面談
天界にあるシルアンナの業務室。俺と女神たちは当選した魂の召喚を待っていた。
残り時間はあと十秒となり、女神デバイスから召喚陣が浮かび上がっている。
「来るわよ……」
ディーテ様が言うと、程なく人影が浮かび上がった。かといって、それは魂に他ならない。長い黒髪をした女の子が魂の記憶により再現されている。
「ここは……どこですの……?」
召喚された少女は呆然と辺りを見渡している。まあ気持ちは分かる。いきなり天界に喚び出されたなんて分かるはずもないし。
「ようこそ、陽菜。ワタシは女神ディーテ。ここは天界にある女神の業務室です。残念だけど貴方は先ほどトラックに轢かれて死亡したわ」
召喚されたのは桐乃宮陽菜というらしい。変わった名前だけど、地球世界という異世界から来たのだから当たり前かもしれない。
召喚主であるディーテ様が彼女に説明をする。全てはデバイスに表示された通り。彼女は召喚ガチャから三時間後、暴走トラックという魔物にも似た存在にはねられてしまったらしい。
「天界!? ひょっとして、わたくしは転生できるのでしょうか!?」
彼女の返答に、女神の二人は視線を合わせている。転生など一言も告げていないのだ。自身の死よりも、転生について問う彼女が信じられないようだ。
「転生者の候補といいましょうか。残念ながら、貴方のステータスは知恵と魅力以外は酷いものです。加えてジョブは非戦闘職。我ら女神は魔王と邪竜に対抗しうる人材を求めております。よって転生の前段階として貴方自身に話を聞こうと思いました」
ディーテ様の話に頷く陽菜。やはり彼女は最後の瞬間に何かの影を見たらしい。だからこそ陽菜は自身の死が理解できたし、天界に召喚されたことをチャンスだと考えているようだ。
「女神様、わたくしは悪役令嬢になりたいのです」
俺は小さく溜め息をついた。彼女が転生するには自己アピールが必須。だというのに、陽菜は願望を口にしているのだ。自身の立場を理解していないのだと思う。
「陽菜、ワタシたちは決めかねております。貴方には九千万という神力を費やしましたが、魂のランクは下から数えた方が早い。だからこそ貴方の特技や才能を教えてもらいましょうか」
再び陽菜は頷いていた。ようやく、気付いたのだろう。この面接に落ちたとすれば、自分自身はここで終わりなのだと。
「わたくしは勉強もスポーツもそつなくこなしてきました。けれど、努力などしておりませんの。だから、わたくしのステータスは額面通りではないはず。わたくしは、もっとできます。女神様が望むよりもずっと。機会さえ与えていただけるのであれば、満足いく成長をお見せいたしますわ」
「ならば現状の魂評価より、本来はポテンシャルを秘めていると? 戦闘値はEという貧弱な評価ですけれど、ワタシ共は戦闘職を求めております。ステータスでいうと戦闘200以上、体力200以上が求められる最低ライン。また成人男性の平均が30ですので、最低限でも非常に難しい基準となります」
現状は生前のステータス値からランク評価されているようだ。さりとて、戦闘値は筋力だけで判断されるのではなく、魔法を含めた総合的な攻撃評価らしい。彼女がいた世界は魔法が存在しないそうなので、戦闘値の低評価は仕方ないだろう。
「必ず達成します。どうか、わたくしにチャンスをお与えください!」
懇願する陽菜にディーテ様は頷きを返している。
「ワタシたち女神は後がない状況なのです。覚悟と熱意があるのならば、貴方の転生を認めましょう。けれども、制約条件を追加させてもらいます」
「それで結構ですわ! 女神様、ありがとうございます!」
よほど現世に未練があったのかもしれんな。先ほど聞いた数値が制約条件となるはずなのに、彼女は即座に了承しているのだから。
「制約の内容は十八歳を迎えるまでに、戦闘値と体力値を200以上にしておくこと。それは小型の竜種をソロ討伐できる目安となります。陽菜がそれを成せるのであれば、生の継続を認めましょう」
成人男性の六倍以上。俺は彼女が失われる未来を見ていた。二倍でも大概だと思うのに、六倍以上だなんて努力で何とかなるとは思えない。
「制約条件を達成できなければ、貴方は十八の誕生日を迎える前夜に失われます。せめて安らかに逝けるよう配慮いたしましょう」
恐らくディーテ様も俺と同じ未来を見ている。死を前提とした話は期待など感じさせない。
陽菜が成人する頃には失った神力にも目処が立つのだろう。幸いにもまだ魔王や邪竜は発生していないのだ。よってディーテ様は結末を予想しつつも、陽菜にチャンスを与えるらしい。
「わたくしには夢があるのです。もしも、求められる通りに成長できたのなら、わたくしの生活に制限はあるのでしょうか?」
「生活に関しての制限はありません。誕生するだろう魔王と邪竜の討伐以外は自由です。しかし、陽菜が駄目であれば、ワタシたちは次なる強者を召喚せねばなりません。従って与えられる時間は十八年のみ。時が来て制約条件の内容と違えていた場合は、運命の通りに輪廻へと還っていただきます」
凡そ女神様がする話とは思えない内容であったけれど、陽菜にとってはチャンスでしかない感じ。どうせ死んだ身ということだろうか。再び生きる機会を与えられ、夢を叶えられるというのならば、どのような困難にも立ち向かえるのかもしれない。
「であれば、わたくしからも要望を一点だけ。それさえ叶えていただけるのであれば、わたくしはご期待に添えるかと存じます」
意外にも陽菜から要求があった。立場的に不利であるはずの彼女だが、転生に同意するための条件があるようだ。
「公爵家の娘であること。これが成されないのであれば、わたくしに転生する理由などありません。どうぞ輪廻に還してくださいまし」
毅然と言い放つ陽菜にディーテ様は驚いていた。
俺だって彼女が生に固執していると考えていたのに。だけど、彼女は自我の消失を望むような話をする。
「認めましょう。何の問題もありません。陽菜にはテオドール公爵家の娘として転生してもらいましょうか」
ディーテ様の返答に陽菜は笑みを浮かべる。どうやら夢を叶える下地が出来上がったみたいだ。
ここまで静観していた俺だけど、陽菜が願望を叶えてもらえるのなら、俺にだって要求がある。だからこそ俺は二人の話に割り込んでいた。
「ちょっと待ってください! その子の願いを叶えるようですけど、俺の望みは叶っていません。俺の願望が叶わないのであれば、俺は彼女とパーティーを組めませんから!」
「ちょっと、クリエス!?」
先に転生者として選ばれていたし、俺はAランクジョブらしいから立場的にも有利なはず。巨乳な彼女が手に入るまで、俺は絶対に了承しない。
「シル、クリエス君は何を願っているの?」
「実は巨乳な彼女が欲しいと聞きました……」
ディーテ様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているけれど、俺は本気なんだ。付き合った全員が貧乳だったんだぞ? 幸せな人生に巨乳な彼女は必須。だからこそ、俺はそれを希望したんだ。
「シル、それくらい叶えてあげなさい。貴方の使徒なのでワタシは関与できませんが、胸の大きな女性と運命を結びつけるくらいわけないでしょ?」
言ってみるものだ。これは大勝利が確定したようなもの。ディーテ様は俺の願いを叶えるよう、シルアンナに促してくれているのだから。
「いやでも、私の信徒たちはほら……」
ところが、シルアンナの反応は悪い。ディーテ様は彼女の上司であるはずなのに。
またディーテ様はそれだけで理解したようで、ポンと手を叩いている。
「ああ、確かに信徒たちは崇める女神の影響を少なからず受けますからね。シルのド貧乳が影響を与え、女性たちは総じて凹凸がなくなっているのね!? 完全なる絶壁を形成しているのね!?」
「ソ、ソレデス……」
魂が抜けていくような顔をするシルアンナだが、俺はそんなこと気にならない。それよりも議論すべき内容が、今し方の話にはあったはず。
「ちょっと待ってください! シルアンナの信徒に巨乳はいないのですか!?」
堪らず俺は口を挟んでいた。どうやらシルアンナに召喚された俺はディーテ様の管轄外らしく、加えてシルアンナの管轄内には巨乳がいないだなんて話を聞かされている。
聞けばシルアンナの管轄は小さく、ほぼ全域が彼女に強い影響を受けているらしい。一方で広大な管轄を持つディーテ様はその影響力が分散しているとのことだ。
「何人も子供を産んでいる女性なら、それなりの大きさだから!」
「るせぇよ! 俺は同じ年代の女性とキャッキャウフフなラブロマンスがしてぇんだよ!!」
既婚者を宛がわれても困る。更にはコブ付きとか。せめて子供を産んでいない女性と運命を結びつけてくれ。
「俺は巨乳な彼女ができないのなら、転生しない! 絶対にだ!」
前世は巨乳な彼女を見つけ出そうと躍起になった挙げ句、最終的に刺し殺されたんだ。巨乳率が限りなくゼロである地域に転生などしたくない。
「困りましたわねぇ……」
ディーテ様を困らせるのは俺の本意ではないが、やはり意志は曲げられない。女神の御業でも駄目ならば、俺は転生する気になれないんだ。
俺が口を尖らせて拗ねていると、どうしてか陽菜が近寄って来た。彼女は何やら笑みを浮かべながら、俺の耳元で囁く。
「クリエス様、一つお聞かせすることがございますの……」
眉根を寄せるしかなかった俺なんだが、気にすることなく陽菜は続けた。
「わたくし実は着痩せするタイプですの。恥ずかしながら、既に手の平から溢れるほどの大きさです。このまま成長したとすれば、とんでもないことになってしまうのではないかと、我ながら末恐ろしく感じておりますわ……」
刹那に稲妻が落ちた。それは明確に感情的な衝撃であったものの、女神である二人には俺の感情が察知できたかもしれない。
もう決定だ。俺は信念に基づき、声を張るだけ。
「ヒナ、共に世界を救うぞ! 俺は燃えてきたぜぇぇっ!」
掌返しと言われようが構わねぇよ。周囲に巨乳がいるだけで、俺は生き甲斐を感じるんだ。
もしも陽菜が巨乳と判定されれば、俺は貧乳の呪いによって間違いなくステータスダウンするだろう。だけど、知ったこっちゃねぇ。俺にとって巨乳こそが人生なのだからな……。
「ええ、頑張りますわ!」
ニコリと陽菜。これにより俺たち二人の転生に支障はなくなっている。残す問題といえば、加護としてくれるというスキルに他ならない。
「ディーテ様、スキルガチャに使える神力の端数はないのですか?」
シルアンナが問う。流石にスキルを与えずに転生させられないのだと。前世の記憶を有するだけでも準備には充分であったけれど、やはり強力な加護がもらえるなら欲しいところだ。
「五万ちょうどしか残ってませんわね……」
派手に一億という神力を浪費したディーテ様は残り五万だという。まあでも、俺を召喚したシルアンナは残り10神力しかなかったので、まだ希望が持てる数値であった。
「ディーテ様、それなら千神力のスキルガチャ(中級)を回しましょう!」
「いえ、ここはエクストリームスキルガチャで勝負よ!」
既にディーテ様の目が血走っていた。エクストリームスキルガチャは一回五万という最上位のスキルガチャらしい。
シルアンナの提案を無視して、ディーテ様はエクストリームスキルガチャの画面を開く。
「シル、よく見ておきなさい! 確率は収束するものだということをっ!!」
勢い勇んでディーテ様が抽選ボタンを押す。見守るシルアンナは頭を抱えるしかないようだ。
どうしようもなかったと言うべきだろう。上司を諫めるなんてできるはずもなく、一定の未来を俺たちは思い描いている。
「アストラル世界、滅びるかも――――」
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