真相
馬車を購入したわたくしたちはアルテシオ帝国をあとにしていました。
世界の狭間という巨大な大地の裂け目があるために、未だに南下できず東へと進んでいます。
「お嬢様、ちょうど良い車両があって良かったですね?」
御者台のエルサが話しかけてくれます。
馬車と馬を合わせて金貨200枚だそうです。
わたくしは本当に驚きました。エルサはお買い物上手すぎますわ。
「まさか馬車が端銭で買えるなんて……」
「お嬢様、金貨は大金です! それも200枚も支払ったのですよ!?」
エルサは冗談を口にしていました。たぶん、落ち込んだわたくしを見かねたのでしょう。金貨二百枚が大金だとかお父様がひっくり返って大笑いするような話をして、わたくしを元気付けてくれています。
「エルサ、悪いわね。わたくしも馬車の操舵くらいできた方が良いかしら?」
「どこの世界に馬車を操れる公爵令嬢がいるとお考えでしょう?」
公爵様に怒られてしまいますとエルサ。でも、そんなことでお父様は怒らないと思いますの。
「追放されたとき国外逃亡するのに役立つのではないかと思うのです……」
「追放の話はまだ続いていたのですか!?」
追放などされませんとエルサは断言しています。
いや、されないとかではなく、わたくしは追放されたいのですけれど。
「それで、わたくしはエルサに話すことがあるのです」
帝国内では黙っていたこと。エルサは秘め事について薄々と勘付いているようですが、彼女から問うことなどありませんでした。
「実はジョブが聖女になったのです」
教会に駆け込んだときから予想していたかもしれません。エルサは頷きを返すと同時に質問を加えています。
「それは祝して構わないことでしょうか?」
エルサは制約の内容を知っています。一年以内に体力値と戦闘値を規定値まで上げなければ死を迎えるのだと。また聖女というジョブがその二つのステータスに悪い影響を及ぼすことくらいはエルサにも分かったことでしょう
「いえ、正直にわたくしが十八歳の誕生日を迎えることは難しくなっています。今のままだとレベル1200を超える必要があると」
絶句するエルサ。わたくしのレベルが23であるのは知っています。だからこそ、その目標が遠すぎることを分かったことでしょう。想像を絶する試練なのだと。
「ディーテ様が仰ったのですか?」
「ええ、そうよ。だから旅を急ぐことにしたの。とある殿方に会うために」
「その殿方とは誰なんです?」
わたくしは思案していました。クリエス様について説明するのは難しい。天界での遣り取りという想像もできないような話をしなければならないのですから。
ところが、わたくしは口にする。ずっと付き添ってくれたエルサであれば、信じてもらえるだろうと。
「実をいうと、わたくしは転生者なのです」
のっけから「はぁ?」っという間の抜けた声が返っていました。しかし、わたくしは続ける。自身とクリエス様の関係を明らかとするために。
「前世は異なる世界にいたのです。十七歳で死に、わたくしの魂は天界へと喚ばれました」
相槌を打つエルサ。荒唐無稽な話を真面目に語るわたくしに水を差すようなことはしません。
「このアストラル世界は存亡の機にあるのです。それはわたくしが生まれる前より、天界では分かっていました。わたくしの召喚者はディーテ様。しかし、わたくしは弱かったので転生させてもらえない可能性が高かったのですよ」
夢物語にしては詳細を述べていると思います。これであればエルサも分かってくれるかもしれません。
「わたくしは努力するから転生させて欲しいと直訴しました。代わりの誰かを召喚する必要はないのだと。でもね、アストラル世界の危機なんです。はいそうですかと女神様は世界に弱者を送り込むことを良しとしません。そこで最低限の縛りが設けられました」
ようやく真相に近付きます。わたくしが十八歳の誕生日を迎えられない理由について。
「体力値と戦闘値。世界を救う可能性を見出せる最低限の数値に達していなければ、十八歳を前に失われるという制約が……」
エルサは納得している感じ。なぜなら、わたくしは幼い頃から真剣に体力強化に取り組んでいたのです。全ては自分自身のためであり、死を回避するためだったのだと分かってもらえたことでしょう。
「しかし、お嬢様の適性は魔法だと思います。ダブルエレメントでもありますし、ディーテ様は何を間違っておられるのですか?」
ここで真っ当な疑問が向けられていました。けれど、それこそが話の根幹ですの。昔話にクリエス様が登場するまでの過程です。
「このアストラル世界には、もう一人女神様がいらっしゃるのですよ。シルアンナ様というお美しい女神様が……」
「確か南大陸の一部で信仰されている教団の女神様ですよね?」
エルサの問いに、わたくしは頷く。アストラル世界の九割がディーテ信徒であるのだから、詳しく知らずとも仕方のないことですかね。
「世界の危機にシルアンナ様も魂の召喚をしていたのですよ。わたくしよりも先に……」
何となくエルサは予想できたと思います。わたくしが制約を課せられた理由。先に召喚されていた人物がいるという話から。
「シルアンナ様が召喚したクリエス様はAランクジョブ。しかも支援職だったのです」
危惧したままの内容であったことでしょう。わたくしのジョブはよく分からないものであったし、Aランクジョブが優先されるのは明らか。まして世界の危機なのです。女神様とて遊びではなく、真剣に世界の未来を憂えていたはずですわ。
「従いまして、わたくしには基準が設けられたのです。前衛を務められるほど成長したのなら、その先にある生を認めようと。だからこそ、わたくしは頑張っていたのです。制約さえ遂げられたならと」
エルサは目に涙を浮かべていました。でも、そんなに不憫な者を見る目はしないで欲しい。
わたくしはそれを分かって転生している。区切りが設けられた人生。だからこそ、わたくしは努力し続けられた。
「ディーテ神の慈悲はなかったのですね……」
「それは仕方ありませんわ。天界にいた時点で、わたくしが聖女にジョブチェンジするなんて考えられませんでしたし。こんなことになった今はクリエス様がいらっしゃる南大陸へと急ぐだけです」
まだ希望があるのです。わたくしには彼がいます。ディーテ様も頼れという彼であれば、わたくしの未来を切り開いてくれるのではないかと。
「その殿方を信頼されていらっしゃるのですね? 確かお嬢様が想いを寄せられているお方……」
わたくしが急ぐ理由はそれしかありません。現状の打破を信頼する男性に全て委ねるため。
まあですが、ここは否定しておきましょうか。わたくしが南大陸へと急ぐわけは別の理由があったのですし。
「いいえ、そういうわけではありません。わたくしはクリエス様と生きて再会せねばならないだけですの……」
実力者に手伝ってもらい、制約を遂げるべきとき。でもね、もうその段階は過ぎているのかもしれない。最終的な覚悟をするべきときじゃないかと思うのです。
「クリエス様とした再会の約束を果たすためだけに……」
諦めにも似た感情があります。突きつけられた現実はレベル1200とかいう途方もないもの。現状がレベル30にも満たないというのに、そんな無茶を言われているのですから。
「お嬢様……?」
「いいのよ。わたくしの人生は十七年周期なのかもしれません。前世も今世も十八歳を迎えられなかったのですから……」
旅路を急ぐ真相を知ったエルサは唇を噛んでいました。でも女神様を恨まずにいて欲しい。天界に喚ばれた時点で、誰もこの現状を予想していなかったのですから。
「もう私には女神様への信仰心が失せかけております」
「そんなことを言うものではないわ。ディーテ様もシルアンナ様も、わたくしを応援してくれているもの。とりあえず、わたくしはディーテ様が仰る通りに生きて、クリエス様と再会するだけです」
わたくしは諦める一方で、期待もしている。クリエス様ならば何とかしてくれるかもしれない。十七年でどう変わられたのか分かりませんけれど、天界で見た力強い眼差しを思い出すだけで彼ならばと思えた。
心の内に願う。もう自分自身ではどうすることもできません。だからこそ、わたくしは天界で会った彼に期待している。
「クリエス様――――――」
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