追放されるには……
ディーテ様に指示されたまま、わたくしは記憶を頼りにデザインした制服を十着ほど誂えていました。
本当に着ているだけで昇格するのか分からなかったものの、スキルが機能しているのは間違いありません。制服を着用すると、全ステータスが確かに20%アップしていたのですから。
ならば十八歳以降も生き続けるため、わたくしは固有スキル[華の女子高生]が昇格することに懸けるしかありません。
あの日から朝の鍛錬は四時からとし、睡眠時間は三時間程度にまで削っております。夜は夜で神聖魔法を習得するために、わたくしは時間を費やしていました。
「お嬢様!」
わたくしは筋力トレーニングに精を出していたのですが、トレーニング室にメイドのエルサが飛び込んできました。
朝から騒々しいですわね? エルサは剣術の師匠でもありましたが、筋力アップは前世の知識を持つわたくしが独自に行っていたというのに。
「何のよう? 朝食の時間にはまだ早くない?」
まだ朝の六時でした。プロテインの代わりとして挽いた豆のミルクジュースを飲んでいましたので、正直にまだお腹は減っておりません。
「いえ、それがまた王城から使者が来まして……」
王家主催のパーティーに参加してからというもの、ことある毎に使者が屋敷までやって来るのです。それもなぜか王子殿下からお茶のお誘い。わたくしは完璧に嫌われたと考えていましたのに。
「断ってくれる? わたくしは忙しいの。追放してくれるならまだしも……」
「お嬢様、言っては何ですが、パーティーの折に会話が弾んだのではございませんか? 殿下はお嬢様が走り去ったあと、顔を真っ赤にしておられましたけれど?」
それはわたくしが知らない話です。確かにわたくしは王子殿下を罵り、走り去ったはず。振り返りもせずに真っ直ぐ馬車まで向かったのです。まあ、高笑いはしましたけれど。
「そんなはずないわ。わたくしは殿下に嫌われようと暴言を吐いたのです。好かれる話をした覚えなどありません!」
わたくしはあの日の暴言を思い出しながら語るのですが、対するエルサは薄い目をしています。
「お嬢様はかなりズレておりますので、恐らく暴言とやらも殿下にとって、ご褒美だったのでは……?」
「わたくしは殿下に馬鹿と罵ったのですよ? それで好きになるなんて、あり得ませんから!」
少し噛んでしまったのは事実ですけれど、わたくしは殿下を罵ったはずですの。あれは断罪されても仕方のない暴言でしたわ。
「まあそれはさておき、もう五度目です。流石に一度くらいは王城へ赴かないことには宰相である公爵様にもご迷惑となるでしょう。男女の問題とはいえ……」
「殿下と男女の問題などありません!」
わたくしの反応にエルサは溜め息を吐く。このところ以前にも増して身体を鍛え上げておりますから、彼女にはわたくしが何を考えているのか分からなかったのでしょう。
しかしながら、わたくしも立場を理解しております。お父様は王城で働いておりますし、公爵家の娘としてすべきことがあるのだと。
「しょうがありませんね。七時から食事をし、そのあと王城へと向かいましょう。わたくしには時間がないというのに、殿下の我が儘に付き合わなければならないなんて……」
わたくしはルーカス第一王子殿下からの誘いをずっと無視していました。追放であればお父様共々登城を求められるはずで、わたくしだけが呼ばれるはずがなかったからです。
「殿下と会話するにしても、わたくしの目的は濁して伝えなければいけませんね。流石に追放してくださいともいえませんし……」
日課を全てこなしてから、わたくしは迎えの馬車に乗る。エルサを引き連れて王城へと向かうのでした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ルーカスはヤキモキとしていた。それはそのはずパーティーの翌日から使者を何度も向かわせているというのに、ヒナが一度も登城してくれないからだ。
「もしかして嫌われていたのだろうか?」
今さらに考えてしまう。確かに彼女は馬鹿と口にしたのだが、ルーカスはそれに悪意が籠もっていないと感じたのだ。寧ろ別れ際のはにかんだ笑みは愛情が込められているような気がしている。
「ああ、ヒナ……」
日増しに募る想い。ルーカスはもうヒナのことしか考えられなくなっていた。
長い溜め息を吐いていると、不意に部屋の扉がノックされる。
「殿下、ヒナ様がお見えになられました!」
突如として知らされる吉報に、ルーカスは思わず泣き出しそうになってしまう。
「早くお連れしろ! 丁重にな!」
侍女に指示を出し、自身は鏡の前で身だしなみをチェック。迎えを送ったのは自分自身であったけれど、本当に会いに来てくれるとは既に考えられなくなっていたのだ。
「失礼致します」
品のあるノックのあと、侍女が扉を開く。
眼前に現れたのは紛れもなくヒナ・テオドール。あの日から何度も夢に見た光景であった。見慣れぬ服装ではあったけれど、感情を掻き乱されたルーカスにとっては些細なこと。彼は秘められし気持ちのままに声をかけている。
「ヒナ、会いたかったよ……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヒナ、会いたかったよ……」
わたくしが部屋に入るや否に、ルーク殿下が言いました。
何だか泣きそうなお顔をしていますわね? ひょっとして殿下もまた強要されて、嫌々わたくしを誘っているのでは?
(きっとお相手がおられないから、王様に命令されたのですわ)
だとすれば、わたくしが取るべき行動は一つですの。追放を促すだけで、二人共が満足できるのですから。かといって、侍女様もおりますので、さりげなく伝えないことには問題となりそうですね。
「殿下、わたくしはずっと(追放されることを)待っておりましたのに……」
ルーカス殿下のお考えが分かった今、わたくしは追放を願うだけですわ。
追放イベントは悪役令嬢に必須。きっと殿下もおわかりになられているはずですの。
「そうか、すまない。僕は(ヒナも会いたいと考えているなんて)想像もできなかったんだ」
「いえ、わたくしこそ(婚約破棄の前に追放を求めるとか)浅はかな考えでした」
侍女様は今もわたくしたちを見ております。やはり王子殿下なのでしょうね。公爵令嬢とはいえ、わたくしが不敬をしないように目を光らせていらっしゃるのよ。なぜか顔を赤らめて、わたくしたちを監視しておられますけれど……。
「殿下、わたくしは十七歳になろうとしております。(婚約してから一年で婚約破棄をし、追放されるには)もう遅すぎると思いませんか?」
「そんなことはない! (一般的な結婚適齢期を考えても)遅すぎることなんてないぞ!」
わたくしの話には直ぐさま反論がありました。ルーカス殿下は大袈裟に首を振って否定してくれます。
やはり殿下は分かっていらっしゃるわ。この分だと追放まで時間はかからないはずですの。
「わたくしには(幼い頃に婚約をして嫌われるという)野望があったのです。でも、今やそれは叶わない……」
「ヒナ、君は(王妃として嫁ぐ)覚悟があったのかい? 僕は君がそこまで(地位や権力に)固執しているとは考えもしなかった……」
意見が一致しているわたくしたちに誤解などありませんわ。濁して伝えたとして齟齬をきたすことはなく、互いに分かり合っていますの。完璧に会話が成立しているのですから、間違いありません。
「もう(婚約解消ルートは)遅いのですよ。現状のわたくしには殿下とお会いし、(追放を)ご決断いただくという願いしかありません。それもまた遅すぎたのですけれど……」
「ヒナ、まだ(婚約は)遅くないよ。僕はこれでも第一王子だ。君が望むようにしてあげられる。たとえ父上が(僕たちの婚約に)反対したとしても!」
何て物わかりの良い王子様なのでしょう。四回もお誘いをすっぽかしたことが悔やまれてしまいます。わたくしは最初からお茶のお誘いを受けておくべきでしたわ。
「確かに(追放だけなら)まだ間に合うような気もします……。本当に(追放を)お願いできるのでしょうか?」
「ああ、(婚約の話は)僕に任せてくれ! 鈍感だった僕を許して欲しい。(婚約が遅れて悲しませた)償いとして僕は君が望む全てを用意すると約束しよう」
わたくしが笑顔を見せるや、侍女様がどうしてか拍手を送っております。何が何だか分からなかったものの、恐らく侍女様はわたくしたちの合意に気付いたのでしょうね。
だったら、わたくしは侍女様に向かって、感謝の言葉をかけなければなりませんわ。
「ありがとう。わたくしは(追放されることが)嬉しいですわ」
「(ご婚約)おめでとうございます! ヒナ様!」
感じの良い侍女様ですわね。こんなにもわたくしの願望が叶ったことを喜んでくれるなんて。
「今日は殿下にお会いできて良かったですわ。あとはわたくしが頑張るだけですね?」
「僕も同じ気持ちさ。(他のご令嬢たちの嫌がらせとか)大変だろうけど、ヒナには頑張って欲しい。想いの強さで障害は乗り越えられるはずだ」
「(追放後の)大変さは存じておりますし、元より覚悟の上ですわ。ルーカス殿下、どうぞよしなに……」
これにて目的を達成しました。わたくしは遂に追放されるのよ!
今より、わたくしは謂われのない誹謗中傷を受け、街を歩くたびに石を投げつけられるのです。でも、わたくしは負けませんわ。いつの日か悪評を覆し、この聖都に返り咲いてみせますの。
エルサが馬車で待っています。だからこそ、わたくしは急ぎ足で馬車へと向かう。
しかし、昂ぶる感情が抑えきれませんの。馬車はまだ先でありましたけれど、もうここで得意としている悪役令嬢ロールを実行するしかありませんわ。
左手を腰に当てて胸を張る。右手はさりげなく口元に添える感じ。王城の正門前ではありましたけれど、わたくしは得意げに高笑いをするのでした。
「オーホッホ!!――――」
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