありました。しかし、どうしてか床一面に巨大な魔法陣が輝いています。それは何らかの術式であり、今も起動したままであるような感じです。
また朽ちてしまったのか天井は吹き抜けとなっており、月明かりが差し込んでいました。
既にゾンビ様の姿など見当たらないのですけれど、月光に照らされた部屋の奥にはどうしてか巨大な影が浮かび上がっています。
「っ!?」
息を呑むしかありません。巨大な影は明確に魔物であったのですから。
威圧的に見下ろすような影に自然と足が竦む。ここまで巨大な魔物をわたくしは初めて見ます。瞬時に立ち入ってはならない場所へ踏み込んでしまったのだと理解できました。
「お嬢様!?」
唖然と固まっていたわたくしを、エルサが飛びつくようにして突き飛ばしました。あまりの巨大さに圧倒され、わたくしが適切な行動をしていなかったからです。
「ぐぁあぁああっ!!」
エルサの絶叫が耳元で聞こえる。見ると彼女の鎧は朽ちており、浴びた液体のようなものが皮膚にまで浸透しています。
「これって毒!?」
透かさず浄化魔法をエルサにかけた。処置が早かったからか、幸いにもエルサは命を取り留めています。しかしながら、巨大な影は今や扉の守護者であるかのように、出入り口を塞いでしまう。
「ドラゴン……ゾンビ……?」
月明かりに浮かび上がる巨大な影。腐肉に覆われた身体は明確にアンデッド。またその形状は明らかにドラゴンでありました。
照らし出される威圧的な姿に、またも呑まれそうになるけれど、今は怖じ気づいている場合ではありません。
「エルサ、大丈夫!?」
「ええまあ何とか。あの魔物は猛毒を吐くようです……」
どうやら浄化でも猛毒に対処できたみたい。ですが、エルサの鎧はもう使い物にならず、彼女を前衛に立たせるわけにはならなくなっています。
「聖魔光!」
ここはわたくしが頑張るだけ。聖女として覚えた神聖魔法さえあれば、強大なアンデッドにも立ち向かえるはずと。
聖魔光が直撃するも、ゴースト様のようには倒せません。一応は爛れた皮膚を削っているような気もするのですが、絶大な効果を発揮しているとは言い難い。
聖魔光を気にする様子もなく、ドラゴンゾンビ様は猛毒を吐き続けている。その度に浄化が必要となるけれど、わたくしの魔力はまだ充分残っています。
長期戦を覚悟していました。ドラゴンゾンビ様は扉の前から動く気配がない。しかし、それは直接攻撃がないことを意味し、遠距離攻撃の撃ち合いという状況を作り出しています。
「ハイプロージョン!!」
中級の爆裂魔法を試してみる。派手な爆発であったけれど、それはまるで効果がない感じ。アンデッド特化である聖魔光の方が威力を発揮しているように思います。
「お嬢様、右足を狙ってください! 骨が見えていますし、狙うならそこです!」
エルサの助言。剣術の指南役である彼女からは、ずっと相手の攻撃を無効化するようにと言われ続けています。強大な魔物であっても彼女の戦法は同じであるらしく、機動力を奪うという作戦を指示していました。
「分かりました!」
とにかく聖魔光を撃ち続ける。指示通りに右足を狙い続けました。しかし、何度撃ち込もうとも太い骨を分断できる気がしません。
「浄化!」
聖魔光を撃てば、必ず猛毒を返されてしまう。明確な消耗戦でありましたけれど、ドラゴンゾンビ様にはまるで疲弊した様子がなく、一方的にわたくしが疲れていくだけでした。
どれだけの時間が経過したでしょう。まるで手応えを感じられない。その一方でわたくし自身は確実に追い込まれていました。目減りしていくポーションに焦りすら覚えています。
小さく顔を振った。わたくしは朧気に見えつつある結末を覚悟しなければならなくなっています。
「ごめんなさい、エルサ……」
わたくしは先に謝っていました。正直にこの消耗戦を脱せられるような気がしない。大量に買い込んだポーション類は徐々に数を減らしているし、ドラゴンゾンビ様に対する決定打がないことくらい判然としていたから。
「お嬢様、諦めてはなりません。聖女は女神様に愛されているはず!」
軽はずみな行動をしたわたくしをエルサは咎めない。
どうせなら怒られた方が楽でした。許されたかったからこそ、謝ったのです。しかし、エルサは諦めるなと言い、今もまだわたくしが責任を放棄しないように背中を押し続ける。
「聖魔光!」
エルサの発破に奮起する。窮地に陥った原因を作り出してしまったけれど、謝るのではなく行動でもって償おうと思い直しています。たとえ最悪の結末を迎えたとしても……。
ドラゴンゾンビ様はその巨体以上に強大な存在であるようです。数時間という長い戦いでありましたが、ダメージを受けた素振りは少しですらないのですから。大量にあった魔力回復ポーションは、もう一桁にまで減っていたというのに。
それでも、わたくしは戦い続ける。最後の最後まで戦い抜くと決めたから。それが巻き込んでしまったエルサへの贖罪なのだと。
一本、二本となくなっていく。だけど、もう既に腹は括りました。クリエス様との約束を違えることにはなったけれど、この人生の集大成として最後まで前を向くのだと。
「クリエス様、申し訳ございません。わたくしは先に輪廻へと還ります……」
最後の一本を飲む。未だドラゴンゾンビ様は平然としていたけれど、わたくしの心は折れるどころか、魔力が尽きれば剣で戦おうと考えています。
「聖魔光!」
数え切れないほど撃ち放った聖魔光。此度も目映い輝きがドラゴンゾンビ様に向かっていく。またそれは幾度となく見た光景。少しですら効いたとは思えない攻撃でした。
今回も効果を発揮しなかったのは事実です。しかしながら、ドラゴンゾンビ様ではなく、わたくし自身に変化が生まれている。
『聖魔光の熟練度が100になりました――――』
脳裏に通知が届く。それはスキルの熟練度が最大になったというお知らせです。
唖然と息を呑むわたくしに、思わぬ通知が続きました。
『聖魔光はセイクリッドフレアへと昇格しました』
まるで暗闇に差し込む光です。突然の通知に、わたくしは希望を見出していました。
聖魔光の昇格先。恐らくはアンデッドに有効な魔法だと思います。ならば試さぬ理由はありません。現状はもう手詰まりなのです。だとすれば、新たな可能性に望みを託すだけ。
通知のあと、脳裏に魔法陣が展開されていく。強制的ラーニングによって、わたくしは術式の全貌を理解していった。
「セイクリッドフレアァアアッッ!!」
脳裏が落ち着くまえに呪文を発動する。この度の攻撃こそ効果があると信じて。
眼前には巨大な魔法陣が現れ、魔力が凝縮していく。正直に不安を覚えていましたけれど、程なく垂れ流すように失われていた魔力は供給を停止しています。
その刹那、目も眩む純白の輝きが撃ち放たれました。聖なる光は真っ直ぐ歪みなくドラゴンゾンビ様へと向かっていく。
わたくしにとっての希望の光は闇を切り裂き、目も眩む輝きを発しています。
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