主神に決意を
「タイラー・スティルハートは今回起きた災禍警報の中心人物なの」
俺は小首を傾げている。急展開すぎる話には眉根を寄せるだけであった。
「千年の時を経て、タイラーは邪神として復活するかもしれない……」
旅立つ連絡であったというのに、俺は思いもしない話を聞かされている。
どうやら天界では警報に関する情報収集が進んでいるようだ。
「邪神? 魔王と邪竜だけじゃなくなったんだな?」
「そういうこと。これから先に災禍警報から終末警報に格上げされる可能性が高い。地平の楽園という邪教が動きを活発化させ、世界のバランスを崩し始めているの。そのせいで予定よりも早く北大陸に魔王候補が発生してしまったってわけよ」
その話は俺も知っている。つい先ほどリリアから聞いたばかり。新興宗教がディーテ教徒たちを襲っているとかどうとか。
「魔王候補だけじゃなく、そいつらを倒せばいいのか? 俺は弱体化してっけど……」
「まあそうなる。邪神を復活させてはいけない。なぜなら、邪神の脅威は魔王とは比較にならないから。邪神が現世降臨してしまえば、世界は確実に滅びてしまう。加えてタイラー・スティルハートはオールS評価の魂。復活を果たす前にどうにかしなければ、アストラル世界は終焉を迎えるでしょうね」
ステータス四分の一が痛すぎる。それがなくとも、邪神に勝てる見込みはないのだけれど、より強い魔物を倒した方が効率的に成長できるのだ。本来なら四倍も強い魔物と戦えたのだから。
「それでイーサたちなんだけど、やはり現状のアストラル世界に二人を祓える聖職者はいない。まあ、それでもディーテ様は成長の過程で祓えるだろう人物の目星を付けておられる」
俺は何とか二人を成仏させようと考えていたのだが、ディーテ様もまた悪霊二体を祓う算段を立てているらしい。流石は俺の女神様である。
シルアンナはその解決策を示す。天界が出したという無慈悲な回答をそのままに。
「ディーテ様はヒナを聖女にジョブチェンジさせることで悪霊祓いしようとしている。制約が果たせなくなることを承知で……」
受け入れ難い話に俺は声を失っていた。前衛職縛りの制約が課せられていたのを俺は知っている。聖女が前線で大剣を振り回すジョブではないことくらい俺にも分かった。
「ディーテ様はヒナを切り捨てるつもりか?」
「何しろ終末警報に格上げされそうな状況だからね。本心をいうと私だってヒナを助けたいわ。でも、大局的に考えることも必要なの。クリエスの基礎ステータスがヒナよりもずっと上がっている理由はジョブランクの差なのよ。ヒナにはなくて、クリエスに才能があっただけ。クリエスには大勢を救う力がある。よく覚えておきなさい。貴方はたった一人のために転生したのではないってことを……」
宥めるような話をするシルアンナ。静かに聞いてくれるようにと話したのだろうが、生憎と俺には響かない。加えて、まだ話には続きがあるようだ。シルアンナは躊躇いながらも、ディーテ様と共に決めた方針を伝えていく。
「既にディーテ様はかなりの神力を貯められています。再召喚には何の支障もない。よってヒナの役目は明確に切り替わり、悪霊を祓うだけとなった……」
重い口ぶりから、女神たちも苦渋の選択であったのだと思われる。何事もなければ、切り捨てるような手段を選ばなかったはずと。
「イーサとミアは俺の命令をよく聞くぞ? ヒナが犠牲になるくらいなら、俺は取り憑かれたままでも構わないのだが……」
「それは駄目よ。やはり悪霊の二人は災禍なの。もし仮にクリエスの身体を完全に乗っ取ってしまったのなら、世界は更なる混乱をきたす。クリエスに従順な今の段階で処理すべき案件なのよ」
それは俺にも覚えがある。何しろ俺は二人に身体を乗っ取られたばかりだ。そのときは何とかなったけれど、彼女たちが逆上した折り、二度目も抑えきれるのかどうか分からない。
「あいつらは頭のネジがぶっ飛んでるからな。祓うという方針に異論はないし、俺はディーテ様の考えも理解できる」
衝撃的な通達であったものの、俺は落ち着いたままだ。天界で見せたような聞き分けのなさを披露するつもりはない。
だけど、意見は口にさせてもらう。使徒ではあっても、俺は個人として生きているのだから。
「でもな……」
急に表情を険しくしたからか、シルアンナは驚いている。まあでも、無理難題を押し付けるつもりはない。俺自身がどうしたいのかを伝えるだけなんだ。
「俺はヒナを生かす――――」
シルアンナは声を失っていた。ディーテ様の命令ならば即座に受け入れていた俺だったけれど、ここにきてディーテ様の意志に背くなんて考えられなかったのだろう。
強い意志を込めた揺るぎない想いだ。鬼気迫る表情は決意の表れなんだよ。
天界で約束したまま。俺の希望はヒナをこの腕に抱くことだけだ。
「本気なの? 彼女を生かすならクリエス自身が悪霊祓いするしかないわよ? ディーテ様は必ず祓うというスタンスだし、納得してもらうにはそれしかない」
「じゃあ、祓ってやんよ。ステータスダウンとか知るもんか。要は悪霊より強くなりゃ良いだけ。ステータスが四分の一になるのなら、俺は四倍以上努力して強くなんだよ」
シルアンナにも俺の本気が伝わっていたのだろう。押し殺された怒り。心が震えるような感情を俺はそのまま口にしていたのだから。
「分かった。やれるだけやってみなさい。ヒナが聖女にジョブチェンジするまで、そう長くはないでしょう。なぜなら世界が彼女を聖女と呼び始めているから。恐らく世界は既にヒナを聖女として認めている。ヒナがステータスを満たせば、ジョブチェンジは成される。彼女は聖女に必要なステータス評価が高いし、時間はあまり残されていないわ。聖女になってしまうと戦闘値と体力値は今以上に伸びにくくなってしまう。ヒナが生き続けるためには聖女となる前に制約の値を満たすしかない」
「分かってるよ。ディーテ様の意に反していたとしても、俺は必ずヒナを救うからな……」
俺は唇を噛んだ。ヒナに会いたいと思って旅立ったはず。しかし、悪霊に取り憑かれるというトラブルによって、ヒナが死を宣告されることになった。情けないと同時に悔しくて堪らない。
「死ぬほど努力するよ。いや、それにより死んだっていい。俺はディーテ様にも予期できないくらいの最強になってやんよ……」
溢れる出す感情に従い俺は言葉を繋げていく。決意を覚悟に変えるため。自身を追い込み、後戻りできないようにと。
「魔王も邪竜も任せとけ。世界を陥れようとするもの全て。俺の前に立ち塞がる敵は全部ぶった斬ってやる……」
俺自身はクレリックである。しかしながら、俺は本気なんだ。だからこそ想いのままに告げる。女神でさえも血の気が引くような怒りに満ちた表情をして。
「たとえ敵が神であろうとも――――」
もうシルアンナは何も言わなかった。神格を持つ邪悪なる存在が現れようとしているのに、意気込む俺に対して。
自身の使徒がやる気に満ちているのだ。意欲を挫くなんてできるはずもなく、彼女は俺の背中を押すしかない。
「頑張れ、私のクリエス!」
少しばかり笑ってしまう。何とも安っぽいそのエールに。
だけど、奮起するには充分だ。一悶着あったにもかかわらず、ずっと俺を支えてくれる主神様。彼女の言葉は何よりも力になっている。
精一杯のエールと共にシルアンナは薄く消えゆく。それはこの急な話し合いが終わりであることの通知である。俺の瞳に映るシルアンナはもう何処にも姿がない。
聖堂は再び静寂を取り戻していた。
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