残念なる次の転生者は……
地球世界のとある国。魔法もなければスキルもない。しかしながら、地球世界は成熟した世界の一つであった。
桐乃宮陽菜は早慶女子という名門女子校に通う十七歳だ。
スポーツも勉強もろくな努力をしてこなかったけれど、彼女は全てにおいて優秀な成績を収めている。加えて由緒正しき旧家のご令嬢とくれば、誰もが羨む人生に違いない。
さりとて完璧人間ではなく、かなり天然なところがある。お高くとまった感じもなかったから、学校においては割と弄られキャラであった。かといって彼女は弄られている事実にも気付かないのだが……。
◇ ◇ ◇
「やはり悪役令嬢には憧れますわね……」
わたくしは桐乃宮陽菜。十七歳になったところですの。
今は下校中ですが、わたくしは迎えの車を先に帰らせて、何と徒歩で帰宅しております。十七歳になったのだし、一人でもお家まで歩けるってことをお父様に見てもらうためですわ。
かといって、ただ歩いて帰るのではありません。五百メートルという途方もない距離を歩くのですから、休憩を挟みつつ帰るつもりなのですわ。
長き旅のお供は発売されたばかりの漫画ですの。恐らく百万円はするでしょうね。スマートフォンに登録したカードで買っていますもので、正確にお幾らなのかは存じ上げませんけれど、とても面白いのですから一冊百万円はするはずです。
ちょうど信号が赤になりました。そろそろ休憩が必要ですし、少しだけ漫画を読みましょうかね。まだお家まで四百メートルはあるのですし……。
「新刊も素晴らしいですわ! 悪役令嬢は弱者を虐げ、追放されるまでが様式美。しっかりとツボを押さえてありますの。わたくしもできることなら、このような環境にあって悪評を覆したく存じます。更には追放を言い渡した王子様自身が後悔するほどの成長を見せるのです……」
お友達が漫画という娯楽を紹介してくれてから、わたくしは日がな一日漫画を読んでおります。色々なジャンルがありますし、驚くべきことに挿絵じゃなく全てのコマに絵が描かれてあるのですわ。
何より内容がこれまで読んでいた本とはまるで違いますの。漫画を知らずに生きていたとは、今までのわたくしは死んでいたも同然ですわね。
最近のお気に入りは悪役令嬢もの。昨日だけでも三十冊は買いましたけれど、わたくしは無限に使えるブラックカードを持っていますので、心配ご無用なのですわ。
「テンプレは色々と言われますけれど、王道というべきですわね。わたくしはテンプレこそが至高だと思いますの!」
やはり悪役令嬢ものは面白いですわ。交差点ですけれど、読みふけってしまいそう。
青信号に変わったような気もしますが、今はそれどころじゃありませんの。周囲の人たちが追い越すようにして横断歩道を渡っていったとしても、わたくしはこの続きを読まねばなりません。
「この先に同じような状況となるかもしれませんわ。普段から高笑いの練習をしておかねばなりませんね。いざというとき高笑いができないようでは、悪役令嬢になれませんもの……」
わたくしは歩き出すことなく、夢中になって読んでいました。
今まさに交差点では赤信号を無視したトラックが向かっているかもしれないというのに。
横断歩道には子供が取り残されているかもしれないというのに。
「危ないっ!!」
不意に男性の声が聞こえましたが、わたくしは歩道で立ち止まっておりますので無関係ですわ。
わたくしの意識外で、横断歩道に取り残された子供を助けようと男性が走り出していたかもしれませんけれど、集中して漫画を読むわたくしが気付くはずもありませんの。
男性が自身の危険も省みず、飛び込んでいったとしても……。
読みふけるわたくしは知りません。暴走トラックの運転手が気を失っていることや、アクセルを踏み込んだまま、横断歩道を突っ切っていくことなど。
区切りまで読んだわたくしは決意していました。
一刻も早く高笑いの練習を始めなければ! 悪役令嬢は一日にしてならずですわ!
「オーホッホ!!」
気持ちが昂ぶっております。何だか本当に悪役令嬢になれたような気がします。いえ、わたくしはたった今、悪役令嬢になりましたの!
「オーホッホ!!」
まあしかし、わたくしは少しばかり周囲が見えておりませんでした。なぜなら、暴走トラックの運転手様は助手席方向へと倒れ込み、ハンドルが急に切られていたのですから。
わたくしの高笑いが響き渡る交差点に衝突音が轟きました。見守る誰もが予想した事故だったのかもしれません。結果は同じであったものの、その対象者は明確に異なっていたことでしょう。
わたくし、桐乃宮陽菜は享年十七歳という短い人生を終え、輪廻へと還っていきます。
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