聖女
「エルサ、出発します。もう帝国に用事などありませんわ!」
「は、はいっ!?」
アルテシオ皇帝陛下を振り返り、軽くドレスの裾を上げてから、わたくしはツカツカとパーティー会場を歩いていく。如何にも不機嫌そうに。エルサを引き連れて会場を後にして行きました。
「お嬢様ぁぁっ、絶対に怒られるやつですよぉ!」
エルサは涙目です。彼女もココナの救済を求めていたというのに、一体なぜかしらね?
「エルサはこうなることを望んでいたでしょ?」
「私がいつ戦争の火種を願ったというのですか!?」
どうやら、わたくしの勘違いみたいね。まあでも、もう、どうしようもないわ。
エルサはわたくしの護衛ですが、未成年であるわたくしの保護者でもあります。従って、先ほどの暴挙を咎められてしまうのかもしれません。
「お嬢様、どうか皇帝陛下にだけでも謝罪を……」
「わたくしは何も悪くありませんわ!」
今もまだわたくしは激昂したままです。皇帝陛下への謝罪を請うエルサでしたが、わたくしが意志を曲げてまで頭を下げるはずもないことは分かっていたはずですわ。
「はぁ、これは間違いなく処罰対象です……」
「知りません! 悪いのは帝国です!」
わたくしの着替え中もエルサは溜め息を吐きまくっています。皇帝陛下への謁見を勧めたことを今更ながらに後悔していたことでしょう。
ようやく着替えが終わり、わたくしとエルサはドレッシングルームを出て行きます。
すると、そこにはどうしてかアルテシオ皇帝陛下の姿。わたくしの着替えを待っていたのかもしれません。
「あ、えっとその……」
先ほどまでの啖呵は影を潜め、わたくしは冷静さを取り戻しています。皇帝陛下の姿に暴言の数々が脳裏に蘇っていました。
「少々、熱くなりすぎたように存じます」
ですが、こんな今も謝罪は口を衝きません。エルサがしきりに脇腹を突いていましたけれど、わたくしは自身の正義を曲げるつもりなどありませんでした。
「ああ、そのことだが、儂が間に入るべきだったな。あまりの迫力に圧倒されてしまったぞ?」
アルテシオ皇帝陛下は乾いた声で笑っている。
皇帝様の様子に安堵するエルサ。どうやら断罪されるような雰囲気ではないと感じ取ったのかもしれません。
「まあ悪く思わないでくれ。ロベールのやつも政治を学んでおる。しかし、学んだこと以上のことができんようだの。まだまだ未熟だ……」
「陛下、言ってはなんですが、帝国民とは何でしょう? 庇護すべき国民ではないのでしょうか?」
「お嬢様ァァ!?」
せっかく上手く纏まりそうであったのに、怒りの矛先は皇帝陛下にも向けられていました。再びエルサは皇帝陛下への謁見を後悔する羽目に。
「はっは! 従者が困惑しておる。それくらいにしてやってくれ。ロベールも言っておったが、本当に何の報告も上がっておらんのだ」
「それは国の体制に問題があるからです。報告がなければ善政であるだなんて思い上がりも甚だしい。わたくしは憤慨しておりますの!」
わたくしは止まらない。冷静さを取り戻したはずが、話し始めるやわたくしの正義感は真っ直ぐ皇帝陛下に向けられてしまう。
「ヒナは気が強いの? ああいや、正義感が強いのか。他国の一般市民のために声を上げられるものは多くない」
「わたくしの評価など必要ありませんの。対策できるのかどうかをお答えください! ココナの政治は酷い有様です。役人への賄賂が横行しており、悪人はお金さえ支払えば罰せられないのです。弱者や貧困に喘ぐものは犯罪を受け入れるしかなくなっております」
わたくしは訴えた。一度は諦めたことであるけれど、やはり捨て置けない。皇帝陛下と差し向かいで話す機会はこの場を逃して存在しないのだと。
「それほど酷い状況か? ココナは税収も多く、帝国経済に必要な都市だ。長く侯爵領となっており、毎年の納税も滞ったことなどない」
「圧政だと申し上げます。権力が過ぎた状態。今はまかり通っておりますが、わたくしには危うい状況に写りました」
忌憚ない意見に皇帝陛下は頷きを返す。わたくしの話は真摯に受け止めるべきものだと分かっていただけたのでしょうか。
わたくしは本当に正義感で意見しているだけ。少しのメリットもないというのに、他国の姫君であるわたくしが無礼を承知で進言しているのです。意見した理由はそれほど酷い惨状であったからですの。
「流石は聖女というべきか。噂に違わぬ女性だな? ロベールには勿体ないくらいだ」
言って皇帝陛下は目を瞑る。何かを思案していたようですが、割と早く結論に至ったみたい。
「ヒナ、帝国はその歴史に胡座をかいているのではない。帝国民のためにだけ存在しておる。お前を不快に思わせたのなら、皇家の怠慢に違いない。ココナを治める侯爵家を徹底的に調べ上げると約束しよう」
繋がりの深いテオドール公爵家の娘であったからでしょうか。かなり無礼な話を皇帝陛下は受け入れてくれたようです。徹底的と語ったのですし、侯爵家の処罰は避けられないはず。何しろ隠蔽できないほど、公然と不正が行われていたのですから。
「皇帝陛下、ありがとうございます。また、全ての無礼はわたくし個人の責任ですの。できれば公爵家内に留めていただきとうございます。聖王国に迷惑をかけるくらいなら、わたくしの首を斬り落としてくださいまし」
わたくしも自身が犯した行為を理解しています。皇帝陛下に対して直談判だなんて帝国の上位貴族であっても許されないことなのです。
「皇帝陛下、どうかお嬢様をお許しください! 私は従者でありますが、保護者でもあるのです! 未成年者の罪は保護者の責任です! 鞭打ちでも斬首でも必要な罰をお与えくださいまし! まだ世界にはお嬢様が必要なのです!」
エルサが前に出て頭を下げました。わたくしの無礼は自身の非であると。未成年者の管理を怠った自分自身に罰を与えるべきなのだと。
アルテシオ皇帝陛下は呆気にとられていたようですが、直ぐさま笑みを浮かべています。
「ヒナ、よい従者を持ったな? 何の問題もないぞ。ここに部下はおらぬし、儂は帝国の内情を知れたと考えておる。今まで美辞麗句を並べられていただけだということを、ヒナは教えてくれたのだからな」
言って皇帝陛下は不敵な笑みを浮かべておられます。ふふふと低い声が廊下に響いていました。
「これを機に儂は帝国に蔓延る悪とやらを一掃してやろうと思う。聖女様に指摘されてしまっては動かぬ訳にはならん」
ガハハと笑うアルテシオ皇帝陛下。どうやら目から鱗の指摘であったみたい。これまで良い報告しか受けていなかった彼は内政状況を誤解していたのかもしれないわね。
「陛下、ありがとうございます。帝国はきっと素晴らしい国であり続けるでしょう。ココナはごく一部の悪を排除することで、笑顔が絶えない都市となれるはずです」
「ああ、儂も助かった。民の不満は地震と変わらん。いずれ国を傾かせるほどの揺れとなるはずだ。燻っている間に手を打たねば大変なことになったかもしれない。勇気ある忠告には感謝しておるぞ」
ここでアルテシオ皇帝陛下とわたくしは握手を交わしました。
力強いそれは互いが満足した証し。恐らく帝国は新たな舵取りを迫られるでしょうけれど、わたくしはこの国の発展を疑わない。
「儂はこれより緊急の貴族級会議を開こうと思う。期待してくれ。ちょうどココナを統治する侯爵も来ておるでな。聖女様の進言は無駄にならんと約束しよう」
力強い返答を最後に、この話し合いは終止符を打たれます。皇帝陛下とわたくしは互いに違う方角へと歩んでいくのですから。
わたくしたちは皇城から去って行き、アルテシオ皇帝陛下は緊急的な会議を開くために、臣下を集めようとしています。
わたくしは満足げに皇城をあとにしていく。この後、思いもよらぬ事態に発展するなど考えもせずに。
一時間程度が経過していました。お城では臣下たちが集められ会議が始まっている頃でしょうか。
期待せずにはいられませんね。わたくしの世直しが成功したことについては……。
ふと、どこまでも拡がる帝都を歩き始めたわたくしの脳裏に予期せぬ通知が届きました。
不意に知らされた内容は、まるで想定していないこと。耳を疑う内容でした。
メインストリートを歩む足が止まる。わたくしは呆然と脳裏に届いた通知を眺めているだけでした。
『ジョブJKは聖女に昇格しました――――』
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